回収された自称勇者
「結局、倒せたのは一匹。しかも、随分と苦戦したみたいだな」
空中で腕を組み、倒れたアイリスを見つめて俺はつぶやいた。
魔族共の侵攻を食い止め、女騎士の足止めから解放されて戻って来ていた俺は、アイリスの奮闘の一部始終を目の当たりにして小さくため息を吐いてしまう。
彼女の弱さは知っているつもりだったが、まさかスライムウルフに捨て身の攻撃で挑まなければ攻撃も当てられないとは思わなかったというのが本音だ。
今回は馬鹿みたいに突っ込むだけの戦法をとらなかっただけマシだとは言えるにしても、最弱モンスターを討伐するのに全身疲労で倒れるくらいまで苦労するとなると先が思いやられるよ。
「まぁ、最後まで諦めず向かって行ったのは評価出来るか」
小さくつぶやきながら俺はアイリスの傍に降りると、彼女の身体に付着していたスライムウルフの肉片と言えば良いのか分からない物体を取り除く。
鎧に付着した物体は、本体が死んでいるというのにもかかわらずウネウネと動いていて、放っておいたら肉塊同士が集まって奴が復活するんじゃないかと思えるくらい不気味な物体と化していた。
だが、所詮は弱小モンスターだ。
肉塊となった身体がいかに動いていようと、合体はおろか復活もしないだろう。
まぁ、でも見栄えに関しては気持ち悪いことに変わりはないからな。
身体に付着していたソレは、風魔法で適当に吹き飛ばしてからアイリスが巻き込まれないように離れた所で消し炭にしてやったよ。
「それにしても、こんな状況で気絶とかコイツはやっぱりバカなのか? 俺が結界で強力な魔物は出てこないようにしてやってるにしても、スライムウルフは相も変わらず出て来るってのに」
疲労が溜まり、傷も増えてしまったからこそのこの結果だと言うのは分かる。
立っているのも辛くて、時間的にも真夜中だから眠気に襲われてしまうのも理解できないわけじゃない。
だが、こんな平原のド真ん中で無防備に気絶して倒れ続けるのは自殺行為だ。
深く考えなくともここは魔物の出てくる場所なんだから、さっきまでの戦闘で発揮した根性でどうにか安全な場所に移るとかすれば良かったのに。
「まぁ、朝からずっと無茶苦茶してたコイツにそんなことは期待できないのも確かだけどっと」
昼間はセンテの森で巨大蝶を捕獲するのに森中を歩き回ったり、聖剣で奴らを倒したり捕獲した蝶を運んだりで面倒だったのは事実だ。
しかも、そのあとは剣を購入してからこの時間までずっとスライムウルフを狩ることだけに時間を費やしてきたんだから、動けなくなるほど身体に疲れが溜まるのは当然だろう。
たった一日ではあるが随分と濃くハードなその日を過ごした彼女に、危険だからと言って寝るなとは言えない。
全面的にアイリスが悪いとしても、振り回したのは俺なわけだし。
そんなことを考えながら俺は倒れているアイリスを抱きかかえる。
身に着けている鎧は軽装だから重量が無いのは分かるが、それを踏まえても彼女の身体は軽かった。
俺が魔王で強化された身体を持っているからなのかもしれないが、まるで羽毛の枕でも抱えているかのような感じ。
そう思えるくらいの体重の無さだ。
宿をとる金すら無いコイツのことだ。
まともな食事も出来ていないからこその、この軽さなのかもしれないな。
「——っと、変なこと考えてないでさっさと行くか」
こんな平原で朝日を迎えるなんて俺は絶対に嫌だからな。
そんな誰に言うでもない言葉を脳内で口にして、俺はヴォルトゥマの自宅まで飛んでいく。
流石に気絶した女の子を抱きかかえた状態で門番の彼に会うのは誤解を生みそうなので、認知されないほどの上空を移動しての帰宅だ。
無論、家の前に降り立つ時は彼女を起こさないように、ゆっくりと降りる。
自宅に帰るのにキングスタス前の虐殺の時みたいに派手な登場の仕方をする必要なんて無いし、やれば近隣住民がいないにしても目立つだろうからな。
「お帰りなさいませ、タクマ様。そろそろお戻りになられる頃だと思っておりました」
「あぁ、出迎えありがとな」
ここら一帯に住む人達に気配を悟られないようにゆっくりと降りたつもりだったんだが、どうやらアガレスにはお見通しだったらしい。
まるで、タイミングを見計らったかのように扉を開けて出迎えの言葉を俺にくれたアガレスは、俺の抱えている自称勇者の末裔を確認すると
