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弟子と迎える朝

 わたしは初めて”親”の言うことが間違っていると思えて仕方なかった。

 何故なら、両親は今現在背を向けて無防備をさらしているタクマさんを”魔王”と断定したのだから。


 お父様には人の心を読む特殊な力があるのは理解している。

 だからこそ、あの人が口にする相手の印象には嘘偽りが存在せず、下心を持ってわたし達家族に近づいて来る輩は簡単に門前払いを決めることが出来た。


 言ってしまえば、わたし達が勇者ブレイブの子孫であるのにも関わらず今まで平和に宿屋を経営出来ていたのは、お父様の力あってこそだと言えるでしょう。

 わたしは、そんなお父様だからこそ信頼しているし、その妻になった表裏の無いお母様のことは本当に信頼している。


 だけど、今回ばかりは納得がいかなった。



『魔王様の機嫌を損ねたのであれば、申し訳ないとしか言えません』



 随分とあっさり秘密を暴露されたのもある。

 最初聞いたときは思わず聞き間違いなんじゃないかと自分の耳を疑ったくらいでしたから。


 わたしのことを今日まで文句を言いつつも見捨てずにいてくれた優しい人。

 それでいてただのぐうたらには興味が無くて、戦う力が皆無だったわたしに魔法の剣を渡してくれて戦う力を授けてくれたばかりか、稽古までつけてくれる厳しい人でもある。


 たった数日の間だけど、この人は絶対に悪いことはしない人だ。

 そう思っていたというのにも関わらず、両親は彼を『魔王』と呼んだ。



「悪の権化である魔王……が、今目の前に」



 到底信じられない話だとわたしも思います。

 多分、心を読めるお父様の力を知っていなければ、どんな妄言を口にしているんだと怒ったに違いありません。

 タクマさんはちょっと厳しいところもありますが、根は良い人であると知ってるからこそ両親に反論してたでしょう。


 だけど、わたしはソレが出来なかった。

 生憎とお父様の特殊な力は幼い頃から知っていましたからね。



「まったく……どうしてこんなタイミングでそんなことあっさり教えたりするんですか」



 思わず小さな声で愚痴をこぼしてしまう。


 わたし達人間にとって魔族とは敵対する種族であり、その長である魔王は消すべき存在です。

 何があって敵対したのかは知りませんが、大昔から続く憎み合いから始まったとされる今の関係。


 人間からすれば魔族は根絶やしにするべき存在で、魔族からしても人間は排除すべき生物。

 その長である国王や魔王であるのなら一般の人物よりもさらに倒すべき基準が増しているでしょう。


 そんな魔王が、今わたしの前で背中を見せて寝ている。

 よっぽどわたしを信頼してくれているのか、こちらに顔を向けることなく寝息を立てているその様は、敵地に一人で入り込んでいるというのに無防備すぎると思えて仕方ない。


 仕留めるのにこうも容易そうな対象はいないでしょう。



「このまま首なんかを締めさえすれば、簡単に命を奪えてしまいそうですよ」



 本当に簡単なことだ。

 ただ彼の首に自分の腕を絡めて締め付け、どんなに抵抗しようとも力の限り首を締め続けるだけのこと。

 そうするだけで、彼の命を消すことは出来るでしょう。


 問題があるのなら、わたしの筋力で彼を窒息死させられるかどうかでしょうが、やろうと思えばできるのではないではないでしょうか。

 日頃から他でもない彼の鍛錬を受けて少しづつですが成長しているのを自分でも理解しているのです。


 腕の筋肉はもちろんのこと、足腰もあまり目立たないくらいではありますが頑丈になっていると思いますし、そのぶん筋力も上がっているはず。

 そんな自分の身体であるのならば、いかに魔王と言えども倒せるのではないか。


 出来るかどうかも分からない賭けのようなことを考えながら、わたしはタクマさんの首に手を伸ばしたのですが……結局その手は彼の首では無く服を掴むことで落ち着いた。



「どうした? 今が、魔王である俺を殺すのには一番の機会だと思うぞ?」



 いつから起きていたのかは分かりません。

 けれど、わたしが彼の服を掴んだタイミングで寝ていたはずの彼は振り向きもせずにそんな言葉を静かにかけてきました。


 振り返ってもいないのにわたしの行動は全て見ていたとでも言いたげな声で、一瞬恐怖を覚えてしまう。

 それが何故なのかは、正直なところ分かりません。


 彼が『魔王』だからなのか、悪戯する前に行為がバレていたという事実に困惑を覚える子供の様になってしまっているのか。

