01 勇者と中ボスの召喚
アムン王国、白亜と緑の王城、その大広間に引かれた魔方陣の光とともに同質の黒い服を着た24人に人間が召喚された。
事態を理解できないのか、24名は騒々とした様子であったが、黒い髪に一筋の金色のメッシュが入った少年が大きな声でその事態を止めた。
「落ち着くんだ! こういうときこそ冷静にするんだ」
「でも、冷静って」
少年、木野友馬の言葉に反応したのは、友馬の長馴染みである星川巡だった。明るい茶髪のショートボブを揺らしていたいつもの快活さはなく、不安を抑えるためなのか、必死に友馬の袖を掴む。
「ここで騒いでも仕方がない。それより、事態を知っているらしい彼らから話しを聞くべきだ」
「木野君の言う通りよ。それに、彼らはどうやら私たちが静かになるのを待っているらしいし」
巡、そしてクラスのみんなを安心させようとかけた友馬の言葉に、クラスの委員長である嘉元静稀は同調した。赤縁眼鏡を通して見える鋭い眼光は、慌てふためくクラスメイトとは違い事態を冷静に観察しようと努めている。
「ほら、始まるらしいわよ」
静稀の目線の先には白い装束を纏った複数の人間が近づいてきていた。
フードを被る彼らの顔は見ることができない。何かのドッキリや映画の撮影かと思ったが、彼らの雰囲気、そして彼らが持つ金色の杖、杖の先に付けられら宝石のように輝く緑色や赤色といった様々な色の結晶、その装飾はとても芝居のものとは思えない。よく見れば、悠馬たちを囲むようにして数人の白装束の姿が見える。
その中の一人が白装束のフードを取り素顔を見せる。14歳ぐらいだろうか。幼さにも貴族のような優雅さを感じさせる足取りで、集団から離れ近づいてくる。
「はじめまして勇者様。私はアムン王国第一王女、パリス=アムンでございます」
王女と名乗った少女は感謝の意を告げ、頭を下げる。それに伴い白装束の人間たちも首を垂れる。
「勇者?」
余りの事態に呼吸を止めていたなか、友馬が疑問を出す。王女パリスは友馬の言葉に「はい」と頷く。
「あなたがたは、魔王の手からこの世界『イーヴァンプール』を救うために召喚された勇者様なのです」
パリスの告白に友馬は理解できなかった。訳が分からない、そもそも勇者とはなんだ? 『イーヴァンプール』って、どこの国だ?
何も答えられない友馬に代わるようにして、静稀が口を開く。
「あなたは私たちのことを知っているかもしれないけれど、私たちはあなたのことを何一つ知らないのよ。
説明してもらえる」
静稀の言葉にパリスは頷き、「立ち話もなんですから」と言われ別室へ誘導する。
◇ ◇ ◇
イギリスを舞台としたアメリカ映画の食堂を彷彿させる場所にて、クラスメイト全員が用意された椅子に座り、それぞれのティーカップに紅茶らしきものが注がれる。所どころ金細工がされており、高級品に耐久がないクラスメイトは落ち着きがない。
その様子に王女はクスクスと笑いながら「大丈夫ですよ」と声をかける。勇者たちの反応に楽しみながら紅茶を一口含み、この世界の伝承について語り始まる。
この世界『イーヴァンプール』は俗にいう剣と魔法の異世界であること。
現在、『イーヴァンプール』は魔王の侵略により苦しめられていること。
その原因は千年前の封印された魔法が復活したこと。
魔王を討伐するため、魔王を封印した7英傑は将来魔王の封印が解除されたときに、魔王を討伐において能力適正の高いものたちに自らの力を託す『勇者召喚魔方陣』を作ったこと。
「7英傑の皆さまは命を代償にしてこの魔方陣を描き、後にくる魔王討伐の任を後世へと託しました。しかし、その勇者様がまさか、異世界から召喚されるとは……」
パリスは困惑した顔で呟く。まさか、王女も異世界から勇者が召喚されるとは思わなかったのだろう。
「それじゃあ、俺たちは元の世界に戻れないのか!?」
金髪に髪を染めた少年、大沢浩六が声を荒げる。他のクラスメイトもそれが気がかりなのか、真剣な表情で王女を見る。
「いいえ。大丈夫ですよ。魔方陣の作り方は魔導書に記載されていますし、それを元に帰還魔方陣を作成できます。ただ、7英傑が作ったこともあり、作成できるまで時間はかかりますが……」
