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アイリスの実家へ⑤

 その後、俺はロベルと少し談笑してから食堂を後にした。


 談笑といっても、他愛のない世間話というか昔話みたいなものだけどな。

 俺が魔王であり、彼が勇者ブレイブの子孫であり俺の正体を知っているからこそ出来る話だったよ。



「まさか、ブレイブが転移者だったとはな」



 二千年ほど前に俺の元へやって来た勇者ブレイブ。

 彼の本名は分からず終いになってしまったが、ロベルから受け取った彼の携帯電話から察するに、ブレイブは俺と同じ日本から転移してきた人物だと断言できる。


 科学の進歩が全く見られないこの世界で、携帯電話なんか持ってる人物がいるはず無いからな。

 そんな彼だからこそ俺は思ってしまう。

 もしも俺が魔王という立場でなく人間だったなら、もっと別の道を歩んでいたんじゃないかと。


 相手は転移者で、俺は転生者。

 似た境遇で同じ世界からこちらに渡って来た者同士、非常に馬が合う気がするんだよ。


 元の世界のこととか、好きな漫画やアニメの話題。

 それこそネタが尽きない程に語りつくせそうな気がするもんな、共通の秘密を持っている者同士なんだし。



「それにしても、俺に消される前に転移してエルフの里に逃げるとか、どれだけ幸運だったんだよ」



 もしも俺達が違った出会い方をしていたらということを考えつつ、俺は勇者ブレイブを抹殺したはずの場面を頭の中に浮かべながら首を傾げる。


 二千年前だからどうしても記憶が曖昧ではあるんだが、あの時確実に勇者はハーレムを形成していたのにむかっ腹を立ててしまった俺の爆裂魔法で吹き飛んだはずだ。

 我ながら大きな嫉妬と怒りに駆られていたと思うよ。


 何故なら、奴は五人ほどの美少女を連れて俺の所まで来たんだからな。

 基本的に魔族の中には女と呼べる個体が少なくて、いたとしても体の一部が獣や魚だったりする奴ばかりだ。


 そんな連中にどれだけもてはやされても全く心が揺れ動かなかった俺には、人間の美少女は眼福どころか殺傷効果まであるんじゃないかというほど効果的だったのを覚えているよ。

