アイリスの奮闘1
人とは思えない翼を背に生やして自らを人間と名乗ったタクマさんは、その場から飛び上がると一瞬でわたしの前から姿を消しました。
彼曰く、エレウェン国の王都であるキングスタスが魔族の襲撃を受けたということだそうです。
それが本当なのかどうかわたしに判断することは難しいのですが、ただ一つ分かっていること。
それは
「わたしは今ここで出来ることをしなければならない、ということですね!」
拳を握ってわたしは彼の消えた空を見据えると、ここに来た時とは違ってやる気を出しつつ宣言した。
わたしに課せられたことはただ一つ。
宿敵であるスライムウルフを最低でも二匹、明日が終わるまでに討伐すること。
昔であれば戦うことなく諦めて逃げていましたが、今回ばかりは事情が違うのです。
わたしはあの人と一緒にパーティを組んで勇者となる。
そのためになら、いくらわたしにとって苦難の道であろうとも打ち勝って見せます。
やらなければ、わたしはまた『捨てられる』のですから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
わたしは数千年前に誕生した人類最初の希望とまで言われた勇者ブレイブ、彼の子孫の家系に生まれました。
彼に子供はいないとされていたのですが、どうやら当時魔王城に攻め込む以前にエレウェン国のお姫様と恋に落ちてそのままの勢いで子供を作ってしまったとのこと。
二人の間には確かな愛もあったそうですが、勢いで子供を作ってどうするのかとも思ってしまいます。
それも、まだ魔王の被害に苦しむ国を救えてもいないのになんと頭が幸せな方々なのだろうかとも思いました。
しかし、そんな二人が子を作り、その子供がまた大きくなって愛を育みまた子を作ったりした結果にわたしがいるのです。
そこだけは感謝しましょう。
そんなこんなで勇者ブレイブの末裔として生まれたわたしですが、勇者の末裔には思えないほど剣の才にも魔力にも恵まれませんでした。
剣を振るえば剣に踊らされ、魔法を放とうとしても魔力量が皆無に等しいわたしには使える魔法すらない。
その結果、通っていた学校ではいつも劣等生扱いで、そのくせ勇者と呼ばれる最強の人類の末裔を口にしていたわたしは恰好のイジメ対象だったのかもしれません。
『お前、勇者の癖に剣振れねぇのかよ?』
『魔法も使えないで勇者を名乗るんじゃねぇ!』
『君には才能がない。悪いことは言わないから、冒険者では無く何か別の職に就くと良い』
同い年の子供達からは罵声を浴びせられ、先生からも見放されたわたしも何度か勇者なんて目指したくもないと思った時期もありました。
冒険者に求められるのは屈強な身体を持つ戦士か、身体は丈夫でなくとも剣技や魔法に優れた体質をもってして技術で体格を補えるものです。
二つともわたしには無いものですし、周りにいる子達がわたしよりも優れているという点もありましたからね。
勇者を目指す事なんて簡単にやめようと思えば止められたのです。
けれど、わたしは諦められませんでした。
好きで勇者の家系に生まれたわけでも無いのに過度な期待を寄せていた大人たちは、わたしの才能の無さに落胆しあっさりと消えていく。
そんな中、両親だけはわたしの才能を信じて疑いませんでしたから。
『アイリス。お前が生まれた時にな、父さんは見たんだ。我が家の秘宝である聖剣ホープリオンが淡い輝きを放っていたのをな』
『……淡い輝き?』
『そうだぞ。聖剣は勇者に多大な力を授けてくれる最強の剣にして、唯一魔王の身体に傷をつけられるものなんだ。それがお前の生まれた日に光を放ったんだ。アイリスは神様に選ばれし勇者なんだよ』
小さい頃、わたしを抱っこして言うお父様の笑顔は今でも忘れられません。
『同い年の子供達に何を言われようとも、それは他人が勝手に抱いた感想にすぎないのよ? あなたは気にする必要ないわ。あなたはあなたなりに勇者を目指せばいいの』
『けど、勇者には魔力や屈強な身体が必要なのです! 二つとも無いわたしには……』
『ふふっ、アイリス。世間一般では勇者になれる素質は力で決まるわ。けどね、世の中は力だけが全てでは無いのよ?』
そう言って、わたしを優しく抱き寄せてくれたお母様の落ち着く声色も忘れることが出来ません。
二人はわたしが勇者の素質を持つ子供だと信じて疑いませんでした。
そんな両親に育てられたからこそ、わたし自身も自分が勇者の末裔だと信じていられたのかもしれません。
だからこそ、わたしは自分なりに勇者を目指すために日夜精進を欠かしませんでした。
他の子がわたしよりも力持ちであるのなら、それよりも力のある身体を手に入れるために毎日筋トレ行い、魔力が少なすぎるというのなら、毎日欠かさず魔法を放って少しずつ絶対量を増やしていきました。
他の子よりも努力をするわたしを見て馬鹿にする奴もしましたが無視して過ごしましたし、喧嘩を売ってくる相手は返り討ちにもしてやりましたよ。
そうして毎日を努力ばかりで過ごしてきたわたしですが、学校での学力は問題無いにしても力量に関しては他の子の足元にも及ばない劣等生となってしまったのです。
まぁそれでも学力は同い年の子供達の追随を許しませんでしたから、無事に学校は卒業できたんですけどね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「冒険者学校を卒業し、両親に別れを口にして始まりの街ヴォルトゥマまで引っ越してきて早一年。やっとわたしを仲間にしてくれそうな人が現れたのです。この好機、絶対に逃しはしません!」
冒険者学校をどうにか卒業したわたしですが、知識はあっても基本的な身体の能力が追い付いてくれずに結果としてギルドでも『勝ち無しのアイリス』と嫌なあだ名をつけられてしまう羽目に陥ってしまいました。
最初の頃は冒険者になりたてだからとお節介で世話焼きな方々が次は頑張れよと励ましてくれたりもしました。
ですが、力の無さで足を引っ張ることが毎日のように続くと誰しもがわたしを置いて消えてしまうことが多くなり、結果が今の状態です。
誰もわたしが一緒に仕事に行こうと誘っても首を横に振るばかり。
中には『報酬泥棒が来るんじゃねぇよッ!』と罵声を浴びせられることもありました。
活躍したいけれど身体が動いてくれない。
助けたいのに魔法が放てない。
そんな歯がゆい思いを一年も続けて、お父様やお母様の用意してくれた小遣いも底を付きそうになった時、わたしの前に現れたのがタクマさんです。
「最初『パスで』って言われた時はどうしようかと思いましたが、なんとかここまで話を持ってこれたというところでしょうか」
もうすがる思いで頼み込み、わたしが勇者の末裔であると強く押して、更に女の武器である涙を使用しての我ながら汚いやり方だったとは思います。
けれど、結果としてわたしは彼とパーティを組めるかもしれない好機に恵まれたのですから良しとしましょう。
それにわたしは彼以外のチームなんて考えられないですからね。
彼は飛び去る前に『お前と過ごしていくのも悪くないのかもしれない』と初めてわたしを受け入れてくれそうな言葉を放ってくれましたから。
ここまで来るのに辛いこともありましたが、タクマさんと過ごした二日程度の短期間。
今までの中で一番楽しかったと思えます。
「さてと、無駄口はこれくらいにしておいて、そろそろ始めますか。狙いは我が生涯の宿敵スライムウルフ。次こそはわたしが勝ってみせます!」
あの人と一緒に居れば、わたしの何かが変わるかもしれない。
そんな思いを胸に、わたしは条件であるスライムウルフ討伐に今までとは少しだけ違った心意気で臨むのだった。