パリスは申し訳ないような顔で言うが、クラスメイトの多くはその言葉に救われたような顔を出す。なかには「良かった」と涙を擦るものまでいる。
しかし、王女の言葉に納得できなかったものがいた。
「それでいいの?」
静稀がパリスに問う。その言葉は先ほどまで元の世界に帰れると歓喜していたクラスメイトを沈黙させた。それほどまで、静稀の言葉は冷たく棘があったのだ。眼光も人を殺してしまうのではと疑ってしまうほど強く、隣に座っている本成寺マイカが静稀の変わりように気が動転しかねない。
王女も静稀の眼光には面を喰らったようで言葉を出せないでいた。沈黙が続く中、「それは、どういう意味だ? 嘉元」と静稀に問い返した。
沈黙を破ったのはパリスでも静稀本人でもない。友馬だった。彼には自覚がないだろうが、クラスのリーダー的存在である友馬とクラス委員長である静稀は自然と話し合う機会が多く、クラスメイトの中でも彼女に話しかけることに抵抗がなかった。
そして、静稀も友馬に対して遠慮をしない。クラスをまとめる者におってクラスを扇動する者を時として目に余る。静稀は友馬を毛嫌いしているからこそ、本心をぶつけている。
それは、この異世界でも例外ではなかった。
「7英傑が召喚した勇者が私たちなら、例え私たちが元の世界に帰ったとしても、また魔方陣を発動させたら私たちが召喚されるわけでしょ。あなたが私たちを尊重することはイコールで勇者召喚を諦めることになってしまうのじゃない?
巻き込まれる私たちは溜まったものじゃないけど、世界救済をかけるあなたの立場を考えると、私たちを返してはいけないんじゃない?」
静稀の言葉にクラス一同が理解できないでいた。この異常現象を正しく理解する静稀の異常性を度外視しても、彼らには世界というものが想像できないのが無理からぬことだった。
たかが、高校生なのだ。
静稀の言葉にパリスは頷いた。
「失礼ですが、お名前は?」
「嘉元静稀」
「では、カモト様。あなたの質問にお答えしましょう。確かに、勇者召喚は異世界からの召喚だったとすれば、私たちはたとえあなた方を元の世界へ帰還させても、次に勇者召喚を行えば堂々巡りになってしまうことは理解しています。
しかし、この世界の運命はこの世界にものに託すべきなのだと私は思います。私は世界を救うために勇者召喚を行うのではありません。世界を守るために行うのです」
パリスは静稀をはじめとする24人、一人一人の目を見ながら語り始める。
「世界を守るためには世界に対する愛が必要です。愛なき救済は自立なき保護と同一なのです。だからこそ、魔王の悪意から守る勇者はこの世界を愛し、また愛される者ではなくてはありません。そうでなければ、私たち『イーヴァンプール』の人間は危機的状況に陥るたびに異界の勇者に頼らなければならなくなってしまいます」
「そんなことはないですよ!」
パリスの悲痛ともいえる言葉に星川巡は悲鳴を上げるように否定した。
しかし、パリスは「いいえ。違いません」と首を小さく横に振る。
「一度例外を作ると、それは例外ではなくなってしまう。異界の勇者に頼る未来が来なくても、私は王国の姫としてその可能性を作る愚行を犯すわけにはいかないのです」
王女としての決意を目の前にした巡の目から涙が出ていた。平和で平凡な世界で生きていた彼女にとって、王女パリスの姿は騎士道にも似た清廉さと強さを感じたからだ。
例え、それが悲劇だとしても彼女は決して折れることはない。
そう感じたのは巡だけではない。クラスメイト総勢24名が同じように感じていた。静稀も「ふん」と何かを認めたように目を閉じる。隣の本能寺マイカはパチパチと小さく手を叩いていた。
木野友馬も王女パリスの姿に興奮し、謎の競争心が沸いていた。
「じゃあ、しょうがないですね」
木野友馬はティーカップの紅茶を飲み干し、椅子から立ち上がる。
「お姫様。一つ質問したいのですが、元の世界に帰れる魔法というのはいつ頃完成しますか?」
