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アイリスの実戦③

 わたしの自身への鼓舞として放った言葉。

 それをオーク達がどう捉えたのかは分かりませんが、連中は気持ちの悪くて不愉快な笑みを浮かべたままわたしを中心取り囲み始めました。


 それはおそらくわたしの言葉を鵜呑みにせずに戯言と捉えたという事でしょう。

 確かにわたしのような女が、魔物に大見得切って喧嘩を売っているのですから当然ではありますがね。

 相手の力量が見た目から判別し、結果脅威とすら思われていないというのは正直いい気分では無いと言っておきましょう。



「テメェのような貧弱そうな人間に何が出来るってんだ? 大人しくしていた方が身の為だと思うがな」


「大人しくしていれば命も取らずにおいてくれるなんて事も無いでしょう?」


「そんなことはないかも知れねぇぞ? 俺達に従うつもりがあるのなら手荒な真似はしねぇよ」



 だから武器を下ろせとばかりにオークはわたしに笑みを浮かべつつ距離を縮めてきます。

 何が手荒な真似はしないだ。


 指の骨を気味悪く鳴らして少しづつ距離を縮めて来る相手に、恐怖を感じるなと言うほうが無理というもの。

 しかも相手は魔物であり、女を襲うと評判のオーク。

 警戒するなと言うほうが難しいものですよ。



「残念ながらわたしはギルドから派遣された冒険者です。あなたたちのような魔物の言うことを素直に聞くわけにはいかないんですよ!」



 不気味な笑みを浮かべて距離を詰めてくるオーク共に、わたしは剣を構えてそう告げる。


 今のわたしには相手の命を刈り取るような一撃は出すことが出来ない。

 たとえ、そうでなくとも奴らの屈強な身体を貫ける力量が無い分、わたしには力では無く数で勝負する必要があるでしょう。

 しかし、連中とてわたしの攻撃をただ受けてくれるカカシでは無いでしょう。


 だからこそ、取るべき行動はただ一つ。

 ——連中がわたしを女だからと甘く見ているこの瞬間に、出来るだけ多くの個体を仕留める。



「——ッ!」



 そう考えるや否や、わたしはその場から駆けだした。

 目標は一番前に佇む他と比べて小柄なオーク。


 余裕の笑みを浮かべていたオークですが、わたしの走るスピードを目で追うことが出来なかったようでその表情は困惑の一色に染まりあがる。

 相手からはわたしが急に姿を消したように見えたのでしょう。


 しかし、現実はただ距離を詰めているだけ。

 魔法の剣で強化された身体は筋肉痛と言えども快調で、わたしの思い通りの動きを実現させてくれますから安心して近寄ることが出来ました。



「——なっ!?」


「まず一人ッ!」



 わたしの存在に最後まで気づけず、気配を察したころにはもう遅い。

 剣先が届く範囲まで軽々と移動したわたしは、無防備なその身体に向けて斬撃を容赦なく叩きこむ。


 一撃でダメなのなら、通用するまで攻撃すれば良い。

 長期戦に持ち込まれたらわたしに不利な戦い方ではありますが、ここでスタミナを考慮した戦い方に徹してしまえば状況が悪くなるだけです。


 だからこそ、今回ばかりは出し惜しむことなく全力でやるしかないんですよ。



「まだ……終わらせませんッ!」



 一人を片付けられたのなら、また次の標的へ。

 スタミナも限られていますし、相手から戦意を奪えるのもそう長くは持たないでしょう。


 これは自分の体力と、時間との戦いでもある。

 わたしはそう自分に言い聞かせて、駆ける足に更なる力を籠めて別の標的に迫り、再び剣を振るう。



「クソっ、あのアマ、手強いじゃねぇか!」


「どう見たって、弱そうだってのに……何なんだよッ!」


「テメェら、狼狽えるんじゃねぇよッ! 相手は小娘一人、囲めば簡単に——ぐあぁあぁぁあッ!」



 相手が態勢を整える前に全てを終わらせる。

 最初考えていた奇襲とは違った形にはなっていますが、今のところは順調と言ったところでしょう。


