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弟子と買い物

 アイリスと依頼に行った日からちょうど一週間が過ぎただろうか。

 あれから俺によるアイリスへの鍛錬は毎日のように続いている。


 毎朝早朝に《フレイムボール》を使用した弾幕の中を聖剣の加護を駆使しながら俺に一撃当てる鍛錬をして、その夜には加護無しで俺に攻撃をただ当てるという内容だ。

 言葉だけで聞けば単純なものだが、実際にするとなるとこれがまたキツいのは確かだろう。


 無数の弾幕の中を素早く柔軟な身のこなし方で駆け抜けて、俺に近づき攻撃を当てる早朝の鍛錬。

 これは聖剣の加護もあってかアイリスにしては予想以上だと言えるくらいの上達ぶりを見せていると思うよ。


 身体能力が急激にアップしている彼女には、俺の放つ火球の動きが見えるようで時折ワザと当たるスレスレまで身を近づけることがあるくらいだ。

 調子に乗っていると言えばそれで終わりだが、少なくとも成長があるとも言えるだろう。

 まぁ、そういう調子に乗った時ほど、馬鹿みたいに直撃することが多いんだが。


 それはさておき、問題は聖剣を使わない夜の鍛錬だろう。


 使うのは勿論アイリスが自分で購入した質素な剣。

 加護も無ければ特殊な能力があったりするわけでも無い普通の剣だ。


 それを使用して障害物なんて使わずただ俺に攻撃を当てろと説明したんだが、これがまた面白いほどに当たらない。

 彼女自身は本気でやっているつもりなんだろう。

 だが、明らかに聖剣の加護を受けている時と斬撃の速さや強さが違うんだ。


 例えるのなら、最初は好調だったのに時間が経つにつれて足に負荷がかかってが思うように走れず一気にペースが落ちたマラソン選手みたいな感じだろうか。

 まだ体力はあるのに身体が言うことを聞かない。

 本人曰く、そういう状態らしいよ。


 自分が思うままの動きを可能とさせる聖剣は、アイリスからすればやはり魔法の剣。

 手に取り振るうだけで化け物じみた力を手に入れられるのだから、彼女からすればそれさえあれば他には必要がないと思えるほど魅力的な品なのは確かだ。


 しかし、オークとの戦闘で何か思うことがあったんだろう。

 アイリスは夜の鍛錬で聖剣を使わせてくれと言うことは無かった。

 こんな鍛錬をしなくても聖剣さえあれば絶対に大丈夫と以前の彼女であれば言っていたのは間違いない。

 だが、それ=自分自身の強さとは考えていないようだ。


 それは、俺からすれば良い意味での想定外。

 鍛錬自体も愚痴はこぼすし身体が筋肉痛で動かなくなることもあったが、絶対に参加している。

 とてもじゃないが、数日前のアイリスとは別人にさえ思える変化だ。


 まぁ、夜の鍛錬後は俺が回復魔法で多少筋肉をほぐしてやってるから翌日に支障が出ていないだけなんだろうけど。



「——はぁ、タクマさんはもう少し手加減というものを覚えてほしいものです」


「俺はアレでも最大級の手加減を加えているつもりなんだがな」



 そんな鍛錬を続けること一週間後の今日。

 俺とアイリスは朝の鍛錬を終え朝食を済ませたその身でバザールへと足を運んでいた。


 理由は至極単純、買い物である。


 以前はアイリスの剣や俺達の衣服等を買いに来ていたが、今回は普通に食材だ。

 普段はアガレスに一任している家事全般だが、全てを一人に任せきりにしていては手が回らないのは当然。

 故に、俺達もこういう買い物くらいは受け持つ結果に落ち着いたわけだ。


 飯に関しては作るのがアガレスなわけだし、買って来る食材リストを毎回のように渡されるから子供のお使いみたく感じるけども。



「今日は何を買ってくれば良いのですか?」


「結構種類あるし、買い溜めしておくつもりなんだろ。とにかく、量が多いしお前にも協力してもらうからな?」


「うぅ、出来れば筋肉痛に響かない程度でお願いしたいのです……」



 目を細めて悲し気に涙を流す仕草を見せるアイリス。

 しかし、見慣れている俺には可哀想な小動物的な手は通用しない。