「……勇者召喚の魔方陣の解析、それを元に帰還魔方陣作成するためには、早くて半年。ですが、これからの魔王の対策を行うことを考えますと、もっと時間がかかります。もちろん、勇者様方の帰還を第一に考えますが、それでも一年はかかってしまいます」
「……そうですか。判りました」
友馬は話すことが終わったというのか、部屋から出ようとする。友馬の行動に「どこいくの、友馬?」と巡が尋ねる。
「戻るのには一年も時間がかかるんだ。それまで、この異世界を観光していくさ。それに、王女様から教えられた7英傑が託したという力も試してみたいしな」
友馬の余りに楽観的な言葉に巡だけでなくクラスメイト一同が驚愕した。本当に王女の話しを聞いていたのか疑いたい。冷酷な目をしていた静稀も驚いたのか、肩を微動させた。
「いけません! あなたは余りにこの世界を甘くみています。確かに、あなたは勇者かもしれません。しかし、聞いたところあなたの世界は戦いとは無縁の平和な世界だったのでしょう」
「そうだよ、友馬! もしかしたら、死んじゃうかもしれないんだよ!」
心配するパリスと巡の言葉に友馬は爽やかな顔で返答する。
「別に無茶じゃないさ。俺はこう見えても中学生のときには剣道で良いところまで行ったんだ。剣術も齧ったことがある。そもそも、魔王を討伐する勇者に無茶するなというのがおかしい」
自嘲するように「まあ、勇者になるつもりはないがな」と呟き、扉に手をかけ――――
さざ波を打つ夕焼けの海のような、安らぎを与える目が姫を映し、
「冒険の最中に魔王を討伐してしまうかもしれないが。勘弁してくれよ、王女様」
さざ波を打つ夕焼けの海のような、心に安らぎを与える目が姫の姿を映し、友馬はそう言って扉から出ていく。
「彼、出ていったわね」
友馬の言葉と色彩にしばらく唖然としていたパリスが静稀の言葉に意識を戻す。パリスは慌てて従者と思わしき燕尾姿の老人や女騎士に声をかけ、「待ってください! せめて、王国騎士を傍にー!」と叫びながら友馬の跡を追う。
こうして、一人の勇者が異世界へと旅立った。
◇ ◇ ◇
夜の砂漠のど真ん中、白いシャツと黒いパンツを着た、やはり場違いだなと自覚している俺は思った。
こいつ、救いようがないと。
「はあああああああーーーー??? なんで切れてんのよーー!! もうちょっとでグランドクエスト成功できそうだったのにーーー!!」
ピンク色の水玉模様をした可愛いパジャマの少女の悲鳴が砂漠に広がる。
剣と魔法の世界である異世界へと召喚された少年は悲しそうに、パソコンの前で憤慨する超名作のオンラインゲーム<ユニバース・ウルトラ・オンライン>をプレイしていたはずの少女の残念至極な姿を見ていた。
少女はマウスやキーボードを必死で押すが、パソコンの画面は真っ暗のまま。それでも、少女は諦めきれないのか、終いには泣き顔でパソコンを揺らし始める。
「ああああああああぁぁぁぁぁぁ――――…………。
一年の苦労が……。あたしのこれまでの労力が……時間が……」
なるほど、これが虫の息というものか。
ただでさえモヤシである彼女が精神的にガリガリと削られ落ち込まれては敵わない。俺は仕方がなく彼女に救いの手を差し伸べる。
しくしくと砂に顔を埋めて泣く彼女の肩に手を置く。
「……それどころじゃないだろ」
「だって……だって……。……ここまで来るのに5年かかったのに。……引きこもると決めたのもこのゲームがきっかけだったのに……」
「いじめられていたからじゃなかったのか」
俺が知っている限り、そのはずなのだが。いつのまにかトラウマが思い出に上塗りされたのか。人間の記憶というのは都合が良い。
「あんたは知らないだろうけどね、あたしがこれまでどんな気持ちでここまでゲームしてきたと思っているのよ! 学校に行かず家族に憐みと悲しそうな目で見られ、家族に申し訳なさでいっぱいになりながらも、ここまでゲームを続けてきたあたしの孤独感と家族を裏切りながらも続けてきたゴールが目の前で切り離された絶望感、あんたに判るの!?
どこぞの馬の骨にあたしの5年間を判ってたまるか――!!!
