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真夜中の密談

「おかえりなさいませ、タクマ様。……おや、あなたは昼間の」



 その後、宿に泊まる金すら無いという貧乏自称勇者の末裔を連れて、俺は自宅へと帰ってきた。


 迎えてくれたのは当然アガレス。


 昼間勝手に勘違いして消えてしまったが役目自体は完璧にこなしていた様子で、家の中には今朝には無かったチェストや銀食器等が置かれていてやっと新生活が始まったと感覚を覚えられた。


 おそらくは二階に上がれば新しいベッドも用意されているはずだ。

 これで昨日のように体育座りで夜を越すという拷問じみたこともしなくて済むと思うと、気分も軽くなるよ。


 そんな赤の他人には理解できない悩みが解決したことに小さな喜びを感じつつ、何故か背中に隠れてるアイリスを前に出すと



「おら、俺の背中に隠れてないで出てこいよ。お前、人見知りじゃ無いだろうが」


「ひ、人見知り云々は関係ないのです。ただ、この家はヴォルトゥマでは有名な幽霊屋敷だったではありませんか。なのに平然としてるなんて、わたしには無理なのです!」


「屋敷って言うほど大きくないし、挨拶しないのは礼儀に反するだろうが。まさか、お前勇者の末裔を自称してるくせに幽霊怖いのか?」



 わずかに震えている身体と先程からキョロキョロと辺りを窺うような眼差しは、確実に怖がっている証拠。


 それを元に指摘してみれば、アイリスの肩が飛び上がり視線も尋常じゃないほど泳ぎ出す。

 本当のところはどうなんだと凝視してみれば



「こ、怖がってなどいません。わたしは勇者ブレイブの子孫です。お化けが怖くて冒険者などやっていけません!」


「そうか、ならさっさと入れ。家から閉め出されたくなかったらな」



 挙動不審なアイリスの背中を強引に押して家の中に招き入れる。


 男二人の住む家に女の子を一人迎えるというのはどうなのかと思ったりもするが、彼女自身が俺の家に厄介になりたいと言い出したのだから問題ないだろう。


 それに、俺はとうに性欲は枯れてる。


 長年勇者の進行を受け、その仲間の美少女を見て来てるのだから女性に対しての耐性は絶大だと自負してるし、俺がアイリスに対して欲情し襲い掛かるなんてことは万に一つもないだろう。


