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魔王流鍛錬②

 俺の手から聖剣を受け取ったアイリスは、剣と俺とを交互に見て少し困った様子だったがやがて聖剣の加護でどれだけ自分が強化されるのかを思い出したんだろう。

 剣を天に掲げて短い高笑いをすると、自信満々とでも言いたげな雰囲気を惜しみなくまき散らしながら俺を見据えると



「ふふっ、タクマさん。一撃と言いましたね?」


「あぁ。言ったな。たった一撃俺に攻撃を当てられればそれで終わりだ」



 俺としてはもっとハードなことから始めてしまいたいのもある。

 しかし、いくら聖剣の加護を得ていると言っても、相手はあのアイリスだ。

 弱小モンスターにさえ苦戦し、同じ冒険者からは煙たがられ、さらには人を面倒事に巻き込むことに長けていると言った扱い辛い存在。

 そんな相手に最初から昔の部下達に行っていた鍛錬をそのまま実施すれば、確実に身体が壊れるか精神が崩壊すること間違いない。

 だからこそ、コイツの為を思って『最初』は一撃なんだ。


 それにしても、本当に何でこんな奴が勇者ブレイブの末裔なんだろうな。

 年を重ねるごとにやってくる勇者の強さが下がっていくのはなんとなく理解していたことだけど、流石にこんなのがゲームでいうところの主人公ポジションだと世も末としか思えない。

 勇者と言えば普通は勇ましく、優しく、そして何より強いイメージがあるもんだ。

 だというのに、目の前のアイリスはそのどれも持ち合わせていない気がする。


 主人公を選択できるゲームがあったとして、仲間の信頼を得られず強さを表すステータスも他に比べて低いとなれば、俺だったら絶対にこんな奴を操作キャラに選ばないよ。

 まぁ、一応は聖剣の加護と言ったドーピングのような効果を得られるという利点があるだけマシとは思えるけれど。



「しかし、良いのですか? わたしがこの剣を握るということは、つまりわたしが更なる力を得て最強となることなのですよ? いくらタクマさんが強いと言っても、ハンデが過ぎるのではないでしょうか」


「俺からすれば大した強さじゃない。いいから、さっさと始めろ。それとも、まだ休憩が必要か?」


「休憩って、一分も経ってないですよ!?」



 ストレッチはあくまでも身体をほぐすことを目的とした準備運動でしかない。

 確かに一般的によく知られているラジオ体操よりも念入りに行ったのは事実だが、それでへばるアイリスの体力の無さが根本的に悪いし、疲れたからと長い休憩を挟んでしまえば何のためにストレッチをしたのか分からないだろ。

