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勝ち無しのアイリス

 アウテマの俺を勧誘する声に辺りからどよめきが起きたのを俺の耳が捉えた。


 頭を動かさずに視線だけで見回してみれば、周りで談笑していた冒険者をふくめ全ての人が俺に注目しているのが見て取れる。

 中には目の前のアウテマが勧誘する行為が珍しいのか驚いた面持ちの奴らもちらほらと窺えたけど、ほとんどの奴が『また始まったよ』みたいな呆れ顔に近い。


 おそらくはこのアウテマの勧誘は今に始まったことではないんだろう。


 強い者を見つけては勧誘し、パーティを急成長させる。

 どうやら、目の前のアウテマという男は楽して地位と名声を手に入れたいと考えている輩の様だ。



「どうして俺なんかを勧誘するんだ? 俺の見た限りじゃアンタらはもう仲間なんて必要ないってほどにメンバー揃ってるように見えるんだけど」


「確かにね。僕も仲間はもう必要ないと思っていたよ。だけど、君は強いみたいだからね。僕のパーティに入れば活躍が期待できそうだ」



 上からの物言いに苛立ちが隠せないんだけど、もうこの男の顔面を殴り飛ばしてもいいかな。


 そんな疑問をいつの間にかギルド入口付近まで移動していたアイリスに視線で問いかけてみる。

 しかし、答えは首を横に振っての否定。


 面倒事に関わるのが嫌だからなのかどうかは知らないが、ついさっきまで一緒に行動していた俺のことを放って自分だけ安全地帯に移動するとは勇者の末裔失格だろ。


 まぁ、アイツを無視して受付嬢の所に来たのは俺だから文句は言えないけれど。



「ダブルヘッドグリフォンを”一人”で討伐するほどの腕前なんだ。君がパーティに加われば、魔王なんて目じゃないさ」


「そうか。まぁ、俺のことを評価してくれるのは素直に感謝する。だけどな、間違えるなよ。俺は今回の依頼、特にダブルヘッドグリフォンは”二人”で討伐しに行ったんだ」



 逃げられたままでは癪に障る。

 だからこそ、俺はわざとアイリスを話題に入れて奴を強引にこちらへ来させようと試みた。


 勇者ブレイブの末裔であり、聖剣に選ばれし者だと自分をアピールするくらいの目立ちたがりだ。


 自分だって活躍したのだと胸を張れる空気が作られれば必ず調子に乗ってやって来るだろう。


 俺はそう思っていたのだが、彼女がこちらにやって来て自信満々に自らを勇者だの聖剣を持つ者だのとアピールすることは無かった。



「二人? まさか、あの『勝ち無しのアイリス』のことを言っているのかい?」



 その代りに響き渡ったのは、心底おかしそうに腹を押さえて笑うアウテマの気色の悪い声だった。

 目尻に涙を浮かべ今にも転がりそうなその様は、見ていていい気分じゃない。


 いっそ殺してやろうかとさえ思えるその態度に、俺が不満を覚えた。

 それを察知したのだろう。


 アウテマは指で目尻に溜まった涙を拭きながらこちらを見据えると



「いや悪いね。彼女はある意味では有名な冒険者なんだよ。自らを伝説の勇者ブレイブの末裔と名乗り、聖剣を携えている女。勇者の子孫なんだ、それなりの強さがあると思うだろう?」



 馬鹿にするような物言いのアウテマはそこで言葉を一度切ると、入り口付近で悲し気に顔を歪ませて今にも泣きだしてしまいそうなアイリスを指さし



「だけどね、彼女は全然強くないのさ。討伐クエストに参加するも全く役に立たないほど弱いから、常に受けるのは採集クエストのみ。最弱のモンスター、スライムウルフさえ倒せない貧弱な奴故に彼女は『勝ち無しのアイリス』なのさ」



