勇者訪問
ほとんど勢い任せなところもある小説ではありますが、楽しんでもらえると嬉しいです。
「魔王っ! 君の悪逆非道な行いもここまでだっ!」
目の前で煌びやかな鎧に身を包んだ美少年。
その手には同じく神々しいオーラを纏ったいかにも聖剣な剣を握りしめ、俺を睨むその姿はまさに勇者と言ったところだろう。
そんな主人公とも言える美少年を目の前に魔王である俺が思うことと言えば、『あと何回このお決まりのセリフを耳にすればいいのか』だった。
「そうか、なら遠慮せずにかかってこいよ」
数千年も前であれば、俺もこの勇者に対して『よかろう、貴様なんぞ俺の魔法で木っ端微塵にしてくれるわ!』とでも言い放っていたと思う。
その頃の俺はいろんな意味で絶好調だったからな。
憎悪も厨二力も存分にあったと思う。
だけど、今の俺にそんな余力はない。
だって疲れたんだもの。何千年と毎度のことにやって来る勇者の相手をするのはさ。
「行くぞッ!」
「斬りかかる相手に対してそんなこと言っちゃダメだと俺は思うぞ?」
ご丁寧に斬りかかるタイミングを暴露してくれる律儀な勇者に対して、そんな助言を放ちながら俺は振り回される聖剣をはたき落としていく。
こう、鬱陶しいハエを叩き落とすように簡単にさ。
「な、何で僕の攻撃が当たりもしないんだ……!?」
「さぁ、何でだろうな。俺が強すぎるか、または……」
『お前が弱すぎるか』なんて冷たい言葉を口にしなかった俺はなんと寛大な心を持っているんだろうか。
敵である勇者に対してちょっとした気遣いを出来る魔王なんてそんなにいないんじゃないかな。
まぁ、俺がただ単に強すぎるっていうのもあるんだろうけど。
「くっ! こうなったら、キリカ。済まないけど援助を頼むよっ!」
「えぇ。任せておいてっ!」
勇者の言葉に頷き手にしていた長い杖を振りあげたのは、先程から俺と勇者の攻防を焦ったように見ていた魔法使いの少女。
おそらくは勇者を助ける援助魔法か、俺に対しての攻撃魔法を使って来るんだろう。
けど、それならそれで早めに参加すれば良かったのにと思えるのはそれだけ俺に余裕があるということなんだろうね、きっと。
「まぁ、なんにせよそう簡単に補助なんてさせるつもりはないけど。《リストレイン・チェーン》」
「えっ!?」
未だに聖剣を俺の身体に当てようと必死になってる勇者の攻撃を片手で払いつつ、もう片方の残った腕を少女に向けて一言唱える。
すると、彼女の足元から禍々しいオーラをまき散らしながら伸びてきた黒色の鎖が、彼女の身体を囲った。
持っていた杖も突然の出来事で落としてしまった魔法使いの少女
なすすべもない彼女は悲鳴を上げながら鎖に包まれ、壁となっていた鎖の束が消えると見事に身体を拘束された少女の構図が出来上がっていた。
「キリカッ!」
「おいおい、人の心配なんてしていて良いのか?」
目の前の俺という敵から視線を仲間の少女に移した勇者に瞬間的に迫り、俺は奴の手の中に握りしめられている聖剣目がけて蹴りを放った。
勿論多少の手加減もしているから勇者の腕は消し飛ぶなんて惨いことにならず、聖剣だけが放たれたダーツのように飛んでいき壁に突き刺さる。
だけど、流石は聖剣と言ったところかな。
俺自身がこのような戦いに備えて強化しておいた部屋の壁にものの見事に突き刺さるなんて。
よっぽど切れ味が良いんだろう。
「——とは言っても、使い手がこれじゃ宝の持ち腐れだろうけどな」
「がぁっ!?」
聖剣が手の中から消えようと勇者は攻撃の手を緩めない。
それはこれまで何度となくやって来た勇者戦で学んだことの一つだ。
自分の守る者の為に命を捨ててまで戦う。
素晴らしい思想だとは思うけど、残念ながらそれをやってきた歴戦の勇者たちは俺の前に敗れ去ってるんだよな。
少し手合わせして自分が勝てないと分かれば逃げればいいのにと何度も思っても、奴ら勇者って存在は逃げない。
だから、不本意ながら消すしかないんだよ。
ちょっとした罪悪感に襲われながらも、俺は毎度のことなので構わず武器を無くした勇者を蹴り飛ばす。
