第3話「最悪の接触(ファーストコンタクト)」
翌日、メルはA4サイズの資料を片手に守護者科にいた。ちなみにすでに午前の間にカヤは出発し、見送りを済ませている。
カヤに続くためにもメルは燃えていた。
「ふふっ、兄様め…ご丁寧にまだパートナーを組んでない人の資料を送ってくるとは…。見てなさい、絶対自分の力でパートナーを見つけてやるんだから!」
メルは資料をめくった。
この資料は魔祓い師を希望する全生徒に配布されているものである。事前に魔祓い師・守護者候補生たちは心理テストのようなものを受けさせられ、それと互いの能力を照合し、相性がいい人材をリストアップされているのである。
よって、資料の内容は一人一人異なるのだ。
今メルが持っているものは校長であるフレドがメルのためだけにまだパートナーを組んでいない、且つ能力的に相性のいい人材をリストアップしたものだ。今朝起きたらメルの部屋に届けられていたのだ。
「えーっと、何々…リット=クレンター、アックス使い…フローディア=ラントレット、レイピア使い…ゾルディオ=カーマ、双剣使い…。もう! 何よ、ほとんどすでに断られた人達ばっかじゃない!!」
メルは資料に何か書き込んでいく。
どうやらすでに断られた人には×印を加えているようだ。
メルはどんどんページを捲っていく。
「…あ、この人はまだ当たってない人ね。それから…」
すると、メルはとある人物の名を見つけて驚く。
「え、クロト=ランティアス!? この人って確か守護者科の学年一位だよね…? 真っ先にパートナー見つけてるかと思った…。意外だなぁ~…」
さすがのメルでもクロトのことは知っている。
学校中の女子の憧れの的で、学年一の優秀な守護者候補だ。
知らない方がおかしい。
メルは一度資料から目を離し、改めて気合いを入れる。
「…よし! 当たって砕けろね!! とにかく全部行きますか!!」
メルは行動開始した。
だが、やはりそんなに甘いものではなかったとメルはため息をつく。
「あー、ごめん、俺もう進路変更届け出しちゃった」
「ごめんなさい、折角の申し入れ嬉しいんだけど、私パートナー見つけてこれから発つから…」
「は?お前(実技が)ドべだろ?やだよ」
「他当たって」
「君ももう諦めたら?」
「~~~~~~~~~~~~~~~~っっ!!!!!!!!!」
結果は悉く惨敗。
「もう!! 一体何なのよぉ!! 厄日か!!」
守護者科の裏庭で、メルは叫んだ。
「…はぁ」
資料に今一度目を落とす。資料にある名前はほとんどあたった。どれもOKを出す人はいなかった。
残るはあと一人。
「…どこにいるのよ、クロト=ランティアス」
パートナー申請最後の一人は彼の有名な学年一位・クロト=ランティアスだった。
「さっきから探しても見つからない…。おまけに日も暮れ始めてる…。このままじゃ兄様に…」
メルは大きく肩を落とした。
次の瞬間。
「あぁぁぁあもうっっ!! 兄様の思い通りにされてたまるかぁぁぁぁぁ!!」
という罵声を上げながら近くの木を思い切り蹴りつけた。
すると…
ガサガサガサッ
「…へ?」
「うわぁぁぁぁぁぁっ」
上から人の叫び声とともに何かが降って来た。
メルは間一髪それを避ける。
「きゃぁぁっ!? な、何!?」
よく見ると、落下してきたのは人だった。
「~~~~~~~~ってぇ…」
その人物は腰を打ったようだ。
(やば、蹴ったら人落ちてきた)
背筋に嫌な汗が流れる。
(と、とにかく助け起こそう…)
「だ、大丈夫ですか?」
メルは手を差し伸べる。
差し伸べられた相手は顔を上げる。
その顔を見て、メルは声を上げる。
「あああああああああああああああっ!!」
「…あ"?」
相手はさっきから探していたクロト=ランティアスその人だった。
「いたー! 見つけたー!」
「…」
一人で騒ぐメルに、クロトは一瞬で状況判断をする。
(…俺を落としたのはこいつか)
ここは人通りが少なく、クロトの昼寝スポットである。
それに、滅多な事がなければ木が大きく揺れて、太い枝で気持ちよく眠っていたクロトが落ちるわけがない。
(こいつ、今なにしやがったんだ)
クロトはひっそりと青筋を立てた。
「やっと見つけたぁぁぁ…こんなところにいたのね!! ラッキー!…………じゃない! えっと、大丈夫?」
途中で我に返って、メルは改めて手を差し出す。
クロトはその手を取らずに立ちあがった。
「…まず言うことは?」
「え、え~? なんのことかなぁ~?」
(やば、バレてる!!)
