表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/54

05 暗躍従者とピュアマスター

積雪といい極寒の寒さといい、最近は堪える日々を過ごしています。

それでも楽しみはあったもので、雪かきの達成感に喜んでいます。

季節に苦心しながらも楽しみを見つけるのは、中々風情があっていいと感動しているこの頃です。

 異世界生活、二日目。俺とマスターは活きのいい盗賊一味を手下に加え、ptポイントなしで魔物を召喚するため、その素材を収集していた。


 道中、異世界談義に花を咲かせたりなどしていたが、楽しめたのは最初だけだった。

 

 一時間後、マスターの体力が底をつき始めたのだ。


 ガチャでもクズカードが哀れむばかりの紙体力。先ほどまでのウキウキしていたマスターは見る影もなく、ぜえぜえ言いながら汗だくで歩いている。


「熱い~。どんだけ温暖化が進んでんのよ。誰よ、異世界に排気ガス垂れ流しにするやつ」

「お前たちの世界では、砂漠は熱くないのか?」

「少なくとも俺の知っている限りでは、昼は熱く夜はかなり冷える環境だと記憶している。マスターのは、ただ誰かに愚痴を言わなければやりきれないだけだろう」


 マスターの嘆きの言葉に反応したエンカの疑問に対処する。説明したとはいえ、未だこちらの事情に疎い彼女に変な勘違いの種を振りまかないで欲しいものだ。

 それを言ったところで、今の脆弱マスターには届かないだろうが。


「それにしても砂ばかりだな。エンカよ、今更聞訊いてなんだが、ここら辺で役に立ちそうな素材というものはあるのか?」

「本当に今更だ。お前らの知っている砂漠というのがどこまで破天荒なのか、はだはだ疑問だね。私たちの砂漠はあんたらが思っているほどファンタジーではないことは確かだよ」


 エンカは小ばかにした様子で放った言葉に、先ほどまで意気消沈だったマスターが水を得た魚の勢いでエンカの首の襟を掴む。


「なんですってぇー!! あんたが魔物召喚用の素材があるから、こうしてあたしが性に似合わず、熱い日照りのなか汗水垂らして慣れない体育会系の労働に勤しんでいるというのに、今更ないってどういうことよ!」

「私がいつ魔物召喚用の素材があるとい、ごふっ。言ったといのだ。おい、それ以上ゆら、揺らすな。くびが、首が絞まる!」


 エンカが縄で縛られて抵抗できないとはいえ、マスターがエンカの襟を掴んだまま持ち上げ、空中に浮かせるとは。夏の日差しのもとイライラが溜まっていたとはいえ、先ほどまでのモヤシとは思えない握力だ。


 ……少し短気すぎないか。現実リアルの社会というのは若者をあそこまで喧嘩っ早くさせるのだとしたら、血で血を洗う世紀末の世界に逆行したりしないのだろうか。


「このあたしをただ働きさせたんだから、お望み通り血の一滴まで絞ってあげるわ」

「おい、いい加減はな、ウプ。…やばい、もう本当にやばいんだ、離せ!」

「大丈夫、全てが終わったら離してあげるわ。そう、全てが終わったら」


 支える力がもうないのか、マスターがふらつき始める。右へ右へと、何かに吸い寄せられるように足が運ばれていく。

 もちろん、吸い寄せるなにかは存在しなく、マスターが意図的に行っていることだった。


「おい、どうして回り始めるんだ! 回る勢いが少しづつ強くなっていないか! ンゥ、私が悪かった、だから、もう回るのをやめろーー!!」

「アハハハハハハハー! あたしだってパジャマ姿を見知らぬ複数の男性に見られるという醜態を晒したのよ! 引きこもりで学生という免罪符を盾にしたニートとはいえ、これでもあたしも女の子。今になってどれだけ恥ずかしい事態であったか! あんたもここでゲロゲロな畜生に堕ちるといいわ!」


