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非実在青少年は異世界で死霊術師を愛でる  作者: A・F・K
長いプロローグ・城脱出編
8/54

※8 チョロインは誰だったのか



 ここを見つけたのは、殺されてすぐのことだった。


 召喚の間からちょっと潜ってみたら地下空洞が広がっていたので、潜れるだけ潜ってみたのがきっかけだ。

 位置関係と俺の移動可能距離から考えて、本城地表から地下七十メートルほどか。

 数えるのもバカらしくなるほど重ねかけられた、非常に強力な魔法壁の固まりの中。

 光が届かないはずのその世界だが、俺の目には光と色彩が溢れて映っていた。

 『描画』能力によって捉えられる、力強い魔力の光と色。


 おそらく地脈とか龍脈とか、ファンタジーだったらそんな単語が飛び出しそうな魔力の奔流が地の底から湧きたち、この場にいる仮死状態の神子たちへと吸い込まれ続けている。

 余った魔力はいつくかの魔法的な設備へと吸収され、さらに余った分が地表へと昇っていく。

 どうやら、ここを守る多層結界は純粋な魔力だけは通ることが出来るらしい。


 魔力を一時的に留める性質があるのか、透明な巨大球形水槽内部には高濃度の魔力が溢れ、支えるものがないミイラと美丈夫を浮き上がらせていた。


 少々小さい他の水槽も似たようなものだ。

 中央のこれと違うのは他全てが一人ずつしか入っておらず、首輪をしていることか。


 魔力だけに依存しない特殊能力持ちを操れる魅了の首輪だ。

 普通に考えてそれもまた魔力だけに依存しない、同質かそれ以上の特殊性をもった代物であると考えた方が自然である。

 つまり魅了効果そのものがどこぞの神子の特殊能力であるということだ。


 神子の特殊能力は、俺のそれを考えるに、本人が持っていた習慣や願望が強く影響していると想像することが出来る。

 そして人間が、というか一定以上の体格を持った動物が普遍的に所持している欲求がある。

 食欲、睡眠欲、性欲の三大欲求だ。

 個人としてや遺伝子としての生存欲求に根ざすそれに類する特殊能力は、おそらくはもっとも多く発現する能力であると考えられた。

 また、その全ては武力によって得られる面もあるため、武力に関連する特殊能力も多かったことだろう。


 なにが言いたいかって魅了チートや武力チート、生存能力チートは特殊能力の中でも近いものが一つ以上搭載されていて当たり前の代物だってことだ。

 そしてどれほど純度の高いこの類の能力を持つかで、持ち主の闘争本能、競争能力の度合いを知ることが出来る。

 エルフ耳基準で見た場合、俺にはそれが最初の段階だとまったくといっていいほどなかった。だから切られたのだ。

 さらにここや本城にいた神子を見ればわかることがある。


 神子は不老不死。もしくは極端に老いにくい。


 これは生存能力系統に関する能力部分になると思う。

 性質の違いは千差万別だし完全な不死など可能なのか? 本当の意味で完全な不死を望む者はそう多くはないのでは? といった疑問はあるが、不老に関しては武力や魅了と同じように願望として持っている人間が多いはずの望みであるのだから、近似能力は持っていて当然ともいえる。

 通常、特殊能力は上限二つらしいから、不思議物質である魔力が多いほど老化が遅いだけな可能性もあるけど。

 もしかしたら不老とかは特殊能力枠に入らない、もしくは隠された第三枠で固定とかもありえるし。


 なんにせよエルフ耳達は最初のログの中でそこまで頻繁に神子召喚を行っているわけではないことをほのめかしていた。

 魔力の溜まりが云々とかで、少なくとも数十年に一度単位での召喚のようなのだ。

 そして存命の神子が複数いることもそのログの中で俺は確認していた。それは実際に会っているので間違いない。


 俺はといえばこの幽霊みたいな状況である。

 ある意味肉体に依存しない不老不死といえるだろう。

 あの神子女達を凍らせたのもそれが理由の一つだ。あのまま爆破したとして、復活しないとは限らないと考えたのだ。

 もし死ななくても継続的に行動不能に出来るように凍らせた。

 どの程度効果があったのかわからないが。

 いやマジで俺こんな状況だし。最初に普通に俺が殺されたことを考えたら、肉体損壊に耐えうる不死性持ちはほとんどいないとは考えているんだけどさ。

 まだちょっと考察対象少なすぎてわからん。


 ここにいる奴らも、寿命で死ねないだけの奴らなのだと思う。


 魔力の流れとか見た感じ、魅了能力同士で縛り合い、生かして、能力だけを使用させ続けている。


 タマのそれや他神子の特殊能力群も今までの感じ、魔力を原動力、もしくは起点としていた。『死霊術』だけではなく、最初の一回にしか確認できていないが『押し入れ』も発動時に魔力を発している。

