お宅訪問③
シオンが魔王つまりは俺と出会い、憎むようになったのは二年前のことだったらしい。
元々フォルセクス公爵家という家系は武力に特化した者が生まれる傾向があり、彼女もまた他の人間と比べ物にならないほどの魔力と身体能力を持って生まれたのだという。
たった一人の人間であるのにその力は千の軍勢にも匹敵する。
まさに一騎当千と言う奴だろうな。
そんな家系に生まれ、他人よりも秀でた能力を持つフォルセクス公爵家には少し変わった儀式のようなものがあるそうだ。
簡単に言えば武者修行の旅とでも言えるのだろうか。
冒険者、延いては勇者育成のために建立された学校を卒業後、たった一人で世界各地を回るという過酷極まりない旅をする無茶苦茶な儀式だ。
フォルセクス公爵家は男が生まれることが多く、身体能力が秀でているのもあったからこそ出来た儀式のようなもの。
そしてこの儀式は、フォルセクス公爵家の嫡男が代々受けるものらしいんだが、シオンの代には男の子が生まれなかったそうなんだ。
元から強い存在を更なる高みに到達させるため、そして結果としては魔王を倒せる逸材にするための儀式なのだから当然なのだろうが、シオンは女の身でありながらコレを受けることになったのだという。
しかし、幸いなことに生まれた時から常人とは違う力を持っていた彼女には過酷な旅も然程危険なものではなかったらしい。
旅の最中で魔物と戦闘になることもあったらしいが、一方的ななぶり殺しも実現させていたし大した脅威にもならなかったのだという。
だが、そんな彼女が結果的にたどり着いてしまった場所、魔王城でシオンは出会ってしまったそうだ。
俺と言う絶対的な強者に。
「わたし自身も魔物を倒しているうちにいつの間にか自分の力量を図り損ねてしまったみたいなんだ。魔物を数匹倒せる自分なら、魔王だろうと倒せるのではないかと」
「勝てなかったのですか?」
「あぁ。奴の強さはわたしの手の届かないところにあったよ。いくら槍を突き出そうとも全ていなされ、魔法で焼き殺そうとしても奴の魔法にかき消された。初めてだったよ、あそこまで強い化け物に出会い恐怖したのは」
「で、でも、シオンは生きて帰って来たではありませんか。それは勇者でもなしえることは難しいのですからあなたの強さは本物ですよ」
勇者でもなしえることが難しい、それは本当のことだろうな。
強い勇者は俺の元までやって来れるが、強さが俺どころか部下共よりも低い場合はラスボスである俺の所に来る前に果ててしまうんだよ。
だからこそ、コイツの強さは本物だ。
少なくとも俺の所まではやって来れたんだから。
並みの強さの戦士では魔王である俺が待ち受けている部屋までたどり着ける者はいないし、単身で俺の所までやって来れたんだから評価に値するだろう。
なのにどうしてだろうか、コイツのことを俺は全く覚えていないんだけど。
「そういってくれるのは嬉しいよ、他でもないアイリスにそう言ってもらえるのは。だが、わたしが生きて帰れたのは実力で生還したんじゃない、生きて返されたんだ」
「返された、ですか?」
「あぁ。魔王という存在は自分の所にたどり着いた奴をいたぶる趣味はあっても、殺すような残虐非道な輩ではないということだ。いったい何故そのようなことをしているのかは知らないが、な」
そう言って俺に横目で視線を向けるシオン。
ハッキリとした殺意は感じられないものの、睨むという行為に違いないそれは俺に対して明確な敵意を現していた。
だからこそ分からない。
俺は確かに勇者や俺の所にたどり着いた奴はいたぶるだけいたぶってそのまま人間界に返しているんだが、やっぱりと言うかこのシオンが俺の所まで来た覚えがまるでないんだよな。
単身で魔王城にやって来て、魔物を倒してやって来たというのならその強さが頭の片隅に残っているはずなんだけど、それが無いというのはおかしい。
考えられることは俺が長い期間の引き籠り生活で記憶力がおかしくなったか、それともこのシオンという女が虚言を吐いているかなんだが、後者はあり得ない気がするんだよな。
