魔王流鍛錬①
二章目として今日から話を書いていきます!
俺にとって、修行というものはただの暇つぶしでしかなかった。
だって一応転生した身であるわけだし、その時に授かった能力はこの世界に住む生き物をはるかに超越したものだったからな。
鍛錬をするにしても魔法の使い方を練習するだとか、その他には身体に生えた前世では考えられない翼を利用しての飛行練習くらいだろうか。
初めて空を縦横無尽に飛び回った感覚は今でも忘れることは出来ない。
自分の意志で自由に動かせる翼をほんの少し羽ばたかせるだけで、地面から一瞬で大空に移動できるんだぞ?
しかも、そこから右や左へ急旋回しようとも、地面へ向けて急降下をしてみても恐怖を感じないのだから不思議なことこの上なかった。
俺自身、他者より肝っ玉が据わってると思ってはいない。
むしろ、簡単にビクビクと震えあがって部屋の隅で固まってしまうくらいの怖がりだ。
ホラー映画は勿論のこと、遊園地のジェットコースターだってまともに乗れないくらい、絶叫やホラー系の類は苦手としていたからな。
そんな俺が大空を飛び回っているのにも関わらず恐怖を感じなくなっているのだ。
転生させてくれた相手は随分と俺に好待遇な身体を授けてくれたんだろうと、最初の頃は感謝して涙を流したくらいだよ。
だけど、俺を転生させてくれた誰かに対しての感謝は、日が経つにつれて薄れていったのは言うまでもない。
だって、俺の身体は確かに高スペックで何の問題も無い代物だったけど、あまりにも最強すぎて面白みに欠ける人生になってしまったのだから。
腕を軽く振るえば大地は抉れ、軽く鬱憤を晴らそうかと魔法を放てば大陸一つが消し飛ぶほどの威力が発生する。
翼だって面白いからとむやみやたらに羽ばたかせてたら、いつの間にか台風に匹敵するんじゃないかとさえ思える暴風が巻き起こる始末だ。
せっかく強化された身体を手に入れたというのに、本気を出そうとしても世界そのものを破壊しかねない威力があるから使えないって、それこそ宝の持ち腐れだ。
おそらくはこの高スペックな身体を要望したのは俺自身だろう。
日に日に薄れていく前世の記憶の中で、鮮明に覚えているのが『最強にしてくれ』ってフレーズだからな。
男か女か、年寄りなのか幼いのかも分からない人物に、それだけ頼んだ記憶が確かにある。
だからこそ自業自得として受け入れ、本気は出さないにしても強い身体を用いて成り上がって来た。
その結果が、魔王。
人類の敵として数千年もの間魔界に住み着き、魔物や魔族を使って世界を暗黒の世界に変えようと企む悪の権化。
人々はそう俺のことを呼んだらしい。
まぁ、俺からすれば、誰それってな感じなんだけど。
だが、たとえ俺自身が自分を悪だと認識していなくとも、人々は勝手に俺を悪に変えてしまう。
あることないこと全てを魔王である俺のせいにして、結果的に勇者なる存在まで送り込んでくる始末だ。
『世界の平和のため』とはよく口にするが、それなら俺にも優しくしてくれよと何度思ったことか。
聖剣を振り回し、俺の部下達である魔族を斬り刻んでやって来た勇者はみんな人に話を聞かない馬鹿共だった。
自分達のことを棚に上げ、魔族をないがしろにしてただ平和のためと口走り虐殺を繰り返す。
一度は共存の道を歩もうとは思っていたがそんな考えばかりの人間達に屈服するのは癪だったから、俺は部下である魔族をひたすらに鍛え上げた。
どんなに血反吐を吐こうが、どんなに傷つき涙を流そうとも、上からの重圧と言う名の精神攻撃で鍛錬を断行させたのさ。
我ながら酷いことをしたとは思う。
しかし、そのかいあって部下達は普通の勇者だろうと太刀打ち不可能なまでに成長したし、魔王城の守りも鉄壁に変わったのは言うまでもない。
俺の元にたどり着ける勇者も初めの頃は一年で数十人と多かったのが、数十年に一人と随分減らされたしな。
おかげで俺の仕事が無くなってしまい、結果として俺の暇つぶしは部下の鍛錬、または自分の鍛錬に落ち着いたんだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そんな鍛錬馬鹿に落ち着いた俺だからこそ言わせてもらうが、アイリスの身体は貧弱としか言いようが無いほどの弱さっぷりだった。
彼女を弟子と言うか、部下と言うかに迎え入れた二日後の昼。
