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07 紅い欠片と封印されし邪神

お久しぶりです。

前回の投稿からけっこう日を開けてしまいました。

二話連続投稿なので、お楽しみください。


 十分な休息とエンカの異世界説明も区切りよく終わり、気分転換しに俺は一度ダンジョンから外に出て、既に夕日が沈みかけていることに気が付いた。

 

 必要な異世界常識だったが、どうやら長話し過ぎたようだ。


「もう日も落ちてきた。これから魔物召喚用の素材を採取となると、夜まで時間がかかってしまう。今日はこれまでだな」


 ダンジョン内部に戻り、晩御飯の準備に取り掛かる。

 とはいっても、大したものはない。黒パンとスープに乾燥肉と少々に野菜で煮詰めたものだ。


「ねえ、どうしてお肉を一緒にスープに入れるの。しかも、刻まれてるし。あたしは大きい肉を頬張りたいんだけど」

「病み上がりなのだ。出来るだけ消化の良いものを食っておけ」

「ぶー」


 マスターは不満気に頬を膨らませてブーイングをするも、スープを一口含むと「おいしい!」と喜んで食事を楽しんでいた。労働した後の飯はおいしいを相場が決まっている。


 ここで酒でもあれば完璧なのだが、ないものねだりしても仕方がない。


 俺も煮込んだスープを口にする。夜の砂漠で冷えた体を温めてくれる優しい味だった。我ながら美味しくできたものだ。


「ねえねえ。そういえば、あたしたち集合場所とか決めてなかったわよね。どうするの?」

「おお、そうえばそうだな。考えていなかった」

 

 UUOユニバース・ウルトラ・オンラインではメッセージを飛ばして連絡を取り合っていたから、集合場所を決めることを失念していた。


 俺とマスターの呑気な言葉にエンカは呆れながら言った。


「あいつらならアジトにでも戻っているんじゃないか。私だったらそうするよ」


 最後の方だけ得意げに言ったが、ただお前を置いて逃げたとは考えないのだろうか。

マスターの色気も所詮ガキレベルだし、お願いされたところで10秒後には冷静になるのではないか。


 ちらり、とマスターを見る。


「うん? 誰かがあたしを罵倒している気が。さては、あたしがUUOから姿を消したことに喜んでいる上位落ちこぼれ(セカンドランナー)ね! ネットに戻ったら二度と再起できぬまで滅多刺してあげるわ!」

 

 意気揚々と言うマスター。


 どちらも哀れだな。


「(ぶふっ)」

「(楽しそうですね)」


 零れた笑いが隣で食事するベルに聞こえたらしい。


「(ああ、大変愉快だ。今後のご活躍にも期待している。……もちろん貴様も例外ではないぞ、ベル)」

「(!! はいっ、頑張ります!)」


 落ち込んでいたはずのベルは嬉しそうに返事をした。


 やれやれ、レディーの扱いも気を使うものだが、これぐらい訳ないことで元気になってくれるのならば安いものだ。


 俺はマスターとエンカを見ながら、淑女レディーはここに一人しかいないことを再確認する。どちらかが悪口を言ったのか、取っ組み合いの喧嘩をしている。


 彼女らを見て思う。ベルには、今後も期待していると返したが、本心では心配である。


 このまま順調に物事が進めば、マスターはダンジョンマスターとして魔物を召喚しptポイントを稼ぐための生活を送ることになる。UUOでトップランカーを張る腕前だ、ゲームテクニックもおのずと知れる。


