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クエスト、『巨大蝶』を捕獲せよ2

 俺の腕の中から投手されたアイリスは、ものの見事に巨大蝶の身体に突き刺さる。


 と言っても本当に身体を突き抜けたわけじゃ無い。

 俺も蝶を殺さない程度に投げたつもりだからな。

 

 あくまでもアイリスを投手したのはあの巨大な蝶を巨木から引きずり落すため。

 流石に巨木にとまる蝶をどうにかすることはアイリスには不可能だし、地面に下してしまえば彼女でもどうにか出来るのではないかという考えの下だ。


 その結果は大成功と言ったところか。


 アイリスという名の弾丸をまともに受けた蝶は、巨木に掴まる力を失って、そのまま地面に落ちて轟音と共に土煙を辺りに舞わした。



「おい、アイリス無事か?」


「ぶ、無事なわけないでしょ!? 人のことを砲弾みたいに投げておいて、よくもまぁそんなこと言えますね!」



 投げられたアイリスという名の弾丸に対して安否を問いかけてみれば、土煙の中から彼女が俺に対して文句を口にしつつ出てきた。


 強化魔法のおかげで身体に関しては問題なさそうだが、突然投手されたことに対しての不満は最高潮に達しているらしい。

 整った顔立ちに青筋を浮かばせ、その快晴の空のように綺麗な青色の瞳にはハッキリと怒りの感情が浮かんでいる。



「別に良いじゃないか。お前の受けた依頼だ、お前が奴を捕獲しないでどうするんだよ?」


「だからって、わたしのことを投げるなんてどうかしていますよ! わたしは人間で、砲弾では無いのです!」



 真横まで移動してきて耳元でギャアギャアと喚くアイリスに、俺は耳を塞いで出来るだけ声を聞きとらないようにして対処。


 一々コイツの文句を聞いてやる必要は無い。

 とにかく今は蝶を地面に落とせたことの方が重要だ。


 俺は未だに喚くアイリスの頭を再び鷲掴みにすると、強引に視線を蝶に向けさせる。



「文句を言うのは後にしろ。今は、あの蝶をどうやって街まで連れて帰るかだけを考えるんだな」



 食事の時間を邪魔された挙句に地面に叩きつけられた蝶はというと、俺のような魔族でも分かる程度にはご機嫌斜めになっていた。


 羽を激しく羽ばたかせ、鱗粉をまき散らしながら向かって来るその様は怪獣映画を連想させる。

 蝶というのは基本的に花や木の蜜を吸い栄養源にするものだが、奴のストロー状の口は先が尖っていて立派な凶器にもなりうるものだった。


 あれに突き刺され吸血鬼の如く血を吸われたら、アイリスのような人間ならひとたまりも無いだろう。


 まぁ、俺の場合は刺される前にへし折ってやるけどな。



「ど、どうするんですか!? 完全にご機嫌斜めじゃないですか!」


「食事の邪魔されたんだ。当たり前だろ」


「邪魔した本人が他人事のように言ってどうするんですか!?」


「実際他人事だし。アイツを捕獲するのはお前の役目だし」



 そんなことを口にしつつ、俺はアイリスの頭を強引に下に向けて押しつつ自らも屈んで蝶のタックルを避ける。


 ただ一匹の蝶が頭上を通り過ぎただけだというのに、砂埃は舞い暴風が巻き起こる。

 はた迷惑な蝶だ。



「こうしている間にも奴は俺達を殺しにやってくるぞ? さっさと奴を捕獲する方法を考えてみろ」


「わたしは突っ込むつもりなんて無かったのに。タクマさんが勝手にしたことなのに……」



 愚痴をこぼしながらも懸命に頭を悩ませるアイリス。


 彼女の作戦が決まるまで、俺はひたすら蝶の攻撃をアイリス担いで避けまくる。

 面倒な相手だから俺が殺してやっても良いんだが、アイツはアイリスの獲物。

 横取りはいけないのだ。



「おい、さっさと決めてくれないか? 敵さんは仲間のピンチに数を増やしつつあるんだが」


「——えっ!?」



 一緒に蜜を吸っていた仲間が突然敵襲を受けたのだ。


 近くにいた蝶も反応して俺達に牙をむくことはありえないことでは無いんだ。

 虫の癖に仲間意識の強い奴で感心するが、だからと言って攻撃を受けるつもりは毛頭ない。



「どうするよ。お前がどうしてもというのならまた投げてやっても良いんだぞ?」


「それだけは絶対に嫌です! でも、わたし一人の力じゃどうやっても勝ち目なんて無いですし……」



 自分が弱者だということを理解しているが故に、アイリスは蝶に立ち向かうことに躊躇いを見せている。


 スライムウルフにすら勝てない彼女だ。

 巨大な蝶を生きたまま捕まえることなど不可能に近いだろう。

 だが、自分がいくら弱いからと言っても戦わないまま終わらせるのは俺が許さない。



「——ったく、面倒だな」