 遠回しに働きたくないと口にしているアイリスの手を掴み、俺は人でごった返しているバザールの中へと足を踏み入れていった。


 購入すべき商品は大きく分けて三種類。

 肉や野菜を中心とした食材に、それらにちょっと一工夫加えるための調味料。

 あとは、それとは別に喉を潤すための飲料だ。


 このヴォルトゥマでは宗教とかそういうもので扱えないものがあるなんてことは無く、比較的簡単に必要な食料は確保可能だ。


 流石に王都キングスタスとは比較にならないだろうが、始まりの街と言うだけあって平和な土地だからか食材は豊富。

 近くには天然の湖もあるし、おそらくは余程のことが無い限りは生活に困ることは無いだろう。



「おう、そこのお兄さんにお嬢ちゃん! 家には新鮮な牛肉が置いてるぜ!」


「なら、それと……あと、コレを頼むよ」


「あいよっ! ありがとうな、二人ともお若いうちから二人で買い物とは羨ましいねぇ全く。仲睦まじいことは良いがあんまり見せつけねぇようにな、チクショウッ!」



 頼んだ牛肉を包んでくれた肉屋のオヤジが、商品を渡す際にいらぬことを口にする。

 本人には全く悪気はないんだろう。

 見た目的には歳の近い男女が二人で買い物に来ているのだ。

 カップルだと断定して世辞を投げ、そしていい気にさせることで今後も足を運ばせようという算段なんだろう。

 あとは、少しの妬みの感情くらいだろうか。


 それを察した俺は別に何とも思わず苦笑を返すだけで済ませたが、隣のある意味で純情なアイリスはその言葉にビクリと肩を上げて反応すると



「ち、違いますからっ! た、タクマさんとはただ家が一緒なだけで、けしてそういう関係では……っ!」


「ほぉ、そんな歳から同棲かい。羨ましいねぇ」


「——あうっ!?」



 アイリス的には一緒に過ごさせてもらっている居候的存在だから、けして俺と彼氏彼女的な関係ではないと良い言いたかったんだろう。

 だが、上手く言葉がまとまらず結果的には同棲ということが強調された言い回しになって余計面倒なことになったというところか。


 相手の誤解を正そうと必死になってアタフタと手を動かしながら顔を真っ赤にしているアイリスだが、瞳はグルグルと回っていて完全に思考が回っていない状態だ。

 このままではもっととんでもないことをカミングアウトしてしまいそうな勢いだよ。



「はぁ。おっちゃん、また来るからその時はよろしく」


「おう! 可愛い彼女さんを大切にな」



 いらぬ誤解を生ませたままに俺はアイリスの手を掴んで再び次ぎの店へと歩き出した。

 これ以上話していても時間の無駄だし、何よりおっちゃんの商売の邪魔だ。


 それにあのままアイリスを放置しておくのはマズい気がしたからこその戦略的撤退である。

 いきなり手を掴まれたアイリスは顔を更に真っ赤に染め上げて、言葉にならない悲鳴を上げながら手を俺の顔を交互に見比べながらも必死について来ているから大丈夫だろう。


 問題はこれから向かう店全てでさっきと同じことを繰り返す気がするということだろうか。

 俺とアイリスの関係は簡単に伝えるとしたら師弟関係。

 だが、一目見ただけでソレを判断するのは極めて難しいと言える。


 俺とアイリスは異性同士だし、はぐれられると面倒だからと比較的高い確率で手を繋いでいる。

 そんな二人を目の当たりにして、『師弟関係なんだろうな』と察してくれる人は絶対にいないだろう。

 察するとしても付き合い始めたカップルと言ったところだ。


 たかが買い物だと思っていたのに面倒なことこの上ないが、店員と後ろの小娘が余計なことを口走る前に俺がなんとかするしかないと言うことだろう。

 アイリスに好き勝手させてたら、このバザールで働く人全員に俺と彼女が親密な関係にあると認知されてしまうからな。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「はぁ……全く、ただ買い物に来ただけだってのに、何でお前は面倒事を増やしてくれるんだ?」



