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絡まれた魔王

 翌日の朝、俺はアイリスを連れてギルドへと足を運んでいた。

 理由は単純、仕事をするためである。



「あ、あの、本当にやるのですか?」


「当たり前だろ。今のお前は武器無しの使い物にならない自称勇者だ、囮くらいにはなるだろうがそれじゃあ苦労するのは俺だけだし許しません」


「いや、囮という面でもわたしのほうが危険かつ苦労するのですが!?」



 昨日アイリスのスライムウルフ討伐戦を見て分かったことは、コイツの実力は武器が無ければ判断できないということだ。


 一応この自称勇者がスライムウルフすら倒せないポンコツ少女というのは理解できた。

 スライム体質の魔物に対して物理攻撃をかますような無知さと、体内という有利な状況下でも身体を突き破るほどの力すらない非力さ。


 それを目の当たりにすれば嫌でもそう判断せざるを得なくなる。


 しかし、あの時は手にしていたのは木の棒。

 もしも使っていた武器が真剣だったならば結果は変わっていたかもしれない。


 だからこそ、アイリスを仲間に迎え入れる条件を先延ばしにして、まずは剣を購入するための資金集めをすることにしたのだった。



「でもでも、剣ならタクマさんが買ってくれれば良いじゃないですか」


「お前が使う剣をどうして俺が購入しないといけないんだ」


「それは、わたしたち仲間ですし。困った時はお互い様なのですから、助け合いの精神で——」


「お前は俺にとっての厄介以外の何物でもない。そう思われたくなかったら、自分の剣くらい自分で買え」



 一切手伝う気は無い。


 その感情を言葉に籠めつつ、視線をアイリスから逸らしてみれば、彼女は頬を膨らませて俺の隣で『ケチ』だの『鬼』だのとネチネチと文句を口にし始めた。


 公衆の面前で喚き散らさないのは素直に褒めてやるが、当たり前のことだし口にはしない。


 そんなアイリスを無視しつつギルド内へと足を踏み入れると、店内で昼間から酒に酔っているオジサン方やクエストボードの前で思考を巡らせている冒険者の姿。


 今日はあまり冒険者が押し寄せる日ではないらしく、ギルド内は前に来た時よりも静かな印象だ。



「さてと、お前は早くクエストボードに行ってこい。そしてお前にも出来そうな依頼を選んで持ってくるんだ」


「ふむ、つまりわたしが活躍できそうな凄まじい依頼を受けてこいと言うのですね? 良いでしょう、ではとびっきり危険で強い魔物が出る討伐クエストを——きゃうっ!」


「そんなものを受注しようとするな! 受けるのはお前がメインで活躍できる依頼だけだ。それ以外は全て俺が却下するから受注できると思うなよ? 良いな」



 この俺を使って金を簡単に手に入れようとする馬鹿勇者の脳天に少し強めの手刀を落とし、悲鳴を上げるアイリスを強引にクエストボードに向けて走らせた。


 去り際にまた俺に対しての暴言を吐きながら走るアイリスに、小さな苛立ちを覚えたのは言うまでもない。



「——ったく、アイツは自分が見定められる側の人間だって言うことを理解してるのか?」



 小さくつぶやきながら、苛立ちを爆発させないように我慢する。

 前の一件で俺は随分と目立ってしまったのだ。


 これ以上目立つ行為をして、もしも何かの拍子で俺が魔王だということがバレてしまえば元も子もない。

 アイリスがクエストボードから選んだ依頼書を持って来たならば、軽く確認した程度でさっさとギルドを出よう。


 そう思っていた俺だが、突然感じた気配に視線をそちらに向けて盛大にため息を吐いてしまう。



「おいおい、人を視界に入れてため息を吐くなんて失礼だとは思わないのかい?」



 気色の悪い笑みを浮かべながら近づいてきたのは、先の一件の元にもなった人物アウテマだ。

 肩の辺りまで届くか届かないくらいの白髪を揺らしながらその金色の瞳で俺を見る様は、多少の色気をも感じる。


 奴の顔が整っているからというのもあるのだろうが、とにかく殴りたい衝動に駆られるのは男性の性だろう。



「俺にとってお前はアイリス同様に面倒事の種だからな。そんな相手に愛想笑い浮かべられるほど、俺は紳士じゃないのさ」


「なるほどね、僕が厄介な存在か。君のような強者にそのように思ってもらえるとは、僕もなかなかということかな?」


「今のは皮肉なんだけどな」



 確かに魔王の俺に面倒だし関わりたくもないと思わせられるのは凄い素質だと思う。

 だが、逆を言えばそんな存在は目障り以外の何物でもないのだ。


 俺の機嫌を損ねてしまえば消される。

 それを十分に理解させないと、こういう輩は俺から距離を離すどころか近づいてくることだろう。



「アンタさぁ、アウテマ様に対して無礼だとは思わないわけぇ? 前の時もそうだったけどさぁ、自分が強いからって調子に乗ってると痛い目見ることになるよぉ?」


「アズレの言う通りだ。貴様はアウテマ様に対しての礼儀がまるでなっちゃいない。分かっているのか、貴様のような貧弱な男など簡単に処理できるのだぞ?」


「アウテマ様は正真正銘勇者の末裔。その気になればお前なんて木端微塵」



