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シオンの同行②

 衛兵からの突然の救助要請から数分後、俺はその彼と弟子であるアイリス、そしてその親友であると同時に俺を心の底から憎んでいるシオンと共にキングスタスの南方へと来ていた。


 キングスタスの周辺はつい最近までは緑豊かで水も豊富に取れていた非常に心地の良い場所だったらしいが、度重なる魔物との戦いで今は草は生えていても草原とは程遠い状態だ。

 良くて原っぱと表現した方がいいそんな場所には、俺達以外の人影は皆無。


 それもそのはず。

 多数の魔物の群れが迫っているという情報を受けて、街の人々は家の中に引き籠ってしまったからだ。

 この街から逃げようにも魔物は四方から行く手を完全に遮る形で迫っているからな。

 むしろ、この街の外へ逃げることの方が危険と言えるだろう。



「恐ろしいほどの数だな。アレを今からわたし達だけで相手しろと言うのだから、随分と無茶なことを要求してくるものだ」


「怖いのなら俺が一人で相手してきても良いんだぞ? お前は俺の後ろで縮こまっていれば怪我せずに帰れるんだし」


「ぬかせ! 誰が貴様の背後で安心感を覚えるものか」



 数百メートル先に見える砂塵。

 その中に確認できた数多の魔物の影を目にして、気落ちしているようにも見えたシオン。


 だからこそ、彼女とそして今もなお屋敷で気絶しているであろうジャンニの為にも安全確保をお勧めしてみたんだが、やはり彼女には逆効果だったらしい。

 赤い髪の毛を逆立て、同じく赤い瞳をこれでもかと言うほど細めて俺を睨みつける彼女。


 俺としてはもっと友好的に接したいところなんだが、当の本人がこの様子だとまだまだ時間がかかりそうだ。


 そう関係の進展が見られない現状に溜息を吐きつつ、俺は彼女とは反対側に立ち前方に迫る砂塵を見つめているアイリスを見やると



「怖いか?」


「怖くない、と言えばウソになります、ね。だって、物凄い量の化け物の大群ですから」



 俺の質問に淡々と答えたアイリス。

 その身体は微かに震えていて、彼女の言葉に嘘偽りが無いのは容易に理解できた。



「アイリス。お前はわたし達に付き合う必要は無いんだぞ? 今のお前がどれほどの力を持っているのかは知らないが、わたしの記憶が正しければスライムウルフすらまともに倒せなかっただろう?」


「わたしのことを気遣ってくれるのは嬉しいのですが、わたしも冒険者の端くれです。この場に赴いて怖気づき逃げ出すなんて考えられませんよ」



 以前の彼女であれば尻尾を巻いて逃げ出していたかもしれない。

 自分の弱さをただ嘆き、何も出来ることが無いからと現実から目を逸らしてさながら負け犬のように惨めったらしくこの場から去っていたことだろう。

 何かにつけて理由を口にし現状を変えようとは微塵も思わない。


 そんな怠惰で目のつけようもないだらしなさの塊に落ちることなく彼女が戦う意思を貫けたのは、おそらく多少なりとも実力を上げた実感を持てているということと、自身が勇者の末裔であると確信したからだと言えるんじゃないかな。


