捕獲
愛弟子と言うわけではないが、俺にとってアイリスは今後の成長に期待が持てて、かつ退屈しのぎにはちょうどいい存在だ。
勇者ブレイブの末裔にして、聖剣を持たせれば魔物数百匹にも匹敵する力を発揮する面白い体質の持ち主。
鍛え甲斐があるというものだと、アガレスにやった時以来の本格的な鍛錬を行い今日を迎えていたんだか、その彼女が突然姿を現した自らをゲトと名乗るガキに殺されかけるという事態に陥ったのだ。
今回の戦いは全てアイツとその親友で多少の力をもつシオンに任せるつもりだったが、相手が急な増援を呼び彼女らが絶体絶命な状況となるなら俺も参加するしかないだろう。
遠くで高みの見物を決め込み腕を組んでいた俺だが、早々に判断すると素早く《ゲート》を発動し、二人の前まで移動。
空中で今まさに聞こえてくるであろう二人の断末魔に耳を傾けていたゲトを見据え
「テメェら、何を勝手に戦いを長引かせようとしてるんだよ」
苛立ちを隠すことなく言葉にすると同時に、腕を真横に振るって《ヘルフレイム》を発動。
対象は空中に浮かんでいるゲトを除いた、そこらにいる魔物達。
瞬間俺を中心に迫り来る魔物達全ての下に広がるように、赤く発光する魔法陣が出現する。
一体何を起こすつもりなのかと考える間も無く、魔法陣から巻き起こる火柱とそれから生まれた激しい熱風。
その場にいる全てのものを焼き尽くさんと燃え上がる火柱は、魔物達に苦しみを与えぬままに命を奪っていった。
それは、恐怖覚えなければ苦痛も生まない一瞬の出来事だ。
「それで、テメェは一体何者だ? 手口を見る限り、前回ここを襲って来やがった魔族達と関係があるのは間違いないんだろ?」
「……お前は、何者だ? 何処から現れたんだよ」
「お前がさっきから多用している魔法を使ったんだ。同じ魔法なんだから簡単に分かるだろ?」
不愉快そうに問いかけてくるゲトに対して、俺は余裕のある笑みを浮かべて返す。
ゲトが使用した魔法は紛れもなく《ゲート》。
どんなに遠く離れていようと、一度その場所を訪れれば簡単に使用できる移動専門の魔法で、今のアイツのように転送としても活用できる便利なものだ。
だからこそ、奇襲には最適な魔法と言えるだろう。
欠点はやたらと魔力を消費するところだ。
そんな魔法を多用しているところを見る限り、奴は只者では無いと言うのが簡単に判断できたよ。
「それくらいは分かるよ! 僕はお前に何者だと聞いているんだ!」
「短気な奴だな。さっきまでの余裕はどうしたんだ? もっと笑ってみせろよ、コイツらを殺す目前みたいにな」
「ぐっ! う、うるさいッ! 消えてしまえよ!」
そう口にするや否や、奴は腕を俺に目掛けて伸ばすと先程同様に魔法陣を生成。
場所は俺のすぐ目の前だったり、真横だったり。
数多の錬成された魔法陣は怪しげに発光しつつ、中から魔物の顔や腕を生やし始めた。
おそらくは新しい魔物を召喚し、数で俺を圧倒するつもりなんだろう。
どんなに個人で強い力を持っていようと、一度に相手出来る数は多くないとでも思ったのだろうか。
先程の魔法で巻き起こった火柱の火力を見て、どんなに数を揃えようと無駄だと気づか無いのはガキだからか。
小さく苦笑し勝手に奴の思考が見た目相応のものだと判断。
「そう何度も同じ手を使わせるほど、俺が甘いとでも思ってるのか?」
周囲を囲うように生成された魔法陣を見やることと、それら全ての位置と数を把握し《フレイムボール》を放ったのはほぼ同時。
それまで俺の周囲に確かに存在していたはずの魔法陣は、バスケットボールサイズの火球を浴びて四散した。
「なっ!? 僕の魔法が、いとも簡単に……っ!?」
「これがお前の魔法かよ。この程度、俺でなくとも簡単に壊せそうだな」