 引きこもりで学生という免罪符。ふむ、いい響きだ。機会があれば俺も言ってみよう。みみっちい精神論を振りかざすマスターならば、その機会はすぐ来るかもしれないな。


 俺の楽しみがまた一つ増えたなか「トウッ!」と言う気合の入った声でマスターがエンカの襟から手を放した。言わずもがな、エンカはその推進力にされるがまま、けっこうな勢いで飛んで行った。口を抑えるはずの両手が縛られていたので、現場がどうなっているのか気がかりだ。


「アハハハハ、言い様よ…。世界も笑っているわ」


 己も回りすぎたせいか、マスターの世界も回っているようだ。マスターは足をふらつかせながら、しかし表情は笑みを見せていた。


「おい、マスター。大丈夫か」

「アハハハハハハ……。だいじょばなーい」


 謎の言葉を言い残し、バフン、と砂の上に倒れたマスター。熱中症か、はたまた異世界産の病か。どちらにしても医療に浅学な俺が下手に手を出したろことで、かえって悪化しては元も子もない。


「どれどれ、エンカの様子は……。ダメだな、こちらも虫の息のようだ。いや、ここは女の子として未曽有の大事態には陥らなかっただけ褒めるべきか。いずれにしても、つまらない奴め。ここでやらかしておけば余興のネタにでも使えただろうに」

「(……ぶっ殺してやる)」

「おや、おかしいな。何かを言っているのは判るが、内容がはっきり聞こえないな。声量も虫の羽音レベルまで落ちたのかな。

 フハハハハハハハハハハハ! 小娘に好き放題やられてグロッキーとは、盗賊が聞いて呆れる! むしろ羽虫に降格した方が貴様の面子メンツも保たれるのではないか、うん?」

「(ぶっ殺してやる!)」


 会って初日で罵倒するのもどうかと俺の善なる心が問いかけるが、盗賊にかける慈悲などないわ! それも本日強襲してきた奴らのリーダーに。

 生かしていて置くだけありがたいのだ、少しぐらい顎に使ったりからかっても誰も文句などいえない。


 ……とはいえ、重症の人間に鞭打つなど、あまり褒められた行いではないな。


 俺はエンカの傍まで近づいた。酔いやすい体質なのか、まだ青い顔をしている。俺はエンカを起き上がられると背中をゆっくりとさする。俺はエンカの安否を問いかけ、「…ああ、大丈夫だ」と彼女は空元気で答える。


「…すまん、俺も言い過ぎた。大丈夫か、羽虫」

「(絶対ぶっ殺してやる!!)」

「今のは聞こえたぞー!!」


 俺はエンカの尻と砂の間に足を差し込み、そのまま大きく蹴り飛ばした。エンカは反動をつけて前へ向かうブランコの要領で空中前転を繰り返しながら向こうの砂地まで飛んで行った。


 確かにLadyレイディを豪快に蹴り飛し曲芸を演出させるなど、Gentlmen(ジェーントルメーン的に問題的行為かもしれないが、文句を言われる心配も皆無なので躊躇することはない。あと、盗賊を淑女の枠組みに入れてもいいのだろうか問題はあるが、それは別としてエンカの「うぴゃああああ」という声は中々楽しめた。うむ、星五点だ。

 

 だが、先ほどまでよりも酷い惨状になってしまった。マスターは原因不明のバタンキュー、エンカは回りに回ってグロッキー。これでは先へ進むことできないではないか。


「やれやれ、ここでBADENDというのは避けたいものだ。うむ、仕方がない。少し早いが休憩するとするか」


 休もうにも日差しの元では体力も削られるばかり。俺はさっそくマスターにダンジョンを展開させるために叩き起こすとした。


 ◇ ◇ ◇


 少女の小さく安らかな寝息が途絶え、同時にベッドで身じろぎする音が聞こえる。


「……うぅん、ここどこ?」

「マスターが展開したダンジョンの中だ。貴様の私室プライベートルームではろくに看病もできないので、俺の私室まで運ばせてもらった。覚えてないのか?」


 マスターは気怠そうに頭を抑える。


「……うっすら覚えてるわ。まるで濃霧で覆われたような記憶の残骸にだけど、あんたが死にそうなあたしをこき使ったことだけは確かなようね。怒りたいけど、そんな元気もないわ。ああ、頭が痛い。

