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バザールにて

 翌日の朝、俺はアガレスと供にヴォルトゥマ中央に位置するバザールへと足を運んでいた。


 理由は一つ、二日前から住み始めた新居に置くための家具を手に入れるためだ。


 実のところ、家の中にはいくらか使えそうな家具は残っていたんだ。

 それをある程度再利用して丸椅子だとかをアガレスが作ってくれてはいたんだが、服を入れるチェストだとかそういう収納棚は作ることが出来なかった。


 だからこそのバザール散策。

 視線をあちらこちらに向けてみれば、営業スマイルを浮かべて客引きをする商人達。


 食べ物だとか、服、装飾品に至るまで様々な品が売られていて目移りしてしまうのは仕方ないだろう。


 だけど、今回は家具を探しに来たんだ。

 その他のものに興味を覚えているわけにはいかないと、俺は好奇心と物欲を必死に抑えつつ隣を歩くアガレスを見据え



「やっぱり人間界は良いもんだな。目移りしすぎるほどにものが多くて好奇心が抑えられないよ」


「確かに、わたしの知る人間界とは少しだけ文化も進歩したようですからな。果実や魚、武器や防具。わたしの知らないものが増えています。百年ほどしか経っていないというのに凄い成長力ですな」



 俺が隣にいる手前、あまり大げさに首を振ることは出来ない。

 だからこそ、視線だけを忙しなく動かして興味の引く物品を視界に入れていくアガレス。


 その多くが食器だったり茶葉だったりするのは、長い間俺の世話をしてきてくれているが故なのだろう。 



「ところでアガレス。家具を見に来たのは良いけどさ、ちゃんと金は足りるんだろうな?」


「装飾を売った際に出来たものに昨日タクマ様が稼いだ報酬を合わせれば、あの家で生活するのに必要な家具をそろえたところでお釣りもくるのでしょう。そこのところは昨日のうちに下調べは終えておりますのでご安心を」


