冒険者登録
その後、役所にて家の権利だとかの話をしてから正式に購入を終えた俺は、すでに夕焼け色に変化した空の下を自宅目がけて歩いていた。
「——にしても、本当に安かったな。お金が随分残ってしまったし、今日の晩飯のおかずでも探すべきかな」
腰にぶら下げた財布代わりの茶色い袋。
それは、アガレスから受け取った時とさほど変わらない状態でぶらぶらと揺れている。
あの家の権利を手に入れるために支払う金が銀貨、日本でいうところの千円札がたったの五枚って。
訳あり物件だからって安いにしても、安くしすぎで罪悪感が芽生えてくる。
まぁでも買ってしまった今では権利は俺のものだ。
文句を言われる筋合いは無いよな。
「……ん?」
今日の晩飯のおかず求めて街の商店街のような所へ向かおうとした矢先、俺の視界にあるものが映った。
白を基調とした小さな城のような造りで、多くの人が出入りしている建物。
二つほど屋根から伸びた煙突からは絶えず煙が上がっていて、もう良い時間帯だからか窓からは淡い光が漏れている。
「あれは、もしかしてギルドってやつなのか?」
ファンタジー世界ではもうあって当然のように扱われている魔導士や冒険者の集まる場所。
ギルドと呼ばれたその建物内には、街の厄介事から魔物の討伐までと幅広い分野の依頼がある。
もしもアレがそのギルドと呼ばれる建物なのなら入るべきだろう。
どちらにしたって俺は働かなければいけないんだからな。
働く職業は冒険者に限る。
そう自分に言い聞かせ高鳴る胸を必死に抑えながら中に入ってみれば、もうテンプレとも言える酒場のような状態と化したギルドの姿。
「マジもんのギルドか。へぇ、こんな時間なのに賑わってるんだな」
出入りする人はほぼ全員が冒険者だったらしく、建物の中には屈強だったり細身だったりする男女が各々酒を飲んだり依頼ボードの前で頭を抱えたりしていた。
まさにギルドって感じだけど、しいて言うなら少し酒臭すぎる気がする。
みんなそこらの席で飲みまくってるからな、仕方のないことなのかもしれないけど。
「おい、どうしたんだ? そんなところで突っ立って」
「えっ?」
突然声をかけられて振り向いてみれば、上半身裸ではあるが背中には巨大な斧を背負っている屈強な強面な漢の姿。
無数の傷が身体には刻まれていて、ついさっきまで魔物を狩っていましたみたいな雰囲気を感じるよ。
「えっと、俺ここ初めてだったもんでつい辺りを見回してたんだ」
「そうか、ギルドが初めてか。それで、今回はどういう理由でここに来たんだ? 依頼か、それとも冒険者登録か?」
「冒険者登録で」
「はっはっはっ! そうか、そうか。冒険者登録か!」
即答で答えてみれば漢は強面なその顔を崩さないまま豪快に笑い、俺の背中をバシバシ叩いてくる。
地味に痛いが、彼も俺を馬鹿にしてるというよりは歓迎しているようだから我慢するさ。
「じゃあ新人冒険者君よ。あそこで登録してきな。なぁに、受付嬢の説明通りにすれば簡単だ」
「そっか。ありがとう」
「おうッ!」
未だに豪快さを忘れない笑いを止めない漢の見送りを受けながら、俺は言われた通り受付嬢のいるカウンターに移動する。
三人くらいの受付嬢が各々カウンター越しに冒険者や依頼人の相手をしていて、俺は一番列の少ない人の所へと並ぶ。
別に並ぶ必要はハッキリ言って俺には無いんだけどな。
時間短縮で俺の前に並ぶ全ての奴の膀胱を催眠で刺激してトイレに行かせてしまえば、見事に俺の順番が来る構図が出来上がる。
だけど、そんなことすれば間違いなく迷惑だからな。
自重するさ。
それからしばらく待つこと数分。俺の番がやって来た。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。本日のご用件はどういったものでしょうか?」