 ただ一つ分かることは



「——わたしは、あなたを殺したいとは思えませんよ。だってわたしは……」



 その先を口に出そうとしたけれど、わたしはそれを発することが出来ませんでした。

 だってこんなところで口にしたい言葉ではありませんからね。


 だからこそ苦笑を漏らして



「——勇者なんですから。勇者はいついかなるときも正々堂々と戦うものなのです。だから、闇討ちなんて卑怯な真似はしないのです」


「……そうか」



 わたしの言葉を真に受けてくれたのかは分からない。

 けれど、タクマさんはそれっきりわたしに対して話しかけてくることも無かったですし、わたしも彼に対して何かを口にすることもありませんでした。


 ただ彼を殺したくはない。

 そんな気持ちに後押しされるように服をつまむ行為から身を寄せるという状態に移行したわたしは、それ以上何かを考えるなどということを放棄して意識を闇の中に落としていった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 『わたしは、あなたを殺したいとは思えませんよ』


 そんな言葉を聞いて何故か安心していた俺がいたような気がする。

 人間は俺達魔族を化け物扱いし、亜人種となった今でもその考え方を捨てない輩が多いんだ。


 だからアイリスも、少しの間俺と共に過ごしたとしてもそのような考え方を持っているのではないかと少なからず思っていた。

 翼を生やした俺を見て一瞬困惑した様子も確認できたし、強力な魔法で魔物を消し飛ばした時も腕の中にあった彼女の小さな身体は震えていた。


 強い力は頼りになると同時に、敵に回ればこれ以上にもないほどに危険な存在だ。

 恐怖を覚えていつ俺の前から姿をけしてもおかしくはない。


 でも、彼女は俺の前から消えなかった。

 俺が『魔王』だとしても殺すつもりは無いし、やるとしても正々堂々と立ち向かって来るらしい。


 全くもって不思議な奴だが、やっぱりコイツを俺の下で鍛錬させたのは正解だった。

 と、俺はそんな風な印象を持って意識を手放した……はずなんだ。



「——だというのに、この状況は一体なんだよ」



 時刻はうって変わって朝。

 元の世界と変わらず東の空から登った朝日が窓から淡い光を差し込ませる時間帯。


 普段ならば朝の鍛錬にでも趣いているそんな時間帯に、俺は寝苦しさから目を覚ました。


 すでに習慣づいている朝の鍛錬をしなかったから身体に違和感を感じるなんてことはなく、別に身体に異常は見られないはずだ。

 だというのに、何故こんなにも目覚めが悪い状態なのか。

 その理由は俺の首にまとわりつく小さくて細い腕が理由なんだろう。



「コイツ。意識無いはずなのに隣の俺の首絞めるとか……。実は俺の命狙ってんじゃないだろうな?」



 寝相が悪いとは聞いている。

 そして、俺の首に腕を回して力強く締め付けてきている彼女に意識は無く、今も夢の中にいるというのはすでに確認済みだ。

 幸いと言った方が良いのか、俺の身体は頑丈だからコイツの力でどうこうなるようなものじゃないため、寝苦しさは感じても死を感じるような痛みは無い。


 ただ、服越しに感じる彼女の発育の悪い柔らかな身体が、少しだけ俺の心にある理性というものを削り取って言ってるのは事実だ。

 彼女の身体の成長が乏しいのは分かり切っているが、それでも彼女は女の子だ。


 こちらの世界に来てからこのように女子と密着するようなことは無くは無かったが、それでもやっぱり慣れないことをすると辛いものがある。

 それがたとえ、今まで女として見ていなかった奴であってもだ。



「やっぱり、こんなことになるのなら別の部屋にしてもらうべきだったかな」



 小さく文句を口にしている間にも、俺の首を絞める彼女の力はその力量を上げていく。

 といっても、俺からすればアイリスの首絞めなんて負ぶっている時に首に回された腕とそう変わらないからさして問題は無いんだ。


 だが、このままコイツが目を覚ましたら確実に勘違いを起こす。

 そう判断した俺は、首に回された腕を掴むと強引に引きはがし布団に横たわらせると立ち上がる。


 そして、今の小さな衝撃で顔を歪ませ今にも目覚めそうなアイリスを見下ろすと



「おい寝坊助、さっさと起きろ。今日もまたお前の親友の所に行くんだろうが」



 声を大にして彼女の睡眠を妨害するのだった。

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