 まぁ、大半は戦えそうにない自分でも聖剣の力を借りれば問題ないと思っているんだろうけど。

 その証拠に、さっきからチラチラと俺を確認しているみたいだし。



「はぁ……。本来なら鍛錬の一環だと言って貸すつもりは無かったんだが、流石にあの量を相手に生きて戻れって言うのは厳しいからな。今回だけ、使わせてやるよ」



 大きく溜息を吐きながら聖剣をアイテムボックスから取り出し、アイリスに手渡す。

 彼女はその剣を待ってましたとばかりに笑みを浮かべて受け取ると、ソレを肩に担いで片手を顔の前に持っていく。

 そして、半分顔を覆いつくしたような奇妙なポージングを取って



「これでわたしは百人力なのです。あの程度の雑兵、瞬時に刈り取ってみせましょう!」



 すぐにでも高笑いを決め込みそうな勢いで迫る魔物共に一方的な宣言を言い渡す。

 無論、まだ魔物共との距離は開いているし、アイツらもアイリスが口にした言葉が分かるはずも無いからこちらに向かう速さは何の変化も無い。


 しかし、当の本人は言いたいことを口に出来たことに満足しているらしい。

 頬を赤く染めて自分に酔いしれている状態で硬直していた。



「アイリス。まだ、その癖は治っていなかったのか……」


「癖どころか性格だと思うけどな、アレは」


「その性格のおかげで彼女は随分と不幸な人生を歩いていると思うんだがな」



 昔を思い出すかのようで、ただの愚痴をこぼしているだけのようなシオン。

 彼女の言葉に耳を傾けてみれば、どうやら学生時代のアイリスも今と何ら変化しているところは無いみたいだった。


 身体の発育も含めてだが、自分を勇者の末裔と口にして妄言を口走るところは変わらない。

 それどころか、自分を悪く言う奴やシオンに対しての悪口やいじめを行う輩なんかにも真っ向から立ち向かい、鉄拳制裁を加えていたらしい。


 正義感が強いのは良いことだが、そのおかげでいろんなトラブルにも恵まれた。

 当時の疲労を思い出したのか、シオンは大きく嘆息をこぼす。



「まぁ心配するな。当時のアイツの言葉は確かに妄言だったのかもしれないが、今のコイツの言葉に嘘は無いはずだ」


「貴様なんぞに言われても信じられるものか」


「俺を信じないのは勝手だ。なら、お前の親友であるアイツを信じてやれよ」



 聖剣を片手に今か今かと何やらうずうずしているアイリス。

 さながら新しい玩具をもらって、今すぐにでも遊びたい欲求を抑え込んでいる子供の様だ。


 といっても、彼女の場合はそんな生易しいものではないから笑うことは出来ない。

 だって少し濁して言うとしても、彼女がやろうとしているのは敵対する魔物の討伐だし、ハッキリと表現するとしたらそれは生き物の命を狩り取る行いだ。

 どう見たって、微笑ましい光景には思えない。



「アイリス。今回は身体の調子はどうなんだ?」


「無論、快調なのです。以前のような失態は繰り返さないと断言できますよ」


「そうか。なら、遠慮なくやれ。俺が許可する」


「き、貴様ッ! アイリスに死ねと言うつもりなのか!?」



 アイリスを想って俺に対して非難の視線を向けてくるシオン。

 だが、俺はそんな彼女の視線を無視しつつ未だにここに残っている衛兵を見やると



「ここは俺達三人で対処する。他の三方向にこちら側は問題ないから自分達の仕事を優先するように伝えてくれないか?」


「さ、三人だけで対処って……いくらなんでも、そこまでは」


「何を言ってるんだ。当初はここにいるシオン一人にでも抑えさせるつもりだったんだろ? なんてったって、コイツは以前魔族の侵攻を食い止めた腕利きだからな」



 そう指摘してしまえば、衛兵は気まずそうに視線を逸らす。

 おそらく彼はただ上の人間に説明されていたんだろう。

 シオンに穴となる箇所を守るように告げるから、彼女を連れてきてくれとでもな。


 ただ一人の女に数多の魔物の軍勢を相手にさせる。

 ソレがどれほど危険で無謀なことか分からないわけでは無いが、人手不足に陥った今の状況を補うのはこの策が最善。

 だからこそ、彼は上の人間の命令に頷き彼女を迎えに来た。


 別にそれは悪いことでは無いと思うよ。

 俺は彼の行動も、上の人間が下した答えも非難するつもりは全くないし、俺自身が同じ立場になったとしたら同じようなことをするだろうしな。


 だからこそ、俺は憎たらしく笑みを浮かべると



「心配するな。キングスタス南方は俺達が居れば大丈夫だ。こっちには以前ここを守り抜いた女騎士と、冒険者ひとりに、そして何を隠そう勇者の末裔様がいらっしゃるんだからな」


