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自称勇者の子孫の覚悟

「はぁ、何でよりにもよって仲間になったのがこんな変な娘なんだろう」


「変とは何ですかっ! わたしはれっきとした冒険者。いわばあなたと同業者なんですよ? ソレの何処がおかしいとあなたは言いたいんですか!?」



 現在、俺は空腹を満たすべくヴォルトゥマの中央辺りに位置する市場、そこの一角にある食事処で日本ではありえないであろうトカゲの丸焼きに食いついていた。


 本当のところはギルドで依頼達成を報告すると共に腹を満たすつもりだった。


 だが、その考えは目の前で俺とは違ってパスタのような麺類に舌鼓を打つ自称勇者の娘によって不可能となったんだよね。

 全くもって不愉快だ。



「確かにわたしとしても強引な手段に出たとは思っていますよ? けれど、それは何度も謝っているじゃないですか」


「そうやって謝るつもりでいるのなら、最初から誤解を招くような身なり振舞いをしないでもらいたいんだが」


「わたしの何処が誤解を招くと言うんです?」


「全てだ」



 またも即答で返してみれば、不満を覚えたらしく目を見開いて叫ぼうとするアイリス。


 だが、この公の場所で叫び注目を集める行為は二度と御免な俺は、彼女の今にも叫びそうな口の中に手元にあったトカゲでは無くパンを強引に押し込んだ。


 そして、冷ややかな視線で彼女を見据え



「良いか? 俺は面倒事はごめんだ。今回の依頼は仕方なくお前を連れてくことにしたが、今回限りだからな。そして、もうこれ以上俺に面倒事を持ち込まないでもらおうか」



 言いたいことだけ口にしてみれば、少し怯えたように何度も首を縦に振るアイリス。


 ちょっとだけ先程の件もあってかイライラしてたからな。

 大人げなくも殺気を少し交ぜてしまったが故だろう。


 おかげで、彼女の瞳には先程とは違って大粒の涙が浮かんでいて、額だけでなく全身から汗がにじみ出ているのが窺えた。


 魔王の殺気を受けたんだ、当然の反応だろう。



「とにかく、依頼が終わるまでは俺達は仲間だ。それまでは手を貸してやるが、足を引っ張る真似だけはするなよな」


「わ、分かりましたが……まるでわたしが使い物にならないとでも言いたげなその言動はどうかと思います」



 うって変わって控えめな態度で返答する彼女。


 まるで俺の顔色を窺いながら話しているそんな態度にちょっとやりすぎただろうかと罪悪感を覚えるが、ここで負けてしまえば彼女の思う壺。


 ギルドでの二の舞になるのも嫌なので、俺はこの際だからハッキリと指摘してやろうとテーブルの横に立てかけられた彼女の剣に視線を向け



「本当のことだろう。勇者の子孫だとか言っていたが、その証拠はほとんどなく持っている聖剣だとかいうものも質素な普通の剣だ。本物の勇者の子孫であれば、もう少し煌びやかな雰囲気を出しているはずだろ」


「そ、それはそうですが、勇者の全てがそんな目立ちたがりみたいな考え方はおかしいと思います」



 まともなことを言われようと、俺の中での勇者=目立ちたがりっていう構図は変わらない。


 何故なら、今まで俺の所に攻め込んで来た勇者は全て金色の目立ちすぎる鎧を着こんできていたからな。


 持っていた聖剣だって時代が変わるにつれて変化もしていたが、大きさや長さが変わるだけで妙に輝いている無駄としか思えない装飾がついている煌びやかなデザインばかりだったんだ。


