アイリスの実戦②
魔法の剣によって身体を強化されているわたしにとって、百メートルほどの距離を縮めることなど造作もないこと。
だけど、ただ馬鹿真面目に突っ込めば奇襲なんて計画性のある戦い方なんて出来ません。
それ故に、わたしは奴らとの距離を半分ほど縮めてから息を殺して静かに近づく方法に徹することにしたのです。
幸いにも場所は視界の悪い森の中。
身を屈めて草木の中に入ってしまえば、よっぽど注意深く確認しなければ見つけられないでしょう。
相手方も奇襲の心配なんてしていないようですから、本当に不意を突くのにはもってこいの状況でしょうね。
「だけど、問題は奴らの殲滅方法ですね。奴らの屈強な身体がわたしの斬撃を浴びて簡単に倒れるとは思えませんし」
鍛え上げられた肉体は刃をも通さない。
そんな言葉通りの屈強すぎる大きな身体は、今の筋肉痛に苦しめられているわたしの攻撃に耐えきってしまうのではないかと思えるほどに強靭そうです。
センテの森で遭遇した巨大蝶は結局は虫でしたからね。
身体は比較的柔らかく刃を簡単に通してくれたから良かったのですが、今回の相手は人間と違って鎧は身に纏っていないものの魔物。
易々と倒せる相手では無いようにしか思えません。
「しかし、今のわたしに出来る殲滅方法と言えば奇襲で斬撃を浴びせることだけ。迷わず叩けば必ず倒せます」
相手の肉体を見てつい弱気になる自分を鼓舞して、冷静さを保つ。
わたしは他でもないタクマさんに留守を託された身です。
ここで我が身可愛さに逃げ出せば依頼を投げ捨てることにも繋がりますし、タクマさんの信頼を無下にすると言うことにも繋りますからね。
例えそうでなくとも、わたしは勇者ブレイブの末裔。
魔物を相手に背中を見せ、尻尾を巻いて逃げるなどあってはならないのです。
わたしは森の草木の下を中腰という筋肉痛には辛い状態で奴らとの距離を縮めていき、距離があと十メートルくらいに差し掛かった瞬間に屈んでいた足を伸ばして一気に距離を縮めようとしたのですが
「~~ッ!?」
それは、長時間正座をしているとなる足の痺れにも似た現象でした。
きっと筋肉痛の状態で無茶な態勢を維持したのが不運を呼んだのでしょう。
突然足を襲った強烈な痺れはわたしの飛び出る勢いを完全に断ってしまい、あろうことか言葉にならない悲鳴を上げてしまう結果となってしまいました。
流石に敵に悲鳴を聞かれれば後がない。
だからこそ、声を押し殺して悶絶していたのですが
「おい、今何か聞こえなかったか?」
「だなぁ。女の悲鳴だった気がするぞ? それも近くから」
絶体絶命とはこのことを言うのでしょうか。
どうやらわたしの声を押し殺した悲鳴は確実に連中の鼓膜を刺激し、近くに人が隠れていると感づかせてしまうことになったみたいです。
魔物は人よりも五感が優れているとは聞いていますが、まさか押し殺した小さな声を拾うほどの聴力があるとは驚きました。
しかし、感心している場合ではありません。
奴らに存在を感づかれた以上、奇襲をしかけても避けられる可能性が出てきてしまいました。
相手がわたしのような女だと断定しているからか、ヨダレを気持ち悪いほど口から流しながら辺りを捜索するその様は背筋が寒くなる程の恐怖ですよ。
見つかればリコット村のさらわれた女性達同様に根城に連れてかれ、身体を汚されてしまうという最悪のイメージが頭の中を駆け巡ってますからね。
根城に連れてく前にここで汚される可能性すら十分にあり得るのですから、絶対に見つかるわけにもいきません。
かといって、気配を悟られたからと奇襲を諦め堂々と向かってもわたしに勝ち目があるかと言うと、正直難しいでしょう。
「せめて三人くらいだったならどうにかなったんですが……」
奴らに聞こえないように小さく嘆息したわたしは、改めて連中に視線を向けた。
見えるのは緑の体格の良い悪鬼共、総勢十人くらいでしょうか。
奴らを物陰から一人ずつ消していくというのが当初の作戦だったんですが、奴らがわたしという女の存在に感づき始めた状態で仲間が消えていけば確実に不審がる。
そもそも、辺りをくまなく探している時点で易々と奇襲を受けてくれるとも思えません。