 ……ねえ。あたし、どのくらい寝てた?」

「約8時間、ぐっすりと寝ていたな。もう、夕方だ。」

「うそ、そんなに寝ていたの?」


 マスターはとても驚いた顔をして俺に問いかける。そういえば、マスターはUUOユニバース・ウルトラ・オンラインに一日の半分以上いたような気がする。長いときには翌日の朝型まで冒険を共にしていた記憶がある。


「驚いたわ。いくら異世界に召喚されて興奮したからって、あたしがここまで眠ってしまうなんて」

「ついこの間まで引きこもりのニートをしていたのだ、体力の消耗が激しいのは当然ではないか。それにマスターよ、貴様は寝床が変わったその日に満足に睡眠できるほどアウトドアな人間ではないだろうに」

「それ、アウトドアの使い方あってる? まあ、インドアなのは確かだけど」


 引きこもりだろう、貴様は。


 俺がマスターの間違った認識を指摘しようとしたが、コンコンとノックの音がした。マスターが「誰?」という疑問も他所に、俺はドアを開く。


 入ってきたのは、赤毛の少女だった。17歳程度だろうか、茶色のオーバーオールに暗いオレンジ色のしたオーバーコート、雪の結晶が刺繍された白い手袋という個性の強いファンションセンスの少女。肩までかからない程度に綺麗に整えられた赤毛は清潔感を出している。


 赤毛の少女は、持っていたお盆に乗せられた三つの水の入ったグラスを「どうぞ」という言葉とともに俺たちに渡した。


 希薄で、されど確かにそこに存在する温かみのある彼女は、冬の夜(ふゆのよ)の暖炉を連想させる雰囲気を身にまとわている。マスターは戸惑いながらも「…あ、どうも」とグラスを受け取り口をつける。


「先に起きてきたエンカは知っていると思うが、マスターも起きたことなので、もう一度紹介してやろう。彼女の名前はリリィ=ベル。俺が召喚した配下である」

「リリィ=ベルです。リリィと呼ばれるのは嫌ですので、ベルとお呼びください」


 リリィ――おっと、失敬。ベルは自らのことを淡々と述べ、「マスターナキもお目覚めになられましたので、お食事をお作りします」と言って部屋から出る。


 この間、彼女は一切、礼の一つしていない。頭を上げたまま、淡々内容だけを言い、この場を去った。

 冗談でもメイドとは言えんな。いや、恰好からしてメイドではないのだが。むしろ、もっとファンシーなやつだと思っているのだが。


 マスターもベルの反応に呆気に取られたようで、彼女が部屋から出た際のドアが閉じる「バタン」という音で正気に戻る。


「え、え、え、え、え? ソーダ、あの人誰? あたしたちの服装を異世界ファンションセンスで崩壊させたような、残念ファションガールなあの人は誰?」

「言葉通り、俺が召喚したしもべだ。砂漠でくたばったお前たちを看病ケアするために、俺がマスターのダンジョンコアで召喚したのだ。素材と権限さえ揃えば、誰でも魔物を召喚できるからな」


 云わば、ダンジョンマスターの特権を俺が使用した、ということ。ダンジョンマスターである姫路ナキの死活問題にもつながる俺の発言に、疲れ切っていたはずのマスターが復活する。


「あたし許可した覚えはないわよ!」

「そうだろうな、そのときのマスターは意識が定かではなかった。朦朧とする意識のなか、最後の力で俺に一度のみの魔物召喚の権限を与えたのだ」


 俺の言葉にマスターは怒りを収め、額に拳を当てながら「う~ん?」と唸る。


「……まったく記憶にないわ。砂漠でクルクル回って倒れたところまでは、なんとか覚えているんだけど……」

「砂漠で意識を失ったマスターを俺は無理に起こしたからな。仕方がない」

「ちょっ!?」


 マスターが驚愕の顔で叫ぶ。空いた口と表情から、『信じられない!』と怒りの言葉が伝わってくる。


「信じられない、か弱い女の子であるあたしを無理やり起こすだなんて! え、なに!? つまり、あたしは二回気を失っているの!?」


 口でも言ったな、相当信じられないようだ。


「鬼畜外道とは思っていたけど、まさかそこまでするとは思わなかったわ! 正体を現したわね、この悪魔! そこまでして、あの赤毛の人を召喚したかったの? ハッ!(刑事ドラマの主人公が何かに気づき自らの落ち度に嘆くように目を開く) 

