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アイリスの実戦①

 タクマさんから留守を任されたわたしは、一人魔法の剣を使った鍛錬を行ってた。

 というのも、わたしには他にするべきことが無かったからです。


 だってリコット村は今でこそわたし達が来てるから平和みたいな感じではありますが、ここ二年の間に何度も魔物の襲撃を受けているのです。

 村に残っていた子供達が外で元気に遊んでいるなんてことも無く、かといって大人が外で村の復興に精を出しているというわけでも無い。


 だから、一人でただ待つわたしは暇を持て余す結果になったんですよ。



「——ハァ、ハァ、やっぱり、魔法の剣の力でも筋肉痛を完全に治すのは不可能ってことですか」



 剣を振るうたびに腕がきしみ、地面を蹴る足も力が入らない。

 そんな状態で鍛錬をやってみますが、思い通りに動けないのが現実。

 今朝タクマさんが見せてくれた『フレイムボール』の弾幕を脳内でイメージし、それを避けつつ剣を振るう練習を試みるも先も今朝とは違って体力の消耗が激しくって思わず地面に倒れてしまいました。


 タクマさんにこの魔法の剣を渡されてから、自分は最強に慣れたと思いました。

 だって、今まで出来なかった魔物みたいな化け物を斬り刻めたり、重力を無視した凄まじいスピードで駆けまわることも可能になった。


 わたしの思い描いた勇者像に近づける。

 そう思うと、この剣は本当にわたしにとって夢を叶える『魔法の剣』でした。



「けど、これを扱うわたしがこの程度で動けなくなるようでは……。くっ、己の貧弱すぎる身体が疎ましいのです!」



 自分の身体が普通の冒険者と比べて劣っているのは自覚しています。

 そのおかげで嫌な異名をもらいもしましたし、学校でも実技のテストはいつも落第だったのでそれこそ嫌って程理解しているつもりなんですよ。

 そんな自分を変えたくて筋トレだとか、朝のランニングだとかにも手を出しそのたびに自分の弱さを自覚。


 何度も頑張ることを投げ捨てた結果が今のわたし。

 弱いことを自分で認め、どう頑張っても変えられないと勝手に諦めて……結局は自分が追い求めた勇者とは違って薬草採集に進んだ馬鹿な自分。

 怠惰し続けた、そのつけが回って来たと考えるのが妥当ですね。



「ハァ……もう少し、練習して今度こそ……ッ!」



 そうつぶやきわたしが鍛錬を再開しようとした矢先の出来事でした。

 それは足音。

 しかも、一つではなく複数の者がわたしに近づいてくる。

 足並みはそろわずバラバラで、歩幅が小さいことから子供でしょうか。


 倒れているからこそ確認できないわたしが顔を上げて音の聞こえた方に視線を向けてみれば、三つほどのパンが乗ったお盆を大事そうに抱えた子供達の姿。


 全員裕福とはとても言えない質素でボロボロな服を着こなし、鼻からは汚らしくも鼻水を垂れ流しにしていて少し近づきがたい雰囲気。

 そんな彼らは、そのお盆をわたしに突き付けると



「お姉ちゃん、はい。パン上げる!」


「わたしに、ですか?」



 子供達は各々満面の笑みを浮かべてわたしにパンを差し出してきます。

 手のひらに収まるほどの小さなパンですが、子供達からすればごちそうなのでしょう。

 生唾を飲み込みながらも、食べたい欲求を押し殺してわたしに差し出すその姿はなんと健気なんでしょうね。


 おそらくは子供ながらにわたしとタクマさんは魔物を討伐しにきた英雄だと理解しているのだと思います。

 だからこそ、一人鍛錬と村の見張りを受け持っているわたしに何かしらのお礼が出来ればと、その考えからくる行動なのではないでしょうか。



「ありがとうございます。でも、姉ちゃんはもうお腹いっぱいなのです。だから、そのパンは皆さんで食べると良いですよ」


「えっ? 良いの!?」


「はい。わたしは大丈夫ですから」



 わたしのために用意してくれたパンですから、食べないわけにはいかない。

 そうは思いますが、この三つのパンがこの村ではどれだけ貴重な物なのか、現状を見て把握できないわたしでは無いのです。

 だからこそ、わたしは勇者の末裔として相応しい行動を見せましょう。


 正直お腹は少し減っていますが、そこは我慢すれば問題ありません。

 何より、この仕事が終わればまたタクマさんの家に帰りアガレスさんの作った美味しいご飯を食べることが出来ますから。

