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お宅訪問①

 アイリスの親友、名をシオン・フォルセクスの住む家と言うのは、王族が住むとされる宮殿から少し離れた場所に位置する豪邸だった。


 広大な敷地内はいかにも貴族が好みそうな手入れの行き届いた庭が設けられ、豪邸の目の前には噴水まで用意されている豪勢さ。

 白を主体とした壁面には傷の一つもなく、太陽の光を反射して美しさを際立たせている豪邸は、窓の数もさることながら大きさも随分なものだ。


 俺が今住んでいる家と比べても手も大きさには天と地ほどの差がある。


 こんなものを見せられては、貴族と言う存在が無駄に見栄えを良くしたいという思考の元に自宅を豪勢にするという考えが何処の世界であろうと時代が変化しようとも変わらないと思わされてしまうよ。


 まぁ、俺も魔王城と言う目立つ城を数日前までは根城にしていたんだから、人のことは言えないだろうけどな。



「本当に入れるんだろうな?」


「大丈夫ですよ。わたしはこう見えても何度か屋敷に入れてもらったことがありますから」



 胸を張って自分に任せろというアイリスは、俺に笑みを浮かべると屋敷前にある巨大な門の前に立つ二人の門番に近寄ると



「あの、アイリスと言うものなのですが、シオン・フォルセクス様にお目通しお願いしたいのですが」


「面会についての話は聞いていないのだが、何か証明できるものは持参しておられますか?」


「はい。コレなのですが……」



 そう口にしてアイリスが門番に提示したのは一つの水晶。

 手のひらサイズの小さなソレは透き通った陰りの無い水色の正方形で、その中にはおそらくは黄金で作られたらしい紋章をかたどった装飾が埋め込まれていた。


 まるで両翼を広げ地面に立っている鷲のような形のソレは、一見すれば日本では何処かのアクセサリーショップにでも売られていそうなデザイン。

 しかし、門番からすればそんなものでも一応は証拠に足る物品なんだろう。


 アイリスの提示したその水晶を一目見た門番は、一つ頷きどうぞとばかりに門の脇に逸れた。



「では行きましょう」


「あぁ」



 俺としてはもうここで足止めをくらい、そのまま入ることも許されずまた後日でも良かったんだ。

 相手は俺の正体を知る勇者候補に選ばれた女だし、関われば厄介なことになるのは間違いないからな。


 後日来るときは適当にウソを口にしてアイリス一人に任せてしまえば良いと思っていたんだが、こうもあっさりと中に入れるとなるとその手は使えないだろう。


 ——ったく、何が大丈夫なんだか。

 アイリスが提示したものがあの程度の水晶だというのなら、偽造くらい簡単に行えるだろう。

 それを考慮していないとなると、この国には水晶を偽造する存在はいないと勝手に解釈しているのか、それともただの警戒不足。


 魔王城だったなら絶対に許されないことだろう。

 そんなことを考えながらアイリスの後に追従していると、彼女が誇らしげに振り向き俺に笑みを浮かべ



「えへへ、凄いと思ってるのですか? わたしのような底辺の冒険者が、公爵家の方と面識があることに」


「いやお前が勇者ブレイブの末裔だと言うことを考慮してみれば、少々貴族と面識はあってもおかしくはない。だから、さほど驚いてはいない。ただ、警戒網があまりにも緩すぎるからな」


「あぁ、それはこの水晶のおかげですよ」



 そう口にしてアイリスは豪邸の入口まで手にしている水晶のことを教えてくれた。


 聞けば、彼女の手にある水晶は『ウィクリスタル』という特殊な素材で作られた非常に価値のある物で、同じものは作ることが出来ないとされているらしい。

 と言うのも、素材となっているウィクリスタルというのは非常に繊細で希少な鉱物なんだ。


 採取の仕方は一般的なクリスタル同様に、鉱山の奥深くで回収する物だ。

 しかし、その希少さ故に一つのクリスタル発掘場で見つかる確率は非常に低く、さらに手で軽く叩いただけでも簡単に砕ける程にモロいソレを発掘するのは困難を極めることだろう。


 ただでさえモロい鉱物を加工していくなど、それこそ匠の技術が必要。

 だからこそ、同じものは作ることが出来ないのである。


 だが、それだけだというのならクリスタルやその他の鉱石を使って似せれば良いだけ。

 無理に素材を実物にしようとしなくたって大丈夫……と、言いたいところだが、物事はそう単純には出来ていない。



「つまり、その水晶にはお前の友達のシオンが魔力を籠めていて、信頼していない者の魔力が送られると紋章が消える工夫が施されているってことか」


「そうなのです。現に、タクマさんの魔力ではいくら送ったところで紋章は浮かび上がらないではありませんか」



 手渡された水晶に俺の魔力を送ってみれば、それまで中に浮かんでいた鷲をかたどった紋章が消え失せてしまう。


 いったいどういう原理でこのようなことが可能なのかは知らないが、魔王城に引き籠っていた間に人間の分明はそれなりに進化を遂げていたらしい。

 少なくとも、俺が知っている人間はウィクリスタルを加工することなんて不可能だったし、魔力に反応して紋章を浮かび上がらせたり消したり出来る技術なんて持っていなかった。


