第1話「パートナー」
事の始まりは二日前に遡る。
「あぁ~~~~~っ……」
メル=リーマスは頭を抱えていた。
「どーしよぉ…もう時間ないよぉ…」
ここ、聖アールシェイド学園は、世界中に蔓延る悪魔を退治する魔祓い師、及びそれを守る存在・守護者を育成する機関である。
現在、メルは魔祓い師科6年生であるが、6年生になると守護者を一人伴って実践訓練を課せられる。
訓練内容は、パートナーである守護者とともに、決められたルートに沿った位置にある教会に巡礼しに行くことである。
外には悪魔がうようよいるので戦闘訓練も兼ねられており、常に危険が付きまとう。
そういうわけで、メルもパートナーを決めなければいけない。
しかし、メルはまだパートナーがいなかった。
「元気出して、メルちゃん…」
そう言ったのは、メルの右隣りで歩く親友・カヤ=イザヨイだ。メルよりも背は頭一つ分低く、心配そうにメルの顔を見上げている。腰まで届く、漆黒の長い髪を下の方で一つにまとめている。彼女は東国からの留学生であり、自国では姫君なのだそうだ。
「まぁ、気持はわからなくもないけどな。期限は三日後なんだろ?」
左隣にいるリーザ=ウェルストンが言った。
彼女は逆に、メルより頭一つ分背が高い。髪の色はレモンイエローで、短髪だ。その上、大人っぽくグラマラスな体型をしている。それに反して、口調はちょっと男言葉だ。そんな彼女は孤児で、ある街の教会で育てられた。この学園は学費が高く、貴族の子供が多く通っているのだが、彼女の場合はその教会からの援助と学園の奨学金制度で通っている。
リーザの言うとおり、パートナー探しの期限は三日後に迫っていた。
この訓練は参加は強制ではなく、魔祓い師を目指す学生向けのものである。というのも、魔祓い師科に在籍している者全員が将来魔祓い師を希望しているわけでなく、別の道を志す者もいる。現にリーザは孤児院や教会でのシスター職を希望しており、この訓練は免除されている。
しかし、メルは魔祓い師希望である。
期限三日前にもなってパートナーがいないのはちょっとした問題であるのだ。
「そう…そうなのよ! どうしよう~…」
メルは項垂れた。
どうしようといっても、原因はわかりきっていた。
メルは優秀な学生である。…あるのだが、どうにも実技は全部ダメダメなのだ。
術を発動しようとして爆発させることはよくあるし、この前は魔祓い師と守護者の契約の証しとなる「誓約の指輪」作りも、何度も暴発させてしまい、何百回と作りなおした結果、やっと出来あがるほどだ。普通はこの指輪作りに苦戦する者はほとんどいないのだが…。
そんな事実が守護者科の方にも行き届いているらしく、メルがパートナー申し込みをする生徒は、決まってそのことを理由に辞退する。
そうこうしてパートナー申請期限三日前。残りの守護者も少なく、準備が出来た者から順にすでに旅立っている。
すると、向かいから一組の男女が歩いてきた。
一人は魔祓い師、もう一人はその守護者…ということは、これから出発なのだろう。
「あぁら! メルさん、ご機嫌麗しゅう」
わざとらしくそう言ったのは魔祓い師の方…マリアナ=ノースデルトだ。
「マ、マリアナ…」
メルはたじろいだ。
どうも、マリアナはメルのことを疎ましく思っているらしく、よく嫌がらせを受ける。
そのため、メルはマリアナを苦手としていた。
「マリアナ、これから出発?」
リーザが聞いた。
「ええ、そうですわ。では、わたくし達急ぎますので!」
オホホホと高笑いし、水色の縦ロールをはためかせながらパートナーを従者のように引き連れ、去っていった。
いや、実際従者だ。
確か彼は三大貴族に数えられるマリアナの実家・ノースデルト家に仕える使用人の一人で、マリアナの世話係だったな…と、メルはぼんやり思い出す。