 彼女が本気になれば大量のptを稼ぎ強力な魔物の召喚を繰り返すことで、ゆくゆくの安全安心のセーフティーラインで贅沢三昧の生活を送るに違いない。


 そうなれば現実リアルでの引きこもりの延長線上である。召喚された異世界で引きこもり生活ライフを行う奴はほとんどいないが、姫路ナキならやりかねぬ。


 これも異世界に召喚した際の効力か、それともUUOとしても倫理観か、人としてそれだけは防がなくてはならない使命感めいたものを感じる。


 いや、ホントに困った。困りごとだ。


「どうしたの、ソーダ? 頭が痛いの?」


 マスターが心配そうに尋ねる。どうやら俺は無意識にも右手で額を抑えていたようだ。


 バカ丸出しのマスターであるが、ポジティブに考えれば純粋ピュアだということ。偏見を持ったまま俺の考えを言ってはマスターを傷つけてしまうかもしれない。


 ……現実リアルでの実績に基ずくものだが。


「なに、今後のことが不安になってな」


 俺のはぐらかした言葉に反応したのは、意外にもエンカだった。


「お前はどうやってアジトまで行くのかを考えているんだろ。確かに、このへっぽこマスターの体力じゃ砂漠越えは難しいな」

「何よ、やる気! いいわ、受けて立ってあげるわ。

 あたしの世界の娯楽ゲームがどれだけ崇高で研鑽溢れるものなのか。そして、その娯楽の追求に乙女を犠牲にしたあたしの実力を披露してあげるわ!」


 犠牲というなら学校に行ってくれ。


「恥を知れ」

「唐突になに!?」


 マスターの吃驚した声に、俺は反射的に自分の気持ちを吐露していたことに気付く。

 別に疚しいことを言っているわけではない。出し始めた言葉だ、伝えたいことは最後まで伝えるとしよう。


「こちらの世界に疎いことを良いことに、都合の良い話を創るなと言っているのだ。自堕落で排他的な生活をそこまで脚色するとは、もはや詐欺レベルではないか」

 

 あと、全国の苦行僧と尼さんに謝れ。


「うっわ……。こっちは快く情報を開示してやっているってのに、お前は……」

 

 エンカとが信じられないものを見るような目をマスターに向ける。隣で聞いているベルも人間性を疑う目をしている。


 二人の視線で、彼女もようやく自分のしたことを自覚したようで、必死に取り直そうとする。


「いや、エンカ、ベルちゃん、違くて、あの、その…………ごめんなさい」


 国語力が残念だった。

 従者として頑張った努力だけは認めてようと思う。


「すまないな、エンカよ。マスターも悪気があるわけではないのだ。ただ、人の悪意にはそれ以上の暴力で屈服させようとする習慣が身についてしまってな。本人もそこまで怒っているわけではない」


 UUOのトップランカーには固定数のファンが付くが、同時に反感を買うことになる。それこそ、ネット上に批判されることなど当たり前。集団でPKをされたときやトレイン(モンスターを引き付けて、他のプレイヤーにターゲティングさせる悪質な行為)されたときもあった。


 UUOのトップランカーであったとはいえ、マスターはUUOだけに熱中していたわけではない。


 とあるイベントクエストでパーティーを組んだとき、マスターはパーティー仲間に自分は飽き性だと吐露したときがあった。様々なゲームに手を出していき、己のブーム(マイブーム)が過ぎれば、すぐに止めていったと話した。


 パーティー仲間が「せっかく育てたアバターに愛着とかないんですか?」と尋ねたとき、マスターは「ないわ。だけど、自分のスタイルだけは崩さないと決めているわ」と答えた。


 アバターネームではなく、自分のプレイスタイルを売りを名刺にしているのだ。


 だから、彼女は自分のアバターに固執せず、自分のプレイスタイルを曲げず、全ての喧嘩を買っていった。それが、引きこもりという生活の裏返しだったのかもしれない。


「どこの暴君だか。魔王だって戦う相手を選ぶっていうのに、お前は見境なしか」

「引きこもりとは思えないアグレッシブです」


 しみじみと耽ていたのに、エンカとベルの言葉で一瞬で冷めてしまった。

 いや、覚めてしまったという方が正確か。


 俺も見境なしの暴れん坊将軍だとは気づきたくなかった。


 引きこもりがネット弁慶という、社会復帰不可能な末期の状態に気付きたくなかった。せめて、ゲームが下手なら、人として救いがあった気がする。


 これが上手いのだ、癇に障るほど。


 当のマスターは、ベルの言葉に照れ臭そうにしている。どうやらアグレッシブという言葉を褒め言葉として受け取ったらしい。


 ええい、誰も褒めてなどいないわ!


「それで、どうやってアジトまで行くのでしょうか?」


 調子に乗っているマスターに強めのデコピンを喰らわせていた横で、ベルがエンカに尋ねる。


「まずは近場の支部に行く。そこで乗り物(スケボー)を調達してアジトへ向かうさ」

「支部があるのですか?」

「ああ、全部で67支部あるんだ。凄いだろ」

「異世界の盗賊、半端ないわね! 国一つ盗賊できるんじゃない!?」


 盗賊組織の大きさにスイッチが入ったのか、額を赤くしたマスターがテンションの高い声で言った。

 というか、盗賊できるとはなんだ? 