 アイリスとの買い物をどうにか済ませ、徒歩で帰路についている俺の心境は口にしたその言葉通りのものだった。


 案の定、バザールで出店している食品売り場では店舗の前に立つおじさんやおばさんの恰好の的になってしまった俺達は、行く先々で『そこの仲良さそうなお二人さんッ!』と、大声で呼ばれる羽目になったんだ。


 いや、それだけなら良いんだよ。

 彼らはただ自分の仕事をやってるだけなんだし、本気で悪気があるわけではないんだからさ。

 だけど、隣を歩くアイリスはそうもいかない。


 この女はそんなお世辞にも皮肉にも聞こえる言葉に馬鹿正直に『別にカップルではないんですっ!』とか、『そ、そんな関係では……っ!』って答えるんだからな。

 店の仕事だからと話しかけてくる相手を無視しないその心意気は凄いことだとは思うよ?

 アイリスなら、駅の前で募金を求める団体へ確実に大金を寄付することだろうと思えるくらいだし。


 だが、自分が否定することにまでわざわざ答える必要は無いんじゃないか?


 俺と親密な関係にあることを否定したいのなら、少し距離を空けるとかしてさりげなく関係を否定すれば良いだけのことだ。

 言葉を発するにしても、苦笑しながらやんわりと否定するなりすればいい。

 そうやって簡単な方法で対処すればいいのにこの迷惑勇者は



「すいませんでした……」


「謝るくらいなら、もう少し言葉選びが出来るようになっとけよ。あと、小さなことで極度に反応するのも気を付けろ」


「小さな事って、そこまで小さくないじゃないですか! わたしとタクマさんが……こ、恋人同士に思われてるんですよ!?」


「他人から見ればそう思えるってだけだ。俺達の本来の関係は良くても師弟くらいが妥当だろ」



 俺と親密な関係に見られるのが嫌なのか、その言葉に過剰なまでに反応するアイリス。

 コイツには日頃から随分とハードな鍛錬を受けさせてるからそう思われても仕方ないとは思うが、向けられたその言葉全てに真っ向から否定の言葉を返すくらいだ。

 よっぽど嫌われていると言うことだろう。


 まぁ、俺としてはいくら嫌われようとも見捨てるつもりは無いけどな。

 なんだかんだでコイツは一週間くらい俺の鍛錬について来ているし、何より元部下共より根性が座ってる。


 最強の勇者に育て上げると俺一人が勝手に目標をかかげているわけだし、アイリスがいくら俺を嫌おうが最後まで徹底的に育て上げるまでは手放すつもりは無いよ。

 まっ、本気で逃げるという手段を取られたらどうかは知らないが。



「とにかく、さっさと家に帰るぞ。コレが終わったら、また依頼に行くんだ。時間が勿体ない」


「——えぇ~、また依頼ですか? 今日くらいは休ませてくださいよ」


「お前はあの日からずっと薬草むしりしかさせてないだろ。俺に比べれば楽なんだから文句言うな」



 そんな会話を交わしながら元幽霊屋敷まで帰ってくると、アガレスが身なりの良い役人みたいな人物から手紙のようなものを受け取っている姿が目に映った。

 あの家に越してからいくらか手紙を受け取ることはあったが、あんな風に何処かのお偉いさんが派遣したような人物がやって来ることは無かったからな。


 正直、嫌な予感がしてならない。

 主に、俺が魔王だということと、アガレスが魔族だということに関してでだけど。

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