だって嘘を吐くにしても俺が魔王だということを知っているのはアガレスくらいなものだし、俺が使った魔法を見たことがあるんだと口にも出していた。
そして、極めつけは俺に対しての殺意だ。
今はアイリスの手前抑え込んでいるようだが、さっきからチラチラと俺を睨んできているくらいだし、かなり警戒されているのは間違いないだろう。
「け、けれど、シオンは以前起きた魔族による侵攻を阻止したではありませんか。それほどまでの力があれば、今度こそは魔王なんて……」
「いや、無理だ。あの功績は本来であればわたしが受け取るべきではないのだから」
シオンは苦笑しチラリと俺を見やると、静かにアイリスを見据えて
「実のところ、あの一件はわたしが解決したことでは無いんだ。全て……そこにいるまっ……た、タクマさんの助けによるモノなんだ」
「タクマさんのですか!?」
二人の視線が俺に向けられた。
一人は好奇心とやっぱりすごい人だと憧れの眼差しを送って来ていて、もう一人はしてやったりって感じの表情と視線を向けてきている。
言わずとも分かるとは思うが、前者がアイリスで後者がシオンだ。
普段であれば気にも留めない会話参加ではあるが、しかし今の俺からすれば非常に面倒な状態に持ち込まれたと言えるだろう。
俺としては会話に参加せず成り行き任せに二人を見守っていくだけに徹するつもりだったんだ。
そうすれば無駄に詮索されずに済むだろうし、俺にとって何かしら不利な情報を語られないで済むとも思っていたからな。
きっとこのご令嬢のことだ。
あの戦場で合いまみえた時から今日まで俺の情報を探していたに違いない。
公爵家といえば国王に次ぐ爵位だったはずだし、その権力を使えば簡単に必要としているものは手に入る。
俺にとって不利な情報というのは具体的には思い浮かばないが、少なくとも俺=魔王ということを前提に探し出しているはずだし、何かしらの悪行くらいは拾っているんじゃないかな。覚えはないけれど。
「しかし、残念なことにそのあなたの功績はわたしのものになってしまった。あなたがあの場から消えさえしなければ、今頃は表彰されていて次なる勇者に選ばれていたことだろう」
「何故タクマさんはその場から去ったんですか?」
「別に俺は功績だとかは欲しくなかったからな。ただ、平和に何事も無く暮らしていきたい、そう思っていただけさ。だからこそ、攻めてきた魔族共を駆逐する必要があったんだよ」
俺にとって今最優先にすることは、この人間界の滅亡を食い止めることだ。
そうしなければ、何のためにこの地に越してきたのか分からないし、魔王を辞めた意味がなくなってしまうからな。
それに、もしも人間界が滅んでもみろ。
俺を待つのは再び魔王の座に君臨して反旗を翻す勇者を迎え撃つ退屈な人生だけだ。
そんな暮らしは退屈だし、絶対に御免なのさ。
「なるほど。だが、あなたがあの場で現れなければキングスタスは滅びていたし、わたしも生きてはいなかった。改めて礼を言わせてもらおう」
「——そんな感謝の欠片も無い笑顔で礼を言われても、俺からすれば嫌な気分しか覚えないんだけどな」
「それはそうだろう。わたしは……アイリスの前でなかったなら、貴様を斬り殺しているところなんだからな!」
アイリスの手前、何かと我慢し笑みを保っていたシオン。
だが、俺と一緒の場所にいるおかげか笑みは引き攣ったままだし、今にも飛びかかってきそうなほどに鋭い目つきは隣に座るアイリスもビクビクと震えている始末だ。
流石にこれ以上シオンを我慢させるのは良くない。
そう判断した結果少し本音を口にしてみれば、アッサリと我慢していた言葉を吐き出した彼女。
テーブルを挟んで向かい側に座る俺の方に身を乗り出して、威嚇する彼女はアイリスからすれば困惑以外の何物でもない。
これまでの会話の中で俺達が不仲という理由を知ることが出来ていないのか、『えっ、えっ!?』と、オロオロしながら忙しなく視線を俺達に向けている始末だ。
まぁ、今までの会話で俺が魔王だとか、目の前のシオンが俺に対して殺意を持っていることに気づけていたのなら凄いことだろうけど。
