クエスト、『巨大蝶』を捕獲せよ
アイリスの選んだ依頼は、簡単に説明すると森深くに生息する蝶を捕獲し連れ帰って欲しいと言うことだった。
何でもヴォルトゥマ南西に位置するセンテという名の森の中で蝶が原因不明の巨大化を繰り返しているため、その原因を探るためのサンプルが必要なのだという。
実験材料が欲しいという単純な依頼だ。
それくらいなら調査班を送るなりで済ませられそうなものなんだが、センテの森には魔物も生息するため冒険者に依頼したらしい。
そうなると、問題なのはアイリスの戦闘能力なのだが、俺もコイツの剣購入のための資金集めに協力すると言った手前魔物との戦闘だけは請け負うことにしたのだ。
まぁ、その分アイリスには蝶を探す方と捕獲に集中してもらうつもりなんだが。
「はぁ、はぁ、も、もう少しゆっくり歩いていただけませんか? さっきから足場の悪い場所を歩き続けているせいで、足全体が凄く痛いのです」
「そんなもの俺も同じだ。文句を言わずに我慢しろ、置いてくぞ」
俺の数十歩ほど後ろですでにへばっているアイリスに無情にもそう告げる。
俺だってさっさと強化された嗅覚や張力を行使して、さっさと依頼を終わらせたいのを我慢してアイリスに合せているのだ。
文句を言われようが止まるつもりは無い。
「それにしても凄まじく視界の悪い森だな。本当にこんな森の中で依頼の蝶は見つかるのか?」
「確かに見渡す限り木々ばかり。しかし、依頼者の方が言うにはこの森の奥に広場があるそうなのです。そこに行けば蝶は簡単に見つかるはず」
「巨大化した蝶だろ? どれほど巨大なのかは知らないが、ソイツを捕獲するだけで金貨十枚とかちょっとおかしくないか?」
アイリスと俺がこの依頼を請け負った理由。
それは、蝶を一匹捕まえるだけで剣を一本簡単に購入することが出来る報酬が手に入るからだ。
金貨十枚と言えば、日本円でいうところの十万円に匹敵する大金。
しかも、場合によってはその報酬が更に上乗せされることもあるのだというのだから、本当に美味しい仕事なのだ。
だからこそ生まれる疑問。
たかが蝶を一匹捕まえるだけで大金が入るのであれば何故他の冒険者はこの仕事を受けようとしなかったのだろう。
このセンテの森には魔物も生息しているが、そこまでの強さでは無いのだという情報を仕入れている。
駆け出し冒険者でもなんとか相手できるほどの魔物しかいないのだから、それこそ冒険者が殺到するはず。
なんとも腑に落ちない気分だよ。
「理由は分かりませんが、たかが虫を捕獲するだけなのですから、危険ではないですしわたしでも出来ます。安心して任せてください」
「捕獲するのがお前だからこそ少し不安を覚えているんだが?」
最弱モンスターですら倒す事の出来ない冒険者。
そんな彼女でも蝶一匹くらいなら簡単に捕獲可能だとは思うが、それは対象が『普通』の蝶だった場合だ。
依頼書にもあったが、今回捕獲する蝶は巨大化しているのだ。
どれほどの大きさなのかは知らないが、俺の直感が告げてるよ。
絶対に危険だと。
「何を言いますか!? わたしはこれまでも何度か採集クエストだとか捕獲クエストは受けたことがあるのです。言ってしまえば、その手の仕事に関してはわたしの方がタクマさんより経験豊富なんですよ?」
「だからと言って、その虫籠は無いんじゃないのか?」
俺はアイリスの肩から掛けられている虫籠を指さす。
手のひらに収まるほどの小さなサイズのソレは、これまでも使う機会があったんだろう。
蓋の部分は欠けが目立つし、籠自体も汚れやヒビが目立っている。
蝶を捕まえたとしても、簡単に壊れてしまいそうなものだった。
「心配ご無用。この虫籠にはわたし特性の魔法の結界を施してあります。この中に入れてしまえば、そう易々と脱出は不可能でしょう」
「そんなものを施しているようには見えないが?」
「ふふ、タクマさんが気づかないのは当然。結界は目に見えないのが普通なのです!」
「そりゃ知ってるけど」
魔力感知を使って虫籠を調べてみるが、結界を施された形跡は無いし、魔力を使った感じも無い。
つまり、ただの虫籠なのだ。
それに対して自信満々に結界を施したと言われても、俺からすれば本当にやっているのか疑わしいことこの上ない。