「で、その支部っていうのはどこにあるの?」

「これを見な」


 俺の疑問を他所に、エンカはどこに隠し持っていたのか、赤色の石の欠片を取り出した。深紅の輝きを放つその欠片は、ルビーの原石を連想させる。


「綺麗です。エンカ様、これはなんでしょうか?」


 ベルはエンカの持つ赤い欠片に見惚れていた。それは、女性が宝石を愛でる目ではなく、幼子がプラスチックのロボットの玩具をキラキラ光る宝物のように見る目だ。


 彼女は俺が思っているよりも童心らしい。


「エンカ様って……ちょっと照れ臭いね。

 おほん。良いかい、よく聞きな。これは魔石ませきの欠片だ。魔術師や錬金術師どもが創るそれとは違う、純度100%の魔石だ。

 つってもお前たちには判らないか」

「かなり貴重だっていうことは判ったわ」


 この世界ではレアリティの高いもののようだな。盗賊ならさっさと金銭に代えるものだが、何か使い道でもあるのか。


 エンカは魔石をマスターの目に映るように魅せる。


「ただ貴重ってだけじゃない。見た目もさることながら、内包する魔力の質が未確認なんだ。魔力五元素でも光陰でもない、科学的に発見されていない魔力がここにある」


 異世界で科学的という言葉を聞くとは思わなかった。


 冷静に戻る俺とは違い、マスターはまるで怪談の話し手のように、静かに怪しげに話すエンカに引き込まれていく。


「聞いた話によれば、この魔石には過去に悪逆非道を繰り返した邪神が封印されていて、今もなお復活のときを待っているらしい。

 ……夜深いときに聞こえる大きな物音はその予兆で、今なおこの世界を、憎悪と怨念による混沌の世界に染めようと画策しているとか」

「…………フンッ!」

「危なっ!」

「……セーフです」


 何を思ったのかマスターは、突然エンカの手を叩き、その拍子で魔石の欠片がスープに落ちそうだったところを間一髪のところをベルがキャッチする。


「おい、危ないだろう!」

「あんたこそ、なんてものを持っているの、今すぐ捨ててきなさい! バッチいい!」

「バッチいい!? 邪神をことかいてバッチいいとは何様だお前! 今すぐ落雷に当てられて死んでしまえ!」

「残念でーしーたー♪ ここはダンジョンなのでカミナリが当たりませーん♪

 ――――判ったら捨ててきなさい! 今すぐに!」

「絶・対・嫌・だ!!」


 捨て犬を拾ってきた子を叱る母親と反感する子どもだな。

 ……そろそろ止めるか。


「マスターよ、その辺にしておけ。話の流れでは盗賊団のアジトへ行くには必要なものなのだろう」

「そうそう! この希少な魔力を持つ魔石の周波数でどこに支部とアジトがあるのか判るんだ。これがなければ支部すら行くことができない!」

「だそうだ」


 とても慌てた様子で魔石の有能性を説明したな、キャラ崩壊も近いではないか。

 相当大切なもののようだ。


 マスターはベルの手のひらにある欠片を見ながら言う。


「……ふーん。でも、邪神が封印されているんでしょ? 迷信か御伽噺かの類か知らないけど、異世界から勇者として召喚されるはずが、まさかの適正外でダンジョンマスターとして召喚された人もいるんだから、あながち本当に封印されているんじゃない?

 ……というか、邪神とか洒落にならないから。ホントに」


 まさかの本人体験談の言葉。説得力が強いな。

 エンカもぐうの音を出せないでいるようだ。


 しかし、ここで魔石を捨ててアジトへ行けなくなるのは困る。手当たり次第に当たるには砂漠では広大であり、戦力外の役立たず(マスター)がまた倒れるかもしれない。


 ここはエンカ側に立つことにしよう。


「マスターの言う通り邪神が封印されていたとしても、所有権はエンカにある。捨てて困るのは俺たちも同様だ。

 そもそも、そのような御伽噺には尾ひれがつきものであり、本気にする必要はない」

「じゃあソーダは、いつ封印が解かれるか判らない魔石を持つことに賛成なの?」

「今まで封印が解かれなかったのだ。そうだろう、エンカ?」


 エンカは何かを期待する顔で頷く。


「そうそう、それに今の話は少し盛りすぎたね。予兆とか言ったけど作り話で、大きな物音とか聞こえた試がないよ」


 さては、俺がマスターをからかうところを見て、真似したかったのだな。

 これは困った、その気持ちはかなり共感できるので、余り責められないな。


 エンカの告白を聞いて渋い顔をしたマスターに言う。


「今更封印が解けることなどあるまい。下手なことをしなければ大丈夫だろう」

「……ダンジョンマスターが召喚された時点で、かなりアウトな現状だと思うんだけど。ダンジョンマスターと邪神の組み合わせって、危険な薬品を混ぜ合わせるよりも次元二つ分超えてんのよ」