 …まさか、あんた、既にベルちゃんを手籠めにしたのね! あたしが気絶していときに召喚したのも、あたしから目を盗み何も知らない無知な少女を凌辱するため!」


 妄想が止まらないな!! マスターがスキル『役者魂アクションソウル』を身に着けることができたのか、実はこの妄想癖のせいではないかと目を疑うほどだ。


 というか、『ベルちゃん』とは。先ほどまでよそよそしかった癖に、急にちゃん付けと呼ぶとは驚くではないか。あれか、被害者に過度な情念を抱く的な。そして、俺は親の仇レベルで睨まれる被疑者というわけか。


 勘違いも甚だしい。すぐに否定してもいいのだが、なるほどなるほど……。

 ふむ、痛い少女の妄想にしては面白い舞台ではないか。どれ、俺も一つこの余興に乗ってやろう。なに、期待通りに演じて見せるさ!


 俺は拍手を送りながら、指を突き付けるマスターに感動の意を表明した。


「ハハハハハハハ、面白い話だったよ。君はダンジョンマスターよりも小説家のほうが向いているでのはないかな。出版するなら、ぜひ私に一声かけてくれ。愛読書とさせてもらうよ」

「しらばっくれてんじゃないわよ! ご主人様であることを言いことに幼気なベルちゃんに欲望の限りをぶつけたのは、もはや明確! これはもう惚けるという段階を上限突破しているわ、観念しなさい!!」


 マスターの頭の中では俺はどのようなイメージなのか、言及したい気持ちでいっぱいだ。


「惚ける? 観念? 私には君が何を言っているのか、全く理解できない。第一、それは全て君の妄想ではないか。いいだろう、そこまで私を犯人としたいのなら、証拠を持ってこい」

「言ったわね、女たらしクソ野郎! いいわよ、証拠を出してやろうじゃない! あんたの行った下劣極まりないR18指定確実明記の証拠を!!」


 マスターはかなり自信ありげに吠えた。その目は、真実を見つけ出そうとする不滅の探求心と、信念を貫く己の正義が灯ってた。


 もちろん、無罪潔白の俺だったが、マスターの圧力に思わずごくりと喉を鳴らす。圧力に押されて自然と鳴らしてしまったのか、それともマスターのスキル『役者魂』に感化され俺の演技に磨きがかかったのか。俺にはどちらか分からなかった。

 それ以上に、マスターの次の発言に多大な興味があったからだ。


 あるのか、証拠が。バカな、妄想はどこまでいっても所詮は妄想。現実に干渉することなど、できるはずがない!!


 マスターが一息吸い込み、


「ベルちゃんのファションセンスが壊滅的にダサいことが何よりの証拠よ!!」


 ……。

 …………。

 …………マスターは何を言っているのだ。


 俺は先ほどまで変えていた一人称・二人称を元に戻しマスターに質問する。


「貴様は何を言っているのだ?」

「ファンションセンスが壊滅的にダサいことが何よりの証拠だと言っているのよ。でなきゃ、あんなに可愛い子があんな世紀逆行したような服装しているわけないもの」


 マスターは語る語る。


「きっと抵抗できず、じわじわと嬲るように毒牙に犯されたベルちゃんの精神が擦り切れてしったのよ。その精神の後遺症が服装として表面化している。あたしには判る。

 あれが、あの子のSOSなのよ! 精神の崩壊がベルちゃんのファションセンスに、見るも無残な爪痕を残したのよ!」

 

 ふむ、本人は至って真面目に言っているようだ。ここまで来ると、よくぞ俺に対する罵詈雑言をここまで並べたものだと感心してしまう。たくましいものだ。

 

 確かに、ベルのファッションは少々個性的ではあるかもしれないが、機能的にもサイズ的にも別段おかしいところはない。俺はファンションには詳しくないが、彼女の服装はそこまで酷いものなのかと疑問が浮かぶ。マスターの世界やUUOの世界のファッション事情を知らない彼女が選んだにしてはマトモな組み合わせ(チョイス)だと思ったのだが。