「つまり、さっきから俺のことを睨んでいるのは、このシオンと言う女は俺が大嫌いだからなんだ。分かったか?」
「えっ、えっと、それは何故……?」
「もちろん、コイツが諸悪の根源まっ……クソォォォォッ!」
俺のことを魔王だと断定するような言葉吐けないようにしている呪い、それは相変わらず継続中だ。
口にしようとすれば痛みを伴うはずなんだが、今のコイツの態度を見る限り痛みを受けるというよりは口に出せなくなっているだけみたいだ。
戦場で催眠効果が薄いと彼女自身が口にしていたことだが、まさか呪いにまで効果があるとは思わなかったよ。
口に出せない状態に変わりは無いから俺としては問題ではないけど。
「貴様ッ! わたしにかけた呪いを解けッ!」
「解きたいのなら俺を殺してみろよ、そうすれば簡単に呪いは解ける。お前程度に俺が倒せるというのならな」
「あの、全然訳が分からないのですが!?」
アイテムボックスから戦場で目にした槍を取り出し、俺に槍先を向けるシオン。
そして、ソレを握って行動を起こせないように固定する俺。
そんな俺達を目の当たりにして益々状況把握が出来なくなったアイリスというなんともカオスな構図は、数分の後アイリスが「二人ともやめてくださいッ!」と絶叫にも似た声を上げることで収まるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「二人が不仲なのはよく分かりましたけど、室内で暴れるのはやめてくださいよ! 凄く危ないんですから」
些細な言葉から始まった喧嘩にも似た行為は、アイリスの絶叫で一応は治まった。
元々俺はこれ以上シオンに感情を抑えつけさせていたら危ないと判断したから爆発させようと思っていただけで、それを遂行できた時点で言い争うつもりは無かったんだ。
だから俺は早々に口を閉ざすことが出来たんだが、問題はシオンの方。
彼女はよっぽど俺に呪いをかけられたことや、一度負けたことを暴露したのが不愉快だったんだろう。
簡単には怒りを治めてくれず、しばらくの間は俺に対して突きを放ってきたよ。
室内と言う狭い空間で薙ぎ払いが出来ない以上は、突き攻撃が一番の得策。
そう判断したが故の行動だったんだろうが、俺の前にアイリスが手を広げて壁となったことで戦意を喪失。
いくら頭に血が上っていたとしても周り全てが見えなくなるようにはならないし、ましてや親友を殺すような真似はしない。
突く態勢に入っていた腕を強引に止めて勢いを殺し、無理矢理槍を制止させた彼女の評価は流石と言ったところだろう。
強引に腕を止めた瞬間嫌な音が鳴っていたから腕を痛めた可能性があるけれども。
そんなこんなで現在は二人そろって同じソファに腰かけ、向かい側で明らかに不機嫌オーラをまき散らす自称勇者の末裔からお叱りを受けている真っ最中だ。
流石に怖いとかそんな感情は浮かびはしないが、機嫌を損ねさせたら俺の前から消えられる可能性があるからな。
コイツに逃げられると俺の今後の楽しみの一つである鍛錬相手がなくなるから素直に言うことを聞いてやってるよ。
「それで、二人はなんで不仲なんですか? タクマさんはシオンの命を救ったんでしょう? それなのに、何故シオンがタクマさんを恨むようなことになるんですか」
「そりゃ、俺がコイツに対してある呪いをかけたからだろ」
「呪い、ですか? いったい何で」
「言いふらされたらたまったもんじゃないからな、俺がキングスタスを守った奴だってよ」
流石に自分が魔王だと暴露するには早すぎる。
だからこそ、ある意味では本心であり嘘でもある言葉で俺は答えた。
「確かに俺は魔族の侵攻を受けて滅びかけたキングスタスを守ったよ。だが、そのおかげで勇者だの英雄だのと祭り上げられてしまえば今後密かな暮らしが出来なくなるからな。だから、黙ってもらうためにも呪いをかけさせてもらったんだ」
「け、けど、それならシオンに本心を語れば良かっただけなんじゃ。彼女は良い娘なんですし、ちゃんと話せば分かってくれるのです」
「コイツが俺の話を真に受けるとは思わないんだけどな」
