第7話「意外な特技」
「と、いうことで! 今後について早速会議よ!」
「出だし唐突だな」
宿屋の一室で二人は地図を広げていた。
学園を出てからこの街に着くまでの間に、必要な物の買い出しや今後の旅のルートについて話し合うことになった。
「まず最初に、この街にある教会で巡礼。これは全員共通だから今日明日にでも終わらせてしまいましょう」
元気よく提案したメルに、クロトは首を振る。
「今日はいい。物資の調達を優先的にしよう。巡礼は明日だ」
「いいけど…私たちただでさえ遅れてるのにいいの?」
「ああ。焦っても得することはないし、普段運動に慣れてない奴を連れまわすわけにもいかないしな」
「むっ」
また馬鹿にされたと思い、メルは頬を膨らませる。
が、すかさずクロトは言う。
「勘違いするな。これは魔祓い師全員に共通することだ。多分、他の守護者たちもオレと同じ提案をしてるはずだ。慣れないことをすると、すぐに筋肉痛や肉離れを引き起こすぞ」
「…そうなんだ」
メルは素直にクロトの意見に感心した。
また嫌がらせめいた発言かと思っていたが、そうではないことを聞いてクロトのことを少し見直したらしい。
「ただし、この街を出てからはペースを上げないとな。お前の言う通り、俺たちは随分遅れてる。ペース配分を考えると、二か月で学園に戻るのは無理だ」
この課外授業は、期限を二ヶ月間と定められている。その間に、学園によって決められた教会に出向き、祈りを捧げてくることが魔祓い師に義務付けられている。巡礼する教会は4つ。最初の一つだけは全員共通でここイルティアムの教会で祈りを捧げることになっている。他の3つの教会は各コンビごとに異なる。ちなみに全員ルートは違うが、旅路の距離はほぼ同じくらいに設定されている。そして最後に学園に戻って礼拝堂で祈りを捧げればこの課外授業は終了である。ただし、期間内に目標を達成できないと単位は貰えるが減点対象となる。
「巡礼する教会はこことこことここ」
メルは地図を順に指さしていく。
まず南、次に大きく西にいき北東、北といって学園に戻る。
先はかなり長そうだった。
「…悪いけど、この街を出たらしばらくベッドで寝れないのを覚悟してくれ。あと、風呂もな」
メルが指していったルートを見てクロトは残念そうに言った。
「やっぱ野宿かぁ~」
メルも残念そうに呟く。
今の二人の状態では、ちまちまと宿に泊まっている場合ではなく、少しでも距離を稼がなくてはならない。
「それじゃ、まずは近場の南のポイントを目指してく感じかな」
クロトはメルが最初に指したポイントを指さす。
「異存はないよ」
メルも同意する。
「それじゃ、買い物行くか」
会議も一段落し、クロトが言った。
「あ、私買いたいものがあるの!」
「何?」
「料理器具。お鍋とか包丁とか。学園では貸してくれなかったし」
クロトは首を捻る。
「必要か?」
「必要よ。お料理するのに」
「いやだから、非常食とか缶詰とかで充分だろ?」
「あったかいご飯食べたくないの?」
問われてクロトは言葉に詰まる。
クロトだって可能なら毎日あったかいご飯を食べたいに決まってる。だが、この流れだと…
「お前が作るの?」
クロトは思わず聞いた。
「そのつもりで話を進めたんだけど…」
何を言ってるの?とメルは首を傾げる。
クロトは正直不安だった。
出会って間もないメルの料理の腕前は現時点で未知数だ。
最悪料理器具が無駄になる可能性だってある。
そもそも、この国の姫であるメルが料理??