 一方的にマスターに言われ放題で、なんだかリリィ=ベルがかなり可哀そうに思えてきたな。形質上、俺がご主人様でベルが配下であることだ。ここいらで人肌脱ぐとしよう。配下のため、そして何よりご俺のため、そろそろマスターの誤解も解かなければならんしな。


 その前に、苦言を一つ。


「一日パジャマだった貴様のセリフとは思えないな」

「なんですって! あたしだって好きで一日パジャマ着ているわけじゃ……。あれ、あたしいつの間にかジャージに着替えてる」


 マスターは驚きながら、自分が着ている黒色のジャージの感触を確かめる。灰色のラインという変わったところもあるが、マスターには馴染み深いものだろう。


「ベルに着替えさせたのだ。さすがに汗だくのパジャマのままでは風が引く。俺とベルに感謝するのだな」

「鬼畜外道の女たらし手籠めくそ野郎に感謝の言葉なんてあるわけないでしょ!!!」


 罵詈雑言の最終合体、怒涛の勢いとはこのことか。決壊したダムのように俺の罵倒が止まらないな。


「そもそも! ベルちゃんに感謝はあれど、あんたに感謝するような覚えがないんだけど」

「まったく、よくもまあ、そこまで喋れるものだな。水中でも宇宙でもないのに、貴様は息継ぎができているのか不安になるよ。少しは落ち着いたらどうだ、マスター」


 俺はベルから渡されたグラスで喉を潤す。うむ、砂漠にしては上質な水を手に入れたものだ。後で褒めて遣わそう。

 その余裕綽々の姿に、乱れた息を整えているマスターは、獲物を狙う豹のように俺の発言を静かに待っている。彼女も少しは落ち着くべきだと結論したらしい。


 最初からそうであれば、せっかく回復した体力を消費しなかったものをと思いながら、俺は半分まで飲んだグラスを窓辺の淵に置き、マスター直々から得られた発言権を行使する。


「マスターは俺に感謝すべきことがないと言ったな? ならば述べよう! 死にたいであった貴様らをここまで運んだのは俺だ。ダンジョンを開いたのもダンジョンコアで魔物を召喚したのも、貴様とエンカを日の当たらない場所で医療に覚えのある魔物を使い看病する必要があったからだ」

「それじゃ、ベルちゃんを召喚したのは…?」

「貴様らはLadyレイディとして扱うGentlmen(ジェーントルメーン意識から芽生えた配慮だったわけだ」


 俺の説明にマスターはしばらく考え込んでいた。恐らく、俺の説明に何か穴やトリックがないか脳内で検証しているのだろう。

 刑事魂そういうスイッチが入っているのだろう。


「マスター、よく考えてくれ。本当に俺が色に酔う畜生だった場合、自分で召喚した魔物よりも気絶して抵抗のできなかったマスターたちの柔肌を蹂躙すると思うのだが、うん?」


 青いガキには興味がないが、マスターの中では俺という人物は大層な色欲魔となっているので、それ前提として問うてみた。


 これまでの経緯意と俺の言葉を反芻しているであろう。マスターは長考し、


「……そのー、罵詈雑言なんでも喜んで受けますから、どうか許してください。……お救い下さった挙句このような仕打ちをしてしまい、大変申し訳ございませんでした」


 誠意を込めて謝罪をした。


「ふぅー……」


 とりあえず一息入れる。冤罪とは、ヒステリーが生み出す一つの悲劇であることを今日日きょうび学んだ。


 自分の妄想からの勘違いだとようやく悟り、赤い顔で俺に頭を下げるマスター。申し訳なさいっぱいの悲壮感を感じる頭部を眺めた俺は、この身を震わす優越感のまま口にする。


「気にするな、マスター。異世界に召喚され、さらにこれから旅する男が自分が寝ている間に事を行ってたと思ってしまえば、気が動転してしまうのも無理はない。乙女の行き過ぎた妄想とはいえ、そのぐらいの警戒心のほうが異世界で生き延びられるかもしれんしな」