「まぁいい。お前が今回は蝶を捕まえるんだ。俺はお前のやり方に口出ししないよ」
「ふっ、このわたしに任せるのです!」
片手で顔を半分覆い変なポーズをとって答えるアイリス。
先程まで疲れただとかぬかしていたくせに、決める時だけは元気になるとかどういうことなんだろうな。
やっぱり、勇者って言うのは目立ちたがりなんじゃないだろうか。
そんなことを考えながら森の中を突き進み、時には遭遇する魔物をアイリスに気付かれないように排除しながらたどり着いた場所。
少し開けた場所になる広場の中心にはこれまでにない巨大な木が生えていて、その蜜を吸うように虫が沢山幹にとまっていた。
そして、その中におそらくは目標対象のデカブツは存在した。
「なぁ、アイリス」
「はい」
「捕獲対象って、まさかとは思うがアレか?」
「まさかも何も、アレでしょう」
俺達の視界に入っているデカブツ。
普通の蝶と比べても明らかに巨大なソレは、他のものよりも際立って大きく目立つ。
何がどうなって巨大化したのかは知らないが、俺達の目の前には全長二十メートルくらいあるんじゃないかとさえ思える化け物がいたのだった。
しかも、一匹やそこらじゃない。
巨大な木を隠すように四方八方にその姿が確認できる巨大な蝶は、パッと見ただけでも五匹くらいはいる。
これら全てを出来るだけ無傷で捕まえろとかとなると、流石にキツイものがあるんだけど。
殺して死骸を連れて帰って来てくれということなら簡単なんだが、そうすると報酬が減るだろうから極力避けたい選択だな。
まぁ、とにかく
「アイリス。どうやら、お前のその籠は使い物にならないらしいな」
「その、ようですね……」
もはや夏休みに同年代の男の子と一緒になって虫集めをする女の子みたいな雰囲気だったアイリスだが、自分の用意した虫籠に入らない大きさの蝶を目の当たりにして静かに籠を肩から降ろした。
もう使うことは無い。
そう判断したが故の行動なのだろうが、まさか完全に捕獲は不可能と諦めたんじゃないだろうな?
「タクマさん。お願いがあるのですが」
「自分の代わりに蝶を捕まえてくれっていうのは無理だぞ」
「そ、そんなこと言わないでお願いしますよ! だって見てください、あんな巨大な蝶なんですよ!? どうやって捕まえろって言うんですか!?」
「そりゃアイツの身体によじ登って羽をもいで動けなくなったところを捕まえるとか。そうじゃ無ければ、顔面殴って失神させた状態で持ち帰るとかか?」
「そんなことわたしに出来るはず無いじゃないですか! 無茶ぶりにも程がありますよ!」
まだやってもいないのに早々に諦めているアイリス。
何事もやって見ないと分からないものが多いというのに、諦めが早すぎて面倒になってくる。
おそらくこれ以上ここで口論を開始しても彼女自身がもう不可能と決めつけているのだから、俺が何を言おうとも変わらないだろう。
自分の中でそのような結論を出して俺は頷くと、その行動に疑問を浮かべ首を傾げているアイリスの頭を片手で鷲掴みにする。
「あ、あの、タクマさん。これは一体、どういう意味があるのでしょう?」
「お前は何を言っても無駄そうだからな。だから、否が応でも行ってもらおうかと思って」
「ま、まさかとは思いますが、わたしを投げるおつもりじゃ?」
「そのまさかだ」
隠すことなく告げてみれば、そうはさせまいと腕の中で暴れるアイリス。
いくら抜け出そうとしても力では及ばない彼女の無意味な抵抗は、見ていて滑稽な姿ではあるが可哀想だとは全く思わない。
この依頼はアイリスが選んだことなのだ。
ならば、完遂するべきなのもまたアイリス。
「そう暴れるなって。良かったじゃないか、お前の好きな危険が付きまとう依頼に早変わりだぞ?」
「ごめんなさいっ、あれはただの茶目っ気なのです。他意は無いのでお願いですから投げないで!」
「残念ながら、それは聴いてあげられないな」
笑みを浮かべて彼女の必死の願いを切り捨てる。
そして、未だに暴れるアイリスが投げた拍子に死んでしまわないよう強化魔法をかけると、未だに巨大な木にとまり蜜を吸いあげる蝶という名の化け物目がけて投手した。