 ここは我慢です。



「じゃあ、皆さんはまた家の中でそのパンを食べていてください。わたしは——っ!?」



 『鍛錬の続きを』と口にしようとしたわたしですが、先程同様に迫りくる何かの気配を感じてわたしは開いていた口を閉ざし、その方向を睨みつけます。

 それは森、しかもタクマさんがオークを倒しに行ったはずの方向からくるものです。


 足音から気配までと、普段のわたしでは絶対に気づけない違和感をこの剣はわたしに教えてくれる。

 本当に何から何までお世話になりっぱなしですね。



「お姉ちゃん、どうしたの?」


「なんでもないのです。けど、わたしはこれからもっと凄い鍛錬をするつもりなので、皆さんは家に帰っていてもらえますか?」


「凄い鍛錬って?」


「ソレは秘密です」



 わたしの身体全体が危険信号を出している気がする。

 それは自分自身の危険であると同時に、この無邪気な子供達に対しても危ないものになるでしょう。

 何が来ていて、どう危険なのかは正直なところ不明です。

 でも、このまま子供達を外にいさせていたら彼らに待つのは残酷な死という現実だけな気がしてならない。


 だからこそ、ここは任せてほしいとばかりに彼らには家に避難してもらわないといけません。

 一人寂しく鍛錬を積むわたしにパンを届けてくれる子供達を守れることが出来なくて、勇者の末裔など口にはできませんが、自分の力で彼らの命を奪う結果にするのもまた最低です。

 やるとするなら、正体は不明ですがその存在がこの村に到達する前に叩く。

 ソレが最善策でしょう。



「とにかく、戻ってください。あとでまた、教えてあげますから」


「本当っ!?」


「はい、約束です」



 わたしは駄々をこねる彼らに笑みを見せて穏便に話を進めると、どうにか家に帰ってもらうことに成功しました。

 本当のところはわたしの勇姿を見せつけたいところもあるのですが、それは危険以外の何物でもないために断念せざるを得ません。

 わたしは誰かを守りながら戦うなんてことしたことがありませんから。



「さてと、行きますか」



 家に戻る子供達を見送り、彼らが家の扉を完全に締め切ったのを確認してから、わたしは深呼吸をして気配の感じる森へと視線を向ける。

 さっきとは違って集中して見据えてみれば、ソレがこの村を襲っているオークという存在なのは簡単に確認することが出来ました。


 人間とは違って緑色に変化した体色と、ただ一つの衣服と思える汚い腰布。

 武器と思えるものは腕に握られた棍棒と、鍛え上げられたその屈強な肉体と言うべきでしょうか。

 家のギルドマスター以上に体格の良いオークは、わたしの身体の二倍の大きさはあります。



「あんなものに掴まったら、逃げるのは難しいですね」



 捕まらなければどうと言うことは無い。

 そう結論付ければ簡単ではありますが、事はそう上手くは回ってくれないでしょう。

 ただ闇雲に真正面から斬りかかっても魔法の剣がある限りわたしは戦えますが、相手が複数人いるとちょっと厳しいかもしれまんね。


 スピードと機動性を生かした戦い方をしても、数で囲まれれば無駄に終わります。

 かといって正面からただ数を重ねて相手を倒すとしても、今の筋肉痛で思うように動けないわたしの攻撃ではいったい何度斬り付ければ倒れるのか見当もつきません。


 となると、まだ奴らがこのリコット村にたどり着くまでには数分かかるでしょうし、その間に勝負をつけるとしたら奇襲が一番でしょうか。

 幸いにも彼らはわたしの存在に気が付いていないようですし、不意を突くには絶好の機会。

 まぁ、この場所から百メートル近くある森の中を、まるで透視しているかのように鮮明に状況判断で来ているわたしの方がおかしいのだとは思いますがコレを利用しない手はありませんから。


 

「勇者の末裔としては奇襲は卑怯とは思えますが、今回に限ってはそんなことも言ってられません。早々に終わらせなければ……わたしの負け、ですね」



 魔法の剣を握りしめる手に力を籠めて、わたしはその場から森目がけて走り出した。

 まだ少し身体が今朝とは違って本調子では無いのは認めますが、そこは気合で乗り切りましょう。

 タクマさんに任された以上、わたしも逃げずに立ち向かわなければいけませんからね。

 勇者の末裔としてはちょっと姑息な手ではありますが。

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