第5話「出発前夜」
メルが校長室を出て廊下をしばらく歩くと、見覚えのある黒髪が壁に寄り掛かっていた。
「…あれ?」
先ほど怒って校長室を出て行ったクロトだった。
クロトはメルを見つけると、歩み寄ってくる。
「…?」
まだ自分に用があるのだろうか?
メルは自然と身構えていた。
「その…」
クロトが口を開く。
「校長が言ってたアレ…」
「アレ?」
クロトは言いづらそうにしている。
「だから…あんたと組めってやつ…」
そういえば、話が中途半端に終わっている。警戒を解いてメルは言う。
「あー…そういえば話終わってないわね。兄様、一度言ったら曲げないから、諦めた方がいいと思う」
それを聞くとクロトはがっくりと項垂れた。
「…悪かったわね」
メルは複雑な気持ちでそう言った。
実技ドベの自分と組まされるクロトは、どう考えても同情されるべきだし、何より兄の自分勝手に巻き込んでしまった。
「別にあんたのせいじゃない」
クロトは弱々しく首を振りながら言った。
「ただ、こういうのって自分で決めるべきことだと思うから…」
クロトの言葉にメルは大いに頷き、大きなため息をついた。
「それについては同意見だわ」
「…そういえば、話を聞く限りじゃあんたも無理やり組まされたんだっけ」
「そうよ。何度もやだって言ったんだけどね。しかも…」
(昨日喧嘩した相手と…)
メルの言葉の先がわかったのか、クロトも黙る。
「…とりあえず、話がそういう方向に決まっちまったんだ。お互い不本意だろうけど、課外授業はこなしちまおう」
「…そうね」
クロトの意見にメルは素直に同意する。
「そういうわけだから、明日の早朝、準備が出来次第出発…でいいか?」
「ええ」
すると、メルは右手を差し出した。
「?」
「握手。これから一蓮托生なんだから、一応ね。それと、一応昨日はその…私もちょっと悪かったっていうか…仲直りの意味も込めて」
さすがに喧嘩したままは気まずい。メルはちゃんとしておきたかったのだ。
「…ああ、うん、そうだな。俺も怒鳴っちまったし。俺も悪かったよ」
クロトも同意して手を差し出し、二人は握手を交わす。
「…これからよろしく」
「こちらこそ…」
握手をしたまま、気まずい空気が流れる。
「…そんじゃ」
その場の空気からのがれるように手を離すと、クロトはさっさと寮の方へ歩き出してしまった。メルはその背中を黙って見送った。
その日の夜…
「えぇ!? 決まったってホントか!!?」
寮の自室で、リーザが興奮気味に叫んだ。
寮では、メルはカヤとリーザと相部屋だ。
この学校では部屋割は好きに出来るため、仲のいい者同士で部屋割をすることが多い。ただし、部屋は二人部屋、四人部屋、六人部屋のいずれかが割り当てられるため、奇数の場合はベッドが一つ余る部屋が出来ていたりする。
ちなみに彼女たちは四人部屋を三人で使っている。現在はカヤがいないため、二人であるが。
「そっかぁ~、この部屋もしばらく寂しくなるなぁ…。でも、何はともあれおめでとう!」
「あ、ありがとう…」
メルとしては少々複雑ではあるが、素直に喜んでくれる友人に対する感謝の念が勝っていた。
正直、ちょっと涙目になっている。
「そんで、相手はどんな奴だ?」
メルはグッと言葉に詰まる。相手が学園の王子・クロト=ランティアスだなんてどうして言えようか。
「あぅ…そのぉ…」
メルが言い淀むのを見て、リーザは何かを察知したのか、カッカと笑う。
「あ~…やっぱいい! 言わなくて!! カヤもいないし、アタシだけが聞いてもなぁ! てか、カヤも教えてくれなかったしな。でも、帰って来たらちゃんと言うんだぞぅ?」