 だからこそ、俺はアイリスの文句に聞く耳をもつつもりは無いし、彼女の提案を聞き入れるつもりもない。


 もう話は終わりだとばかりに彼女の主張を無視してその場から飛翔。

 俺の中では飛んだというよりも跳ねたというほうが良いだろうか。

 大して足に力を籠めていもいないというのにも関わらず、俺の身体は重力などお構いなしとばかりに数メートルもの高さを飛翔しアイリスから距離を随分と取った位置に着地。

 飛び上がる時は衝撃で地面が軽く抉れ、着地した際には地面が陥没。

 俺の身体は人間でいうところの十六歳男性と同じくらいだったはずなのに、軽く動いただけで地面が抉れたり陥没するってよっぽど身体が優れているってことなんだろうな。


 そんなどうでも良いことを考えながら俺はアイリスとの距離を取ったことを確認してから腕を天に掲げ、ある魔法を発動した。


 簡単に説明するとするならば『不可視の結界』とでも言えば良い代物だろう。

 俺達のいるこの場所から半径五キロくらいを包み込み、辺りから認識されないように外部と遮断された場所を作り出す便利なそれ。

 しかも、どれだけ暴れても絶対に外に音は漏れることは無いし、大地にヒビが入り地球そのものが終わるようなことも無いのだから鍛錬にはうってつけの魔法と言えるだろうな。

 まぁ、そこまで激しい鍛錬は行うつもりは無いが、もしもの時のための予防策だよ。



「さぁ、かかってこい。——といっても、かかってこなければ鍛錬は終わらないからな」


「あ、あの、今の魔法は一体何を……?」


「質問に答えるつもりは無いし、そんなことを聞いてくるくらいならこの先どう動くかを考えたらどうなんだ?」



 もう俺の中では鍛錬は始まっている。

 先程の『不可視の結界』について説明を求める姿勢を見せたアイリスに、俺は問答無用で手から火属性の下級魔法である《フレイムボール》をいくつか生成して放った。


 《フレイムボール》はその名の通り、炎の玉を作り出しそれを対象に向けて投げる魔法だ。

 魔力の込め具合によって炎の温度から大きさまで変化可能なそれは、テニスボールくらいの大きさから、最高でもバスケットボール程度のものにまで拡大可能。

 比較的消費する魔力は少ないから、人間界でも駆け出しだろうが熟練だろうが関係無しに重宝されている魔法でもあるだろう。


 ちなみに今俺が生成したものはバスケットボール級の大きさを誇る《フレイムボール》だ。

 普通は足止めや牽制のために数と速さ重視で放つのが俺のスタイルだが、今回はアイリスの鍛錬と言う目的もある。

 そして、何より聖剣を手にした彼女の強さを肌で感じていないからこそ知っておきたいという好奇心もあるんだよ。

 だからこそ、巨大で温度も高い《フレイムボール》を数十個生成し彼女に向けて放ったのだ。



「問答無用なのは結構ですけど、わたしの実力をあまり過小評価するのは得策ではありませんよ?」



 いままでのような虚言じみた言葉使いでは無く、絶対的な自信を感じさせる雰囲気を放出しながらアイリスはそう告げると、その場から一気に駆けだした。


 それはセンテの森で一瞬彼女が聖剣を手にして見せた動きと一致していたのは言うまでもない。

 空気を切り裂き走る様は暴風のようで、しかし障害物である炎の玉を避ける瞬間は何者にも触れることすら許さない風のようなしなやかさを持ってして華麗に回避。

 標的である俺を真っ直ぐに見据えて駆けてくる彼女との距離は一瞬で縮まり、気が付けば剣を上段に構えたアイリスの姿が目の前に移動してきているほどの速さだったよ。


 しかし、俺は魔王。

 コイツの動きは全て見えていたし、彼女が今まさに振り下ろそうとしている神速の動作もスローモーションに見えるほど鮮明に見えている。

 アイリス相手に手こずるという考えは最初から無い。

 だけど、聖剣を手にしただけでこうまで性能が変わるとは正直驚きもしているよ。



「いただきですっ!」


「はい、残念」



 勇者や剣士はたまに自爆することがあると俺は思う。

 最後に来た名も知らない勇者もそうだが、何故攻撃を繰り出す瞬間を教えるかのような言動をしてしまうんだろう。

 『もらった』とか、『隙ありっ!』とかさ。

 暗殺を生業とした家業の連中がそんなことをすれば確実に自分の首を絞める行為だけど、だからといって真正面から立ち向かう勇者や戦士はやっても良いとかってわけじゃ無いだろ。


 相手に攻撃のタイミングを教えるという行為は本当に自殺行為に等しい。

 俺はそんなことを冷静に考えながらアイリスが放った渾身の一撃を、人差し指と中指で止めるという荒業を持ってして受けとめる。

 真剣白刃取りの要領だが、並外れた瞬発力と俊敏な身体を持っていないと使えない方法だし、実践戦闘では確実に必要ない技だ。

 まぁ、今回はただ自分をカッコよく見せたかっただけだから別に良いんだけど。



「そ、そんなのアリですか!?」


「アリもクソも無いだろ。まず一回目終了だな」



 よっぽど自信があったんだろう。

 前に一度巨大な蝶を討伐したこともあったし、その要領で攻めれば勝てる。

 そんな楽観的な考えで臨んだ攻め方が通用するほど俺の潜り抜けてきた修羅場の数は違うし、それを許す程甘い性格をしているつもりは無い。


 俺は受け止めた聖剣もろともアイリスを投げ飛ばす。

 無論、投げた拍子にアイリスが剣を放り投げてしまわないように多少の加減も加えてだ。

 彼女のことだ、聖剣が無ければいつもの最弱冒険者に戻ってしまうだろうし身体の性能もまた同じく下がるだけ。

 そんな状態で軽くだったとしても地面を滑ってみろ。


 日本のようにアスファルトで舗装されたわけでは無いにしても、石や砂利の敷き詰められた地面だ。

 身体からは擦り傷が絶えない状態になるだろうし、最悪それでノックダウン。

 彼女が起きるまで鍛錬はお預け状態になることだってあり得るんだ。

 その後のアイリス治療のために魔力と時間を無駄に使う羽目になると考えるならば、手加減してでも彼女から聖剣を今のところは手放させないほうが良いんだ。


 俺の小さな配慮を受けたアイリスは、思惑通り空中で体制を整えると何事も無かったかのように地面に降り立った。

 まるで、ほんの少し高いところから降りた程度の衝撃しか感じていないくらいのゆったりとした着地には、ギルドで『勝ち無しのアイリス』と呼ばれていた最弱少女の面影は全くない。

