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アイリスの奮闘2

 わたしは勇者の末裔。

 どんな強敵にも真っ向から立ち向かい、勇気と力に知力の全てを使って相手を打ちのめす。

 それがわたしの中での勇者像にして、曲げることのできない戦闘スタイルです。


 弱いくせにそのスタイルを貫く理由は、勇者の末裔に産まれたからというだけでは無く、わたしも勇者ブレイブに憧れたからというのもあるでしょう。


 彼は幾多の戦闘で出会った魔物達なんてものともせずに、ほんの数か月で魔王城までたどり着いたとされますから。

 そこまでに至る数々の武勇伝はどれを聞いても凄まじいもので、とてもじゃありませんが自分のご先祖様とは思えない代物ばかりです。


 例えば、エレウェン国の北の地にある火山。

 そこを住処とする火竜の首をほんの数秒で切り落とし、ふもとの村に安泰をもたらしたとか。


 他にも、他国アイシス王国の周辺に出没していた巨大なタコの化け物を討伐したとか。

 身体が岩で構成されているゴーレムと素手で渡り合ったなど、例えを出すときりがありません。


 そんな誰もが憧れる武勇伝を数多く持つブレイブだからこそわたしは憧れ、彼と同じ戦いを志すことで強くなろうと思っていました。



「相手にカッコよく、そして圧倒的強さを見せつけてこそ勇者。そうわたしは思いますが、今回ばかりはそうも言ってられません」



 後がないというわけではありませんが、わたしにとってタクマさんはおそらく運命の相手。

 恋人関係とは違いますが、わたしを本物の勇者にしてくれる。

 そんな期待にも似た感情がわたしにいつもの無謀な戦いをさせてくれそうにもありませんでした。


 だからこそ、今回は泥臭かろうが汚かろうが……ましてや勇者として似合わない卑怯な手を使おうとも、わたしは勝たねばならない。



「スライムウルフ。わたしの筋力じゃ勝ち目のない相手だとは分かっていますが、それでも勝つんです。勝たなきゃいけないんです!」



 わたしは剣を握る手に力を籠めると、おそらく何処からかわたしを狙っているのであろう宿敵を探し始める。

 もうすでに時間は真夜中を過ぎていますが、それでもわたしの手に負えない化け物が姿を現さないのはきっとタクマさんのおかげなんでしょう。


 なんだかんだであの人は優しいですからね。


 わたしの我儘に文句を言いつつも一緒に過ごしてくれて、更には今回みたいなチャンスまでくれたのですから。


 そんなことを考えながら辺りを見回し、相手の姿を探していると目当ての相手は簡単に見つかった。



「——ッ!?」



 青いジェル状の身体を犬のような形状に変えてわたしを見据える魔物。

 ギルドや国の間では最弱モンスターと呼ばれている魔物ではありますが、わたしにとっては宿敵にも等しい化け物。


 世間ではスライムウルフと呼ばれる魔物が、わたしの目の前に佇んでいました。



「現れましたねっ、我が生涯の——っと、いけませんね。つい癖で」



 わたしはいつもの癖でスライムウルフに啖呵を切ってしまいそうな口を閉ざしました。


 今回のわたしは違うのです。

 目の前の魔物を狩るために一心不乱に泥臭く戦う一人の冒険者。

 勇者のような輝かしくもカッコいい言葉も、圧倒的な力を見せつけるための派手な攻撃も不要。


 わたしは閉ざした口を開き深呼吸すると、目の前でわたしの出かたを窺うかのように姿勢を低くし威嚇しているスライムウルフを見据える。

 そして、剣を強く握りしめ奴目がけて突っ込んだ。



「——せいッ!」



 大ぶりな攻撃はいらない。

 とにかく相手の身体に少しでもいいから傷をつけることから始めよう、そう思ったわたしの攻撃は突き攻撃。


 走る時の勢いを殺さず放ったその攻撃は、わたしが動いたと同時に回避行動に移っていた奴には当たらず空を切ってしまう。


 やっぱり駄目だった。

 そんな諦めの感情が心の内を支配し戦意を喪失しかけてえしまうけれど、わたしは折れそうな心に喝を入れてすぐさま逃げたスライムウルフに追撃を開始する。



「たあぁっ! やあぁっ! 当、た、れぇぇぇっ!」



 今回の戦闘では相手は一匹。

 前回みたく他の魔物を気にすることなく攻撃に専念することが出来るので、ある意味では戦いやすい環境と言えるでしょう。


 けれど、流石は最弱とは言っても魔物。

 わたしの攻撃などかすりもしません。


 剣を振る速さが遅いのか、それとも昨日からずっと歩いたり戦ったりで身体に疲労が溜まっているからか。

 どちらにしても、このままの状況が続けばいずれわたしの体力が底を付き動けなくなるのは必然と言えるでしょうね。



「ハァ、ハァ……このままじゃ駄目、ですね」



 肩で荒い呼吸を繰り返しつつ、わたしは一度距スライムウルフとの距離を空けて息を整えるのに専念する。

 前までのわたしであれば、スタミナが切れかかろうともその前に打ち取ればいいのだと自棄になって突っ込んでいたでしょうね。