 分明に取り残された気分だよ。

 まぁ、この水晶はその加工の困難さ故に庶民にまでは流通していないから、アイリスに田舎者と思われなかっただけマシだけど。



「——お待ちしておりました、アイリス様」



 そんなことを考えながら歩いていると、豪邸の入り口付近にいつの間にか立っていた執事らしき紳士が俺達を迎えてくれているらしくお辞儀をして待っていた。


 見た目はアガレスとあまり変わらない容姿をしている。

 黒い燕尾服に少し長めの顎髭。

 まだアガレスほど老化が進んでいないらしく髪の毛は少し白髪が混ざっているものの黒色だ。



「お久しぶりなのです、ランドさん。あの、シオンはいらっしゃいますか?」


「はい。アイリス様が来るのを心待ちにしておられるご様子で、今も自室であなたがお越しになるのをお待ちしておられるはずです」



 お辞儀の体勢を崩すことなく淡々と述べたランドと呼ばれる男はそれだけ告げると、視線をアイリスでは無く俺へと向けた。

 隣の自称勇者の末裔と口にする小娘に向けていた暖かな視線とは違い、品定めするようなそれでいて警戒しているかのような冷たい視線。


 親しくしている友達が来るのは別段問題ないが、全く知らない相手が一緒であると流石に警戒を解くことは出来ないと言うことだろう。

 流石は公爵家の執事。

 そういうところはしっかりしている。



「ところで、そちらの方は?」


「えっと、タクマさんと言うのです。訳あって今はわたしのお師匠様であり、家の主さんなんです」


「なるほど、そういうことですか。失礼しました」



 そう言って睨むような視線を向けていたことを謝罪するランド。

 先程までの態度は客人に対して向けるべきではない視線だ。

 それこそ、隣に見知ったアイリスと言う存在がいるのだから、彼女の関係者か信頼のおける人物と推測するのが妥当。


 しかし、それをせず俺に対して警戒の色を解こうとしなかったのは評価に値するだろう。


 これまでの経験が俺を只者ではないと判断させたのか、それとも彼も俺と出くわしたことがあったのかは知らない。

 だが、確実に俺に対して何かを抱いたのは確実だろう。

 今も笑みを浮かべて謝罪しているが、その瞳に宿るのは獲物を狩りとる獣のような冷たい光だし。



「——では、こちらへどうぞ」



 そう言って俺達を案内してくれるランドに着いて豪邸へと入っていけば、迎えてくれるのはやはりというか豪華なエントランスだ。

 いかにも高そうなカーペットで敷き詰められた床に、天井にはシャンデリア。

 壁には何やら絵画が飾られているが、生憎と俺にはものの価値が分からないため芸術品だとしてもどの程度なのか理解できない。

 だが、そんな芸術に疎い俺でさえ上手い絵だなと思える価値はあるから相当な一品なのは確かだろう。



「お二人は、こちらでお待ちください。お嬢様をお呼びいたします」



 エントランスを抜けて長い廊下を少し進んだ場所にある部屋。

 そこに俺達を案内して、ランドは部屋を後にした。


 おそらくは客室のような場所なんだろうが、置かれているインテリアやソファといった物までが高価な物で統一されたところだから正直なところ居心地が悪い。

 いくら元魔王と言っても、魔王城は大して派手な構造をしていなかったし、手を加えたとしても俺が座っていた玉座くらいなものだ。


 今はたかが冒険者風情の俺。

 無論生活に困らない程度にはお金を持ってはいるが、この部屋にある何か物一つでも壊してしまえば今後の生活に支障をきたすのは間違いないだろう。


 だからこそ、俺は用意されたソファに座ることなくシオンを待つことにしたんだが



「タクマさんは座らないんですか? 凄く気持ちがいいですよ?」



 俺の弟子ことアイリスは、そのようなこと全く危惧していないようで、堂々と座っているよ。


 まぁ、コイツの場合は相手が親友だと言うこともあって遠慮がないんだろう。

 アイリスのことだし、これまでも何度か非常に価値のあるものを壊していそうな気がするが、それも友達だからと言う理由で許された経験もありんじゃないだろうか。


 しかし、俺にはそのようなことは無い。

 むしろ本人に出会えば確実に目の敵にされるのは明白。


 ここで何か物を壊してさらにことを荒らげるわけにはいかない。


 そう心に決めて、俺はシオンを待ち続けるのだった。

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