 アガレスの方もこの世で愛する人は一人と心に決めてるから、こんな面倒な女に浮気するはずも無い。

 ある意味では、一番安全なところでもあるのかもな。


 まぁ、本人は幽霊だとかが気になって仕方ない様子だが。



「そんなに警戒するな。幽霊は腕利きの僧侶に頼んで全て成仏してもらってる。呪われることも無ければ死ぬこともないよ」


「だ、誰が幽霊を怖がってると!? わたしはただ、新居にしては手入れが行き届いていると思っていただけなのです!」



 本当に恐怖を感じていないのか、それともその感情を隠すための口実なのか。

 絶対後者だろうがここはあえて指摘しないようにしよう。

 関わるだけ面倒だ。


 もはや早々に面倒事は御免だと視線を逸らした俺の真意など知らず、アイリスは今更ながらアガレスを視界に納めるとお辞儀をして



「どうも、昼間はお騒がせしました。わたしはアイリス。今日からタクマさんと一緒に仕事をすることになりました。よろしくお願いします」


「これはこれは、ご丁寧にどうも。わたしはアガレス。タクマ様の執事をしている者です。今後ともよろしくお願いいたします」



 アイリスの丁寧な挨拶にアガレスもまた紳士的に返す。


 傍から見たら当然な礼儀ではあるのだが、俺からすれば凄く認められない部分があるんだけど。


 そんな負の感情を隠すことなく俺は笑みを浮かべると、お辞儀したままの体勢でいるアイリスの肩を掴み強引に俺の方を向くようにして



「おい、俺の時と挨拶が全然違うような気がするんだが気のせいだろうかな? 俺の時はもっと周りを巻き込むほど迷惑な挨拶してやがったろ」


「何を言い出すかと思ったら、夜中に人様の家に上がり込んで喚き散らすなど礼儀に反するのですから当然でしょう」


「俺に対してはそんな考えは無かったのかよ」


「何事も積極的に当たるのがわたしのスタイルなので」



 だからといってただ積極的向かえば良いってわけじゃ無いだろう。

 当たって砕けろとは言うが、アイリスの場合は当たる前から砕けるのが目に見えているのだ。


 時には観察や調査などして準備を整えることも必要なんだと、コイツには知ってもらいたいものだよ。



「まぁいい。アガレス、この女は今日家に泊まっていくことになった。何処か空いている部屋に寝かせてやってくれ」


「かしこまりました。お食事の方もご一緒でよろしいのですかな?」


「あぁ。風呂にも入れるつもりだ。コイツの分の寝間着も一応だが用意してやってくれ」



 俺はそれだけ告げて部屋の隅に置かれたソファーに座り込んだ。

 今日一日で随分と疲れた。


 ただ家具を買うだけだと思っていたのに、何故二度と会うことは無いと思っていた迷惑な娘に会って、挙句の果てにはソイツと今後も一緒に行動を共にすることになったのか。


 考えれば考えるほどに頭が痛い話だ。


 せめて、コイツの性格はどうでもいいとしても強さくらいは人並みにあってほしかった。

 そうであれば育てようによってはアガレスに並ぶ強さの猛者になれたかもしれないんだが、アイリスの場合は絶望的でしかない。


 一人疲れを癒やすように盛大に息を吐いてリラックスしていると、突然俺の前に誰かが立った気配を感じた。

 と言っても、食事から風呂の準備、更には突然の来訪者の宿泊の用意に追われるアガレスを除けば一人しかいないのだが



「俺に何か用か?」



 片目を開いて前を見据えてみれば、胸の辺りで指を組んでモジモジと落ち着きのない状態で俺を見据えるアイリスの姿があった。



「あの、一応お礼を言っておこうかと思いまして。わたしのような者を家に招き入れてくれたのですから」


「別に構わない。俺としても全く冒険者としての強さが無いお前を外に放置するのに気が引けただけだ」


「そうですか……その、ありがとうございます」



 俺に対してお辞儀をするアイリスに、妙に恥ずかしさを覚えてしまって俺は顔を逸らした。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 それからアガレス作の晩飯を済ませ、各々風呂に入り時刻はすっかり真夜中。

 誰もが寝静まっているはずのそんな時間帯ではあるが、残念ながら俺は床に入っていなかった。


 理由は勿論、アガレスにアイリスのことを説明するからである。


 アガレスから彼女は俺と深い関係を結んでいると思われているのも癪だったからな。

 誤解は早打ちに解いておかないと、後々面倒なことになるだろうし。



「勇者ブレイブ、ですか。随分と懐かしい男の末裔なのですな。彼女は」


「まぁ、自称だから本当のところは分からないけどな」



 テーブルを間に向かい合って座り、アガレスの用意してくれた紅茶を飲みながら懐かしい名前を話題に出す。


 勇者ブレイブ。

 それは二千年ほど前に魔王城に攻め込んできた人類最初の人間だ。


 聖剣ホープリオンに選ばれた最強の人間で、魔法の質から剣技まで凄まじいものだったのを今でも覚えている。


 奴の一太刀は魔力で強化した壁をも豆腐を切るかのように簡単に切断し、魔法は俺の張った強固な結界を破壊するほどの威力。

 人類最強の男と呼ばれても不思議ではない強さだった。



「アイツの強さは馬鹿げてる。おそらくは聖剣の加護が能力を上昇させているのもあったんだろうが、あれほどまでに戦っていて肝を冷やしたのはアイツだけだ」


「魔王様のお身体に致命傷を与えられたのもブレイブだけだったはずですな?」


「まぁな。アイツは本当に厄介な存在だったよ」



 後ろに美少女を数人従えやって来た時は見た目だけの雑魚だと思ったが、その強さは本物だったからな。

 強いうえに優しく、そして極めつけは勇者だ。


 魔王に転生した俺とは真逆の存在で、俺が欲しいとも思った全てを手に入れている奴が妬ましく思えたのも事実だ。


 その結果、むきになって戦った末に奴の剣技の餌食になってしまったんだよ。

 まぁ、俺の身体には自然回復機能があるから致命傷を受けても簡単に再生してくれたから良かったんだけど。


 でも、そんな身体と無限の魔力を用いても、奴はそう容易くは倒れてくれなかった。

 まぁ、最終的には奴の心臓を握りつぶして終わらせたんだけど。



「魔王様は彼女がブレイブの末裔であると思っておられるのですか?」


「いや、ブレイブの末裔にしては貧弱すぎる。だから、ソレは無いと断言しても良い。聖剣も売り飛ばしてしまうくらいの奴だからな」



 そう言って俺は微笑む。


 ブレイブに末裔はいないはずだ、何故なら俺が塵も残らないように木端微塵に殺してやったのだから。

 一緒に来ていた仲間達もそう。


 だからこそ、奴に子供なんていないはずなのだ。


 だが



「だが、もしもアイリスが本当にブレイブの末裔だとしたなら、少しは面白いことになるのかもしれないな」


「と、おっしゃいますと?」


「魔王が勇者を育てる。最終的にはどう転ぶのかは俺にも分からないが、少なくとも今までの勇者とは比べ物にならないほどの化け物が生まれるのは確かだろ?」



 最近の勇者はアイリスほどじゃ無いにしても貧弱な連中が多かったからな。

 別に興奮するような熱い戦いに飢えているというわけでもないが、俺も多少は本気で戦いたい。


 そう思う時があるということだ。



「どちらにせよ、アイツが諦めたなら全て水の泡だけど」



 窓の外に視線を向けて口にした小さなつぶやきは、二階で昼間の戦いの疲れを癒やすアイリスには当然届くことはなかった。

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