 そして、そんな可愛らしい女の子を連れて来ていた勇者に対しての殺意で心が満たされていたのも記憶にある。



「我ながらしょうもない理由で反撃したもんだ」



 美少女を引き連れてきたというのもあるが、イケメンで身につけている鎧や手にしている剣や盾も煌びやかだったこと。

 さらには俺に一太刀浴びせたこともあってか、俺は奴を木端微塵に吹き飛ばしたはず。

 しかし、奴は生きていたらしい。


 どうやって俺の攻撃から身を守り瞬時にして転移したのかは今となっては分からないことだ。

 しかし、奴は俺の放った魔法から逃れて結果としては一番初めの『亜人種』と呼ばれるほど昔から人間界に移住していた、エルフ達のところへと移動していたのは事実だ。


 おそらくは彼らの特殊な力の中に超回復を見込める能力を持った奴がいることを願ってそこへ飛んだに違いない。

 当時はエルフも人間界に馴染んでいたはずだったし、偏見も何もなかったんだろうな。

 エルフ達は突然転移してきた勇者ブレイブを手厚く介抱して、傷を治してやり親睦を深めたと言ったところだろう。



「流石はエルフ達。俺のような化け物とは違って人の信頼を得るのが早いな」



 強いが故に俺は人間から恐れられ、怖い容姿をしているからこそ彼らから身に覚えのない憎悪の籠った視線を向けられるようになった。

 そんな俺とは違って、容姿は人間のソレとそう変わらないし、比較的温厚な性格の多いエルフは人間と馴染みやすいと言えるだろう。


 ちょっと、ほんのちょびっとだけ嫉妬してしまうよ。



「さてと……飯も食ったし、風呂にも入った。おまけにロベルともある程度話す事も出来たし、寝るか」



 先程のロベルトの会話を思い出しつつ歩いていると、気づけば俺が泊まる予定になっている個室の前までやって来ていた。

 そして、ドアノブに手をかけようとしてその手が一瞬強張ってしまう。


 理由は単純、アイリスの存在だ。


 過程はどうであれアイツは俺が魔王だということを知ってしまっている。

 母親であるリースから真実を告げられて食事が終わるまで放心状態だったんだし、彼女にとってかなり衝撃的だったのは言うまでもないだろう。


 信頼してきたと言えるのかどうかは知らないが、今日まで一緒に過ごしてきた奴が人類の敵である化け物だったんだ。

 その事実を受け入れるのは難しいだろうし、拒絶反応を見せる可能性だって十分にあり得る。


 最悪逃げ出してしまったんじゃないだろうかと考えて魔力探知で部屋の中を確認してみれば、かなり小さい魔力を身に宿した小さい奴が部屋にいるのが確認できる。

 つまり、逃げ出すという行為には走らなかったということだろう。


 それに対して俺はホッと息を吐いた。


 だって逃げ出されたら探すのが面倒だからな。

 いくら俺でも街の中に逃げ込んだ少女一人を見つけるのは困難なんだ。


 見逃してやるという選択肢もあるにはあるが、俺はアイツを俺に匹敵するほどの化け物に育て上げてみせると自分の胸に誓っているわけだし、その選択は選べない。



「——ったく、こんなことなら最初から教えておくんだったな」


 

 今更後悔したところで時間は戻らないし過去は変えられない。

 結局は向き合うしかないんだ。


 そんなことを考えつつドアノブをゆっくりと回して部屋の中に入ると、先程確認した通り部屋の隅で体育座りをしているアイリスの姿が確認できた。

 食堂を離れた後に持ってきた布団を持ってきてくれたんだろう。

 部屋の中央に隣り合わせで柔らかそうな布団が敷いてある。



「おそ、かったですね」


「まぁな。お前のシャイな親父さんと昔話をしてたんだよ」



 ぎこちないながらも俺に対して視線を合わせて話しかけてくるアイリス。

 やっぱりというか、俺の正体を知る以前とは違ってかなり気まずそうで、少し怯えた様子すら見える態度だ。


 いつもの彼女ならばロベルとどんな話をしたのか聞き出しにかかってくるはずなのに、魔王と言う悪の権化と世間で言われている名はだてじゃないということだろう。

 実家であるというのにまるで借りて来た子猫のように怯え、自身の身体を抱きしめるように足に回された両の腕は小刻みに震えている。


 せめてもの救いと言えば良いのか分からないが、彼女が俺の正体を知ったのにもかかわらず関係を続けようとする意志を見せているのは素直に評価出来るよ。

 普通なら逃げるぞ?