報告していた通り彼女がスライムウルフを一匹討伐した平原に集合し、鍛錬を始めようとしていた俺達だったんだが、流石に初めから飛ばすのも何だろうと思ったからな。
軽いストレッチを交えてから本格的な鍛錬を始めようとしたんだけど
「お前、この程度でへばるとか、本当に体力ないんだな」
「こ、この程度って、もうストレッチを始めて三十分ですよ!? どれだけ長い間身体をほぐす運動させてると思っているのですか!」
もう一切身体が動かないとばかりに全身をブルブルと痙攣させ、俺を睨みつけるようにして告げるアイリスは身体中汗まみれ。
ストレッチだからとそれそのものを簡単に侮ってはいけない。
確かに野球やサッカーとかに比べれば地味な上に本当に効果があるのかと疑いたくもなるものだが、実際に血流改善から身体を柔らかくなったりと効果はあるんだ。
しかも、必要な物は自分の身体のみ。
道具を使うものもあるが、基本的には何も必要ないから好きな時に行えるというメリットもある。
まぁ、体勢によっては人前ではしたくないようなものもあるだろうけどな。
「ストレッチは健康に良いんだ。それに、お前の場合は身体が硬いのもあるからな。念入りに準備をしてもらってるだけだ、文句を言う気力があるなら身体を動かせよ」
「うぅっ! わたしは健康を維持することより、強くなりたいのですが!」
そんな文句を口にしつつも律儀にストレッチを断行するアイリス。
根性だけは一人前と褒めてやりたいところだが、こんな風に自らを鼓舞してどうにか俺の鍛錬についてきた奴なんて山ほどにいる。
アイリスはそんな奴らの所謂スタートラインに立ったに過ぎない。
いや、もしかしたらそこに立ってすらいないのかもしれないけどな。
当然だが、この後さらにハードな鍛錬が待ち受けているんだ。
冗談でも嘘でもなく、本当にこのストレッチ程度で息を切らせていたらこの先やっていけないぞ。
「アイリス様、そのように申されましてもタクマ様は鍛錬を少しも緩めようとは思われません。諦めて続行成されるのが得策ですぞ?」
そう言って微笑むのは勿論我が家のハイスペック執事のような人物、アガレスその人だ。
今日の服装は燕尾服では無く、運動に適した日本で言うところのジャージのような服装を身に纏っている。
なんでもアイリスが鍛錬を行うのであれば、俺の部下である自分も受けないわけにはいかないということらしい。
別にアイリスが俺直々の鍛錬を受けるからと言って、アガレスまでもが受ける道理はない。
だけど、本人はそのような考えに至っていないらしく、魔王の部下なら鍛錬に参加して当たり前だと結論を頭の中で出しているらしい。
優秀であるのもそうだが向上心も人の数倍以上はあるアガレス。
そんな部下を持って嬉しい限りだが、ちょっと考え方の方向性がおかしい気がするのは何故だろうな。
「ほら、アガレスも気を利かせて一緒に参加してるんだ。さっさとやれ」
「分かりましたっ、分かりましたから上からうるさく言わないでください!」
今にも涙を流してしまいそうなほど苦しそうな表情を浮かべて、硬い関節を無理矢理にも曲げて前屈するアイリス。
胸の大きな女性が前屈をすれば、その胸に実った二つの果実が形を変える様を拝見出来るところだが、残念ながらアイリスは絶壁だ。
けして彼女の胸が皆無だというわけでは無い。
ただ、今のアイリスが身に纏っているのは彼女が聖剣を売り払ってまで買った軽装な鎧だからな。
胸に位置する場所にある硬いプレートが彼女の胸の変化を抑えてしまっているが故の変化の無さだ。
おそらくはその身に纏っている鎧の下には女性特有の胸が隠れているんだろが、服の上から見ても主張の小さい胸だ。
大きさは然程変わらない程度だと思っていいだろう。
「あの、さっきからわたしの胸ばかりを見て何をしてるんですか!? セクハラですか、変態なんですかタクマさんはッ!」
「まぁ、見ていたのは確かだが下心は無いぞ? ただ、小さくて絶壁な可哀想なものだと思って少し不憫に思えただけなんだ。他意は無い」
「気にしてるんですから、言わないでって前にも言ったでしょ!?」
胸に関しては触れられたくもないのか、身体を痙攣させているのにも関わらず立ち上がりざまに拳を放ってくるアイリス。
