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非常事態

 当初の目的でもあるアイリスの剣を購入した俺達は、夕焼けが西の彼方に沈みかけている時間帯にも関わらずヴォルトゥマの外にやって来ていた。


 場所は広い平原と言ったところか。

 障害物と言えるような物体の一つも落ちていないその場所は、アイリスの戦闘能力を調べるにはうってつけだろう。



「本当にこんな時間からするんですか? 正直、わたしはもう昼間の戦闘で疲れたんですが」


「そんなもの俺だって同じだ。だが、今日をこれで終わりにしてしまえば、お前に残された時間はあと一日だぞ? そのたった二十四時間でスライムウルフを二匹狩れるのか?」



 今のアイリスの実力でスライムウルフを二匹も狩ることがはたして出来るのか、それは俺にも分からない。


 だが、肝心の彼女の方はあまり自信が無いのだろう。

 俺の言葉に反論する言葉を飲み込み俯いてしまった。



「お前が俺とパーティを組みたくないのなら別に良いんだけどな。ここで諦めてしまっても」


「と、とは言っても、優しいタクマさんのことですから、弱いわたしを放っておけずにチームを組んでくれるということは……」


「無いな」



 結局のところ、俺は二度と同じ過ちは繰り返したくないんだ。


 オークやゴブリンと言った元部下共は、出会ったばかりの頃は忠誠心も高く多少は腕の立つ連中だったよ。

 だからこそ俺もアイツらを鍛え直して、最強の軍団をもってして勇者を迎え撃つなどしてそれなりに楽しい生活を送れていたんだ。


 だが、ソレに比べて今の連中はどうだろう。

 『魔王』という名の悪の根源とも言える最強の化け物の名を振りかざして、大した強さも無いくせに暴れ回っている傍若無人な振舞い。


 更には主人である俺に対しても忠誠心の欠片も存在しない状態だ。

 そんな状態の魔王城には当然俺の求める生活は無かったと言えるだろう。



「俺は俺について来ようとする奴だけをパーティに入れてやるつもりだ。泣き言を口にする暇があったなら、さっさと言われたことをやったらどうなんだ?」


「そう言われても、今の時間帯ではスライムウルフは姿を消してしまっていて見つけられないのです! 夜になると強い魔物が徘徊しますから、スライムウルフみたいな弱小モンスターは隠れてしまいますし見つけるのは困難なんですよ」