 筋肉痛で身体が重く、走るのもしんどい。

 剣を振るう腕もそろそろ限界が近づいていますが、相手を殲滅するつもりでかからなければわたしが殺されてしまいますから、弱音なんて吐けません。


 一人、また一人と心臓部や首を重点的に狙った攻撃で斬り刻み、少しづつですが数を減らしていけば



「あと……三人……っ!」



 魔法の剣無くしては出来ない偉業とも言えるでしょう。

 つい先程までは十人はいたはずの悪鬼はその大半が身体から血を流して地面に倒れ伏しています。


 その全てをタクマさんでは無く他でもないわたしがやったというのですから、我ながら驚きとしか言いようがありません。

 しかし、今はその偉業を喜んでいる暇はない。


 残りの三人もこの調子で倒さなければいけないのですからね。



「——兄貴ッ、残りは俺達だけですぜ!?」


「だからどうしたってんだっ! 相手はたかが小娘だ。捕まえて叩き潰しちまえば終わりだろ!」


「ソレが出来ねぇほどにすばしっこいから面倒なんじゃねぇか!」



 幸いにも相手は急激に減った仲間達に困惑の色を隠せず動揺しています。

 この好機は逃しようが無いのですが



「ヤバ、い……息が……」



 無呼吸で運動していたに近い状態のわたしです。

 流石に体力の限界が近づいたおかげで走る速さが緩まってしまったのでしょう。



「——そこかぁッ!」


「——かはっ!?」



 先程までとは違って目に見えるまでに落ちたスピードを、捉えられないオークでは無いと言うことでしょうね。


 三人の中で中央に立っていた一人がわたしの姿を捉え、その手に握られていた棍棒を振り下ろす。

 無論、わたしも避けようと試みました。


 けれど、スタミナ不足のわたしにその攻撃を避けられるはずもなく、棍棒は見事に腹部へと直撃しわたしは宙を舞いました。

 そして、そのまま地面を何度か弾み、巨木に激突。


 闘牛の突進でもまともに受けたかのような衝撃をお腹に感じ、嗚咽感とそれから腹部や背中、更には後頭部に激しい痛みを感じて声にならないうめき声を漏らしてしまう。


 スライムに捕食されかけた時はこんな痛みは無かった。

 それは相手がわたしに対して打撃系の攻撃を浴びせたからでしょうね。



「よくも仲間達を殺してくれたな? これは、命を奪うだけでは済まされねぇぞ」


「だな。その綺麗な身体をボロボロになるまで可愛がってやるから、覚悟しろ」



 一切微笑みを浮かべないままわたしに詰め寄ってくるオーク達。

 全身に感じる痛みのせいで朦朧とする意識の中、見えたのはそんな魔物三人の姿だけ。


 このまま連中の接近を許してしまえばわたしの命は無い。

 考えなくたって分かることです。



「……ハァ、ハァ……うぅ、クソ……ッ!」



 たった一撃受けただけでこの様。

 たとえ魔法の剣で身体を強化されているとしても、所詮はわたしの身体と言うことでしょう。


 こんなことなら、もう少しタクマさんの鍛錬を受けてから来るべきでした。

 まぁ、まだ鍛錬一日目なんですけど。



「おぉ? そんなヨロヨロだってのに、まだやる気かよ?」


「あ、当たり前です……。わたしは、勇者ブレイブの末裔。そう簡単に諦めてなるものですか!」



 確実に先程よりも重くなった腕を動かし、強引に剣を構える。

 魔法の剣の加護が切れているような気もしますが、そのようなことは関係ありません。


 もう決めたんです。

 たとえ逆境に立たされようとも、逃げずに戦うと。


 そうのくらいしないと、あの人と一緒にはいられないのですから。



「良いさ。何の抵抗も無くされるがままというのも面白くねえ。たっぷりと調教してやるぜ」


「やれるものなら……やってみてくださいッ!」



 吐き捨てるように告げて、わたしは明らかに重くなった身体に喝を入れて連中に斬りかかる。

 流石にさっきまでの速さに特化した攻撃方法は使えそうにありませんが、筋力に関してはまだ辛うじて保ってくれているみたいで、オークの攻撃をなんとか受けることは出来ています。


