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アイリスの剣

 虫を生きたまま捕獲し運搬するのは比較的簡単だと俺は思う。


 虫嫌いな子でも虫網を使えば楽に捕獲できるし、捕まえた虫は一度籠の中に入れてしまえば蓋を開けない限り逃げることは出来ないんだ。


 普通の虫ならば閉じ込めてしまえば安全にかつ絶対に逃さず運搬可能だろう。


 だが、普通ではない虫ならばどうだろう。

 例えば、全長十メートルはありそうな巨大な蝶。

 虫籠に入りきることなんてまず間違いなく不可能なソレを運搬するには、おそらくそれ相応の道具が必要になる.


 もしもそれが無ければ



「自分達で担ぎ運ぶしか無いってか?」


「多分それしか無いですね」



 俺達は目の前で苦しそうに羽を激しく羽ばたかせて抵抗の意思を見せる巨大な蝶を見据える。

 奴はアイリスが片付けてしまった個体とは別に、巨木の葉っぱの中に隠れていた蝶だ。


 仲間が倒されたことに気が付いていなかったのか、それとも木の蜜を吸うのに夢中になっていたのか。

 俺達の近づく音にも反応しない虫一匹を捕らえるのは簡単だった。


 と言っても、今回は俺が力を最低ラインまで加減した拳で叩き落としただけ。

 そして、暴れて逃げられないように身体中を《リストレイン・チェーン》で拘束した結果が、今現状だった。



「それにしても、やっぱり化け物を捕獲するのはタクマさんに任せた方が良さそうですね。わたしがやってしまえば手加減などまるで出来ない斬撃が奴らを殲滅してしまいます」


「ちょっと凄まじい動きが出来たからって調子に乗るな。誰のせいでまた一匹探さないといけない羽目になったと思ってるんだ?」



 俺の手渡した聖剣に頬ずりしながら自慢げに口にしたアイリスの脳天に手刀を落とす。

 彼女のこの態度は、蝶を倒してからずっと治らないままなんだ。


 余程巨大な蝶を一人で始末出来て嬉しいんだろうが、俺からすれば余計な手間を増やされて面倒でしかない。



「それについてはさっきから謝ってるじゃないですか。わたしだって好きで蝶を倒したんじゃないんですから」


「それなら早くソレを返せ。もう蝶は倒したんだ、お前には必要ないだろ」


「もう少しっ、もう少しだけ貸してくださいっ! せめて、この森を蝶を運んで出るまでですから!」



 アイリスにとっては強くなれる魔法の剣。


 余程気に入ったらしく、剣を両手でぎゅっと握りしめて上目遣いで頼み込んでくるそんな態度をとられてしまえば、俺としても強引な手段は使えなくなってしまう。


 これまで『勝ち無しのアイリス』と馬鹿にされ続けた彼女が初めてまともに戦い、尋常じゃない戦闘能力で巨大な蝶を圧倒したのだ。

 その感動が分からないわけでは無い。


 だが、所詮ソレは聖剣の加護による授かりもの。

 つまりは仮の力なんだ。


 彼女が自分で努力して手に入れた力では無いのだから放っておけば確実にアイリスは堕落の道を辿るだろう。

 何故なら、聖剣が無ければまた元通りなんだからな。



「はぁ、分かったからその上目遣いを止めろ」


「あ、ありがとうございます」


「礼は良いから、お前も早くコイツを運ぶの手伝えよ」



 いつまでもこんなところで立ち止まっている暇はない。

 時間は有限、放っておけば夜になりかねないからな。


 俺は大げさに頭を下げて礼を口にするアイリスに呆れ半分に告げると、未だに逃げようと暴れる蝶の胴体を肩に担ぐ。


 おそらく後ろでは俺と同じくアイリスも胴体を担いでいるんだろうが、そんなことがどうでもよくなるほどにこの蝶を担ぐという行為は気持ちが悪かった。


 だって自分の身長以上の巨大な昆虫を肩で支えるんだぞ。

 ただでさえ気持ちの悪い容姿をしているというのに、それを長時間触っていないといけないとなると、流石に嫌な気分にしかならないんだが。



「さぁ、行きましょうか」


「お前、巨大な昆虫を持ってるっていうのに全然平気そうだな。気持ち悪いとか思わないのか?」


「確かに思いますけど、この程度のことで気持ち悪いなんて言ってられません。わたしはスライムウルフに捕食されかけたんですよ? アレに比べたら平気です」


「そうかよ」



 虫を触るよりスライムウルフの栄養源にされる方がよっぽど気持ち悪い。

 まぁ、分からないでもないが、俺としては雑魚モンスターだし気にもならない。


 どちらかというと、この状況の方が俺からすれば地獄だろう。

 俺って日本に住んでた頃は虫が触れないタイプの男だったような気がするからな。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「結局、報酬は金貨十枚のまま。まぁ、これだけあれば剣の一本くらいは買えるだろうな」