「アイリス様もご帰宅ということですな? それも、随分とお身体の方を痛めておいでのようですが」
「俺がキングスタスに向かっていた時にコイツは一人で頑張ってたらしくてな。帰ってみたらスライムウルフを打ち倒していたみたいだが、この様だ」
「なるほど。つまり相手を倒すことには成功したが、それ相応のダメージも負ってしまわれたということですな?」
「まぁ、そんなところだろ。——とにかく、コイツも随分と身体を痛めてる上に汚いからな。悪いけどタオルとお湯の入った桶を用意してくれないか? あと、コイツが着れそうな寝間着とかも頼む」
「かしこまりました」と返事するアガレスに頷き俺は自宅に足を踏み入れると、リビング中央に置かれたソファーの上にアイリスを横たわらせた。
ここまで来るのに結構時間がかかったはずなんだが、それでも起きることが無かった彼女。
それだけ痛みと疲労が溜まって寝てしまっているということなんだろうが、もしも俺が戻ってこなかったら確実にコイツは命を落としていただろう。
魔物に食い散らかされたか、真夜中の寒さに身体が耐えられず凍え死ぬかしてたんじゃないかな。
意識が無くても世話の焼ける奴だということか、この自称勇者の末裔は。
「《リカバリー・ヒール》」
口にはしない文句を心の中に留めつつ、俺はアイリスの身体を治すべく回復魔法を放つ。
かざされた腕が一瞬輝きを放ったかと思うと、アイリスの身体が淡い緑色の光に包まれ瞬く間に彼女の身体に出来ていた傷が消えた。
と言っても、本当に彼女の傷だけが消えたに過ぎないんだけども。
回復魔法なんだから傷が治せるのは当たり前なんだが、疲労すら消すことが出来るほど魔法は便利なものではないんだよ。
つまり、傷口による痛みと傷は綺麗に消せても、ストレスや疲労をとることは出来ないということだ。
だから、疲労のあまり倒れて寝ているアイリスは起きないし、明日はおそらく筋肉痛でまともに動くことも出来ないだろう。
まぁ、起きることが出来たらの話なんだけどな。
そんな風に横たわるアイリスの治療をしていると
「タクマ様、濡れタオルをお持ちいたしました。少し大きいかもしれませんが、よろしいでしょうか?」
「あぁ。どんなに大きかろうとタオルはタオルだしな」
アガレスの用意してくれたタオルを受け取り、お湯につけてから搾り上げて水分を軽く抜き取る。
そうしてから、アイリスの身体を包む鎧を脱がせると先程の戦闘で微妙な汗とスライムウルフに捕食されかけた時に付着していたのであろう奴の肉片をタオルで拭きとっていく。
今まで採集や捕獲依頼を受けまくっていたにしては白すぎるんじゃないかとさえ思えるアイリスの身体。
よっぽど日の当たらないところで仕事をしていたのか、それとも日に焼けないように何かしら対策をとっているのか。
どちらにしても、透き通るような綺麗な肌は流石は女の子と言ったところだろう。
「さてと、まっこんなもんで良いだろ」
下着は流石に脱がすのに抵抗があったから手を出さなかったものの、他の部分のふき取りは終わり一段落と言ったところだ。
その後、俺は下着姿のアイリスにアガレスと協力して服を着させると、再び彼女を担いで二階へと移動した。
向かった先は昨日コイツが寝泊まりした空き室。
もう真夜中だし、すでに爆睡状態のアイリスが起きるというのは考えられない。
そう判断した俺は、無理にコイツを起こすことは止めて普通に寝かせてやることにしたんだ。
「ったく、まさかお前を二日連続で泊めてやることになるとは思わなかったぞ」
俺としてはもうアイリスに貸す部屋は用意しないものと思っていたんだが、もしかしたらその考えを改める必要があるのかもしれないな。
コイツはパーティを組む条件として課した条件を果たそうと、捨て身の戦法を使ってしまうまでの根性を見せてくれたんだ。
結果的には条件を果たすノルマの半分しか果たせていないわけだが、コイツなりの意地は十分見せてくれたと言えるだろう。
「まぁ、だからといって俺がコイツを迎え入れるなんてことは無いけどな」
ノルマはノルマ。
果たしてもらえなければ俺はコイツを認めるつもりは無いんだよ。
厳しいようだが、世の中そんなに甘くは無いし、俺の隣を歩くというのはそれほどまでに難しいことなんだ。
そんなことを考えながら、俺はベッドの上にアイリスを横たわらせると、静かに掛布団をかけて退室したのだった。




