初めてのお仕事
翌日の朝。
俺は冒険者加入初の仕事をするためにギルドへと足を運んでいた。
未だに昨日の酒が完全には切れてないらしく頭が痛かったり、腹の気持ちの悪さが消えてくれなかったりと少しの体調不良を抱えての出勤。
魔法で治せば簡単なんだろうが、人間世界には二日酔いを治す魔法は存在しない。
よって、俺もいくら辛いからと言ってその魔法を使用するわけにはいかないんだ。
「ふふ、なめるなよ。俺は魔王、この程度の二日酔いで倒れるほど軟な身体はしていない。大丈夫、俺はやれる……」
腹を抱えつつギルドに顔を出してみれば、思った以上に人が少ない。
昨日の騒がしさなんて微塵も感じられないほど静かで、まるで誰一人としてここに来ていないんじゃないかと錯覚を覚えるくらいだ。
辺りを見回してみてもチラホラと冒険者がいるだけで、昨日の比にならない。
「どうしたんだろうな。みんなもしかして二日酔いで動けないとかか?」
まぁ、俺もその二日酔いで気分の悪さを抱えながらやって来てるわけだけど。
心の中でつぶやき苦笑を漏らしつつ、俺は依頼ボードの前まで移動し依頼の書かれた紙に目を通していく。
討伐から家の手伝いまでと幅広い分野の依頼がボードに貼られているが、やっぱり一番多いのは討伐クエスト。
魔物が激増したことと、家の元部下共が勝手にしたおかげで被害が増えたせいでもあるんだろうな。
もう関係ない立場ではあるとしても、申しわけない気持ちになってしまう。
「仕方ない。ここは俺がみんなのいない分処理していくとするか」
昨日は俺の歓迎でみんな飲んでくれていたんだ。
その結果、動けないほどの二日酔いに見舞われたのであれば当然歓迎された側の俺が処理するのが筋ってものだろう。
俺は何度かその場で頷いてから依頼の討伐クエストをいくつかボードから剥がして受付嬢の所へと持っていく。
「あれ、タクマさん。昨日あれほど飲んでいらっしゃったのに大丈夫なんですか?」
「はは、正直辛いけどせっかく冒険者になれたからな。少し辛かろうが仕事してみたくて」
「ふふ。仕事熱心なのは素晴らしいことです。ギルドマスターは飲み潰れた挙句に布団に潜ったまま動けない状態になってるらしいのに」
口元を押さえながら愉快そうに笑う受付嬢。
……っていうか、あの時ギルドマスターも参加していたんだな。
随分たくさんの冒険者がいたから誰がギルドマスターなのかは分からないけど、俺のためにそんなお偉いさんまで参加してくれたのは素直に嬉しいかな。
「そっか。じゃあ、潰れたギルドマスターの分まで俺が依頼を終わらせて来るよ」
「はい、ではお願いしますね。え~と、『リーフウルフ』に『ダブルヘッドグリフォン』、『サンドリザード』討伐って……本当に大丈夫なんですか!?」
依頼の紙に目を通した受付嬢は、これを本当に受けるのかと言わんばかりに問いただしてくる。
確かに全て面倒な魔物だったはずだからな。
人間基準で考えれば、全て相当な実力者でしか倒せない奴らなんじゃないだろうか。
だって、全て魔王城に近い場所に位置するところを住処とした魔物だからな。
全ての元凶魔王の城に近づくにつれて、行く手を阻む魔物は強さを増していく。
これはどんな世界でも共通なことだと思う。
「大丈夫、かな。二日酔いでちょっとキツいかもしれないけど、普段の力が出せれば問題ないよ」
「けれど、あなたはつい昨日冒険者になったばかりなんですよ? 実力もついていないのに最初からこんな化け物を相手にするだなんて……」
「本当に大丈夫だって。俺ってつい最近まではギルドに加入することなく一人で魔物を相手にしてたんだから」
だから心配するなとばかりに笑みを浮かべてみれば、受付嬢も諦めたのか依頼の書かれた紙にハンコを落とした。
そして、その依頼書三枚と、あと何やら銅色のカードみたいなものを差し出してくる。
そこにはいつどうやって顔写真を撮ったのか分からないが俺の顔が描かれていた。
「これは?」
「ギルドカードです。本当は昨日のうちに渡しておきたかったんですけど、タクマさんは帰宅されてしまいましたから」
「ははは、すいません」
「いえ、渡せなかったのはわたし達の責任ですから。タクマさんが謝る必要なんてありませんよ」
それから少しの間ギルドカードの説明を受けてから俺は正式に依頼に向かうことになった。
ギルドカードは要約すると、自らがギルド加入の冒険者だと示す証のようなものらしい。
カードには種類があって、未熟な冒険者は銅色。
ある程度の経験を積んだ者は銀、ベテラン冒険者は金色に変わるようだ。
そして、当然ながら俺のカードは銅だから未熟者扱い。
