訳あり新居
それから地元の人に助けを請いながら俺達が住める場所を探すこと三十分。
俺は快く住居を探す手伝いをしてくれると言ってくれた街を巡回していた騎士と共に、ある建物の前までやって来ていた。
他の建築物と同じくレンガ造りの建物で、俺が人間だったころ住んでいた日本には無い煙突を屋根に一つ伸ばした一軒家。
見たところ何の問題も無さそうな物件だ。
だけど、その家の前には『訳あり住宅。安く売ります』と書かれた立札。
何に対して問題があるのかは分からないが、たったそれだけ書かれた立札があるだけでかなり不気味さが増してるような気がする。
「……今のところ、ここしかないのか?」
「安くて見栄えも良い家となると、この物件以外はこの街には残っていないんです。あなたが相応のお金を持っているのであれば別ではありますが、それが無いと言われるとここ以外にはないかもしれませんね」
「いつの世もお金が全てってことなのか」
金という概念が無ければ物々交換だとかそういう面倒なことをしなければならなくなるのは分かるけど、やっぱり物の価値が全てお金で決まるとなるとね。
まぁだからといってお金で買えないものがあるだとかカッコいいことを言うつもりは無いけど。
「お金が無ければ生きていくことは出来ない。だから、みんな働いているんですよ」
「うん、それは分かってる。俺もこれから働くつもりだし」
「それは良い心がけですね。——けれど、あなたの場合そう上手くはいかないかもしれませんが」
目の前の一軒家を遠い目で見つめる騎士は、不吉な言葉を俺の耳に届かせた。
何故俺の人生が上手くいかないと思えるのか。
ソレを聞くことはしない。だって、もう彼の目が語っているからな。
「ここの家に住んだら、不幸になるのか?」
「この家には死んだ幽霊が住み着いているという噂がありましてね。物怖じせずここに住んだ方々が全員魔物に殺されたり、不幸な事故で亡くなられたりしているものですから余計に人が住もうとしないんですよ」
「なるほど。だから訳あり物件なんだな」
確かに周辺を見てみれば家の呪いを受けるのを怖がってしまているらしく、建物はあっても人の気配がまるで感じられない。
まるで、ここら一帯だけがゴーストタウンにでもなったみたいだ。
「とにかく、あなたが住めそうな物件はわたしの知る限りではここだけです。ギルドの僧侶に頼んで除霊してもらえば住めるかもしれませんが、お金が飛びますからね。普通にお金を溜めてから家を買う方が良いかもしれません」
「それまでは宿で過ごすか……。はは、俺は構わないけど連れが許さないだろうな」
「そうですか。あなたも大変ですね」
そう言って笑う騎士に頭を下げてお礼を口にする。
ここまで案内してくれたんだ。きちんと礼を返すくらいはしないと魔王城にいるあの団長共と同じだ。
俺は元とは言っても魔王。最低限の礼儀は守るさ。
「別に構いませんよ。あぁ、それとあまりお勧めはしませんが、ここに住むというのなら街の中心にある役所まで来てください。本来であれば大家さんがいるのですが、この家は特別ですから」
「あぁ、分かったよ。何から何まで本当に助かった。ありがとう」
「いえ、コレがわたしの仕事ですから」
騎士は見事なお辞儀を披露して「それでは」と短く告げてその場を後にして行った。
俺はそんな彼を見送ってから、おそらく質屋で金を売ってお金を用意できたであろうアガレスに念話を送る。
(アガレス。良い物件が見つかった。俺の魔力を辿ってここまで来てくれないか?)
(それは朗報ですな。分かりました、すぐさまそちらに向かいますので五秒ほどお待ちください)
五秒でここに来れるってことは、やっぱり向こうも質屋で金を売ることが出来たんだろう。
これで金の問題も住む場所の問題も片付いたことだし、安心してヴォルトゥマで暮らせるな。
そう考えている間にも五秒が経過。
瞬間空から降りてきた黒い影が俺の目の前に着地して、先程の騎士同様にお辞儀を見せた。
「五秒きっかり。流石はアガレスだな」
「お褒めいただき嬉しく思います。——それで、コレが我らが住む新居ですか?」
「あぁ。ちょっと訳ありらしいが、住むことには問題ないだろ?」
アガレスは新居を見据えて顎に手を当てると、ふむと短く声を漏らす。
建物を見定めるような目つきは時間が経つにつれて鋭いものに変わっていく。
どうやら、アガレスは早くもこの家の『訳あり』の答えを導き出したらしい。
「確かに見た目からは問題は無いようにも思えますが、この家には誰かが住み着いているようです。いかがいたしましょうか?」
「さっきここを案内してくれた街の騎士に聞いたんだが、どうやら幽霊が住み着いているらしいんだ。ソイツが何をしているのかは分からないが俺達がこれから住むんだ。幽霊ごとき成仏させてしまえば何の問題も無い」
俺がそれだけ告げて手を建物にかざすと、アガレスは一礼して俺の隣にまで移動してくる。
それを横目に確認した俺は
「《ホーリー・カーテン》」
一軒家に住み着く幽霊とやらを強制的に成仏させるべく、聖属性の最上級魔法を家に向けて放つ。
淡い輝きを放ちながら出現した白いカーテンのような光。それが一軒家を包み込んだ瞬間、まるでカマキリの幼虫が卵から孵化したように一斉に何かが飛び出していった。
悲鳴のような声を上げながら消えていく何かの正体は、おそらくこの家に住み着いていたとされる幽霊だろうな。
かなりの数がいたから、ここに住んだ人が不幸に見舞われ死んだって言うのもあながち嘘ではないかもしれない。
「お見事です、魔王様」
「このくらいなら簡単だ。お前にだって出来るだろ?」
「無論可能ではありますが、魔王様の足元にも及びません」
「謙遜するなよ。お前の実力は俺が一番よく知ってるんだからな」
頬を指先で軽くかいて照れるアガレスに頬を緩ませ、俺は幽霊の消えた一軒家の扉を開け放った。
中は思った通り埃だらけ。
魔王城より汚いと思えるソレは、流石は訳ありで誰も住まなかっただけのことはあると言ったところだろう。
「まずは、この家の掃除から始める必要があるようだな。アガレス、それはお前に頼んでも良いか?」
「お任せください」
「そっか。じゃあ頼む。俺は役所まで行ってこの家の権利をもらって来るよ」
「かしこまりました。それでは、コレを」
そう言ってアガレスが俺に手渡してきたのは、何かがたくさん入っているらしくパンパンに膨れた袋。
おそらくは服の装飾に使っていた金を売り払った結果の額なんだろうが、随分な価値があったみたいだな。
こりゃ普通の物件でも買えそうな気もするよ。
まぁ、この家気に入ったから今更新しいものを探すつもりないけど。
「じゃあ行ってくるよ。掃除、頼んだからな?」
「このアガレス。魔王様のご命令とあらば、この家を魔王城よりもひと際輝く城に変えてご覧に上げましょう」
「はは、そこまで豪華なものにしなくても良いからな。——あぁ、あとさ」
俺は役所に向かおうとした自らの足を止めて振り返ると
「これからは俺のことは魔王では無く、『タクマ』と呼ぶように頼むよ。もう魔王じゃないんだからさ」
「そうでしたな。ではタクマ様、行ってらっしゃいませ」
俺に対して相変わらずの敬意を感じられるお辞儀を見せたアガレスの見送りを受け、俺は役所に向かって行った。
ヒロインが出るまではまだ時間がかかりそうです……。