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降り立った魔王

 余程感情が高ぶっているらしく、まったく隠そうともしない馬鹿共の魔力を辿って俺がたどり着いた場所。

 そこはアガレスの情報通り、王都キングスタスの目の前に広がる荒野だった。


 上空から淡い輝きを放つ月の光に照らされた荒野には、すでに数え切れないほどの死骸が落ちているんだか、その大半が人間だ。


 元々魔族は人間より色々な点で優れている。

 魔力量から基礎的な身体能力までと、実際に比べてみれば天と地ほどの差が出るだろう。

 魔族の多くは種族によつて能力が変わることもあるが、基本的には片手で自分の二倍近くの大きさを誇る岩を砕くことが可能だ。


 その他にも脚力から視力聴力までと人間より秀でた部分を持ち合わせた魔族が、集団で奇襲を仕掛けてくれば人間に勝ち目がないのは当然だろう。

 それ故のこの現状。


 おそらくこのまま放っておけば、人間側には勝利は無い。

 あるのは、アイリスが口にしていた魔族への絶対服従を意味する奴隷生活だけだ。



「まっ、そんなこと俺がやらせはしないけどな」



 密かに心の中で燃え上がる怒りの炎を押し殺し微笑むと、俺は背中に生やしていた翼を消して一気に地面へと急降下する。


 そして、勢いを全く殺さないまま地面へと着地。

 少しばかり砂煙が舞ってしまったみたいだが、俺にとっては空気中を舞う埃同然のものだ。

 大して問題にはならない。


 そんなどうでもいいことを考えつつも、着地地点を再確認してみる。


 ちょうど進行してくる魔族の群れに対抗していたたった一人の女騎士の前に位置するその場所。

 前方を見てみれば、ゴブリンやオークと言った魔族が大量に迫ってきている人間からすれば絶望的な光景が広がってるよ。



「おい、アンタ立てるか?」


「——」


「立てるかと聞いているんだけど、少しは反応してくれてもいいだろ?」



 振り向きもせずにただ一人先程まで戦っていたのであろう女騎士に言葉を告げる。

 顔や容姿は正確に見ていないからよく分からないが、アイリスよりは魅力的な女性だったとは思うよ。

 チラリと見ただけだから分からないけど。



「——はっ! き、貴様は何者だ!?」


「意識が回復して一番に口にするのがソレか? まぁ、俺が怪しい人物だって言うのは認めるけどな。だが、そんなことよりも早くアンタは下がってろ」


「何だと?」


「尻尾巻いて逃げろって言ってんだよ。目の前の状況が分からないのか?」



 オークやゴブリンといった化け物が迫りくる光景は、人間の女性からすれば別の意味でも恐怖を感じるものでもあるはずだ。


 人間の女に断定するわけでは無いが、オークやゴブリンと言った魔族は基本的にメスが生まれない種族なんだ。

 だからこそ、一族を存続させるために他の種族の女を捕まえてはその身に自分達の子供を孕ませる必要がある。


 その大半は無理矢理と言ったシュチュエーションが主。

 恋愛関係を結んだうえでの合意による関係なんてほとんどありはしなかった。


 故にあの二種類の魔族に女性が捕まれば、大半はその身に奴らの子を宿されてしまう。

 普通であれば女性は連中を視界に入れると逃げるか殺すかするはずだ。



「早く逃げ出さないと、お前も奴らの餌食だぞ?」


「わ、わたしはまだ戦える! それに、奴らに身を汚されるくらいならば、少しでも多くの敵を道連れにしてわたしも死ぬ!」


「カッコいい騎士道ではあるがな、命は命だ。お前が死んで悲しむものもいるだろう、だから……」



 俺は背後に手をかざして催眠魔法を彼女にかける。

 瞬間聞こえるのは複数の何かが倒れる音。


 俺の背後で意識のある奴全員に、突然強烈な眠気に襲われるという催眠術をかけたからな。

 化け物をこの場で迎え撃っていたところ悪いが、ここからは俺が奴らの相手を務めるんだ。

 流石に力を使うところをみられるわけにはいかない。



「さて……待たせて悪かったな? ここからは俺がお前らの相手をしてやる。まだあまり日も経っていないのにも関わらず、忠告を無視して人間界を襲いに来るとはな。お前らただで済むと思うなよ?」