「…バッドタイミングだったね、メルちゃん」
「最悪よぉ…」
メルは本日何度ついたかわからないため息をついた。
こんなところでマリアナに出くわすとは、本当についてない。
「ところで、カヤの方はどうなんだ?」
リーザがカヤに聞いた。
カヤはメルの方を見ると、少し言いづらそうにしながらも意を決して言った。
「その…もう決まってるの、あたし。明日、発つ予定」
「えええええええ!!??」
叫んだのはメルだ。
それもそのはず、カヤは今までそんな素振りを見せなかったからだ。
「へ~! おめでと!! いっつのまに~」
対してリーザは素直に祝福した。
「えへへ、びっくりさせようかと思ってずっと内緒にして…たんだけど…」
カヤはもう一度メルを見る。目に見えて憔悴しきっている。
「…メルの状況見て言いだせなくなったのか」
リーザが察して続きを言った。カヤは無言でうなずく。
「カヤまで…」
「ご、ごめんね!メルちゃん…」
カヤは本当にすまなそうにしている。
「ううん…謝ることなんかないのよ…。おめでとう、カヤ…」
メルはなんとかそれだけ言った。
「メルちゃん…」
その時だ。
ピンポンパンポーン…
「魔祓い師科6年、メル=リーマスさん、至急校長室までお願いします。繰り返します…」
「あ、メルちゃん呼ばれてるよ!」
「ホントだ…」
何だか嫌な予感しかない。
「何の用件だろうな? メル、校長に呼ばれるようなことしたのか?」
メルは首を振った。嫌な予感は次第に強くなってくる。
「パートナー探しの件かなぁ?」
絶対それだ。それしかない。とは、さすがにメルも口には出来ない。
「ありえなくはないけど、校長直々か?」
リーザの言葉に、メルは僅かに肩を震わせる。背筋に冷たい汗が流れる。
リーザの言うとおりだ。パートナーの件なら校長ではなく担任から呼び出しがかかるのが当然である。
だが、呼びだした人物のことを考えると、ありえない話ではないことをメルは知っていた。
なぜなら彼は…
「っと! 早く行かなきゃ!! じゃ、ちょっと行ってくるね」
メルは我に返り、来た道を引き返す。
「ん、頑張れよー」
「いってらっしゃ~い!」
カヤとリーザはその場で走っていくメルを見送った。
数分後、メルは立派な赤茶の扉の前に立っていた。
プレートにはご丁寧に「校長室」と書かれている。
メルは一つため息をすると、ノックをした。
「メル=リーマスです」
名前を告げると、奥から「どうぞー」と間延びした声が聞こえた。
メルはゆっくり扉を開け、中に入ると素早く扉を閉めた。
「…で? 何の用? 兄様」
早々にメルは目の前の人物…兄に言った。
だが、その兄は話を聞いてはいなかった。
「め~~~~~るぅ~~~~~~~~~っ!!!!」
ガバッ
メルは突然きつく抱きつかれた。
「会いたかったようぅぅぅっっ!!」
「ちょ、兄様!! 離れてよ!!」
しかし、メルの兄は離れようとしない。
「ここ、学校よ!! この状況見られたらまずいんだから~~~!!」
メルは彼の腕の中でジタバタもがく。
すると…
バシッ
何かが何かを叩きつけたような音がした。
しかし、メルに衝撃はない。
「そこまでです!! フレディオ様!」
二人の横で、眼鏡をかけた女性が眉を吊り上げて立っていた。
手には…分厚そうな本が。
メルは兄・フレディオを見る。
頭を押さえて呻いていた。どうやらそれで殴ったらしい。
破壊力は言わずもがな。
「全く、羽目を外し過ぎです! メルさま…メルさんの言うように、学校なんですから自重してください!」
彼女はより一層眉を吊り上げた。
「うぅ…わかったよぅ…」
フレディオは涙目で女性を見上げた。相当痛かったらしい。
「分かればよろしい」