 そんな先代達を全員目の当たりにしてきた俺に、勇者は目立ちたがりじゃないんだと言われても信じられないさ。



「じゃあ、逆に聞いておく。お前は今の自分が勇者らしいと思っているのか?」


「それは、思えませんが……」


「だろうが。本当に勇者の子孫なら、もっとカッコいい聖剣でも携えていろよな。今のお前はただの妄言を口にする冒険者の端くれにしか見えないよ」


「こ、言葉もありません……」



 もう泣いてその場を切り抜けるのも不可能と理解したのだろう。

 素直に自分の非を認めて視線を下に落とすアイリス。


 言いすぎたような気もするが、全部本当のことなんだ。

 俺がここで優しい言葉をかけてしまえば、彼女はまた調子に乗るだろう。


 だからこそ、俺は謝罪をせずにトカゲの丸焼きにかじりついた。



「と、ところで、聞き忘れていましたが……今回の、その、わたし達が受ける依頼は何なのですか?」


「そういえば言って無かったな。依頼内容はいたって単純、ここから少し離れた平原に目撃情報があった『ダブルヘッドグリフォン』の討伐だ」


「——」



 依頼内容を口にしてみれば、アイリスはまるでこの世の終わりとでも言いたげな絶望しきった表情を浮かべて固まってしまう。


 まぁ、無理もない話だ。

 ダブルヘッドグリフォンは魔王城に進むための一本道を守護する魔物。

 ゲームでいうところの、中ボス辺りの立ち位置にいる化け物だ。


 とてもじゃないが、目の前の自称勇者の手に負える相手じゃない。



「ほ、本気でダブルヘッドグリフォンを相手にするつもりなのですか!? 死にますよっ!?」


「死なないよ、俺って強いし」


「ど、どこからその自信が湧き出ているのか知りませんが、あなたの行いはただの無謀としか言えませんよ!」



 先程までの落ち着きは何処へやら。

 席を立って身を乗り出しながら叫ぶアイリス。


 その綺麗な碧眼の瞳には焦りと恐怖が浮かんでいて、今すぐ依頼を断ってくるのが得策だと訴えかけてきているように見える。


 しかし、俺は冒険者であると同時に魔王だ。

 一度受けた依頼は完遂するまでは終わらせるつもりは全く無い。


 まぁ、依頼中に問題が起きても力づくで解決するから心配なんて無いけどな。



「そんなの知らないさ。俺はあんな雑魚ごときに負けるつもりは無い。——それとも何か? 勇者の子孫であるアイリスさんは、ダブルヘッドグリフォンごときに怖気づいているとでも言いたいのか?」


「うぐっ!」



 真意を悟られてしまったことにビクリと肩が震える。


 駆け出し冒険者くらいからすれば当然の反応だろう。

 自分の手に負えない化け物を相手にしなければならない恐怖。

 それは簡単に乗り越えられるものではない。



「どうする? もしも怖いなら、今からでもギルドに戻って依頼参加を断っても良いんだぞ?」


「こ、断りませんよ! わたしは誇り高き勇者の末裔です、魔物相手に怖気づいているわけにはいきません」



 目の前の自称勇者の子孫は恐怖という感情を押し殺して俺と共に行く道を口にする。


 余程後がない状況に立たされているのか、それとも勇者の子孫という意地が恐怖に打ち勝ったのかは分からない。


 だけど、家の元部下達であるオーク共よりは根性のある奴だ。

 俺は素直にそう思えたよ。



「そうか。なら勝手にしろ。だけど、お前は勇者の子孫なんだろ。自分の身くらいは自分で守れよな」


「あ、当たり前です。あなたの足手まといになるつもりはありませんから」



 そう口にして、アイリスは恐怖を紛らわすようにパスタを口の中に流し込んでいく。

 

 俺も、力を持たずにこの世界に転生していたらこんなふうに恐怖を紛らわす行為をしていたんだろうか。

 そんなことを考えながら、俺も手元に来ていた料理の数々を胃袋に入れていくのだった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 その後、食事を終えた俺とアイリスは用意を整えてヴォルトゥマから離れた平原までやって来ていた。


 用意と言ってもアイリスの分が主で、俺は魔物の駆除確認のために死骸を入れる袋を再び門番に貰ったくらいだ。

 その他には魔王である俺には必要の無いものなんだよ。



「……その、本当に大丈夫なんですか?」


「何が?」


「わたしが言うのも何ですが、タクマさんの装備は軽装どころか布一枚だけなような気がするのですが」



 アイリスが気にしたのは俺の装備。


 まぁ確かにヴォルトゥマに来た時からずっと同じ質素な服だからな。

 私服とも言えないし、かといってローブとも言えない微妙なもの。


 とてもじゃないが戦闘には向かない代物だろうな。



「心配なんていらないよ。要は攻撃を全て回避すればいいだけのことなんだからな」


「タクマさん。その行為自体がとてつもなく困難だということをちゃんと理解していますか?」



 人間からすれば化け物の攻撃を全て回避するなんて夢のまた夢とも言えるものだろう。


 それもダブルヘッドグリフォンの攻撃ともなれば、空から降ってくる矢の雨をロープで全身グルグル巻きにされて身動きの取れない状態で避けろと言ってるようなものだ。


 だが、残念ながら俺は人間でもないし、ただの魔族でもない。

 魔王である俺が、あの程度の魔物にやられるわけはない。



「心配しなくても、お前が死んだら骨くらいは拾ってってやるよ」


「不吉なこと言わないでくださいッ!」


「お前の場合冗談で済むかどうかも分からないんだ。覚悟くらいはしておくんだな。——来るぞッ!」



 魔力探知と俺の鼻を刺激する獣臭で対象が近くに来たことを察知した俺は、アイリスに警戒するように呼び掛ける。


 彼女は頷くと腰の剣に手をかけて戦闘態勢に以降。

 瞬間、俺達の足元に黒くてデカい影が作り上げられる。


 自分の影ではない巨大すぎるソレに気付いた俺が視線を真上に向けてみれば、依頼の対象である『ダブルヘッドグリフォン』が俺達を見下ろしているのが見えた。

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