その視線に気付いたメルは、
「あ、疑ってるでしょ? 大丈夫よ。私、魔祓い師科では料理に関してはちょっと有名なの。すぐにその偏見を覆してあげるわ」
と、不敵に笑った。
そこまで言うならかなりの自信があるのだろう。
「…絶対がっかりさせるなよ?」
「むしろ感動させてあげるわ」
二人はこのやり取りの後、宿を出た。
「そんじゃ、買い物は料理器具と…水は必要だな」
「食材も買わないと。非常食もね」
二人は買うものをリストアップしていく。
「使える金は限られてるから、出来る限り節制しないと…」
最初の旅費は学園側から支給される。
その後は各地の教会からの援助金を貰わないとならない。
学園近辺の教会には、この時期に生徒が課外授業をすることが伝えられているため、金銭面・宿の援助などを受けられる。また、教会や各街での悪魔に関する討伐依頼なども受けることが許可されており、そこで金銭を工面することも可能である。
二人はその点に注意しながら買い物を進める。
そこでメルはクロトの意外な特技を垣間見る。
市場に向かうと、どうやらバザーが開かれているようだ。
普段お目にかかれないような珍しい骨董品や、各地方のお土産、他の国の食べ物など、バザー会場には様々な物品が売り買いされている。既存店も負けじとセールをやってるのか呼び込みの声が凄まじい。
(中々いい時に来たかしらね!)
と、あちこちキョロキョロ見回しながらメルは浮かれた。
しばらく歩くと、果物の屋台が見えてきた。
クロトがそちらの方に歩いていくので、メルはとりあえずついていく。
「おばさん、このリンゴうまそうだね。いくら?」
果物屋でクロトはリンゴを一つ手に取る。ピカピカの真っ赤なリンゴは本当に美味しそうだ。
「一個105リールだよ」
リールはこの世界での通貨だ。
余談だが、金銭は紙幣と硬貨でやり取りする。紙幣と硬貨の種類は各三種類。紙幣は赤・青・黄の三種類で、赤が1万リール、青が5千リール、黄が千リールの価値がある。硬貨は金・銀・銅があり、金が一枚100リール、銀が一枚10リール、最後に銅が1リールの価値がある。
「折角うまそうなのに残念だなぁ…」
クロトはリンゴを元の場所に戻す。
すると…
「ちょいとお待ちよ。あんたかわいいねぇ。リンゴいくつ欲しいんだい?」
「二つ」
「二つで200リールにまけたげるよ」
「………」
クロトは無言でおばさんを見つめる。
おばさんは「うっ」と呻く。
今一体、クロトはどんな顔をしているのだろうか。後ろに控えているメルにはわからない。
とりあえずは成り行きを見守る。
そしてクロトとおばさんの攻防が始まる。
「に、200………」
「……」
「…180!」
「………」
「……150!」
「………………………」
「………………………………」
「………………………………………」
「…負けたよ。120! これ以上はまけないよ」
おばさんは肩を落とした。
クロトは満面の笑みでおばさんに抱きつく。
「おばさんありがとう! はい、お金!」
クロトはお金をさっと払ってリンゴを二つ貰った。
おばさんは若い男に抱きつかれて高揚したのか、目をハートにさせて「またおいで~」と去っていくクロトへ上機嫌に手を振った。(メルは完全に空気である)
「はい」
クロトはメルにリンゴを一つ手渡す。
「あ…ありがとう」
なんという手際。スキンシップもサービスするとは…。
そしてクロトは言う。
「限界まで値切るのは基本だ」
リンゴをかじりながら、ビッと親指を立ててドヤ顔をしてみせる。すっかり上機嫌だ。
(さすが王子と呼ばれる男。末恐ろしいわ…)
ついでに、でも今のくだり必要だった?と心の中だけでツッコミを入れておく。
「ふふん、調理器具の方も任しておけ。限界まで値切ってやろう」
「え、ええ…お願いするわ」
どうやらクロトは値切り交渉が得意らしい。
(というか…ただのケチ?)
いったい全体どういった育ち方をしてきたのか。
学園の王子の意外な一面にメルはちょっとだけ呆れた。
とは言え、買い物が安く済むのはメルとしても助かるので、今後とも買い物の交渉はクロトに任せようと思うのだった。