 それだけ口にして、俺は人間にバレないように適当な大きさに抑え込んでいた魔力を一気に解放。

 俺を中心に空気が歪み大気が震えているのを肌で感じながら、手のひらを目の前で驚愕色に染まった気色の悪い顔をしている魔族に向けると



「今更詫びようとも、貴様らはもう後戻りできないんだよ《ルイン・ダークネス》」



 俺の身体から放出される強大な魔力に恐怖し、人間の女を前に浮かべていた気色の悪い笑みを泣き叫ぶあられもないものに変化させる魔族達。

 必死に何かしらを叫んでいるようにも見えるが、残念ながら俺には奴らの話している言葉が理解できないんだよな。


 だって、最近は全部元部下共に任せきりだったし、奴らと関係を深めるつもりも無かったからな。

 昔のオーク共なら頑張って俺達に言葉を合わせようとして可愛い面もあったが、今のコイツらにはそんな一面すらないようだ。



「お前らが今日殺した人間達の痛みと恐怖を存分に味わうと良い」



 冷たく告げて、俺は開いていた手のひらを閉じる。

 瞬間、奴らの立つ地面に紫色に発光する魔法陣が現れたかと思うと、その中から禍々しく光る黒い腕が何本も生えてきてオークやゴブリン共を襲い始めた。


 《ルイン・ダークネス》、闇の最上級に位置する魔法だ。

 魔力によって作り出した闇の腕を用いて対象の身体を無残にも引き裂いたり、腕を巨大化させて握りつぶしたりと多種多様な攻撃方法が行える優れものだ。


 その他にも、魔法陣に引きずり込んで任意の場所に転送したり、手の届かない背中のかゆみを解消したりと使いようによっては本当に重宝する魔法だと言えるだろう。


 まぁ、今回は普通に攻撃魔法に使わせてもらうがけどな。



「タ、タスケテッ!」


「ん? 言葉が喋れる奴もいるのか。だが、さっきも言っただろう。お前らがどんなに詫びようとももう遅いんだよ」



 流石にこの場で奴らの身体を引き裂いたり潰したりすると後片付けが大変だから、魔法陣の中に引きずり込んでから始末を開始する。

 どんな殺し方をしているかは口には出せないが、見るも無残な肉片になっていることだろう。


 そんな風に奴らを始末すること数秒後。

 俺の前で群がっていた魔族の数は一気に減り、たったの一人になっていた。



「ナ、ナゼオデダケ?」



 腰を抜かしたようでその場にへたり込むオークは、辺りを見回して顔から尋常じゃない汗を拭きだしながらビクビクと震えている。

 突然現れた相手に、一瞬にして仲間たちが始末されたんだからな。

 恐怖を感じないはずは無いだろう。



「お前を残したのには理由がある。一つ、頼みごとを受けてほしいんだ」


「タ、タノミゴト……?」



 震えるオークの目の前まで移動した俺は、奴の頭を掴み上げてから笑みを浮かべると



「これからお前を新魔王ドーザの元まで送る。そこでお前には奴に伝えてほしいことがあるんだ」


「ナ、ナンデスカ」


「『二度目は無い』。それだけ伝えてくれれば構わないさ」



 伝言を伝えるだけ伝えた俺は、オークの返答も聞かずに目の前にゲートを開くとその中に彼を放り込んだ。

 行先は当然ドーザのいるであろう魔王城。


 ついでにここに攻め込んできていた残りの連中の肉塊も送り込んでやったから、多分二度と俺の怒りを買うことはしないだろう。


 この際だから奴らを根絶やしにしてやろうかとも思ったがな、魔王を倒すのは勇者の仕事だと相場が決まってるんだ。

 俺が手を出していいものじゃない。



「さてと、一応始末は済んだし帰るか。これ以上この場に残っていても無意味だし」



 人間と魔族の死骸から放たれた死臭にまみれた荒野。

 王都キングスタスの目の前で繰り広げられた短い戦の跡をこのままにしておくのには気が引けるが、魔王である俺にも出来ないことはあるんだ。


 抉られた地面を元に戻すような時間を戻すようなことは出来ないし、死者を蘇らせるというのも不可能なんだ。

 出来るとすれば、この辺りを一瞬で殺風景な光景に変化させることくらいだろうか。


 まぁ、そんなことはしないけれども。



「これに懲りて、勇者がやって来るまで魔王の仕事を全うしてくれると良いんだがな」



 俺の真似をしろとまでは言わないが、出来ることなら静かに過ごしていていただきたい。

 人間界で俺のような存在が暮らしていくには奴らの存在は面倒でしかないからな。


 叶うかどうかも分からない言葉を口にして、俺は再び空を飛んでヴォルトゥマまで帰ろうとしたんだが背後から向けられた殺気にも似た気配を感じてその動作を止める。



「驚いたな、お前起きていたのか?」



 誰なのかは分からないが、そのまま放置していては俺の今後に支障が出かねない。

 だからこそ、口止めか最悪命を奪うつもりで振り返った俺の視線に入ったのは、魔族と前線で戦っていたのであろう女騎士だった。

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