「勇者の末裔……!?」


「そっ。あぁ、俺じゃないぞ? あっちの娘だ」



 驚いたように俺を見ていた衛兵から勇者を見るかのような憧れの眼差しを受けた俺は、彼の誤りを訂正するべくアイリスを親指で指す。

 瞬間、彼の瞳に映った薄気味悪い笑みを浮かべてブルブルと小刻みに震えるアイリスを確認して、彼の顔から一気に希望と言う名の明るい感情が消え失せたのは言うまでもない。


 ぱっと見た感じ、勇者とはかけ離れた容姿だし今の態度はただの変人だからな。

 安い鎧に身を包み、前方から迫る魔物共を待ち受ける彼女の姿はとてもじゃないが常人では無い。



「まぁ、今はあんな感じだが、本気になればあんな雑魚共すぐに片付く。とにかく、俺の言葉を信じて助っ人無しで頼むよ」


「しかし……」


「大丈夫だ。全て、万事上手くいく」


「何を言ってるんだッ! おい、コイツの言葉に耳を傾けるんじゃない!」



 これ以上粘られても時間の無駄だ。

 そう判断した俺は渋る衛兵に催眠をかけて黙らせると、今すぐに上司の待つ場所へ戻り俺の伝えた言葉をそのまま告げるように頼む。

 すると、彼はまるで寝起きの少し寝ぼけたような気の抜けた声で返事をすると、隣で叫ぶシオンの言葉を無視して街の方向へと向かって行った。


 催眠魔法の出来栄えは無論問題無いし、彼は俺の言いつけを素直に全うしてくれることだろう。

 まっ、彼の上司が俺の頼みを素直に聞き入れてくれるかどうかは知らないが、とにかくこれで万が一にも俺が人ならざる姿をさらしても、その容姿を目にするものは最小限に抑えられるよ。



「さてと、んじゃそろそろ始めるか。アイリス、準備は良いか?」


「無論、問題なしです!」


「そうか。それで、シオン、お前は……怖いのなら逃げ出しても」


「誰が逃げ出すものかッ! それどころか、アイリスを危険な目に遭わせようとしている貴様への怒りを、これ以上にもないほど持て余しているところだ」



 そう告げるシオンの瞳が告げていたる、『この戦いが終わったら次は貴様の番』だと



「そうか。この戦いが済んだ時にお前がまだ俺に対しての戦意を持っているのなら、相手をしてやるよ」



 向けられても大した脅威も感じない。

 シオンの殺意を適当にいなしながら俺はそう告げると、二人を見やり



「お前達はただ目の前に迫る魔物共を駆逐することだけを考えろ。手の届かないところの敵は無視してもいい、二人で助け合って討っていけ。討ち漏らしは俺が全て刈り取ってやるからな」


「貴様は人類の敵だ。その保証が何処にある!?」


「信じるも信じないのもお前の自由だ。だが……今は争っている場合じゃない。それも分からない程、お前の頭は悪くないだろ?」



 口論している時間ももったいないと告げてみれば、唇を噤んでそれ以上の言葉を抑え込むシオン。

 彼女自身もそのことは理解しているし、何より隣にいるアイリスが彼女に対して笑みを浮かべているのが大きいんだろう。


 魔王である俺の言葉は信頼できなくとも、親友のアイリスのことであれば信じられる。

 当然と言えば当然の態度だが、やられると心にぐさりと来るものがあるのも確かだな。


 だけど、その程度で俺の心は折れない。

 だからこそ、アイリスに倣って笑みを浮かべると二人を見やり



「敵は大多数、それに比べて俺達は三人だ。単純に数で考えれば俺達の方が不利なのは違いないが、そこは技術と精神力で補え」


「はい」


「言われなくとも分かっている!」


「そうか。なら、最後に一つだけ、絶対にこんなしょうもないところでくたばるな。目前の敵だけに集中して、背後の敵は俺に任せろ。以上だ」



 それだけ口にしてみれば、アイリスは大きく頷き剣を構える。

 シオンは先程の屋敷の庭でも見せたように腕を掲げ、槍をその手に召喚するとソレを担いで魔物の群れを見据えた。


 片や今にも飛び込んでいきそうな戦闘狂と化しているアイリス。

 片や冷静に魔物の群れを見て戦略を練っていそうなシオン。


 正反対とも言える状態の二人の背中を見て俺は笑みを浮かべると



「行ってこい」



 短く告げて、戦いのゴングを鳴らした。

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