っていうか、あんた誰!?」
「やっと気づいたか」
というか学校行けよ。戦場みたいな五年間よりもずっと有意義で幸せだっただろう。
「俺のこと、どこかで見たことないか?」
「どこかでって。引きこもりでゲームばっかりしているあたしが知っているわけ…………。いや、待って。確か、あんた、あたしの宇宙船にいたNPCじゃない!!」
やれやれ、やっと気づいたか。
口に手を近づけ「あわわわ」とアニメに影響された驚き方する少女に説明を始めた。
「気づいて何よりだ、マスター」
「マスター! ねえ、あたしのことマスターって言った!?」
感激したように「ハーーー!」と頬を赤く上気して悶える身体を自分の両手で抑える。
「……嬉しそうで何より」
「それは嬉しいわよー! 引きこもりで男か女かも判らないネット上の友だちしかいないあたしが、あたしが! 友達を通り越して従者を手に入れたのだから! しかも3D! いや、3Dを超えたスーパー3D! 感激もするわ!」
発言が悲しみと虚しさに満ちている。
どうして彼女をここまで放置しておいたのだろうか。
歓喜の表現を続けるマスターに俺は言う。
「マスター。そろそろ、事情を説明させてくれ」
「ひゃはーーーーーーーー! うらうららーーー! らんらんるるるーーー! はあ、はあ、ゴホゴホ。やっぱりステータスがモヤシのあたしにはこれ以上の表現方法は無理だわ。
で、どうしたの? 事情ってなに?」
「まず、ここがどこだか判るか?」
少女は辺りを冷静に見渡す。
「……砂漠じゃん」
「うん」
「――砂漠じゃないのーー! 一体どういうこと!? 異世界召喚でもされたのあたし!?」
「お見事。正解だ、マスター」
さすが。ニートでオタクはこの手の情報に得てだ。面倒な説明をしなくて済む。
「えええ? 本当に異世界に召喚されたの!? 剣と魔法の!?」
「そうだ。剣と魔法の」
「やったあああああああーーーー!! 人生勝ち組ルート来ましたーー!! ねえねえ、ハーレム作ってもいいの? チートで建国していいの?」
「日本語になっていないぞ。そもそも、お前は女だからハーレムじゃないだろう」
「嫌よ。私は逆ハーレムなんて興味ないの。作るのなら可愛い女の子がいいじゃないの。そうね、ドジっ子眼鏡キャラがいいわね。羞恥プレイで顔を赤らめ悶えさせたいわ」
「安心しろ。お前以上のキャラは存在しない」
チートでニートでゲームに五年浪費した残念至極のキャラなんて、異世界には絶対存在しないだろう。元の世界でもハズレキャラ。親の年金を貪る未来のビジョンがはっきり見える。
「うん? なんか酷い勘違いをされた気が」
「さて、俺には全く判らないな」
トラウマが原因なのか、ゲームで培った経験なのか。勘が鋭い。
「それで、それで! テンプレ展開は?」
「テンプレ展開?」
「もう判ってるくせにー! あるでしょ、テンプレ展開。異世界に召喚され王様にこの世界を救ってくれと勇者として魔王を討ちに行く旅が始まったり。実は神様のミスで死んでしまい、神様から与えられるチート能力を持って異世界エンジョイしたり」
「…………ふふふふ」
おっと、能天気なマスターに思わず笑いが。
「なに、どうしたの?」
「ふふふふふ――――――うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃーーーー!!!」
「うひゃーーー!! なになに、バグったの!?」
ひっくり返るマスターに俺は一度笑いきる。
「あーはっはっは。笑った笑った。さて。耳をかっぽじって聴くが良い我がマスターよ!」
「なになに! もしかして、テンプレ来るの、冒険の始まりが来るの!?」
期待した目で見てくるので、また笑いそうになってしまう。
しかし、笑ってはいけない。ここで笑ってしまえば話しが前に進まない。
「確かにマスターの言う通り、マスターはとある王国にこの世界を魔王の手から救うため、勇者として召喚されたはずだった」
「そうそう! …………うん? はずだった?」
残念でしたね。
俺は間の抜けてしまったマスターに喜び全開で言い放つ!