わたしもタクマさんのように魔法が使えれば良かったんですけどね。
生憎と魔力が少ないわたしには使える魔法がほとんど無かったので、知識はあっても使える魔法はゼロなのです。
おそらく魔法の剣のおかげで魔力量も増えてるのかもしれませんが、使えないと勝手に決めつけ練習もせず吸収しなかったわたしには扱える魔法が無い。
まぁ、流石に初級魔法に関しての知識はありますが、あの悪鬼共相手に初級魔法が通用するとは思えませんし諦めた方が良いでしょう。
そうなると、とるべき行動はただ一つ。
黙って身を隠して奴らが捜索を中断するのを待つという小心的な考えのみ。
「おい、気のせいだったか?」
「いや、ほのかに女の香りがする。近いぞ?」
「でも何処だ?」
「分からねぇよ。自分で探しやがれ」
強烈な痺れを覚える足を伸ばして、ソレが治まるのを待ちながら視線は悪鬼共から逸らさない。
少しでも油断をすれば奴らはわたしの存在に気づき、襲い掛かってくるでしょうから。
幸いにも連中はわたしの香りをほんの少し感じている程度のようですから、居場所を特定するのにもまだ時間がかかると思います。
その間に出来る限りこの足の状態を良くしていないと、まともに動くことすらできないでしょうね。
「——見つけた」
「——ッ!?」
筋肉痛はまだしも、痺れはどうにかしておこう。
そう思ったのもつかの間、わたしの香りを追って居場所を特定したらしいオークの一匹が気持ちの悪い笑みを浮かべて見下ろしてきているのを感じ取る。
瞬間、伸ばされる丸太のように太い腕。
わたしを殺すつもりは無いようでわりとゆっくりとした動きのソレですが、捕まれば逃れられないとわたしの全神経が告げています。
だからこそ、わたしはその腕を身を逸らすことでなんとか避けて、その場から飛び退いた。
おそらく魔法の剣のおかげで身体が強化されてなければ、今の動作も避けることは出来なかったでしょう。
本当に、魔法の剣は素晴らしいです。
「結構身軽だな。そんな鎧を身に纏っているというのに」
「生憎と、わたしはあなた方のような大きな身体ではありませんからね。軽快さだけには自信があります」
実際のところはこの手にある魔法の剣のおかげではありますが、それを素直に口にすれば連中はわたしの機動性をまず消すためにこの剣を狙って来るでしょう。
だからこそ、わたしはさも自信ありげな笑みを浮かべて相手に答える。
しかし、返ってくるのはやはり気持ちの悪い笑みだけ。
わたしを探していた時から流れ出ているヨダレは今も絶え間なく流れ続け、対象を見つけたからか息遣いも先程より荒くなってる気がします。
「なるほどな。しかし……中々上々じゃないか。胸の方は残念極まりないがな」
「しかも割と強気な態度をとるからな。プライドの高い戦士様ってところじゃないか? 胸はねぇけど」
「へへ、そのプライドとやらをヘシ折ってやるのが面白いんじゃねぇか。胸が絶壁なのはいただけねぇがよ」
各々口にするのはわたしを捕まえた後のお楽しみと言うところでしょうか。
全員が共通して胸のことを指摘してくるのはこの上なく腹が立ちますが、その鬱憤は相手の身体を斬り刻むことで晴らすとします。
とにかく、居場所がバレて戦うしかない状況に至った今。
もう奇襲がどうだの数が多いだのと理由を考えている暇はありません。
魔法の剣で強化された身体を駆使して、どうにか奴らを全滅……あるいは、タクマさんが戻って来るまで持ちこたえるしかないでしょう。
正直なところ、わたし一人では手に負えないというのが率直な意見ですからね。
まだ自分でも戦いに慣れていないというのは承知していることですし、ご先祖様のように勇者らしく敵を圧倒的な力でねじ伏せるなんてことも出来るとは思えません。
だから、今は自分に出来ることを精一杯する。
そう自分に言い聞かせて、わたしは刀身をオーク共に向けると
「わたしの名はアイリス。あなたたちが襲ったリコット村からの救援要請を受けてギルドから来た冒険者だ。我の剣は風を切り裂き大岩を砕く。——さぁ、斬られたい奴から前に出てきてください!」
自分を鼓舞する意味でも相手を睨みつけ、わたしは高らかにそう告げた。