 俺のアウテマに対しての接し方が余程お気に召さなかったのか、奴の取り巻き三人が各々忠告のようで脅しのような言葉を投げかけてくる。

 ギャル、筋肉マン、細身の剣士の三人がかりで俺を取り囲むその様は、いじめのようにみも見れなくはない状況だ。


 だけど、俺は魔王。

 この程度のことで簡単に恐怖するような安い人生は送っていない。


 俺は取り囲む三人を無視して視線を少し離れた場所で高みの見物決め込んでいるアウテマに向けると



「お前、勇者の末裔だったんだな。誰のだよ」


「誰、とは聞き捨てならないね。まるで、勇者が沢山いるとでも言いたい風に聞こえるよ」


「事実だろ。勇者と呼ばれる人類の希望は、長い年月の間魔王に戦いを挑んではそのたびに敗れてる。そして、また新しい勇者と呼ばれる存在が魔王城に向かってるんだ。ただ一言『勇者の末裔』と言われても、誰のことかサッパリだ」



 数千年という長い年月たびたび現れる勇者だ。


 毎回毎回同じ人間のはずは無く、本当に多種多様な勇者が魔王城を訪れては敗れ去っていった。

 俺からすればその負け犬に近い勇者の末裔だから何なんだと言いたいところだが、流石に人類の希望を簡単に侮辱なんてできない。


 だからこそ、暴言は抑えて誰の末裔なのかを聞いたのだ。

 まぁ、勇者がたびたび敗れていると口にした瞬間、アウテマの額に青筋が浮かび上がってしまったけど。



「ふふ、君は勇者のことをまるで分っていない様だね。確かに勇者と呼ばれる希望は魔王城に向かうたびに消息が絶えてしまうよ。時には帰ってきた勇者もいたようだが、全員精神崩壊を起こして廃人。君のように勇者のことを『負け犬』扱いする人が現れてもおかしくない程に負けてる。だけどね、そんな勇者だが人類の中では確かに『最強』なんだよ」



 それだけ口にすると、アウテマは俺の傍まで一瞬で近寄り顔面を片手で掴んだ。

 まるで前のやり返しとでも言いたげな行動。


 だけど、俺は全く動じない。

 だって見えてるからね、普通に。


 避けなかったのはコイツが勇者の末裔という手前、あまり大きな差を見せつけすぎるわけにもいかなかったからだ。

 他意は無い。



「君は勇者のことをなめている。そして、その末裔である僕のこともね」


「アウテマ様ぁ、そんなバカさっさとやってしまってくださいよぉ」


「あぁ。アウテマ様のような方を侮辱する輩、生きている価値無しだ」


「右に同じ」



 アウテマが一瞬にして俺の顔面を掴んだことが余程奴の有利な状況に見えたんだろう。

 そのまま俺なんて殺してしまえとばかりに取り巻き達が捲し立て始めた。


 相手の顔面を掴むこと=自分の有利と勘違いするのは勝手だが、俺としてはもう厄介事に関わるのは御免なので顔を掴んでるアウテマの腕を掴み軽く捻ねる。


 俺としてはドアノブを軽く捻る程度の力だったんだが、アウテマからすればそれは激痛以外の何物でもなかったようで



「——っ!?」



 声にならない悲鳴を上げて俺から距離を取った。


 顔に浮かぶのは困惑と恐怖。

 奴の脳内では俺が勇者の末裔である奴の存在に恐れおののき今の状況とは逆の立場になっているはずだったんだろう。


 だが、残念ながら俺は魔王。

 そう簡単に人に対して屈服するようなら、勇者ブレイブがやって来た時点で降伏してる。



「君は、君は一体何なんだ!?」


「さぁな。ただ一つ、俺はお前より強いとだけ告げとくさ」



 アウテマの問いにそれだけ返すと、俺はこれ以上関わるのが嫌だったから他の取り巻きの間をすり抜けてアイリスのいるクエストボードへと向かった。


 先の一件と言い、今回と言い二度も敗戦を期したアウテマはおろか、それを一番近くで見てきた取り巻き達も目の前から去っていく俺を引き留めるようなことはせず黙って見送る姿勢。


 いや、今回の場合は確実に動けないでいたというほうが正しいのかもしれない。

 まぁ、どちらにしても騒ぎを大きくしたくない俺からすれば好都合だったよ。



「くそ。本当に、何で俺の所にはあんな面倒な人間ばかりが集まるんだろうな? 俺が魔王だからか?」



 自分には女難の相とかではなく、人間難の相でもあるんだろうか。

 そんなことを本気で考えつつ、俺がアイリスの元までやって来ると彼女はどうやら受ける依頼を決めてたのだろう。


 一枚の依頼書を手に、不服そうな表情を浮かべていた。



「依頼見つかったのか?」


「タクマさん。見つかったのには見つかったのですが、やはりなんというか乗り気にはなれなくて」



 どういう意味だろうかと彼女の手にある依頼書に視線を向けてみれば、内容は討伐では無く捕獲クエスト。



「何で乗り気じゃないんだよ。お前のような戦えない冒険者にはうってつけの依頼だろうが」


「でも、わたしはたとえ勝てないと分かっていたとしても討伐クエストが受けたいのです!」


「受けたきゃ受ければ良いじゃないか。俺は手伝わない」


「ぬぬぬ……っ!」



 たった一人では何も出来ない。


 それを他でもない自分が理解しているからこそ、アイリスは魔物討伐を受けたい衝動を必死に抑えて渋々ながら採集クエストを受けるのだった。

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