メルはしらばっくれるがクロトにはお見通しである。
「ざっけんな。余程のことがない限り、木の上から落ちるなんてヘマはしない」
(む、すごい自信ね…)
とはいえ、メルが悪いのは明白だった。
「…………」
「………」
「……」
「…………ごめんなさい」
数十秒に渡る睨めっこの末、ついにメルは折れた。
「よろしい」
とりあえずクロトは許してくれた。
「ちなみに、何したんだ」
「思い切り木を蹴ったらあなたが落ちてきました」
「え…」
さすがに女の子が木を蹴るなんて暴挙にも驚いたが、どう見てもか弱そうな女子の蹴り一つで振り落とされたことにクロトは驚いた。
(…一体どんだけの威力で蹴ったんだよ)
その疑問は胸の内にしまうとして、クロトは別のことを聞いた。
「ってか、なんで木なんか蹴るんだよ。八つ当たりされた方の身にもなれ」
「…はぁ、ごもっともです」
確かに木にはかわいそうなことをした、とメルは素直に思った。
クロトはギッと睨む。
それにビクッとなりながらメルは答える。
「えっと、私まだパートナー組んでくれる人いなくって…でも、リストにある人にはほとんど断られちゃって…むしゃくしゃしちゃって」
(なるほど)
クロトは納得した。単なる八つ当たりだ。
「それで? さっき俺を見てやっと見つけたとか言ってたけど…」
「あ、うん、そう! あなたもリストに入ってるの!!」
メルに隠れてクロトは露骨に嫌そうな顔をした。
(また女子かよ…)
過去に追いかけまわされたことにより、クロトの中には女子に対する偏見が根強くなっていた。
とりあえず、クロトは質問をすることにした。
「用件はわかった。幾つか質問させてもらうぞ」
「え、うん…」
相手の先ほどからの上からの物言いに、メルの中で段々と嫌悪感が募っていた。
(…何よ、さっきから上から目線で。まださっきのこと怒ってるのかしら?)
だとしたらかなり器が小さい人ね!とメルは心の中でさらに付け加える。
「まず、座学の成績は?」
「座学はいいわよ。トップ10の中には入ってるわ」
「へぇ…じゃ、実技は?」
メルは言葉に詰まる。
「? どうした??」
「…あんまりよくない」
「…どのくらい」
「言いたくないです」
「まさかドベなんてことはないよな」
「っ…」
途端にメルの顔は膨れた。
「え、嘘だろ?」
クロトは冗談のつもりで言ったようだが、相手にそれは通じないことを知る由もなかった。途端にメルは怒りだした。
「悪い!? ええ、そうですともドべですよ!! 悪かったわね!! どうして人の気にしてることをサラっと言うかなぁ!?」
クロトはうろたえた。そこまで怒られる筋合いはなかった。
しかし、メルの方にしてみればほとんどそれを理由に断られていたためにだいぶ心の方が荒んでいたのだ。
「なんだよ! いきなり怒るなよ!! 俺に関係ないだろ!?」
「質問したのそっちでしょ!? てゆか、何!? さっきから態度偉そうなんですけど!? まださっきのこと怒ってんの!? 謝ったでしょ!!?」
「はぁ!? 別に怒ってねぇよ! つか、今明らかに態度悪いのそっちだろ!! お前は頼んでる立場だろが!!」
「仮にも守護者は魔祓い師に敬意を示すのがマナーでしょ!! あなたの態度はさっきから癪に触るわ!!」
「あーそうかよっ 俺はお前の態度が癪に障るっての!!」
二人は互いに思っていた。
どうして初対面の相手とこんなくだらない言い合いをしてるんだか。頭でわかっていても、回避不能だった。
言い合いに終止符を打ったのはメルだった。
「…それで? 質問は終わり!?」
言い方はかなりぶっきらぼうだ。言われたクロトは最後の質問をしようとしたが止めた。
「もういい。あんたみたいな奴、マスターはこちらから願い下げだ」
「それはこっちのセリフ! あなたみたいに態度が悪い人を守護者として連れ歩きたくないっ」
そう言うと、メルは裏庭から離れていった。
クロトはその背中を見送った。
「守護者を選ぶ基準なんて、聞くまでもないな。今ので交渉決裂だ」
最後にクロトはそう呟いた。
帰り道、メルは泣いていた。
「うぅ~~~~…」
頭が冷えると、初対面の相手とくだらないことで喧嘩をした自分に腹が立ち、同時に最後のチャンスを自分でふいにしてしまったことを激しく後悔していた。
「もぉ最悪…兄様に笑われるわ…」
メルは顔を袖でごしごしと拭った。
そして改めて深々とため息をつく。
「…あの人、なんであんな質問してきたのかな…」
メルは、なんとなくそれが気になった。