「んなもん、問題ないよ」



 俺はそれだけ口にして、手のひらを少し離れた林に向けてかざす。


 そして、ある種の催眠術に似た洗脳魔法を使用すると、かざした手が紫色に発光し、ソレに反応するかのようにスライムウルフが二匹林から姿を現した。


 夜になると夜行性の強いモンスターが出現するのは勿論知っていることだ。

 だからこそ、俺はこの平原に来た時からスライムウルフの魔力を探知して割と近くで待機しているように洗脳しておいたんだよ。


 更には、この近辺に俺達の邪魔をするようなモンスターが出ないように結界もすでに張り終えているという状態。

 まさに、準備万端だと言えるだろう。



「ほれ、これで思う存分やれるだろうが。さっさとやれ」


「どうやったのかは知りませんが、タクマさんは絶対悪魔です!」



 俺の割と手の込んだ親切に対して叫び声にも似た文句を口にして、アイリスは昼間購入した剣を片手にスライムウルフに立ち向かって行った。


 半ばやけくそ気味な彼女の攻撃は、大ぶりな薙ぎ払いだとか無駄にモーションの派手なものばかりで、やはりというか単調すぎていた。

 中には『邪蛇切り』だとか『波動青龍斬』とかって、カッコいいようでそうでもない名前の付いた普通な攻撃したりもしている。


 だが、そんな彼女の攻撃は弱小モンスターであるはずのスライムウルフにさえ全て避けられている始末だ。

 もう剣に対しての素質が無い以前に、戦いに向いていないと断言出来るレベルだろう。



「良くあんなので巨大な蝶を一匹狩ることが出来たな。やっぱりアレは聖剣の力だったのか?」



 聖剣というのは、人間界のごく限られた地域でしか手に入らない貴重な鉱石を聖なる金槌と数百人の僧侶の放つ炎で鍛え上げたと聞いたことがある。


 真相は魔王の俺には分からないが、とにかく貴重で世界に同じものは二つとない代物なのは確かだ。


 勇者となり得る存在が手にすれば、特殊な力を授けてくれて魔のものを打ち滅ぼす本物の勇者になれるのだという。


 武器によっては様々で、速さを強化してくれるものから力を数百倍にはね上げてくれるもの。

 中には、透明になれる男にはたまらない能力を秘めたものもあった気がするが、少なくとも俺には効果の無い代物だというのは確かだ。


 勇者から戦利品として奪い取ってから色々と試した覚えはあるが、一度も効果が表れたこと無かったし。



「——た、たしゅけてっ、タクマしゃんっ!?」



 聖剣に関して頭を使っているうちに、アイリスは前と同じく奴らに敗北を期していた。

 今回は足から食われているらしく、下半身が捕食されているなか剣を地面に突き立てて必死に飲み込まれまいと抵抗している。


 自分の危機を涙を滝のように流しながら俺の名を叫びまくるという方法で伝えるアイリスに、人類の希望である勇者の面影は皆無とだけ言わせてもらおう。



「はぁ。お前はどうやったら最弱モンスター負けられるんだよ」



 ある意味素質と言うべきか。

 見事なまでの負け姿に俺は頭を押さえつつ、彼女に近寄るとその手を掴んで強引に引っ張り上げる。


 まるで、ワインのコルクを抜いたかのような軽い音と共に奴の口から逃れられたアイリスは、恐怖を涙の量で表しながら抱き着いてきて



「うぅ、あ、ありがどうございまず……グス」


「泣くのは分かるが俺に抱き着くな、汚ねぇだろ。っていうか、何でお前は事あるごとにアイツに負けてるんだよ。武器だって真剣なんだ、当たれば余裕だろ」


「あ、当てられないんですよ。あの魔物、弱小にしては早すぎて……」


「お前が弱すぎるだけだ」



 そんな言葉を吐きつつ、俺はある判断を下した。

 コイツはあまりにも弱すぎる、人間の中では最弱と言っても良いだろう。


 最弱モンスターに真剣を携えて立ち向かっても敗北する有様だ。

 おそらく、あと何回奴と戦わせてもアイリスが勝てる確率は限りなく低い。

 つまり、時間の無駄なのだ。



「アイリス、悪いがお前を見定めるのはこれで終わりだ。結果は、伝えなくても分かるだろ?」


「——ッ!?」



 静かに口にしてみれば、俺の腰のあたりに抱き着いて涙を流していたアイリスの肩が跳ねて、同時に驚愕と悲しみに染まった彼女の顔が向けられる。


 先程まで流れ出ていた涙も衝撃のせいなのか止まってはいるが、瞳には流れ出ていないだけで大量の涙が溜まっているのが見えた。



「つまり、不合格……と言うことですか……?」


「お前の根性だけは多少は評価出来るとは思う。だがな、それだけじゃ俺の近くでやっていくには技量が無さすぎだ。最弱モンスター一匹まともに狩れない奴を仲間にするわけには……」



 ハッキリとアイリスを拒絶し、彼女との接点を完全に無くしてしまおうと俺が冷たい一言を口にしようとしたそんな時だった。



《魔王様、非常事態でございます》



 俺の頭を刺激するように、ちょっと焦り気味のアガレスの声が頭の中に響き渡った。

 いつもなら話しても良いかの確認を行ってから要件を口にするアガレスが、今回に限ってはいつもの冷静さが欠けていてるから余程の事態というのが容易に理解できる。


 何が彼をそこまで焦らせているのかは分からない。


 だが、次に彼が念話で伝えていた言葉を耳にして、俺は今日一日アイリスに構いっぱなしであった自分を殴り飛ばしたい衝動に駆られた。



《王都キングスタスが、新魔王ドーザの侵攻を受けているようなのです》

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