そりゃ受付の娘が心配するよな。
「だが、俺は心配されるほど弱くは無いからね、実際」
元とは言っても魔王が魔物程度に苦戦してたまるものか。
俺はそう意気込みながらギルドを後にしてヴォルトゥマ門外まで移動する。
そして、門番から見えない場所まで離れたら、そこからは歩きではなく飛行移動だ。
全ての依頼を今日中に終わらせる。
そのためには無駄な時間は出来るだけ省かないといけないもんな。
「さて、依頼書によるとリーフウルフが最近出没する平原はこの辺りのはずなんだけど」
ヴォルトゥマからキングスタスまでの道のりにある広い平原。
そこを通ろうとすると依頼書にある討伐対象『リーフウルフ』が行く手を阻んでくるとのこと。
王都との行き来に支障をきたすから討伐してほしいという話だそうだが、随分と妙な話だな。
「リーフウルフは魔王城近くの魔界平原とかって呼ばれたところに出没する魔物のはずなのに。何でこんな辺境の地にそんな魔物がいるんだ?」
他の依頼もそうだ。
本来いないはずの魔物がこのヴォルトゥマ近辺で目撃されて、多くの冒険者や商人が被害に遭ってるという。
まさかとは思うが、あの馬鹿ども直接自分達が介入しなければ問題ないとかって思ってるんじゃないだろうな。
もしもそうなら、すぐさま消してやるところなんだけど。
「おっ。見つけた」
視線を平原に向けてみれば、視界に入るだけでも五十匹くらいはいるんじゃないかってほどのリーフウルフの群れが確認できた。
奴らはまるで地面から生えている雑草のような毛並みと色をした魔物で、その特徴を生かして平原や森の中を中心に狩りを行う魔物だ。
完璧な擬態をして気配を察知されないように息を殺して獲物に近づくその様から、緑の暗殺者と言われるほど恐ろしい存在らしい。
まぁ、人間からすればだけど。
「残念ながら、俺からすればただの雑魚だな。しかも、口もきけない脳みそ皆無な魔物だから心置きなく殺れる」
そう言うや否や、俺は地面に降り立ちリーフウルフの群れを見据える。
奴らは空から突然降りてきた俺に飛び上がって驚きはしたものの、すぐさま警戒態勢に移行したらしく歯をむき出して威嚇してきた。
流石は緑の暗殺者様。
魔王だろうが何だろうが、視界に入った仲間以外の生き物は捕食対象だということか。
「だが、今回は相手が悪かったな。残念ながら、貴様らに明日は無い! 《ファイア・ウェーブ》」
俺がリーフウルフの群れに対して腕を真横に振るうと、瞬間先頭にいる一際大きな個体以外の奴らを囲うように炎の壁が作り上げられる。
そして、それは波のように奴らに襲い掛かり、一瞬にして命を刈り取った。
鳴き声の一つも上げられないままなすすべなく消えていく緑の暗殺者様。
人間からすれば厄介極まりない相手でも、魔王である俺の手にかかれば雑魚以外の何物でもない。
そんな雑魚達のリーダー的ポジションに位置するであろう大きな個体は、ただ焦ったようにその場でウロウロするだけだった。
助けには行きたいがどうすれば良いのか分からない。
ただ断末魔すら上げられず燃やし尽くされる仲間達を見ていることしかできなかった奴だが、俺を視界に収めると狂ったように襲いかかってきた。
「仲間の仇って奴か。群のボスとしては良きリーダーだったんだろうな、お前」
あの馬鹿団長供にも見習って欲しい心がけだ。
そんな事を思いながら、俺は向かってきたリーフウルフの頭を片手で受け止めるとそのまま地面に叩きつけた。
聞こえてきたのは地面が裂けるほどの威力から出来た轟音と、微かに聞こえた骨の折れるような酷い音。
考えるまでもなくリーフウルフの首が折れたんだろう。
「悪いな。これも弱肉強食、お前らが日頃からやってた事の結果だ。誰かを殺す行為をするのなら、自分が殺される覚悟ってのもしてるはずだろ?」
これは俺も毎度のことのように考えていることだ。
勇者を殺すたびに俺は何度も殺される覚悟を決めてきた。
だから俺はいつ殺されたって悔いはない。
まぁ今のところ俺を殺せるような存在がいないのだから、決めた覚悟も無駄に終わってるわけだけど。
「さてと、早く片付きすぎて少しだけ残念な気もするけど、これで依頼の一つは完遂だろ」
魔力探知で周辺を調べてみるが、俺以外の生命体の魔力は感じられない。
つまり、終わったということだ。
「じゃあ、次行くか」
倒すべき相手がいなくなればもうするべきことは無い。
もはや作業の一環みたいなものだけど、こうすることで人間達の生活、しいては俺とアガレスの暮らしが豊かになるのであれば良いか。
俺は妙な虚しさを感じながらも、次の目標を討伐するために死んだリーフウルフの死骸を担いでその場を後にした。