「えっと、冒険者登録したいんですけど」
「それでしたら、こちらのシートに名前と質問事項に答えを書いて、最後にサインをお願いします」
「あ、はい」
言われるがままに受け取った紙の空欄を埋めていく。
俺の後ろに人が並んでいる以上時間もかけられないから高速で埋めていく。
受付嬢はそんな俺の手さばきを見て目を見開いて驚ろいてたけど、それ以外は何の問題も無いだろう。
「これで良いかな?」
「えっ、あ、はい……。名前、質問事項、サイン。共に全て大丈夫です。あとは、冒険者登録につきまして金貨一枚をいただくことになりますがよろしいですか?」
「分かりました」
それだけ言って俺は腰の袋から金貨を一枚取り出して彼女に渡す。
受付嬢の女の子はその金貨を受け取って満面の営業スマイルを見せると、俺が先程色々と記入した紙にハンコを一つ押した。
「これで正式に冒険者加入終了です。タクマさん、ようこそ冒険者ギルドへ!」
「はは、ありがとう」
面と向かっておめでとうと言われると、少し恥ずかしさを覚えるな。
っていうか、何故か他の冒険者が俺に対してなのか拍手を送ってくる始末だし。
本当に恥ずかしい。
「よぉ。登録終わったようだな」
「あっ、さっきの。——ありがとな、おかげで無事終わらせられたよ」
加入が終わると同時に寄って来た先程の強面漢。
外見とは裏腹に面倒見のいい性格をしているんだろうな、きっと。
「これでお前も冒険者の仲間入りってことだな。大いに歓迎するぜ?」
「はは」
その後、俺はたかが一人冒険者が加わったってだけなのに大賑わいを見せる屈強な男達の歓迎を受けて、彼らと共に酒を口にする夜を過ごした。
流石に遅くなるだろうから家で待機しているアガレスに念話で説明をしてからの参加。
どれほどの量の酒を飲みほしたかは分からない。
だけど、その飲み会が終わる頃に襲い掛かって来た気持ちの悪さを含めて冒険者全員と楽しさを分かち合えたと思う。
「酒も、ほどほどにしないとな。明日の予定に支障をきたすかもしれないし」
腹を襲う気持ちの悪さと戦いながら、俺は夜の涼しい風が舞う道を一人自宅目がけて歩いていた。
その手には帰りに市場によって購入した晩飯のおかずに使えそうな見た目チョウチンアンコウみたいな魚を三匹ほど抱えてだ。
見た目のわりには身も柔らかく、栄養価満天のそれは人間界ではよく食べられる物らしい。
俺ら魔族は基本的に食す必要は無いんだけど、これも人間界に溶け込むための処置なんだ。
「ただいま」
「お帰りなさいませ、タクマ様」
数時間ぶりの我が家に足を踏み入れてみれば、見事に掃除されたピカピカの家が視界に広がった。
元々喫茶店か何かだったのか、カウンターの前に丸椅子が四つ綺麗な列をなしていた。
部屋の奥にある暖炉には何処から集めたのか薪が投入されていて、赤い炎が踊るように上がり部屋の中は暖かい。
「やっぱりお前は凄いな。あんなに汚れていた家を、たった数時間でここまで変えられるとは」
「タクマ様を迎えるべき家が汚いままではいけませんからな」
「そうか。ありがとうな」
微笑みを浮かべるアガレスに一言お礼を口にしてから、俺は手にしていたチョウチンアンコウモドキをカウンターの上に無造作に置く。
そして、それを焼いたりさばいて刺身にしたりして二人で食す。
その間、今日のギルドでの出来事を話す事を忘れない。
人間がどれだけ面白い存在であるか。どれだけ親切で面倒見のある連中なのか。
それを力説して食事は終了。
後片付けまでして本日は終わりとなった。
ちなみに、その日の夜。
布団を買い忘れていたことに気付いて夜明けを待つまで二人して体育座りで過ごしたのは、また別の話である。