依頼完遂と、アイリスの歳
「本当にありがとうございました……。あなた方には、なんとお礼を口にすれば良いことか……」
「いえ、わたし達はただ依頼を受け、それを果たしたまでです。報酬もちゃんと向こうで貰う手はずになってますし、それ以上は必要ありませんよ」
頭を深々と下げて涙ながらに感謝を述べる村長。
彼に俺はそう告げると、気にしないでくれとばかりに笑みを浮かべた。
ちょっとしたイレギュラーはあったが、俺とアイリスは無事に依頼を達成できたと言えるだろう。
殲滅を依頼されていたオークも、住処にいた連中とアイリスが討伐した奴らを合わせれば全員だろうし、人質にされていた女性たちも無事に救出出来たんだ。
全てが丸く収まったとは言えないものの、上出来と言っていいだろう。
本音を言うならばもう少し早くにこの依頼に気付けていればと言うことくらいだろうか。
他のギルド要員も含めてだが、救済を求めて依頼を頼んだと言うのに俺達がそれに対応しなかったが故に起きた村の悲劇なんだ。
俺達が今日ここに来なければ、この惨劇は続いていたことだろう。
「あの、よろしければ今晩はこの村に滞在なさってはいかがでしょうか? 今日はお疲れでしょう、特にそちらのお嬢さんなんかボロボロです」
「御心配には及びませんよ。ヴォルトゥマまでは数時間で着けますからね。その間にコイツには治療を施すつもりですから」
休憩もせずに帰還するという提案を下した俺に、アイリスは大きく溜息を吐くが文句は口にしようとはしなかった。
村の近くで起きた彼女の戦闘。その時の疲れが今もまだ続いているからこそ、何も言い返す気にもならないんだろう。
ソレもそのはずだ。
コイツの戦いは序盤こそ快調な滑り出しだったが、後半に回るにつれてスタミナが切れてしまい、見事なほどにガス欠状態でピンチに陥ったんだからな。
今回は今朝の鍛錬の筋肉痛もあって余計に戦い辛かったんだろう。
だが、それは聖剣の加護による身体強化でカバーされていたはずだ。
スタミナが切れたのは、結局のところアイリス自身が戦う時のペース配分を間違えただけ。
もしくは、単なる体力の無さが原因だろう。
どんなに窮地に陥ろうが戦っているのは他でもないアイリス。
だからこそ、最初彼女が戦っている姿を目にした時は最後まで手を出そうとしなかったんだが、筋肉痛と言うハンデを背負っているぶん不利だったからな。
思わず最後は手を貸してしまう結果になってしまったよ。
まっ、途中から姿が見えたのなら最初から手を貸せって話ではあるけどな。
「——では、また何かあればいつでもギルドにご依頼ください」
村長の厚意をやんわりと断って、俺は疲れて動けないとばかりにヨロヨロ状態のアイリスの手を引き帰路につく。
ここでこれ以上話を続けていれば、そのうちアイリスが休憩したいと口にするかもしれない。
そうなれば、村長が気を利かせて先程の埃まみれの家に再び招待してくるのは目に見えている。
いや、厚意自体は嬉しいものだ。
対応が遅れて悲劇を迎えたこの村だと言うのに、俺達に八つ当たりするわけでもなく暖かいまなざしを向けてきてくれているんだからな。
だが、だからと言って再びあのある意味では地獄のような家に向かうのは精神的に良くない。
俺はまだ平気だが、人間であり精神的にも肉体的にも疲れた状態のアイリスには酷だ。
コイツはすぐにでも休憩したいんだろうが、それくらいなら家へ帰ればいくらでも出来るんだ。
少しくらいは我慢してもらうさ。
「おい、アイリス。行くぞ?」
「行くぞって、また空の旅ですか? 正直、アレは勘弁願いたいのですが……」
「お前がそれで良いというなら構わないが、ここからヴォルトゥマまで徒歩で帰ることになるけど良いか?」
「そっちの方が勘弁願いたいですッ!」
徒歩での帰宅を提案してみれば、素直に俺の身体に抱き着いてくる可哀想な勇者。
ここからヴォルトゥマまで徒歩で二時間かかると口にしたのは他でもないアイリスだ。
オークとの戦闘を終えて身体全身が気だるい状態の彼女にとって、二時間も歩き続けるというのは苦痛に他ならない。
これから足の疲れを感じながらヴォルトゥマまでゆっくり帰るのと、少しの酔いを我慢するだけですぐに着く空の旅。
天秤にかけた結果、酔いを我慢するという結論に至ったんだろう。