 相手が悪の親玉である魔王だったならさ。



「ど、どんなですか?」


「そうだな……お前のご先祖様の話だ」


「勇者ブレイブ、ですか?」


「あぁ。魔王である俺に一太刀浴びせた人間界の化け物だよ」



 何か話題を作らなければ気が動転しそうなんだろう。

 アイリスが無難な会話をしてきたのにこれ幸いと、俺はアイリスの気を引けそうな……と素直に口には出来ないだろうが、思い出すように語り始めた。


 魔王である俺だからこそ語れる、歴代の勇者の中で一番強かったブレイブの話。

 彼がどんな道程をもってして魔王城にたどり着いたのかは知らないが、俺の元までやって来て嫉妬に狂った隙を突いて攻撃を浴びせたこと。

 それに、後ろには美少女を連れていたこと。


 あとは、どうやってかは知らないが先程確実なものとなった、勇者ブレイブ生存説を話して聞かせた。



「コレを見てくれ」



 俺はさっきロベルからもらい受けた携帯電話からアルバムを開き、そしてその中にある一枚の写真を画面に映し出すと、アイリスに見せつけた。


 画面に写り込んでいるのは、茶色の短髪で爽やかな笑みを浮かべた少年。

 身につけているのは煌びやかで傷の一つも見当たらない銀色一色の鎧で、手にしているのは彼の相棒である聖剣ホープリオンだと思える剣。


 見るからに勇者と思えるような格好をしている彼こそが、勇者ブレイブその人だ。



「このイケメンが勇者ブレイブだ。俺は実際に会ってるんだからな、間違えようが無い」


「こ、この人がブレイブ、ですか」


「あぁ、お前のご先祖様だな」


「——ッ!?」



 実際のところはまだ確証は無い。

 だけど、事実彼のものであるとされるこの携帯電話はアイリスの父親であるロベルが持っていたんだし、その彼の娘がアイリスなんだから可能性が高いだろう。


 だが、俺としては彼女が勇者の末裔であるのは確実のものだと思えるよ。

 だって聖剣を使って身体が信じられないほどに強化されるんだからな。


 そんな体質を持つ彼女が勇者の子孫じゃないのであれば、誰の子孫に繋がるんだって聞きたくなるよ。



「わたしが、本当にブレイブの子孫……?」


「何だよ。自分であれだけ口にしていたって言うのに、信じてなかったのか?」


「信じてなかったというわけでは無いんですが、その……少しだけ不安な気持ちもありましたから。だってほら、わたしは弱いですし」



 苦笑して告げるアイリス。

 確かに彼女の強さはお世辞にも勇者の末裔に相応しいものとは言えないだろう。


 最弱モンスターを討伐するどころか逆に捕食されかけることもあったし、何度か手合わせして聖剣の加護が無ければそこらの一般市民と何も変わらないのも理解出来てる。


 そんな彼女が最強と謳われたブレイブの子孫だと言っても、ただの妄言にしか聞こえない。

 俺がそうだったからな。



「だが、お前は間違いなくブレイブの血をひいていると思うぞ? 何せ、これに写ってるのは間違いなくブレイブなんだし」


「魔王であるタクマさんだからこそ、分かることですか?」


「あぁ。俺だからこそ、分かることだよ」



 そう微笑んで見せれば、何故かアイリスの小刻みに震えていた腕の動きが止まった。

 頬を赤く染め上げ俺を見据える瞳は忙しなく動き回ってしまっていたが、結局視線を逸らすという行為を行うと



「な、何でタクマさんはわたしに対して、人間に対してそんな優しい笑みが浮かべられるんですか!? あ、あなたは、魔王様でしょう!?」


「何だ? 魔王が人間に対して笑みを浮かべちゃ悪いのか?」


「悪いというわけじゃありませんけど」


「それに間違えないで貰いたいが、俺は『元』魔王だ。今の魔王は俺じゃない」



 逸らされていた彼女の視線が再び俺を捉える。

 瞳に映るのは困惑と驚き。


 視線だけで何故魔王を辞めたのかと問いただしてきているアイリスに俺はため息を吐くと



「簡単に言えば、部下共に裏切られたと言えば良いんだろうかな。いつまでも人間界に侵攻をしない俺に対して不満が募り、結果的に見限られて新生魔王の誕生だ」


「新生魔王って、じゃあ前のキングスタスへの攻撃は!?」


「勿論、新しい魔王の命令だろうな」



 人間界を新しい根城にした俺が、わざわざ自分の身を危険にさらす真似はしないだろ。

 まぁ、今の魔族共の貧弱さは凄まじいから脅威にすらならないんだけど。



「アイツらには『人間界に攻めて来たら俺が相手してやる』って釘を刺していたはずなんだが、どうしてか俺は奴らからすれば引き籠もりのだらしない飾り魔王として見られているようだ」