呆れ半分、相手の怒りを買う気半分に煽ってみれば、よっほど短気な性格らしく顔を真っ赤に染めて俺を睨むゲト。
魔法陣というのは比較的簡単に破壊することが可能だ。
魔法の種類にもよるが、魔法陣に物理的でも良いし魔法でもいいから攻撃を当てるなり、それを発動している術者を倒すなりするだけなのだから難しくは無い。
単純で誰でも分かりそうな方法だが、前者である魔法陣を壊すというやり方は、魔法陣を発動している術者よりも上の魔力を使用しなければ破壊できないため、よっぽどの実力持ちにしかおススメ出来ないけどな。
「さてと、自慢の《ゲート》も大した力を発揮していない様だが、次はどうするんだ? 他の魔法を使って俺を殺してみるか?」
「こ、このクソ野郎ッ!」
怒りを露わに俺を睨み、血が滴り落ちる程強く拳を握りしめて発狂。
奴もよっぽどの魔力持ちなのか、怒りと共に身体から発せられた魔力の波は大地を揺らし、空気を裂き俺と後ろでこの光景を目の当たりにしている二人に重圧を与えてくる。
殺気に満ち溢れたさっきまで相手にしていたアイリスとシオンは眼中にない。
捉えているのは目の前で余裕ぶった笑みを浮かべている俺だけだろう。
見た目は子供だというのに溢れ出ている殺気のおかげか奴の瞳は視線だけで人を殺せるのではないかと言うほど鋭く、冷たいものになっていた。
それまで自分の思い通りに事が運んでいたのに、急に現れた男のおかげで全てが白紙に戻されたんだ。
怒り狂うのも無理は無い。
「——とは言っても、俺だってお前と言う得体の知れない存在が現れたせいで戦う羽目になったんだ。怒ってはいないが、面倒なことを押し付けられた俺の鬱憤を晴らさせてもらうぞ」
「ぬかせェェェええええッ!」
怒り任せに咆哮。
それと同時に《ゲート》を発動し俺の目の前まで一瞬で移動してくると、狙うは顔面とばかりに上段蹴りを放ってくるゲト。
瞬間的に自分の身体を任意の場所に移動させられるくらいなのだから、このガキは《ゲート》を使いこなしていると言える。
しかし、あくまで”それだけ”だ。
「怒り任せに相手の懐に飛び込むのは良いが、少しくらいは反撃されることを予想しないと自殺行為にしかならないぞ」
そんなことを口にしながら、俺は上半身を後方に少しだけ引くことでその蹴りを避ける。
瞬間巻き起こるのは空振りによる風圧と、不発に終わった攻撃に呆気に取られている奴の顔だ。
まさか避けられるとは思っていなかったのだろう。
一撃で終わらせるつもりだったのが、逆に避けられ自分にとって不利なこと他ならない大きな隙を作り出す結果になってしまったのだ。
奴の顔から一瞬にして怒りと言う感情が見えなくなるのと同時に、血の気が引いているのが見て取れたよ。
「悪いが、その”程度”の実力を持つ相手なら嫌ってほど相手してるんでな」
コイツの不運は、相手が俺だということだ。
奴の蹴りは浴びれば身体の一部が斬り飛ばされるのではないかと言うほど鋭く、それでいて力強い。
しかし、そんな攻撃をしてくる化け物くらいなら、その昔に大勢いたんだ。
目に留まらない程の速さで剣を振るい襲い掛かってくる強者も、たった一振りで大きな山を両断する斧使いも、結局は俺に一太刀も浴びせることなく消えたんだからな。
それに比べたら、どちらも持っているコイツの実力は化け物クラスを超えているとは言えるだろう。
だが、やっぱり俺からすればその程度なんだ。
「俺を殺したいのなら、もう少し実力をつけなきゃ無理だな」
「——がふっ!?」
淡々と告げるや俺は隙だらけとなったゲトの身体を蹴った。
俺の中では久しぶりに等しいであろう本気蹴りは、奴の腹部に鋭く突き刺さり抵抗など出来ぬままに身体を吹き飛ばす。
もはや何をされたのかも分からないのか、それとも意識がそれだけで刈り取られてしまったのか。