俺としては長々と『辛い』とか『疲れた』とか背後で言われるよりは、気持ち悪いと顔を歪められる方が幾分かマシだから別に良いけどな。
主に静かで楽だという点でだけど。
「けれど、良いんですか? わたし、今鎧を身につけてるから重いと思うのですが……」
「お前は軽いくらいだ。気にすんな」
「——ひゃっ!?」
女と言うのはどうしてこうも自分の体重を気にするのだろうか。
そんなことを考えながら寄って居ていたアイリスを問答無用で抱え上げてみれば、案の定とてつもなく軽いといえるほど重みの感じない彼女の身体。
小柄な身体つきで、他の女性とは違って育つところが育っていないところもあるからだろう。
見た目通り軽い身体をしている彼女が、自分の体重を気にかける必要は無いと俺は思うよ。
「じゃあ、行くからな」
「お、お願いですから……少しは加減をしてくださいね?」
「善処するよ。俺も、腕の中で吐かれたらかなわないからな」
思ったことを素直に口にして、俺は来る時とは違って翼を生やすと静かに宙へと舞いあがる。
行きとは違って急ぐ必要がない帰り道だ。
アイリスに言われなくとも慎重にかつ、安全に変えるつもりだよ。
まぁ、どんなに加減しようとも、腕の中のコイツが乗り物酔いの激しいタイプであったなら無駄に終わる配慮ではあるけれども。
「——来るときは速すぎてよく分かりませんでしたけど、結構上空を飛んでるんですね」
「下を歩く人間に魔物だと勘違いを起こされて撃墜されたらたまったもんじゃないからな」
「それもそうですね。——っていうか、翼を生やして空を飛べる時点で人間を辞めている気がするんですけど!?」
「これはそういう魔法なんだ。やろうと思えばお前にも出来る」
実際空を飛ぶという行為は出来ないことでは無いんだ。
それ相応の魔力と技量は必要になるが、やろうと思えば可能。
だけど、流石に俺が今いる大地を遥か上から見下ろせる場所まで上昇するのは無理があるな。
出来たとしても見上げればその存在をハッキリと認識できる程度の高さまでが限界だろう。
まぁ結論から言えば、今のアイリスには絶対に不可能な技術であるのは間違いない。
「わ、わたしにも出来るのなら教えてもらいたいのですが……」
「今のお前には無理だ。大人しくしてろよ」
「うっ、普通は女の子を胸に抱いたのなら少しくらいは意識してもおかしくないのに、タクマさんはもしかして女性に興味が無いのですか?」
「いや、お前に魅力が無いだけだろ」
どちらかというと小さい年下として見られがちなアイリス。
女というより、女の子と表現した方が良いんだろうか。
胸も無ければ身長も無い。
可愛らしさはあっても美しさや色気というものはあまり感じられない。
そんな相手にどうやって欲情しろと言うんだろうな。
俺は数千年間魔王城に君臨し、勇者が引き連れて来た美少女をこれでもかというほど目に焼き付けて来た男だ。
今更顔立ちが整っている程度の女に、欲情するはずも無いのさ。
「それともお前はオークでは無く俺に襲ってもらいたい願望でもあるのか?」
「——あ、あるわけないじゃないですかっ! そりゃオークより幾分かマシですけど、まだあなたに身をゆだねる程親密な関係では無いのです!」
「俺も同意見だ」
口ではそう言うが、おそらく俺は今後誰かを妻に迎えると言うことは確実に無いだろう。
何故なら俺は魔王、しかも不老不死の完璧な化け物だ。
俺の部下となり共に戦い命を落としたもいれば、寿命で消えてしまった仲間たちもいる。
そんな奴らを見送るたびに俺は思うんだ、『俺は一生見送る立場なんだろうな』と。
もしかしたら、俺が部下を見放し始めたのは親密になりすぎて見送る際に感情を爆発させないよう無意識にしていたことなのかもしれないな。
とは言っても、その結果が今の馬鹿げだ連中を生むことに繋がったわけだけど。
「俺は誰かを妻に迎える気は無いし、誰かの夫になるつもりも無い。だから安心して胸の中にいろ」
「誰とも結婚しないからと言って、年の近い異性に抱きかかえられた状態は恥ずかしいんです!」
「そんなこと気にする歳かよ。——お前、何歳だ?」
「こう見えても十八なのです」
「マジで?」
「勿論!」
どう見たってまだ中学生程度にしか見えない彼女。
そんあアイリスが実は意外と成人一歩手前までの歳にあるとは、コイツに会って以来一番の驚きだったかもしれないよ。