 それは間違いない。俺が保証しよう(笑)。


「では、欠片なしで盗賊団の支部へ行く方法を提示するのだな。それが出来たら、仕方がない、この俺も妥協してやろう。

 もっとも、この世界にはお前たちのお母さんであるGMゲームマスターもいないがな!」

「誰が誰のお母さんだ! あんなサディストをお母さんにするぐらいにならソッコー家出するわ!!」


 顔は気丈だが、足は小鹿のように震えている。UUOでのあのクエストは相当トラウマとなっているらしい。


「……お前たち、どうした? 足でもつったのか?」


 しまった! マスターの無理した姿を見てしまうと、俺まで思い出してしまったではないか!

 クソッ、どうしてUUOはあのサディストに全権を許しているのだ。あれこそ、マスターの言う邪神ではなかろうか!! 


 俺は悍ましき過去を振り払うように言う。


「とにかくだ! エンカの欠片を頼りに支部へ行く方法が他に提示できないのなら、貴様は黙っているがいい、クレマーのダンジョンマスター、訳してクレマスター!」

「ダンジョンがかかってない! 結構重要なファクターだと思うんだけど!

 物乞いの王様みたいになっているから、その略し方だけはやめてちょうだい!」


 その後は『クレマスター』の略し方でひと悶着があったが、不平不満もありながら魔石の欠片を持つことに賛成した。

 

「大分話し込んでしまった。

 そろそろ就寝しなければ明日がキツイ」

「うむ。俺も自室に戻るとしよう。

 エンカよ、貴様は使われていない部屋で寝るがいい。

 空いている私室プライベートルームなら寝具も備えられている。好きに使うがいい」


 余分の部屋はあと十部屋はある。簡素ながら家具も充実しており、小さな宿であれば運営するに申し分ないだろう。


 最も、ここがダンジョンでなければの話だが。


「じゃあ、解散ということで。オヤスミー」

「私も失礼します」


 マスターとベルを皮切りに今日はお開きとなった。


 やれやれ、長かった今日もようやく終わる。


 邪神が封印されているかもしれない魔石の欠片にマスターが大そう怖がっていたが、あれはエンカが脅し過ぎたせいだろう。


 夜中に一人でトイレに行けず悶々とするマスターが目に浮かび、吹きそうになる。


 あとで、からかいついでに様子を見に行くとしよう。


 しかし、話が纏まったはいいが、このまま順調に物事が上手くいっては面白味のない予想通りの展開にいってしまうな。


 不満ではないが、酷く退屈だ。週刊雑誌で王道パターンを楽しむ若人の心境も理解できるが、大人な俺は逆転パターンや大どんでん返しを好む。


 ああ、あのサディストGMならば辛口イベントなど起こったりして彼女たちをアタフタさせてくれるのに。


 ……やはり、駄目だ。あれは辛口というよりもハバネロ一本だ。刺激物を直接投入するのは危険すぎる。


 だが、何かしらのハプニングといった辛味が欲しいのも事実。


 就寝する前、ダンジョンの外に出た俺は砂漠の夜空、薄ら光る星にタカノツメのような一癖のある刺激を願わずにはいられなかった。


 この世界にも月があるのだな。

 UUOでは余り目に触れるものではなかったが、中々綺麗なものだ。


「さて、良い頃合いだろう。戻るか」


 どことなく風情を感じた俺は穏やかな心境のまま床に着こうとする。


 その頃、思ったよりも暗いダンジョンに恐怖しつつも心に勇気づけながらトイレに行こうとするマスターが、意外にも寝相の悪かったベルがベッドから落ちる音に絶叫するという一騒動があり、エンカが駆け付けたときには「邪神が、邪神が、」と頭を抱えて震えるマスターがいたそうだ。


 幸いにも、大事には至らなかったらしい。

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