「いつの間に……」



 俺がギルドに言っている間というのは確実だが、果たして丸一日でバザールに出ている店全てを回って品を確認することは可能なのか。


 そんな疑問が頭に浮かぶが、それを行ったのがアガレスなのならばと考えてみれば簡単に解決した。


 だってアガレスは本当に優秀すぎるからな。

 掃除洗濯から料理、場合によっては接客までも全てこなせてしまうのだ。

 だというのに戦闘にも特化してるのだから、それこそ万能すぎると言っても過言ではない。


 そんな完璧な男の主人が俺みたいな奴で良いのかとちょっとだけ自信を喪失させてしまうくらい、アガレスは良き家族なんだ。



「まぁ、良いや。おかげで手間も減るからな、ありがと」


「滅相もございません。わたしはただ、タクマ様のお力になりたいと考えているだけです。このくらい、人間にでも出来ることでしょう」



 素直に褒めてやれば大したことは無いと微笑み返してくるアガレス。

 普通の人間には出来ないことでも平然とやってのける。


 そして、それを自慢しようともしない謙虚な姿勢は何処かの馬鹿共とは大違いだ。

 改めてその事実を認識して、俺は微笑む。


 コイツが一緒に来てくれて良かった。

 素直に思いながら意識を店の方に移してみれば、いつの間にか食材の区間から逸れたんだろう。


 人でごった返している道を挟むようにして左右に店が並んでいるんだが、出されている商品は家具や食器それから衣服と言ったようなものに変わった。



「それで、今回はどんなものを揃えた方が良いんだ?」


「そうですね。椅子やテーブルはございますので、チェストと食器。それから我らがこれから身に着ける衣服なども調達した方がよろしいかと」


「そういえばそうだな。いつまでもこんなみすぼらしい格好でいるわけにもいかないか」



 結局、今身に着けている微妙な服は三日連続着用しているものだ。

 日本で何不自由なく暮らしていた頃では考えられないことだけど、魔王となった今では何日も同じ服だろうが全く気にしないようになったんだ。


 だけど、もう俺は魔王ではない。

 再び人間という種族に気持ち的には戻った今、何日も同じ服で過ごすという考え方は変えた方が良いだろう。


 まぁ、一応この服は毎日洗ってるし、身体だって清潔を保つように風呂に入ってるから衛生上は問題ないんだけどな。



「えぇ。タクマ様は今は違えど魔王様であられますからな。そのような方がいつまでも質素な衣類に身を包んでおられるのはわたしとしても我慢なりませんので」



 『魔王』という単語だけ誰にも聞こえないような声で口にし、アガレスは俺の背後に回って背中を軽く押してくる。

 押されるがままに道を進んで行くと、視界に入ったのは服を扱う店。


 服だけでなくどうやら鎧も扱っているらしいそこには、おそらくは冒険者なのだろう剣や杖を携帯した男や女の姿がチラホラと見えた。



「タクマ様は先日冒険者の仲間入りをされましたからな。庶民の着る質素な普段着よりも、彼らが着用するような軽装とは言っても鎧が必要かと思いましたので」


「お前って本当にそういう気遣いが凄いよな。もしかして、すでに俺用の普段着とかも決めてたりするんじゃないだろうな?」


「もちろんですとも。タクマ様は元人間とは言っても世間のファッション知識には乏しいですからな。ですので、わたしが代わりに適当な物を見繕っておこうかと」



 聞けば、俺の普段着やアガレス本人の着用する服はすでに昨日のうちに購入して家に置いているらしい。


 それだったら食器とかも昨日のうちに買っておけばよかったのにとも思ってしまうが、物が物なのだ。


 一人で持って帰るには大きすぎたりするだろうし、主の確認を得ずに全てを揃えるのも気が引けたんだろう。

 そのわりには服を勝手に選んでいるようだが。



「——あれ、タクマさんではありませんか!」



 そんな風にアガレスに背中を押されるままたどり着いた場所には、俺の今一番会いたくない人物が先客として立っていた。


 今日は冒険者としてではなく普通の庶民として通っているのか、軽装な鎧では無く銀のワンピースに身を包んだアイリス。

 割と露出の高いファッションだとは思うが、彼女の身体は色気を感じる部分が少ないために目が離せないなんてことは無い。


 俺より頭一つ分くらい小さい身体に金髪碧眼で顔立ちも整っているという点は評価に値するとは思うが、胸は成長が幼年期から止まったようなまな板だからな。

 可愛い年下の女の子と認識は出来ても、綺麗な女性としては見ることは出来ないだろう。



「わたしの身体のことで何か変なこと考えていませんか?」


「いや、成長って人それぞれだなと思ってな。昨日のアウテマと一緒にいたギャルは胸が大きかったが、対してお前はと思うと」


「ハッキリ言わないでください! わたしだって気にしてるんですから!」