「俺の所まで来れたのは素直に褒めてやる。実に……えっと……二百年ぶり、かな。この部屋までたどり着けた勇者は」
「はぁ、はぁ、く、くそっ……」
「けど、相手が悪かったな。お前じゃ俺には勝てないよ」
現実を突きつけて、俺は勇者の身体を蹴り飛ばして魔法使い少女の所まで移動させる。
血反吐を吐きながら転がって来た勇者に少女は悲鳴を上げたが、直ぐに我に返って芋虫のように這いずり勇者に近寄っていく。
「ご、ごめん……キリカ……。僕じゃ、魔王には勝てないみたいだ……」
「そ、そんなこと言わないでッ! あなたならきっと勝てるわ。魔王なんて、聖剣とあなたの力で……ッ!」
まるで、漫画かアニメのワンシーンのような雰囲気を二人だけで醸し出している勇者と魔法使い。
深く考えるまでもないだろうけど、二人は旅の間に恋に目覚めて今の関係にでもなっているんだろう。
ここまで来た勇者はいつもそうだ。
パーティーの面々にいる異性と恋に落ちて俺の前に立ちはだかり、『お前を倒して、僕は幸せな家庭を築くんだ』とかってフラグを乱立させていく。
自分で自分の首を絞めているのに気づけないのは哀れとしか思えないが、フラグという考え方を知るのは俺だけなんだし指摘しても耳を貸すことは無いだろうからあえて口にはしないようにしてるけどな。
「それで? まだ俺に刃向かうつもりか?」
「あ、当たり前だ。僕は、僕の信じる人が近くにいる限り諦めるつもりは無いッ!」
「そっか。まぁ、愛の力は凄まじいからな。俺もそこは認めてるよ。だけど……」
俺は壁に突き刺ささっている聖剣に手を伸ばして、念力を使って剣をこちらに飛ばす。
そして、ソレを見事に手に納めると、二人の目の前でそれはもう豪快にへし折ってやった。
「なッ!?」
「な、なんてことを……ッ!」
まるで木の棒が折れたかのような音を立てて砕ける聖剣。
最近の聖剣職人は技術が落ちているんだろうか。
一番初めに俺の前にやって来た勇者が持っていた聖剣は、もっと硬くて丈夫だったような気がするんだけど。
「これで、お前の武器は無くなった。自慢の仲間も拘束されて身動きの取れない状態だし、それでも戦うつもりか?」
「あ、あ……」
「い、いや……」
全ての願いを込めた聖剣。
その力は悪を断ち、闇を封印する……だったろうか。
まるでおとぎ話のような伝説ではあるけど、その聖なる力を帯びた聖剣はもう存在しない。
完全に詰み。それが勇者達の現状だ。
「まっ、この時期の人間にしてはよく頑張ったと思うよ。ゴブリンの群れを切り抜け、海の魔物がひしめく魔海を越えてここまで来れたんだ。それだけでも十分勇者らしいと俺は思うぜ?」
もはや世界の終わりとでも言いたげな絶望しきった表情を浮かべて、ただ恐怖のあまり抱き合って震える二人に精一杯の笑みと褒め言葉を投げて俺は指を開いた手をかざす。
そして、冷めた声で一言
「《ルイン・ダークネス》」
瞬間、二人の足元に紫色に発光する魔法陣が出現し、そこから赤黒い色をした何本もの腕のようなものが出てくる。
その腕は勇者と魔法使いの少女の身体を掴み、魔法陣の中へと凄まじい力で引きずり込んでゆく。
「うわぁぁぁぁぁぁぁッ!」
「た、助けてッ!」
悲鳴を上げながら必死の抵抗を見せる二人。
だけど、《ルイン・ダークネス》は闇の上級魔法、しかも俺の魔力で最大限にまで強化されているんだ。
聖剣の加護もなければ、魔法で抗う術もない二人の抵抗は無駄といっても過言ではない。
「まっ、運が良ければ助かるかもしれないからさ。また来なよ、俺を殺せる覚悟があるのなら……な」
二人の耳に入ったかどうか分からない言葉を放って、俺は開いていた手を握る。
すると、それまで手で数えられるほどだった赤黒い腕が更にその数を増し、勇者と魔法使いの少女を完全に魔法陣の中に引きずり込んだ。
残されたのは魔王である俺ただ一人。
「これで、五百数回だったかな。……結局、俺を倒せる勇者はいないってことなのかもな」
強すぎるって言うのも考え物だな。
俺はそんなことを頭の中で考えながら、もう何億回も座している部屋の奥にある巨大な椅子に腰かけため息を吐くのだった。