 自分で言ってなんだが、割とそうかもしれぬな。現実リアルでは過剰と受け取られるが、異世界では何が危険信号か判らぬ。


 その思いも含めて言ったのだが、マスターは違う意味で受け取った。


「そうよね! あたしも急に異世界に召喚されてテンパってたかも。しかも勇者じゃなくダンジョンマスターだし。頭がおかしくなっても不思議なじゃいわ」


 マスターは未だに赤く染まった顔で無理に溌剌と言った。俺の言葉をこの居た堪れない空気を変えようと手助けした言葉だと曲解しての発言のようだ。

 それにしても、開き直りが早くないか。言葉の全てが自らの保全ではないか。

 と思っていたが、マスターは気まずそうな目をして、


「まあ、思考が暴走気味だったとはいえ、ソーダには失礼なことを言ったわ。悪かったわね。

 …言い訳にしかならないけど、引きこもっているとはいえ、あたしも多感な15歳なの。だから、ついつい妄想が行き過ぎちゃって。ネットや同人誌で慣れていたつもりだったけど、ソーダがやっていたと思うと、なんだか妙に現実味が増して。それであたしも訳判らなくなっちゃったの」


 話すにつれ、マスターの目は次第に伏せていった。


「自分でもかなり酷いことを言った実感があるわ。本当にごめんさない」

「気にするな。……さっきも言った言葉だな」


 人付き合いの苦手なマスター。彼女は喧嘩の仕方も仲直りの仕方も学んでこなかったのだろう。元は俺は彼女に雇われたNPCにすぎないが、ここで無駄に重ねた年月が物を言う。


「気にするなと言ってもマスターのことだ、永遠引きずるだろう。現に引きこもりを引きずっているからな。いや、引きずっているから引きこもりなのか? どちらにせよ、重い甲羅を背負った人生だ」

「……嫌なやつね。人が謝っているのに亀扱いはないんじゃない」

「覇気のない突っ込みだ。調子が狂うではないか」


 そうは言ってもマスターの調子が戻るわけもないことを重々承知のこと。


「亀を救った少年が結果的に痛い目にあってしまう。まさに浦島太郎だな。だが、俺はまだ髭も生えておらぬし髪も白くない。巻き返すチャンスはあるのではないか?」


 人差し指をマスターの額にぐりぐりと押し付ける、という挑発めいた仕草を行う。マスターは恨めしい目で見ながらも俺の手を払わない。


「これは借りとしておこう。なに、UUOのときのようにWorld record(偉大なる成果)を挙げてくれればば、俺も身を楽にできるというもの。期待しているぞ」

 

 パチンッ、と軽快な音を鳴らせたデコピンは、マスターにほんのり赤い跡を残した。痛そうに両手で跡を抑えるマスターは涙目だがらも元気な声を出した。


「OK、巻き返してあげるわよ。姫路ナキの偉大なる冒険譚を紡ぐんだから、これぐらいの失敗は千倍にして返してあげるわ! だから、あんたはこれまでどおり(・・・・・・・・)あたしの活躍を見ておきなさい!!」