 どちらかというと、魔王城に侵入してきた勇者と同等くらいの性能かもな。

 もしも、アイリスにそのくらいの強さが備わったとしたなら、前にやって来た勇者が不憫に思えて仕方ないけど。



「真剣白刃取りとか、どれだけ余裕があるんですかタクマさんは!」


「さっきのお前程度の攻撃ならそれはもうたくさん受けてきているからな、対処だって簡単だし受ける方が難しい。それに、お前だって楽々着地出来たろ。問題ない」


「それはそうですが……」


「ほら、無駄口を叩いている暇があったら動けよ。止まっている標的程当てやすいものは無いんだからな」



 そう告げて、俺は先程とは違って数とスピード重視の《フレイムボール》を放っていく。

 さっきアイリスが見せた動きで大きさを重視したものは簡単に潜り抜けられるというのは理解できた。

 なら、数が多くさらにはスピードの速い物ならどうだろうかという考えからくる、先程とは少し違った戦法だ。

 今回は足止めとかでは無く、確実に相手の身体を傷つけるために全てアイリスの身体目がけての連射。


 降り注ぐ豪雨のように止まることなく発射されたテニスボール程度の大きさの《フレイムボール》は、まるで追尾効果でも付属しているかのごとく真っ直ぐにアイリスに向かう。

 しかし、アイリスだって痛いのは勘弁願いたいらしく、強化された反射神経と俊敏に動ける身体をフルに活用。

 向かってくるそれらを真っ向から迎え撃ち、斬り消していく荒技に打って出た。


 普段の彼女からは考えられない驚異的な身体能力は、やはり聖剣のおかげだと思っていいだろう。

 聖剣の加護を受けていない時のアイリスを知っているからこそ分かる違いではあるけど、そうなると歴代の勇者もその加護を受けていたから強くなっていたんだろうかな?

 勇者ブレイブはおそらく除外しても良いとは思う。

 奴の強さが聖剣の加護によるものじゃないことくらい分かっているからな。


 だけど、その後魔王城にたびたびやって来た勇者を名乗るリア充どもは別な気がする。

 共通して美少女を連れていて顔立ちが整っているという点を除けば、奴らの強さは半端なものだった気がするし。

 特に最近の勇者は貧弱と言っても良いだろう。

 人類の希望として選ばれた人間だと言うのに、美少女と言う仲間を引き連れてやって来る勇者は人間基準で言えば強いんだろうが、俺からすれば雑魚以外の何者でもなかったし。


 前に来た勇者なんか、それこそ弱すぎただろ。

 聖剣と思える剣は簡単に手放すし、先程のアイリス同様攻撃するタイミングを自ら明かすしで良いとこなしだ。

 もしも、魔王城にたどり着けた理由が聖剣の加護によるドーピング作用のおかげとなれば、奴の実力はそこらの魔物以下か、最悪アイリスと同等くらいかもしれない。



「——となると、やっぱり聖剣を持たせたのは間違いだったかな」



 多分、今の聖剣だけの力で強化されたアイリスなら、魔王ドーザ程度簡単に打ち取れるだろう。

 素早い身のこなしに、巨大化した蝶を圧倒する戦闘能力。

 更には今現在目の前で繰り広げている無数の《フレイムボール》を切り落としていくほどの瞬発力があるなら、よっぽどの相手じゃない限り負けることは無い。


 だけど、それでは面白くないというのが俺の本音だ。

 現魔王を打ち倒す力があるのならそれに越したことは無いが、ぶっちゃけた話俺が魔王の座に戻れば確実にアイリスに勝ちは無い。

 だって今まさに俺の前でなすすべなく向かって来る炎の玉を切り落とすのに苦戦しまくってるからな。

 この程度で苦戦しているようじゃ、俺を打ち取るなんて夢のまた夢。

 圧倒的な力の前に敗北し、他の勇者同様にこの人間界に戻されるか、消し炭になる末路だけが彼女の最後なんじゃないかな。

 もしも俺が戻ればという話ではあるから絶対にそうなるというわけでは無いけど。 



「まぁ、良いか。その分アイツ自身を強くしてしまえば問題ないんだし」



 ドーピングによるステータス向上に限界があるのなら、基本となるアイツ自身の性能を底上げしてしまえばいいだけのこと。

 最弱モンスターすら狩ることのできないアイリスが、聖剣無しでどこまで強くなれるのかは分からない。

 だが、彼女が強くなるまでの間、確実に俺からは『退屈』という二文字は消えるだろう。


 そんなことを考えながら《フレイムボール》を打ち続けること三十分ほど。

 結局アイリスは俺の放つ魔法の雨を潜り抜けることは叶わず、最終的に腕の筋力と体力自体が切れてしまい火球の雨を身体いっぱいに浴びることとなったのだった。

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