「しかし、なんと残念なことか! マスターは勇者として召喚されたはずが、勇者として適正外だったのだ!」
「適正外! なんで!?」
「馬鹿め! 正義感も友達も成長意欲もない廃人ニートのお前が勇者になることこそが不条理! お前が勇者になったところでそのチート能力で自堕落に過ごすのが目に見えるわ!!」
クラスのモブでさえ召喚されたというのに。
マスターは「ハー!?」とさっきまでの喜びの顔から一転、怒り声で言う。
「じゃあ、なんであたしが異世界に召喚されたのよ!」
「もちろん、本来ならば召喚されない。ニートが勇者では世も末。ゴクツブシに救われる世界の身にもなってみろ。余りの不遇にNPCでも涙で出るわ」
「そこまで言うか! 鬼、悪魔、鬼コーチ!」
おいおい、鬼が二人いるぞ。
「いいわ、ゲームやりましょう! ゲームだったら、あんたなんてスライム同然なんだから!」
マスターは隣に座るように砂の上をだんだん叩く。やれやれ、パソコンの画面も真っ暗なのにどうやってゲームする気なのだろうか、彼女は。
「だが、残念なことか喜ばしいことか。マスターの引きこもり適正が上限値を超えていた」
「ねえ。人に引きこもりって言われるの、傷つくから止めてよ。自分で言うのはいいんだけれど、人に言われるのは嫌なの」
「安心しろ。自他共に認める才能だ。誇ってもいいいんだぞ」
「誇れるか!!」
慣れていない行為だからか。マスターは息切れを起こしてようで、苦しそうに呼吸する。
「マスターの言いたいことも判る。だが、マスターはこの異世界で引きこもりの才能を誇らなければならない! だからこそ、マスターはこの異世界に召喚されたのだから!」
「引きこもりの才能で召喚されたのあたし! もうちょっと血筋の関係とか、実は親が異世界出身だったとか!!
「戯けか。いつまで夢に見てるんだ。ニートの癖に」
「ニート言うな! 戸籍上では学校通っとるわ! 成績も常に上位キープしているし。ただ、登校していないだけです~。あたし、ゲームではリーダー的存在で忙しかったし~。まあ、アイドルみたいなものね」
立派なニートではないか。
ここまで現実を誤認してしまうとは。本当に、人間の記憶とは都合が良いらしい。
さて、ここで現実を認識してもらうのも、厳しいと思うかもしれないが、それも優しさだろう。ここではっきり否定してあげた方がマスターのためだ。
「異議あり! マスターはニートで引きこもりだ! その証拠にマスターはこの異世界で召喚されたのだからな!」
「なにを! だったら、言いなさい! どうして、勇者の適正がないあたしが異世界に召喚されたのか!」
俺は含み笑いをしながら、心の底からバカにして言った。
「喜べ、姫路ナキ! 貴様はマスターはマスターでもメイドと主人といった従者関係のマスターではなく、ダンジョンマスターとして召喚されたのだ!!」
「ダンジョンマスター!?」
「そう! 陰鬱な洞穴や街はずれの寂しい古びた塔の主である、ゲームで言う中ボス的なダンジョンマスターとして貴様を召喚されたのだ!!」
俺の言葉にダンジョンマスターは先ほどの怒気が始めから無かったかのように消えた。それは言葉を失うほどの驚きらしく、しばらく理解できないでいた。
「ねえ。ちょっと訊きたいんだけど」
「なんだい。ダンジョンマスター」
「ダンジョンマスターってあれでしょ。敵キャラだよね?」
マスターは不安げに質問する。もう、泣きそうな雰囲気だ。
まったく、判っている癖に。確認したい気持ちは判るが、ここで下手にオブラートに包んでも現実は変わらない。ここは優しさと愛情を持って語ることにしよう。
「ああ。お前の言うゲームのレベル上げに使われたり、レア素材目的でばっさばっさと殺されて。小説サイトでもあまり見かけなくなった、あのダンジョンマスターだ。
余り夢を見るなよ。ダンジョンマスターとは殺されて当然の類のものだ。存在自体が民衆の安らかな生活を脅かす悪。決して世界に受け入れられるものではない。
ふん。全く、なんと下卑た存在なのか。世界の膿そのものだな」
「なんで、そこまで言うの!? 勇者として召喚されたはずなのに、どうして敵キャラになっているの!? いらないのね、あたし!!」
自分の存在理由を求める涙目の少女。その姿を哀れに思った俺は救いの言葉をかけた。
「安心しろ。少なくとも勇者には需要があるぞ。ガンガンレベル上げしてもらおうぜ」
「ふざけろ、カスッ!」
姫路ナキの渾身のジョブを腹に受けたが、やはりモヤシだったようで。しばらく右手の痛みを抑えながら打ち上げられた鯉のように「くおおおおお」と苦しむ。痛みが和らいだのか、キッと目を鋭くして威嚇する。
「ぷっ」
「笑うなー!」
おっと、健気な姿に思わず笑ってしまった。
それからしばらく砂漠の真ん中で少女の癇癪が響くことになった。