 けれど、今の状況は多勢に無勢。

 三対一なんて劣勢を、すでに体力が底を付いているというハンデを背負って巻き返せるはずも無く、わたしは背後から近づいて来ていたオークに足を捌かれてその場に倒れてしまいました。


 握っていた剣は連中の一人に蹴り転がされ、わたしの身体はオークの腕で地面に仰向けで押さえつけられてしまい、自由の利かない状態へ。



「へへッ、良い様だな」


「ウグッ!」


「それにしても、その鎧は邪魔だな。戻る前に早速だが楽しませてもらうとするか」



 腕や足、それから顔をその巨大な腕で押さえつけられ身動きの取れない状態。

 真後ろからは連中の聞いていて気持ちの悪い声と荒い息が耳に入り、凄く不愉快極まりない。


 精一杯逃げ出そうと試みても、オークと言う怪力の手にかかればわたしのような小娘の力など太刀打ちできるはずもありません。

 このまま身体を汚され、殺される運命だけがわたしを待って居るのか。


 そんなことを考えると、悔しさと恐怖で瞳から涙がこぼれるのを感じました。



「ははっ、泣いてやがるぜコイツ」


「今頃後悔しても遅いっての。命が欲しけりゃ見つかる前に隠れ続けておけば良かったんだよ」


「まっ、死ぬ前に良い夢を見させてやるんだ。そこらの化け物に殺されるよりマシだと思えよ」



 確実に自分達の勝利を確信している。

 顔は地面に押さえつけられていて動かすことは出来ませんが、おそらく三人揃って不愉快な笑みを浮かべていることでしょう。


 せめて、最後に一太刀浴びせてやりたい。

 その余裕ぶっている笑みを崩してやりたい。


 そんな怒りにも似た感情が頭に浮かんだ瞬間、突如として遠く離れた所から破裂音のようなものが二回ほど聞こえたと同時に



「さっさと起きろ、このヘッポコ勇者ッ!」



 聞き慣れた、それでいて何処か安心するそんな声が聞こえたと思うと、わたしの身体を抑えるオークの力が緩んだ気がしました。


 何が起きたのかは分かりません。

 ですが、反撃するチャンスはこの一瞬だけなのは確か。



「——ッ!」



 

 オーク達の腕の下から逃れると同時に、わたしはすぐさま地面に落ちてあった棍棒を手に取ると、何が何だか分からないと狼狽えている”残り”のオークに向けて全力で棍棒を振り下ろしました。


 瞬間聞こえた鈍い音。

 しかし、音は聞こえたと言うのに手応えというものはまるで感じられません。

 わたしの身体がそれほどまでに疲れ切っているのか、それとも相変わらず筋力が無いだけなのか。

 どちらなのかは分かりませんが、案の定目の前のオークは頭を押さえて転げ回っています。



「こうなったら、仕留められるまで何度でもッ!」


「いや、そんな何度も命を刈り取るに至らない攻撃を浴びさせられたらソイツが逆に可哀想だわ」



 呆れ交じりの声が聞こえたかと思うと、目の前を黒い影が通り過ぎた。

 見知った誰かだというのにも関わらず恐怖すら感じるその人は、未だに転げまわるオークの前まで移動すると一切の迷いなく拳を顔面に叩き落としました。


 見れば、それはもう見事に粉砕しているオークの顔と地面に突き刺さる彼の腕。


 もはや人間業ではない。

 そう思えて仕方がない彼は、やっぱりと言うかタクマさんでした。

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