 小さく文句を口にしながら俺は手のひらを何もない空間にかざし四次元空間、要はアイテムボックスを開いた。


 魔王という存在として数千年もの間魔族の王に君臨していた俺のところには、当然ながら勇者がたびたび攻めてきていたのだ。


 毎度のように懐を温めてやって来る勇者どもを倒せば、戦利品として奴らの防具や金が手に入るのは当然だろう。


 金に関しては人間界に行くことは無いだろうと部下たちに分け与えたりだとか、人間界に降りて共存の道を歩みたいと口にした仲間の資金にしたのだが、武具に関しては全てこのアイテムボックスにしまっていたんだ。


 まぁ、俺って基本は素手だから使うことは無いと思っていたんだけどな。

 意外なところで使い道が見つかったものだ。



「この戦いでだけ使わせてやる。これ持ってさっさとアイツら捕獲してこい」



 そう口にして俺がアイテムボックスから取り出したのは一本の剣。

 全体的に銀色を基調としたシンプルなデザインのソレではあるが、これでもれっきとした聖剣だそうだ。


 名前は思い出せそうにないが、割と強かった時期の勇者が持ってた物のような気がする。



「——良いんですか?」


「最弱モンスター一匹狩れない奴が素手で捕獲できるレベルの相手じゃないからな。それに、お前が剣を持つとどれほどの強さになるのか知りたいし」


「な、なるほど! つまり、これも仲間にする条件の一環だと言うことですね?」


「何もそこまでは言って無いだろ」



 剣を手にして希望が見えたとばかりに笑みを浮かべるアイリス。

 スライムウルフすら倒せないアイツが剣を持ったところで太刀打ち出来る相手かどうかは知らないが、あまり期待は出来ないとだけ告げておこう。


 そんな俺の心情など全く知らないまま、アイリスは手渡された聖剣を片手に巨大な蝶に相対するように立つ。

 そして、剣先を蝶に向けると



「我が名はアイリス。勇者ブレイブの末裔にして、聖剣ホープリオンに選ばれしもの! 貴様のような下等な虫如き、この剣の錆にしてくれよう!」


「面倒な言葉は良いからさっさとやれ」



 決め台詞を口にしたアイリスは自分に酔ったように頬を赤く染めるが、向かってきている蝶の群れを視界に入れて目つきを鋭いものに変える。


 スライムウルフを相手にした時とはまるで違うアイリスの目つきに淡い期待を覚えてしまうが、彼女の弱さを知る手前上手くいくとも思えない。


 おそらくは上手くいかない。

 そう思っていた俺だが、次にアイリスがとった行動に目を見開いて驚く羽目になる。



「——ッ!?」



 アイリスの手の中に納まっている聖剣が淡い金色の輝きを放ったかと思うと、次の瞬間彼女の身体は蝶の真後ろへと移動していたのだった。


 無論、魔王として長い間生きてきた俺にはアイリスの動きが全て見えていたよ。


 彼女はスライムウルフを相手にした時とはまるで違う速さで奴らの前まで移動し、通り過ぎる間に全ての個体に斬撃を浴びせたのだ。

 それも、一太刀でなく数十回もだ。


 おそらくは蝶達は全員自分に何が起きたのか分からないまま激痛を味わうこととなったのだろう。

 それまで宙を舞っていた蝶達は地面へと落下。


 少しの間動いてはいたが、身体に刻まれた無数の傷跡からの出血が止まることが無く結果的に力尽きた。



「アイツ、弱小冒険者じゃなかったのか?」



 倒れ力尽いた蝶達を見据えて、何故かオドオドとしているアイリス。

 まるで、信じられないものでも見ているかのような態度に俺は疑問を覚えて、すぐさま彼女の元へと走り寄った。



「た、タクマさん。コレはいったい……?」


「いったいって、お前がやったんじゃないか。まさか覚えてないのか?」


「い、いえ、そういうわけではないのですが。自分がやったことなのだと実感がわかなくて。タクマさんがわたしに気を利かせて倒してくれたのかと思ったのですが」


「そんなわけないだろうが」



 コイツらを始末するつもりなら最初から俺が相手をしているし、気を利かせてアイリスに強化魔法をかけてやることもしていないのだ。


 投げた時の強化魔法はとっくに効力切れてるし、やっぱり原因は聖剣にあるのだろう。

 だってアイリスは聖剣を握った結果強くなったし、聖剣も彼女が戦闘態勢に入った瞬間光ったしな。



「まぁ、とにかく今はお前の強さは考えないことにするとして、問題はコイツらだな」


「殺してしまいましたから、依頼失敗ですかね……?」



 戦いには勝ったが依頼は半分失敗。

 その事実にアイリスは先程までの自分の強さ向上のことなど忘れたようにため息を吐くのだった。

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