 マスターはビシッと俺を指さし、「だから執筆出版はソーダの仕事ね」とウインクをする。

 狙っていたかのような決め仕草。調子が戻ると通りこして、天狗に負けないぐらい調子が乗ってきたな。


 これから何が起こるか暗中模索ない世界だ。これぐらテンションが高くなくては、俺も高らかに笑えない。


 やれやれだ、少女の扱いも苦労すると、俺が内心安堵していると、再びドアのノック音がした。

 ガチャ、と開けたのはリリィ=ベルだ。彼女はお盆からお粥らしきものが見える。卵となる黄色が少し色濃いオレンジ色となっている。


 ベルはお粥をお椀によそい、木で削られたスプーンとともにマスターに渡す。


「ありがとう、ベルちゃん」

「…ちゃん、ですか?」

「ああ、ごめん。…嫌だった?」

「いいえ、構いませんよ。ベルちゃんで」

「そう、そうよね! お粥ありがとうね!」


 マスターはベルに元気よく礼を言い、お粥にスプーンをつける。最初はオレンジ色という見たことないお粥に抵抗があったものの、一口食べると予想外の旨さにマスターは驚く。


「おしいわね、このお粥。卵が濃厚かつフアフア感がしっかり残ってる」

「良い卵を使いました。栄養の面でも高い効果が期待できます」


 そのままマスターはお粥の器を空にし、ご満悦の表情を浮かべる。


「ベルちゃん、ご馳走様。とってもおいしかったわ。看病もベルちゃんがしてくれたのよね。着替えさせてくれたのベルちゃんだってソーダから聞いたわ。恩に着るわ」

「いいえ、私はソーダ様のご命令に従っただけでございます」


 マスターの言葉にベルは慇懃に返す。


「そこは素直に感謝を受け取ったほうがいいぞ、ベル。後で何倍にして借りを返してくれるからな」

「ちょっとそこ、無邪気な少女に毒を入れない」


 マスターの鋭い目に俺は「おっと、失敬」と言う。全く、何がマスターの心を掴んだのか判らぬが、どうやらベルのことがお気に入りのようだ。


「うん? 俺に何かようか?」


 話題の当人であるベルが俺に近づいていた。何も言わないが、俺を見ながら無言をしているので、何か用があるのかと思い口にした。


「ソーダ様は貸した借りを後で何倍にして返してもらえと言いました。私もソーダ様の御恩に報いる際、そうしたほうがいいのでしょうか?」


 冗談のつもりで言ったのだが、ベルは至って真剣な目で俺に聞いてきた。


「貴様は生まれたての小鹿のようなもの。無理して俺に借りを返したところでたかが知れている。借りを返す前に己のことを考えるのだな」

「…判りました。では、大人になりましたら御恩を何倍にして返しますので、そのときを楽しみに待ってください。サービスしますから」

「ああ、そのときはドンペリを頼もう」


 少女染みたウインクに対し洒落た冗談を効かせた俺に、ベルは微笑して「それでは失礼します」と器とお椀を片づけ部屋を去った。


 この世界で生まれ、現実リアルとUUOの知識を得るだろう彼女が、どのように成長するのか、見ものだなと主らしい思いを過る。


「また一つ楽しみができたな。…ところで、我がマスターよ。貴様は布団で顔を隠して一体何をしているのだ? ハハハ、さてはベルの純粋さに自らの汚濁のような精神を自覚して羞恥しているのか。俗世に汚れた貴様に主を称える忠臣の姿が、さぞ眩しかっただろうな。

 ハハハハハハハハ! 少しは己を省みる実に良い機会となったではないか!」


 マスターは唸り声で俺の言葉に反感を表す。図星を刺されて声も出ないようで、JKという体裁を持つだけの引きこもりマスターには少々刺激が強すぎる光景だったようだ。


 赤い顔をして話題を変えようと懸命な姿のマスターが、なんとも面白かった。

 今夜も良き眠りができそうだ。



 ◇ ◇ ◇



 マスターの哄笑が響く部屋の中、なおも布団に顔を隠したマスターは小さな声で言った。


「(……女たらしクソ野郎!!)」


 インターネットの俗世にまみれた彼女であるが、だからこそ、純粋ピュアで甘酸っぱい表情をするリリィ=ベルの顔を見て、ソーダへの罵倒の一つが正しいと再認定した。


 淡々とクールビューティーを通り越して無感情の人形ではないかと疑っていた彼女が、恋する乙女を匂わせる、ごく僅かな表情の変化に思わずこちらが照れてしまった。


「(一体、あたしが眠っている間に何が起こったの? 召喚したその日に高感度MAXってある!? フェロモン、一瞬で女を虜にするフェロモンでも散布してんの? ホステスも顔負けだよ、エンジェルキラー?炸裂だよ!!)」


 姫路ナキの頭は甘み成分多寡により、しばらく布団の中で唸るしかなかった。

 もちろん、彼女の耳には何も届かない。

早く色々な話を書きたいと思う自分と、文章に納得できない自分。

良い塩梅を見つけるのが、最も効率が良いとどこかで聞いたことがありますが、これが中々難しい。

…塩梅って、塩をいう漢字が入っていますが、なんとなく甘そうだなと思っている私でした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