視線を真横に向けてみれば、不愉快極まりないと俺から視線を逸らすシオンの顔が見える。
稀に俺に顔を向けてくるが、その際瞳に宿っているのは明らかな殺意と怒り。
呪いをかけていなくともコイツは俺に対して最初から怒り以外の感情は持ち合わせていなかっただろうし、やはり保険をかけていて正解だったよ。
「シオンは呪いをかけた程度で怒るような短気な性格はしていないはずなんですが、シオンはタクマさんの何が気に食わないんですか?」
「全てだ」
「タクマさん、やっぱりシオンに呪いをかける以上の何かをしたんじゃ……」
「したと言えばしたらしいんだが……俺もハッキリとは覚えていない」
「なんだか酷い話です」
女が本気で怒って殺しにかかるくらい酷いことをしたというのに、本人がソレを忘れているというのは無責任な話だ。
だけど、覚えていないものは仕方ないだろ。
確かに俺は自分の歳を忘れてしまうほどに記憶力が悪いのは自覚しているが、単身乗り込んできた印象の強い奴なら記憶に残ってるはずなんだ。
思い出せと言われてもよっぽど印象の強い何が無ければ思い出せないさ。
「それよりも、俺達の話はいいだろ。ここに来たのはアイリスに対してシオンが相談したいということがあるからなんだ。こんなことで時間を潰すのは勿体ないだろ」
「話をややこしい方向にもっていったのはタクマさんじゃないですか」
「うるさいな。文句を言うなら今後の鍛錬を更に増させるぞ? それこそ、酷い男に相応しい地獄のようなものにな」
「す、すいませんっ! もう何も言わないですからこれ以上鍛錬を増やすのは止めてほしいのです!」
まだ序の口に入った程度だというのにこれ以上を求めないアイリスは、焦ったように深々と頭を下げて口にした。
親友と俺の関係よりも、自分の今後を心配するとは場合によっては勇者失格かもな。
まぁ、アイリスのことだから本当に親友の命と何かを天秤にかける状況に陥ったとしたら、親友の命を取るだろうけど。
勇者の肩書はだてじゃないからな。
「分かれば良い。……シオン。理解してもらわなくて結構だが、俺はそこそこ今の生活が気に入っているんだ。昔に戻るつもりは無いから安心しろ、とまでは言わないが出来れば察してくれると嬉しい」
「そう簡単に貴様を信用できるか。あと、わたしを名前で呼ぶなッ!」
「なら様でもつければ良いのか? シオン様」
「貴様はどこまでわたしをコケにすれば気が済むんだ?」
名前で呼ぶなと言うのなら他にどう呼べというんだろうか。
そんなことを素直に告げてみても喧嘩に発展するだけだと早々に判断した俺は、強引に話を切り上げると再び話を進めるようにシオンに告げると、もう関わらないと無言を貫く。
ここからは話を聞くことに専念するという意思表示はどうやら彼女にも伝わったらしく、聞き取れるほどの大きな舌打ちをしてから視線をアイリスに戻すと
「とにかく、わたしの功績は不本意だがコイツの上げたものに他ならない。それをお父様に進言したら、やはりというか勇者を辞退するように言われたよ。あの軍勢を倒せたのならともかく、魔王の住む場所にお前を行かせるなど許さないと」
「今まで帰って来た勇者達はみんな瀕死だったり廃人になってたりしますからね。自分の愛娘をそんな化け物のいる所へは行かせたくないのでしょう」
「わたしとしては、この手で魔王を打ち倒したいところなんだがな。前回の無念も合わせて、奴の心臓に槍を突き立ててやりたいんだ」
そう言って俺を見やるシオンの目は、獲物を狩る獣のように研ぎ澄まされたものだ。
これから貴様をそうしてやるとでも言いたげなその視線は、話に入るつもりのない俺からすれば迷惑極まりないもの。
だからこそ、顔を逸らして無視することにしたよ。
そんな俺の態度に関わるつもりが無いというのが伝わったのか、シオンは俺から視線をアイリスに向けると
「だからこそ、アイリス。あなたの力を貸してほしい。あなたがわたしの代わりに勇者となって、パーティメンバーに指名してくれさえすれば、晴れてわたしも魔王討伐の任に就けるのだから」
そう彼女に告げるのだった。