 確かにアイリスは先の戦いでは使い物にならなかったと言っていいほど活躍の場が無かった。


 戦う場面をこの目で見たことが無いから正直なところ、コイツの胡散臭い言葉だけじゃ信用が足らない。


 だからこそ、本当のところはどうなんだとばかり入口のアイリスを見てみればもはや泣き叫ぶ寸前。


 視線は常に下を向いていて、溢れ出た涙はポロポロと頬を伝って床に流れ落ちている。

 もはや最初に会った時のような威勢の良さは感じられない少女の姿がそこにはあった。


 反論したいが正論だからこそ口に出したい言葉を噛みしめて抑え込んでいるその様を見るだけで、アウテマの言うことが本当のことなんだと理解できた。



「なるほどな。確かに、お前が言うようにアイツは使い物にならない弱者なのかもしれないな。だから、お前はダブルヘッドグリフォンは俺一人で討伐したとそう思うのか」


「まぁね。彼女のような囮にさえもならない冒険者が、僕達でさえ苦戦するような魔物に太刀打ちなんて出来るはずもないからさ」


「弱い奴はパーティにはいらない、つまりそう言うことで良いんだな?」


「あぁ。冒険者って言うのは力と名声、そして有り余る容姿が必要なのさ。その全てが不足している彼女は何処のパーティにも誘ってもらえない。だが、君は——」



 おそらくアウテマは『君は別だ』とでも言うつもりだったんだろう。


 しかし、アウテマはその言葉を口にすることは出来なかった。

 何故なら、俺が奴との距離を一瞬で縮めて顔面を鷲掴みにしたからだ。



「——ど、どういうつもりなんだい?」


「どうもなにも、俺は俺の表現方法でお前に返答しているだけだけど?」



 アイリスという弱者と俺とを比べて、俺がどれほど優れているか客観的な感想を口にし、おだてて仲間に迎え入れる。

 そんな構図を頭に思い浮かべていたことだろう。


 俺の後ろに控える奴らも、大体はおだて挙げられて調子に乗った挙句に奴の傘下に加わったんじゃないかな。

 ギャルっぽい女なんか絶対にその手口に簡単に引っかかった気がする。


 だが、無論俺はそんな手には乗らない。

 仮にも元魔王の力はそう簡単に手に入るものじゃないんだよ。



「この状況下に至るまで、お前は少しも動けなかった。つまり、お前は俺より弱い。だから、俺はお前の仲間になるつもりも無いし、お前を俺の傘下に入れてやるつもりも無い。以上だ」



 言いたいことだけ告げて俺は奴の頭を解放すると、もう話す事は無いとばかりに静まり返ったギルド内を出口目がけて歩いて行く。


 リーダー、いや仲間が突然命の危機に瀕したというのに全く動かなかったアウテマのパーティは勿論のことだが、その場に居る全員の視線を受けてる気がする。


 まぁかなり目立つ行為だからな。

 ギルド内で同じ冒険者の頭を鷲掴みにしたんだし。



「——もっと穏便に済ませるべきだったかな」



 注目を浴びすぎて冷静さを取り戻した俺は、静かにそうつぶやきながら逃げるようにギルドを後にする。


 出来ることなら目立つ行為は避けたいところだったが、アウテマが想像以上に面倒な相手だったんだ。

 俺はおそらく悪くない。


 そう自分に言い聞かせながら極力向けられている視線を無視してアイリスの隣まで移動する。


 そして、何故自分の横で止まったのかと困惑しているアイリスに一言



「行くぞ」



 そう短く告げて、俺は今度こそギルドを後にした。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「何故、一度ならず二度までもわたしのことをかばってくれたのですか」



 しばらく歩いていた俺に追いついたアイリスは、開口一番に疑問をぶつけてきた。


 肩で息をしているその様を見ればギルド入口から全力疾走で向かってきたのが窺える。

 そんな風になるくらいなら、多少気まずくてもすぐに後を追って来るとかすればいいのにな。


 アイリスからしてもあの場に留まる理由なんて無いんだから、気持ち的にはまだ楽だったはずなのに。



「あの……一応、質問してるんですが?」


「別にただアイツが気に食わなかっただけだ。他意は無い」



 淡々と告げてみれば、納得がいかないとでも言いたげに俺を凝視するアイリス。


 俺としては本当にソレ意外に理由は無いんだ。


 ただ、あのアウテマという人間が心底気に食わなかった。

 まぁ同じ人間を見下しているその態度が、妙に家の元部下に似ているからなのかもしれないが。


 その他に理由を上げろと言われても、イケメンだったからっていう嫉妬めいたものしか浮かばない。

 わざわざ口に出すまでのことでも無いから、もう話すことは無いとばかりに口を閉ざす。



「そうですか。確かにあのアウテマという男は嫌な性格の持ち主です。何処かの領主の息子だからって口を開けば自画自賛の嵐。面倒なことこの上ない相手でしょう」


「言っておくが、相手をすると面倒なところはお前といい勝負だぞ?」


「なっ!? わたしをあんな世間知らずのボンボンと一緒にしないでほしいです!」



 どんなに面倒だと言われようが、あの男とだけは一緒にされるのは嫌だ。

 俺を見据えるアイリスの瞳からはそんな感情が伝わってきた。



「本当のことなんだ。嫌ならお前もその厄介な性格を治せよな」


「厄介とは何ですか! わたしはただ本当のことを口にしているだけです! 勇者ブレイブが子孫だということも、聖剣ホープリオンに選ばれたこともまた真実なのです!」


「分かったから、騒ぐな」



 先程までの泣きそうな面は何処へやら。

 もうすっかり元気になったらしいアイリスは、前と同じく自分が間違っていないことを必死に伝えようとアピールしてくる。


 今にも噛み付いてきそうなほどに不満を募らせた表情を浮かべて俺を睨むアイリス。

 だが、いくら睨まれようが全く怖くない。


 俺はさっきアウテマにした時とは比べ物にならないほど弱くアイリスの頭を掴むと



「だが、今のままじゃお前はただの妄言を吐く子供だ。それが嫌なら、また馬鹿にされるのが嫌ならある程度は修行して強くなるんだな」


「言われなくとも……わたしは勇者の末裔。これまで生まれたどんな勇者よりも強くなって見せますよ!」



 俺の手を払いのけて宣言すると、アイリスは小走りに少し先まで移動して振り返る。


 もうすっかり日の暮れた夜であるのに淡い輝きを見せる長い金髪を揺らしながら俺を視界におさめたアイリスは、満面とはいかないものの笑みを浮かべて



「タクマさん、ありがとうございます。これからもよろしくお願いしますね!」



 それだけ口にして走り去って行った。


 まるでこれからも一緒のパーティだとでも言いたげだが、俺は今後一切誰かとパーティを組む気は無い。

 そして、面倒ごとしか無さそうなギルドに行くことも少なくするつもりだ。


 おそらくもう二度とあの厄介な娘と会うことはないだろう。


 そんなことを考えながら、俺はアイリスの消えた方向とは別方向に歩を進めて行くのだった。

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