「な、ならタクマさんがまた魔王に君臨して、今度こそ人間と和解をすれば」


「アイリス。悪いな、ソレは出来ない」


「——えっ?」



 俺が戻ってきた時よりは随分と調子が戻って来てくれたアイリスの表情が、俺の発した言葉で再び恐怖と困惑色に染め上がる。

 言葉の意味をどう解釈したのかは彼女にしか分からないことだが、確実に俺が伝えたい真意とは全く違った感じで受け取ってると思うよ。



「勘違いするなよ? 俺は人間と共存の道を歩むのは別に構わないんだ」


「な、なら何で……?」


「人間が俺達との共存を許そうとしないからだ」



 元々人間の俺だからこそ、最初は人間と手を取り合おうと和解を目指した。

 だけど、奴らは異端な容姿をしている俺達魔族を嫌い、自分達よりも優れた魔力や身体能力を持った魔族を怖がった。


 どんなに手を伸ばそうとも相手は受け入れてくれず、結果的には戦争だ。

 魔族と人間のな。



「今は亜人種のおかげで人間も魔族を受け入れる姿勢をとってはいるが、昔の部下ならともかく今の馬鹿共には和解は無理な話だ。俺が言い聞かせたところで、結局は戦争になるだろう」


「そんな……」


「俺は人間に手を伸ばしたよ。だけど、奴らは俺の手を取ろうとはしなかった。その結果が今なんだし、俺はソレをどうこうしようとは思わない」



 それだけ告げて、俺は布団の上に横になる。

 太陽の光をたくさん吸収した布団の香りは心地よく、俺の身体を受けとめて支えてくれている柔らかな布団は少しだけ苛立ちを募らせていた俺の心を癒やしてくれた。



「なら、タクマさんは人間を、見捨てるのですか?」


「何で見捨てることになるんだよ。そこまで見限ってるのならこの王都を守りに来ないし、お前に鍛錬を受けさせてるはずもないだろ」


「そ、それならタクマさんは人間界で何をするつもりなんですか」


「ただ平和に心許せる仲間と暮らす。それだけだ」



 俺は魔王に戻るつもりは無いし、この世界を征服するなんて馬鹿げた思想を掲げるつもりも無い。

 求めるものはただ一つ、平和に楽しく生きていきたいだけだ。


 その障害となるものは全て排除するつもりではあるが、全部を全部俺がやってたんじゃ面白くない。



「だからこそ、俺は今の人間界での暮らしを脅かす魔族共を率いる『魔王』を倒す。そのために、お前を育ててるんだ。……まぁ、ちょっとだけ暇つぶしも兼ねてるけど」


「後者の方が本音じゃないですか!」


「そうだな」



 短く言って俺は欠伸を漏らした。

 窓から外を見てみれば真っ暗だし、もう寝るにはいい頃合いだろう。



「安心しろ。俺は魔王だが人間は嫌いじゃないし、滅ぼすつもりもない」


「そ、それが本当かどうか分からないじゃないですか」


「弟子は黙って師匠の言葉を信じてろ。ソレがたとえ魔王であってもだ」



 俺は本心で人間を嫌いじゃないと思ってるし、滅ぼすつもりも無い。

 それを真っ向から告げて、もう話は以上だと言わんばかりに瞳を閉じた。


 瞬間、「ま、まだ話は……」とかってアイリスの声が聞こえたが聞く耳持たん。

 無視し続けているとやがて相手にされていないのを理解したのか、アイリスは盛大なため息を吐いて俺の寝る布団の横に寝ころぶと



「タクマさん、わたしってちょっと寝相が悪いところがあるので、蹴ってたりしてたらすいません」



 そんな言葉を吐いて寝息を立て始める。

 すでに隣にいるのが魔王だと忘れてしまったんじゃないかとすら思える大胆発言に、俺はアイリス同様にため息を吐いてしまった。 

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