何も言わなくても気遣ってくれた親友に、メルの両目から遂に涙が決壊した。
「ありがとリーザぁぁぁぁっ!! 私、頑張ってくるねぇぇぇぇぇ!!!」
そして、豊満な友の胸へと思い切り飛びつき、すすり泣く。
「おー、よしよし。なんだかわからんが、ひどい目に遭ってきたんだな~。今晩はお前だけのリーザ様だぞぅ~」
「リーザ、好き!!」
「はっはっは~。告られちった~」
メルはリーザに頭を撫でられ、その晩気が済むまで甘えていた。
…ちなみにこれはいつものやり取りであるので誤解しないでもらいたい。
一方、その頃の守護者科男子寮。
「ちぇ~、ついにクロトもかぁー」
茶髪の男子が愚痴をこぼした。
六人部屋のとある一室、そこでクロトはルームメイト二人に出立報告をしていた。
「元々五人で使ってたのが、これから二人部屋か。分かっていたけどちょっと寂しいな」
緑の髪をした男子が言った。
「つったって、キースが一週間前に、ロンに至っては今日のことじゃんか。心配すんなって、二か月なんてすぐだ」
クロトが二人に向けて言った。
茶髪の方がジン=リットン、緑髪の方がレックス=エディッツ。二人ともクロトのルームメイトで友人である。
ただし、この二人は守護者ではなく、ジンはフリーの守護者志望、レックスは守護者科教師志望のため、課外授業には行かないのである。
先ほどレックスが言った通り、クロト達が使ってる部屋は六人部屋で、それを五人で使用している。残りの住人がクロトの親友・ロンと先ほど話題に出たキースという少年である。この二人はクロトより先に出立しているため、不在である。
「にしても急だよなぁ。お前、進路希望出すって言ってたじゃん」
ジンは痛いところをついてきた。クロトは言葉を濁す。
「あー、うんー…その、色々あってな…」
ジンとリックスは互いに首を傾げる。明らかにクロトの様子はおかしい。
「そういうわけだから、今日は早く寝なきゃ。明日はちゃんと見送ってくれよ」
「大丈夫だって。おれがちゃんとジンを起してやっから」
「な!! それはこっちのセリフだっての!!」
二人がぎゃいぎゃい騒ぎ出すのを見て、しばらくこれも見収めかと少し寂しい気持ちになるクロト。
「ってか、準備ちゃんとしたか!?」
「忘れ物ないよな!?」
二人がクロトの方を同時に振り向く。割と世話焼きのようである。
「ガキじゃあるまいし。心配しなくても大丈夫だっつの!」
二人のあまりの息の合いっぷりにクロトは口を尖らす。
「ならいいけどよ!」
「相手の女の子に失礼がないようにしろよ!!」
二人が口々に言う。
クロトは口をへの字に曲げながら首を傾げる。
「…ちょっと待て、俺いつ女だって言った…?」
クロトの疑問に二人はけろっと答えた。
「魔祓い師と守護者ってのは男女コンビが相場だろ? つか、すでに常識の域」
「同性間なんて、よほどのことがない限りないね!!」
二人はケラケラ笑い飛ばしながら、さも当たり前のことのように言う。
実際、二人の言うことはその通りなのだが。クロトはがくっと肩を落とす。
「え、何? 相手男!?」
「うっそー、クロトくん不潔ぅ~」
わかっていながら二人がクロトをからかい始めた。
「うっせぇ! ちげぇよ!! つか、お前らもう寝ろ!! これ以上詮索しようってんなら沈めるぞ!!」
青筋立てたクロトは二人に目をむく。
「うわぁぁぁっ」
「それは勘弁!!」
クロトが吠えると、二人はぎゃいぎゃい言いながらも布団を被る。
やがて部屋の中が静かになると、クロトは今日起きたことを頭の中で思い起こしながら眠りに落ちていった。
そして夜が明け、朝がやって来た。
ようやっと五話まで漕ぎつけました。
次回から主役二人が旅に出ます。