 両手で無い胸を隠し、顔を真っ赤に染め上げて叫ぶアイリス。

 結構よく通る声だからか、彼女が叫んだ瞬間人を集めた気がするが、問題ないですよと辺りに愛想笑いを振りまいてみればみんな各々の目的を果たすために移動を再開。


 興味を俺達から逸らせれたことに安堵して、俺は再びアイリスを見据えると



「お前、こんなところで何をしてるんだよ」


「無論、今後のために装備を整えようと鎧を見てるのです。タクマさんという人とこれから一緒に依頼を受ける身なのですから、準備は念入りにしないといけないので」


「おい、いつから俺はお前と一緒に仕事をする関係になったんだ?」



 俺は昨日ハッキリと今回限りだと口にしたはずだ。


 それ以降であれば、アウテマとの一件もあってあの場に残すのが妙に可哀想だったから一緒に連れて行ってやっただけのはず。


 あの時はそれ以外に他意は無かったし、それこそ今後もよろしくという考えは持ち合わせていなかった。

 つまり、ただのお節介だっただけだ。



「タクマ様。この方とお知り合いで?」


「昨日一緒に仕事を仕方なくやった仲だ」


「わたしとタクマさんは、これから一緒に仕事をこなしていくパーティメンバーです!」


「言っておくが、俺達はそんな関係じゃないからな」



 頭が幸せなアイリスの言動を訂正するように口を挿むと、俺はこれ以上コイツと関わるつもりは無いとばかりに視線を店内の鎧に向けた。


 派手で防御力の高そうな甲冑から、衣服の胸や関節部分にちょっとした防御として鉄の装飾をつけた軽装といったものまで様々なものが置いてある。


 中には以前勇者が着ていたような目立つ鎧もあるが、俺としてはそんなものには興味ないから視線を軽装関連の方へと向ける。

 値段も手ごろだし、デザインも俺好みのもの。


 あまり深く考える事無く気に入ったものを選び、俺は買い物をさっさと終わらせた。



「さてと、俺の買い物は終わった。次行くぞ、次」


「えっ、あ、ちょっと! まだ、わたしが終わって!」


「タクマ様。彼女があのようにおっしゃっておりますが?」


「良いんだよ。関わると面倒なだけだし」



 鎧を簡単に決めたのも大半はアイリスと一緒に居たくないからというものが大きいんだ。

 面倒事に関わるのは御免だし、早々に撤収するが吉だと俺の全神経が脳に信号を発してる気がするんだよ。


 だからこそ、この場を勢いに任せて逃げようと試みたんだが、そんな俺の行動は突然背後から手を引かれるという形で強制停止させられる。



「どういうつもりだ?」


「言ったでしょう。わたし達はパーティなのです。仲間が仲間のために鎧を選んでいるのですから、少しくらいは手伝ってくれても良いじゃないですか」



 俺の腕を掴むなり勝手な言い分を吐くアイリス。


 強引にでも振りほどいて立ち去りたい衝動に襲われるが、そんなことをしてしまえば確実に俺が悪者扱いされるのがオチ。


 何処の世界でも女は弱者で、泣かせたら男が悪いという構図が成り立っているんだ。


 頭一つ分大きい男の身体を腕一分で引き留めることが出来る女が、果たしてか弱いのかどうかは分からないが。



「放してくれないか?」


「では、わたしと一緒に鎧を選んでください」


「正直言って、女の子と手を繋いでいるのは精神的に辛いのでやめていただけると……」


「昨日わたしの身体を引き寄せて抱いてくれたではありませんか。その時と比べれば、手を繋ぐ行為くらいは軽いものです」


「タクマ様。その方とそのようなご関係……ということでよろしいですかな?」


「アガレス、コイツの話に耳を傾けるんじゃない。コイツの言葉は全て妄言だ」



 勝手に酷い形に物事を解釈しようとするアガレスに焦る感情をひたすら隠して、あくまでも冷静にそう伝える。


 むきになったように答えてしまえば、誤解がさらに深まるだけだ。

 アガレスの場合、優秀すぎる性能は『空気を読む』ところも優れてるからな。


 誤解したまま放置していると



「ふふ、この街に来て早々にそのような方を見つけられるとは。タクマ様のお手の速さにはわたくし感服いたします。では、お邪魔虫はこの辺りで消えるといたしましょうか」


「おいっ、アガレス! 誤解だって、何処にもいくなよ!」



 うん、誤解を解く暇も無くアガレスは空気を読んだつもりで俺達を残し去って行った。


 相手が俺の好きな人であったならばナイスとでも思えただろう。

 しかし、残念ながら相手はその逆に心底面倒だと思っている女だ。


 関わるのも面倒だからと消えようとしていたのに、お前だけ消えてどうするんだ。


 そんなことを考えながら深く溜息を吐く。

 その後、俺は結局アイリスの強引さに負けてしまい彼女の鎧選びに付き合わされることとなったのだった。

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