魔王流鍛錬③
俺の鍛錬の仕方は色々と激しすぎると聞いたことがある。
全てにおいて考えているのはどう効率よく相手を鍛え上げるか。
無駄を省きただひたすらに相手の長所を伸ばし、短所を削り取る鍛錬方法を追求する俺のやり方は、多くの魔族に『もう少し優しくッ!』と言われたものだ。
「だから、コイツにももう少し軽い方法で教えろと。そう、お前は言うつもりなのか?」
「そうなりますな。あなたのやり方では、アイリス様は確実に壊れてしまうでしょう」
苦笑し告げる相手は、整った顎髭が一生的な白髪の紳士。
名をアガレス。
俺の家族にして、何を隠そう育て上げた最強の部下だ。
俺程とは言わないものの、アガレスの戦闘能力は他のどの魔族をも超越していると言えるだろう。
それは、俺の鍛錬をそれこそ血の滲むような努力で耐え抜いたからだと思う。
俺のやり方には間違いはない。
そう信じて疑わなかったが
「か、かか……身体が……もう、動きましぇん……」
「まぁ、確かにこの状況を見てしまえばそう思わざるを得ないか」
視線を下に向けてみれば、地面に抱き着くアイリスの姿。
身体の至るところに傷を作り、鎧は鍛錬を始めたばかりの頃よりボロボロ。
精神的にもダメージがあったのか、瞳からは絶えず涙を滝のように流して、口からは漫画やアニメにありがちな白い靄が出ているよ。
まるで、魂のようなソレがゆらゆらと揺らめきながら俺を睨んでいるのは言うまでもない。
「はぁ、聖剣の力で多少はどうにかなるものかと思ったが、計算違いだったということか」
額を片手で抑えて俺はぼやく。
ここで鍛錬を始めて、五時間くらいが経っただろうか。
結論から言わせてもらうと、アイリスの力、もとい聖剣の加護は凄まじいものだった。
俺の放つ魔法の雨を斬りおとしたり、間を縫って距離を縮めて来たりと超人的な力を与えるほどの加護。
この反則的なドーピング道具に選ばれた勇者が、全員今の魔族より優れている理由分かったよ。
だが、それ故にアイリスの実際の力を見てみて失望したと言っても過言じゃない。
何せ、聖剣無しで同じ鍛錬方法を試したら、何も出来なかったんだからな。
「魔法一つ避けられないわ、斬りおとせないわ。コイツの力は本当に絶望的だな。聖剣が無ければそこらの一般市民と何も変わらないんじゃないか?」
「もう少し加減をしてみてはいかがでしょうか? そうすれば、アイリス様もある程度は動けるのではないでしょうか」
「俺はこれでも最低限の力の加減はしたつもりだ」
聖剣を持っていないアイリスの力の無さは知っている。
だからこそ、俺も加護が無い彼女に向けてはそれ相応の手加減をして魔法を放ったんだ。
《フレイムボール》は全てバスケットボールくらいの大きさで、速さも最弱に固定。
おそらくは日本の小学生たちが遊び半分で魔法の弾幕の中に足を踏み入れても確実に無傷で通り抜けられる。
それくらい安全な物から始めたはずだ。
だというのに、アイリスはそれすら無事に通ることが出来なかったんだ。
「もはや才能の領域だぞ。勢いよく突っ込んだは良いが、足がもつれて接触爆発するなんて。ドジっ子じゃ済まされないって」
「戦場ならば確実に命はありませんからな」
腕を組み、それには同意と頷くアガレス。
アイリスは俺の放った《フレイムボール》の弾幕内に、勇ましく突っ込んだよ。
聖剣の加護による身体能力向上。
そのおかげで実現できた人間を超えた動きが、彼女の心に影響を与えたのかもしれない。
『自分は出来る』などと思ったのが運の尽きだ。
アイリスは然程動けるわけでも無い身体で全力疾走で弾幕内に走り込んだは良かったが、目前に迫った火球の一つを避けようと真横にステップを踏んだつもりだったんだろう。
しかし、聖剣の加護を受けた時なら別だが、身体能力向上もしていない彼女のステップなど大した距離にはならない。
その結果、全力疾走の勢いを殺すことが出来ず身体半分が衝突。
爆発の影響を全身で浴びる羽目になったんだ。