 けれど、それでは自分を追い込むことにしか繋がらない。

 だからこその一時の避難です。


 幸いにもスライムウルフはわたしの剣を視界に収めて警戒心を高ぶらせているのか、勢いに任せて逆に突っ込んで来ようともしません。

 だから休憩にはもってこいなのですが、このまま息を整えられてもスライムウルフに攻撃が当たらない限りはこれを繰り返すだけになるでしょう。


 追っては当てられず、休憩してからまた追って。

 それを続けていたら、確実に夜が明けて約束の日を過ぎてしまいます。



「それは、絶対に……駄目ですから!」



 まだ完全に息の整っていない状態でもわたしはスライムウルフに戦いを挑もうと、奴目がけて歩を進めていく。

 少しの時間も惜しい。


 弱い自分だからこその焦りがそうさせているのでしょう。


 ですが、突っ込んでも剣が当たらないのでは話にもならない。

 せめて、相手の身体に確実に剣を突き立てられる方法があれば



「——あっ」



 どんな方法だろうと、疲労とストレスが溜まっていて、なおかつこれまで一度も自分の力で勝てていないわたしが奴の身体に剣を当てるのは不可能でしょう。


 けれど、一つだけありました。

 確実に奴の身体を攻撃することのできる方法が。



「これしか……無いですねッ!」



 怖いという感情は確かにあります。

 だけど、このままタクマさんに見放され、また冒険者の落ちこぼれとして過ごしていくのはもっと嫌だった。


 そんな感情がわたしの足を突き動かしたのか。

 気が付けば恐怖を押し殺すように雄たけびを上げながら、わたしはこれまでとは違って剣を構えずスライムウルフに向けて走り出した。


 そして、身体ごとの体当たりを試みるのですが、やはりそれも避けられてしまいました。



「ハァ、ハァ、クソっ!」



 体力も限界が近づいている。

 ソレを身体全体で感じながらもわたしは、次に来る『ソレ』に対しての覚悟を決めるように息を大きく吸って身体を強張らせた。


 瞬間感じたのは、身体全体を覆われるような感覚と妙に生暖かいぬるぬるとした感触。

 おそらくは攻撃を回避したスライムウルフがわたしを捕食しようとしてきているのでしょう。


 しかし、ソレこそがわたしの狙っていた好機です。



「——ッ!」



 ぬるぬるとしたスライムの身体の中で動かしづらいことこの上ない腕に力を籠めると、わたしは残りの力全てを使って握り締めていた剣を体内からスライムの身体に突き刺した。


 攻撃が当たらないのならば、絶対に回避不可能な捕食時に身体の内部から攻撃すればいい。

 我ながら身体を張る危険な戦い方とは思いますが、わたしにはこれしかないんです。


 無謀と思われようとも、こうするしかないでしょう。



「あああぁぁぁぁああああッ!」



 奴の体内の人間でいうところの胃液ともよばれる液がわたしの身体を溶かそうとしてきますが、そんなことお構いなしに突き出た剣をそのままに体内から奴の身体を斬り刻んでいく。


 以前の棒では不可能だったことも、真剣であるなら可能。

 非力な私でも簡単に奴の身体を無茶苦茶に斬り刻むことが出来て、結果的には体内からも解放され今まで倒せなかったスライムウルフの討伐にも成功。



「ぶはっ!」



 今まで息を止めた状態で重い身体を無茶苦茶に動かしていたからか、物凄くしんどい。

 ですが、身体のしんどさよりも初めてスライムウルフの討伐に成功したことの方が嬉しくて、わたしはつい笑みをこぼしてしまいます。



「ハァ、ハァ、こ、この勇姿……タクマさんにも、見せたかったですね……はは」



 口にしたところで彼が現れることなんて無い。

 そんなこと分かっているのですが、つい思ってしまいわたしは笑みを苦笑に変えました。


 タクマさんが今のわたしの姿を目の当たりにしたなら、いったいどんなことを言ってくるだろう。

 『頑張ったな』と褒めてくれるのか、『この程度でくたばるなよな』って冷たい言葉を浴びせて来るのか。


 わたしはタクマさんではありませんから分かりませんが、ただ一つ言えることがあるとするなら



「……もう一匹倒さないと、あの人は認めてくれないでしょうね」



 最初に決めたことです。

 『最低でも二匹のスライムウルフの討伐を可能にする』、ソレが仲間に受け入れる条件だと。


 ですが、今のわたしは疲労が限界を超えたらしく一歩も動けず、さらには強い眠気が襲い掛かってきているのです。

 とてもじゃありませんが、魔物討伐どころではないでしょう。



「すこし、休憩……に、しますか……」



 我ながらなんとも情けない話だとは思います。

 けれど、動けないのではどうしようもないのですからここは眠気に誘われるままに意識を手放すのが吉。


 そう自分に言い聞かせて、わたしは意識を手放しました。

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