悲鳴も何も上げないままに地面を何度か跳ねて、吹き飛ぶ先に偶然にも存在した大岩に叩きつけられることで強制的に失速。
肺に溜まった空気を吐き出すような声を上げて、腹部と背中に感じる痛みに顔を歪めるゲト。
「驚いたな。俺はそこそこ本気で蹴ったつもりだったんだが、身体が四散するどころか無事とはな。随分と頑丈な身体をしてるじゃないか」
「——ッ!?」
魔力を大量に消費する《ゲート》を多用出来るところからして只者では無いというのは分かっていたが、身体が俺の攻撃にも耐えられるほどの強度を持っていることには驚きを隠せない。
魔王城に攻め込んできた勇者。
そのあたりに生息している魔物。
そのどちらよりも強い身体を持っていて、人間の住処を潰そうと目論見攻め込んできたゲト。
おそらくは魔族でも無ければ人間でもない生物で、現魔王ドーザに手を貸している一味の一人と言うことは確実だが、中々面白い者を見つけた気分だ。
そんなアイリス同様に退屈しのぎにはちょうどいい”玩具”を見つけた俺は、ゆっくりとその歩をゲトに向けて踏み出していく。
「——ひぃっ!? く、来るな……ッ!」
「悪いけど、その願いは聞き入れられないな。来るなと言われると、余計に距離を縮めたくなるもんなので」
我ながら酷く残忍な笑みを浮かべていると思う。
泣き叫ぶ子供相手にゆっくりと悪い笑みを浮かべて距離を縮めている俺と言う構図は、確実にこちらの方が悪者として判断されるだろう。
だが、状況からして襲い掛かって来た奴らが悪者で、ソレを食い止めようと暴れている俺の方が善行を働いているんだ。
誰も俺を止めようとはしないだろう。
「——い、嫌だッ!」
「おっと、逃がさないぞ? お前には聞きたいことが色々とあるんだ。ここで逃げ出しでもしたら、俺はお前を地の果てまで追いかけてやるつもりだぞ」
俺の前から逃れようと再び《ゲート》を使って脱出を試みるゲト。
彼の真上に出現した魔法陣は、彼を包み込んで別の安全地帯に移動するものなんだろうがそう簡単に逃がすつもりは無い。
俺はそれまでゆっくりとしていた歩から一転して地面を蹴り飛ばし、ゲトとの距離を一気に縮めると奴の頭を掴んでアイリスたちの方へと投げた。
見た目相応の小さな身体には然程の体重も無く、あっけなく宙を舞い彼女らの目の前まで飛ばされる。
奴もその間にまたこの状況から逃れようと魔法の使用を試みるが
「——そ、そうはさせませんッ!」
「くたばれッ!」
その魔法が完成する前に軌道上にいたアイリスとシオンの瀕死状態ではあるが、全体重をかけられたタックルと言うのしかかりに邪魔され地面に叩きつけられた。
拳の一つも握られず、武器もダブルヘッドグリフォンの頭に突き刺さったまま。
ならば、のしかかりという選択肢しかないと考えた上での行動は、おれの攻撃を受けて多少のダメージを受けていたゲトの口を封じるには十分だったようだ。
「こ、この死にぞこないがッ! ぼ、僕の邪魔をするなッ!」
「タクマさんがあなたを逃がさないと口にした以上、わたしもあなたを逃すわけにはいきませんッ!」
「そういうことだ。アイツの手を借りるのは癪だが、お前に逃げられる結果はもっと気に食わんッ!」
「ちぃッ! ドケェェェエエエッ!」
奇声を発しながら二人の下から逃れようと暴れるゲト。
しかし、思いのほか二人の体重が重いのか、それとも奴自身に力が皆無なのかは分からないがどんなに暴れてもその場から脱出することは叶わない。
結局、俺が歩いて戻って来ても十分奴の足止めを二人が果たせる結果となった。
「よぉ。随分と必死じゃないか。そんなに俺から逃げたいのか?」
「黙れェッ! なんなんだよッ、お前は一体何者だぁッ!?」