女性の価値は胸ばかりではないという言葉を何度か耳にしたことはあるが、彼女にはそんな考えは全くないらしい。
大きな果実を胸に蓄えてこその女性。
何がそのような考えに彼女を至らせたのかは分からないんだが、とにかく胸に対しての話題にはコイツは凄く敏感なんだと改めて理解したよ。
だが、理解したからと言って痛いと分かっている拳をまともに受けてやるほど俺はお人好しじゃない。
たとえそれがハエも止まりそうなほどのろくて弱々しいものだろうと、受けるのは俺の少ない魔王としてのプライドが許さない。
俺は向かって来る彼女の弱々しい拳を片手のひらで軽々と受けとめた。
そして、瞬間聞こえた乾いた小さな音を合図に手を握り、彼女の拳を掴むと
「ほい」
小さな掛け声と共に、彼女の身体を投げ飛ばした。
俺としては少年野球の練習を観戦中に転がって来た野球ボールを近くまで寄って来た少年に軽く返してやる程度の力で投げたつもりだったんだ。
こう、下投げでちょっとした距離を埋めるかのように。
だが、それをこちらの世界で、しかも人間相手にやると思いのほか威力が上がるらしい。
俺の手から離れたアイリスは地面スレスレを滞空し、隣で同じくストレッチをしていたアガレスの胸の中に納まった。
瞬間彼女が浮かべるのは困惑。
そりゃそうだ、容姿や性別は別として一人の人間を軽々と投げ飛ばしたんだからな。
身体が苦痛で思うように動かず拳を止められるのは分かるが、空中を一瞬滞空するほどの威力で投げ飛ばされたことには理解が追い付かない。
そんな驚きに満ちた表情をアイリスは浮かべていたよ。
「驚くのは勝手だがな、そのうちお前にもこの領域に入ってもらうんだ。このくらいで拍子抜けするのは早いぞ?」
実際このくらいの筋力は、俺が鍛えた魔族の大半は能力として身につけていたからな。
拳一つで岩を砕き、人間相手なら素手でも完勝するほどの実力を持った奴ら。
人類からすれば本当に化け物以外の何物でもないそんな存在達で守られていた魔王城は、本当にこの世界で一番の安全地帯だっただろう。
それこそ、ラスボスである俺が暇を持て余すくらいの強ささ。
いや、平和なことは何よりだよ?
俺としても中途半端な強さの勇者が来られても困るし、それこそ多少は本気の出せる戦いがしたいとも思っていたから尚更だ。
でも俺だって、活躍したいと思うのさ。
部下である魔族を鍛えたのは魔王城を強固なものにするという考えは勿論のことなんだが、やって来る勇者を選び抜くという理由でもあったんだ。
そうでなくとも勇者って存在は、負けてもへこたれない図太い精神を持ってるからな。
何度か挑戦すれば鍛えた魔族を倒して強く成長し、やがては俺の前に脅威となって立ちふさがるのでは無いかとさ。
まぁ、結果は俺の考えたように上手くはいかなかったけれども。
「とにかく身体も温まっただろ。そろそろ鍛錬始めるぞ、ボーっとしてないで用意しろ」
俺を見据えて固まるアイリスにそう告げて、俺は手を何もない空間にかざしアイテムボックスを開く。
と言ってもこの世界でいうところのアイテムボックスは、ゲームやアニメのようになんか魔法チックな形をしているわけでは無い。
簡単に説明するならば、腕一本が入るくらいの小さな穴が空間に出来る程度だ。
俺はそんなアイテムボックスもとい穴に手を突っ込み目当てのものを掴むと、勢いよく引っ張り出した。
それは剣だった。
銀色を基調とした見た目は質素で何処にでも販売されていそうなソレだが、見た目形とは裏腹に凄まじい力を勇者に与える聖剣。
この前、巨大蝶を狩るのにアイリスに貸す事のあった彼女命名『魔法の剣』だ。
「それは魔法の剣では無いですか! それを一体どうするつもりなのですか?」
「どうするも何も、お前が持ってろ。多分、今回から始める鍛錬には必要不可欠な道具だと思うぞ?」
「必要不可欠って……?」
「簡単なことだ。ソレ持って強化された身体を駆使し、俺の攻撃から避けつつ一撃俺に当てろ。それだけだ」
やることは単純、ただ攻撃を避けて俺に一撃いれるだけ。
だが、単純だからとこの鍛錬そのものを軽く見てしまっては痛い目を見るのは明白だ。
なんせ相手は数千年を生きるこの俺、魔王だ。
多少の手加減はしてやるもののそう簡単に達成出来るものでは無いと断言しておこう。
何故なら、この鍛錬で泣きを見る目に遭った奴らは山ほどいるんだから。