「……はい、そうですね」



 生きた蝶を依頼人の元へ運搬し終えた俺達は、無事に報酬である金貨十枚を受け取って依頼達成を果たした。


 最初は蝶如きで金貨を大量にもらえる美味しい仕事だと思っていたが、対象が巨大だったり、生息する地域が深い森の中だったり。

 さらには、運搬する方法が単純に担ぐということしか出来ないこともあって、俺としてはかなり疲れる仕事だったと言っておこう。



「おい。お前のためにこの仕事は俺も手伝ってやったんだぞ? 依頼達成したんだ、もっと喜んだらどうなんだ」


「……これでも喜んでますよ」



 そう返してくるアイリスには勿論笑みは無い。


 虚空を見つめてただ呼吸を繰り返す人形のようになってしまったのは、おそらく俺が彼女から聖剣を奪い片付けたことにあるだろう。


 そもそもが森を出るまでという約束だったんだ。

 期限が切れればいくら上目遣いをされようが、泣いて頼まれようが貸し続ける義理は無い。



「これから剣を買いに行くんだ。別にあれじゃなくてもいいだろ」


「それはそうですが……あの剣は不思議と手に馴染んだのです。あの感覚は、忘れようとしても忘れられませんよ」


「心配するな、剣は全て同じようなものだ。分かったらさっさと行くぞ」



 心ここにあらずといった風のアイリスの手を引いて、俺は昨日訪れたバザールに足を運ぶ。


 防具や装飾と言ったものまで揃っている場所だ。

 武器屋もそれなりにはあるだろう。


 そう思って訪れたバザールだが、昨日に引き続き大盛況と言ったところか。

 道を行き交う人の波は凄まじく、少しでも気を抜けばはぐれてしまいそうな気がする。



「クソ、面倒だな」


「た、たた、タクマさんっ!?」


「何だよ?」



 動揺したかのようなアイリスの声に振り向いてみれば、それはもう完熟トマトのように真っ赤に顔を染めた彼女そ顔が目に映る。


 恥ずかしさと何か別の感情が混ざったような表情のアイリスは、ただ一点。

 俺が握りしめている自らの手を見据えていた。



「何だよ、手を繋ぐのがそんなに恥ずかしいか?」


「は、恥ずかしいって、突然人の手を握ったあなたが何を言ってるんですか! 若い男女が手を繋いで歩くなんて、まるでこ、ここ……」


「お前が俺のことをどう思っているのかは知らないが、少なくとも俺はお前を女として意識していないから問題ない。それとも何か? お前は俺に森で去れたように頭を掴まれて移動したいのか?」



 冗談めいた言葉を告げてみれば、それまで真っ赤だった彼女の顔が別の意味で赤みを増す。


 女性として意識されていないと言うところに怒りを覚えたのか、それとも森での砲弾の如く投げられた時のことがフラッシュバックしたのか。


 どちらにしても、ついさっきまでよりは落ち着きを取り戻したアイリスの手を強引に引いて、俺は人混みをかき分け目当ての武器屋まで移動した。


 俺達の他にも冒険者がいるらしく、少しの繁盛を見せるその武器屋。

 展示する形で売られている武器は、近距離系の剣や槍、遠距離系の弓矢等まで様々だ。


「ほら、さっさと選んで買えよ。そしたら、昨日の続きだ」


「分かっています!」



 明らかに先程の言葉に怒りを覚えているのか、顔を俺から背けて返答するアイリス。

 しかし、いくら怒り心頭でも剣選びには慎重そうで、樽の中に無造作に入れられた剣を取っては見定めの繰り返しだ。



「ふふん、では我が生涯の相棒としてあなたを選ばせていただきましょう」



 そう言ってアイリスが目を付けた剣は、まぁなんというか流石は勇者の末裔だなと思えるチョイスだった。


 森で貸した聖剣とは違い、金色を基調とした派手な見た目で柄元には赤い宝石のようなものが埋め込まれている。

 武器としてよりは観賞用目的に使うというほうがシックリくるだろう。



「お前、本気でソレにするつもりか?」


「わたしがコレでいいと言っているのですから問題ありません」


「値段を見てもそう言いきれるのかよ」



 俺は値札の場所を指さし告げてみる。


 アイリスの手に取った明らかに観賞用として使う派手な剣の値段は、なんと金貨五十枚。


 とてもじゃないが、今のアイリスの所持金では手を出せない金額。

 その現実にアイリスは言葉を失い項垂れて、結局は近くにあった質素なタイプの両刃剣を一本購入したのだった。

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