顔立ちの整った女の子二人に全体重をかけられて押さえつけられているという、ある意味では羨ましい状態になっているゲトは、俺を憎々し気に睨みつけてきながら唾を吐き散らし問いかけてくる。
そんな見た目的にはガキであるゲトを見下ろし、俺は余裕ある笑みを浮かべると
「俺か? 俺はただの冒険者さ。元”魔王”をやっていた、な。それだけ知れれば満足だろ?」
手を開いて伸ばし、俺は一種の催眠魔法をゲトにかけた。
瞬間彼の身体が淡い藍色に発光したかと思うと、怒号を想うがままに吐き散らかしていたゲトの意識を刈り取る。
唾をまき散らしながら動いていた口は力なく閉じられ、殺意むき出しに開かれていた瞳も降りて来た瞼によって閉じられた。
「二人とも、ご苦労だったな。もう退いていいぞ?」
「は、はい」
「おい、コイツに何をした」
「別にただ眠ってもらっただけだ。少しだけ、コイツに聞きたいことが出来たからな」
ゲトの上から退いたシオン。
彼女の疑惑の視線を浴びつつ問いかけに正直に返答すると、俺は倒れ伏したゲトの小さな身体を担ぎ上げ、後ろにあるダブルヘッドグリフォンの亡骸を見据え
「とにかく、コレでこちら側の魔物は殲滅出来た。お前等は早くその倒した魔物から武器取ってこいよ。裏で手を引いていたコイツが倒れた今、もう増援は無いだろうしな」
「何故そう言いきれる? まだほかにもソイツと同じ化け物が姿を隠しているかもしれないじゃないか」
「魔力探知で周囲は確認済みだ。もしも俺の言うことが嘘だと思うのなら、一人でその辺りを探してこいよ」
もしかしたら、シオンの言う通り俺の魔力探知に反応しない輩が潜んでいるかもしれない。
前にリコット村に赴いたときに遭遇した、オーク共のようにな。
だが、仲間が倒れ捕まったというのにも関わらず姿を現さないところ、大した強さも無いと判断できるから無視していても構わないだろう。
自分じゃ俺には敵わないと隠れているんだろうし。
まっ、シオンがどうしても探したいというのなら引き留めるつもりは無いが。
「シオン。ここはタクマさんの言う通りにしましょう。もうわたし達には武器を振るう力すらないのですから」
「——ぐぬぅ、分かった……」
納得はしていないが現状を判断する限り、街に戻って身体を休めた方が良い。
それを渋々ながら理解したシオンは、不愉快だがと言わんばかりに不機嫌そうな雰囲気を放出して魔物の亡骸へと歩いて行った。
俺の言うことはまともに聞いてはくれないくせに、アイリスの言葉には素直に従うなんて不公平にも程があると思いつつ短くため息を吐く。
もとはと言えば、俺が彼女のプライドを完膚なきまでに叩き潰したのに原因があるんだろう。
しかし、シオンが魔王城にやって来て俺の前に姿を現した記憶が無い俺からすれば面倒な娘としか認識できない。
「はぁ、俺が一体何をしたって言うんだよ」
「はは……シオンは魔王様を毛嫌いしてますからね。ソレも、自分のことを完全に忘れてる魔王様だから尚更許せないんでしょう」
「そう思うのなら、もっと印象の強い戦い方とか登場の仕方をしてほしかったものだな。——っと、アイリス」
俺の口にした言葉に苦笑し、シオンと同じく武器を取りに亡骸へと寄って行こうとしていたアイリス。
そんな彼女を短い言葉で呼び止めると、「どうしたんですか?」と視線で問いかけてきている彼女の頭に手を乗せて軽く撫でると
「良くやったじゃないか。聖剣の力を借りての功績が大きいが、少なくとも多少は成長出来てる。——誇っていいぞ? お前は勇者ブレイブを超えられるかもしれないからな」
伝えたいことを一方的に言葉にして、俺は微笑む。
そして、撫でられたからか、それとも褒められたからなのかは知らないが、顔を真っ赤にして狼狽えているアイリスを放置してキングスタスの方へと歩いて行くのだった。