「《フレイムボール》が連動して全て爆発しないようにしていたから良かったものの。もしも、そういう風にしてなかったら、コイツの命は無かったぞ」
あくまでもアイリスが一時的に強くなれたのは聖剣の加護のおかげ。
それを忘れた結果が招いたこの状態だ。
言い訳なんて口にも出来ないのか、アイリスは鍛錬が終わってからずっとこの状態なのは言うまでもない。
「しかし、このような有様になったと言うのにも関わらず、続行成されたタクマ様にも責任はあるかと」
「そこは認めるよ。だけど、コイツは少しでも甘さを見せればつけあがる。多少厳しめのほうが、コイツの為にもなるんだよ。お前にだってそうやって教えただろうが」
「そうですな。ですが、彼女はわたしの時とは根本的に違いますから」
「お前は最初から優秀だったもんな」
アガレスと言う男は本当に優秀だった。
足元に倒れている自称勇者の末裔とは比にならないくらいの強さを誇っていたくらいだし。
剣を振るえば触れてもいないのに数メートル先の木の葉が無数の傷口を作り出し、大地を蹴れば一瞬で20メートルくらいの距離を縮められるほどの脚力。
勇者と並び立つほどの強さを持つ男を更なる強さへと変えることは、引きこもり魔王の称号を得ていた俺にとって唯一の楽しみであった。
「お陰様でわたしも強くはなれましたが、正直二度とあの鍛錬をしたくはないというのが本音です」
「お前ですらそう言うか。まぁ、確かに俺もお前に対してはやりすぎた感もあったしな」
アイリスとは比べられないほどのハードな鍛錬。
使う魔法も全て勇者に対して使う化け物じみた物ばかりだったし、力加減も然程していない状態での鍛錬なのだからトラウマレベルになっても仕方ないだろう。
言葉通りの『地獄の鍛錬』。
それをこなしてきたからこその今のアガレスだろうが、当時を思い出したのか彼の瞳には光が灯っていないような気がするよ。
「とにかく、コイツに対してはこれ以上手加減を加えることはしない。おい、アイリス。この鍛錬はこれから毎日行うからな」
「——ふぃっ!? そ、そんな殺生なッ!」
「辛いのが嫌なら強くなれよ。そうしたら、多少は楽になるんだからな」
「でもそうなれば、鍛錬の度合いもまた増すんじゃ」
「当たり前だろ」
何を当たり前のことをと短く告げれば、地面に顔を伏せるアイリス。
俺がアイリスに求めるのは、常に成長のみ。
多少動けるようになったからと鍛錬の度合いを上げずに繰り替えさせていてもコイツの為にならないし、何より俺の楽しみが減る。
俺の目標はコイツをブレイブなど足元にも及ばない立派な勇者に変えて現魔王ドーザを下させ、やがては俺の暇つぶしに付き合えるほどの戦士に変えることだ。
そこに至るまでの過程は、アイリスにとって地獄の日々になるだろう。
だが、強くなりたいと俺のところに下ったのは他でもない彼女自身。
諦めて逃げるという選択肢を選ばなかったアイリスが悪いのだし、俺も途中止めにするつもりは無いからな。
しっかりと成長させてやるさ。
「さてと、朝の鍛錬はコレで終わりだ。飯にするぞ?」
「朝の鍛錬っ!?」
「タクマ様の行う鍛錬は朝と夜との二つで構成されております。昼間は何をしていても構いませんが、その二つの鍛錬にだけは必ず参加されるのが得策ですな。参加しなければ……」
「さ、参加しなければ……?」
「タクマ様直々にお迎えなさるでしょうな。鬼の形相を浮かべて」
「俺も出来れば無駄な体力は使いたくないからな。必ず参加するようにしろよ」
アガレスの言葉に付け加えるように告げる。
参加するもしないもアイリスの勝手だと、昔の俺なら本人に任せていただろう。
だが、その結果があの部下共に繋がるというのなら、俺はそのやり方を変えなければならない。
辛いから、苦しいからと御託を並べ怠惰に徹する奴などに俺はアイリスを育て上げるつもりは無いからな。
やるからには最強。
他の冒険者の追随など許さない者にしなければ、俺の暇つぶし相手には事足りない。
必ずこの最弱冒険者を強くしてやる。
俺はそう自分の心に強く誓い、アガレスとアイリスと共に帰路に着いた。