「ありがとう、セシリアさん!」
メルは心からそう言った。
ぶっちゃけた話、このシスコンの暴走を止められるのは彼女以外にはいない。
「礼には及びません。……それで校長? さっさと本題に入ったらどうですか?」
セシリアはまだ頭を押さえているフレディオに向き直った。フレディオはまだ頭を摩りながら、本題に入る。
「うん…分かってると思うけど…」
「パートナーの件ね…」
メルはその先を引き継いだ。フレディオは重々しく頷いた。
「分かってるなら宜しい。それで、そろそろ期限が迫ってたよね?」
「ええ…」
「伏せているとはいえ、この国の王女である君がパートナーも見つけられず落第する…なんてことがあってはならないなんてこともわかってるよね?」
メルはグッと言葉に詰まった。
そうなのである。
メル=リーマスと名乗るこの少女の本当の名はメルティア=アールシェイド。アールシェイド家はこの国の王族の名であり、彼女の父はこの地を治める法王という役職に付いている。
つまり、この国で一番偉い。
そして、メルの兄であるフレディオはこの聖アールシェイド学園の校長をしているが、王位第一継承者だ。その妹であるメルは王位第二継承者。
学校には、そのことを伏せて在学しているメルだが、当然兄の言うようにこの実践訓練に参加できずに落第…とは、王族として由々しき事態なのである。
「そこで、僕は考えた!」
フレディオは言う。
「確か、パートナー契約の期限は三日後だったね? それまでに、君のパートナーを僕が見繕ってあげよう! 校長権限で!!」
メルは、一瞬何を言われたか理解できなかった。
「…は?」
「大丈夫!! 兄様が君にぴったりのパートナーを探してあげるからね!! 特に、害のなさそうな人材を…」
勝手に話を進め始めたフレディオに、メルは遂に制止にかかった。
「ストーーーーーーーーーップ!!」
「なんだい、メル」
「異議あり! 異議あり!! 異議あり~~~~~!!!」
メルはその場でジタバタする。フレディオは口を尖らせる。
「何がそんなに気いらないんだい?」
「気に入らないわよ!! パートナー探しは一生に一度の問題!!それをどうして兄様に決められなきゃいけないの!?」
通常、魔祓い師と守護者の契約は両者の同意の上で行われ、例外的な出来事がない限りはその契約は一生涯続く。今回のはこれで本契約とはならないが、例年生徒達はこの実施訓練で組んだ相手とそのまま契約することが多い。
逆に、この訓練後や卒業後などにパートナーを解消する者の方が稀である。
よって、このパートナー探しは重大な意味を持っているのである。
それを兄であるフレディオが校長権限を使ってまで決めるのはおかしいと思うのは当然の主張だ。…が。
「だーってメルがなかなかパートナー決めないからだろ?」
メルは言葉に詰まる。
「メルがすぐ決めてるなら僕だって口出ししなかったけどさ。たぶん」
「校長、ぼそっと"たぶん"なんて言わないでください」
セシリアがツッコミを入れるが、フレディオは構わず続ける。
「…さっきも言ったけど、君は王族なんだ。無事に卒業してもらわないと困る。たとえどんな手段を用いたとしても」
メルは生唾をごくりと飲み込む。
「だから、この三日以内にパートナーを決めてもらうよ」
メルはしばらく何も言わなかった。
フレディオは我慢強くメルが何か言いだすのを待つ。
やがてメルは言った。
「…わかった。ただし、もう少し時間をちょうだい。絶対自分で探してやるんだから」
「いいだろう。明日中まで待ったげるよ。でも、ダメだったら僕が決めた人と訓練に行くんだよ?」
「…わかったわ」
この二人のやり取りに、セシリアは大きなため息をついた。
校長室にはいつの間にか夕陽の光が差し込んでいた。