 元世界では不可能だった事象を、なんか色々なエネルギーの完全上位互換ぽい魔力さんを用いることで、無理矢理実現させてる感じだ。


 対して俺はゲーム的な願望が働き、魔力イコール魔法イコール現実の外でモニターの中。

 つまりプレイヤーである俺への攻撃が不可能であると、考えるまでもなく認識していた。

 この今の俺が魔力感知の干渉外となっているのはそのためだと考えている。

 『押し入れ』の中に関しても同様であろう。

 原理は不明だが、魔力以外にも摩訶不思議パワーを生み出すなにかが、この世界にはまだある。


 目の前で無数の魔法陣が光と共に浮かび上がる。


 タマが魔法を起動させたのだろう。

 だいたい想像はつくものの、なにを思ってかここの者達の話を聞いた彼女はそのスイッチ役をやらせてほしいと言ってきた。

 俺は拒む理由がなかったので、任せたのだ。


 ミイラと美丈夫が、無数の魅了能力持ちが、魔法陣の光を浴びて妖しく照らし出される。

 近くに彼女の魔力と小さな魔法陣が現れた。遠視でタマも見ているようだ。


 きっと、抱き合うこのミイラと美丈夫にも何かしらのドラマがあったのだと思う。

 空虚なものとはいえ、今も美丈夫の瞳と腕はミイラを捉えて離す様子はない。

 ミイラもまた同じだ。

 眼球が萎み洞となった眼孔で美丈夫を見上げ、その背中に折れそうな腕を回している。


 まあ、知らない人だからどうでもいいけど。

 女性向けの絵のモチーフにはいいだろうね。多少のグロ入りの方が最近は受けるし。


 彼らがどれだけの時間こうしていたのか知らないが、それも今この瞬間に終わりを迎えるのだ。

 本当に終われるのか知らないが、先の神子の例でいけば能力の発動は一時的にでも止められるだろう。

 彼らにとってどうだかわからないが、それはとりあえず俺たちにとっては幸運なことだ。


 ここにあった大量の魔力を惜しみなく使った、すでに十八番と化した感もある無数の『炎熱・爆炎5』が、先に効果を示していた炎熱の属性場の力を借りて同時発動する。


 視覚も聴覚もこの世のものではなくなった俺だから、認識することだけは出来た。


 神子達の体内だけではなく、床面全てを覆い尽くすようにして張り巡らされたそれは瞬時にその場の全てを、結界もなにもあったものじゃなしに粉微塵に吹き飛ばし、燃やし尽くしただけでは飽きたらず、地の底から湧き上がる魔力が粉塵を吹き飛ばした後には、付近一帯が沸き立つ溶岩の様相となっていた。


 真っ暗なはずの地の底で、見える限り一面の地面も壁面もが煌々と赤く輝く様というのは、なんとも圧倒的で神秘的な光景である。


 いや、なんか発動してからが一瞬過ぎて簡単な雰囲気だったけど。酷いよこれ。

 さすがにびびって思考停止した。

 この光景も熱を苦痛に感じないから大丈夫だけど、感じてたら無理すぎる。


 てかさっきよりもだいぶ床面が遠い。

 属性場操作は、その場にある魔力全体に影響を及ぼすんだっけか。

 『描画』で『炎熱・爆炎5』の魔法陣を描く際に使った分どころではなく、属性場変更でさらに後になって湧きだした分も補助としてその全てが注がれたのだろう。

 あれで形あるものが無事でいられるとは到底思えない。

 もしあの中に再生能力持ちがいたとしても、このマグマだ。しばらくはまともに行動できないだろう。

 まあ、俺みたいなゴーストタイプになってたらお友達になってくれ。ゴーストタイプ単品だとだいばくはつは効かないんだぜ?


 気付けばタマの遠視魔法も無くなっていたので、塞き止めるものが無くなった魔力の奔流と一緒に上昇を開始する。


 それにしても恐ろしい量の魔力である。

 現在のタマの総量もこれに近いものがあるが、こちらはおそらく無限湧きだ。

 『押し入れ』という反則があっても、俺がここにいて時間単位で使える魔力量は彼女から吸い上げて使うそれを遙かに超えるだろう。


 もう首輪も使えないだろうし、ここで迎え撃てば、案外あっさり彼奴らに勝てるかもしれない。

 ただその場合、タマの安全が保証できないが。


(ゲームの仕様上、反射や完全防御系の魔法とか存在しなかったしなぁ。

 タマさーん、そっちは大丈夫ですかー?)


(……ああ、少し驚いたけど、私は大丈夫だ。隠匿魔法も使った。

 ただ城の様子がおかしい、地震も、徐々に強くなってきているね……)


 地に足が着いていないまま高速で移動していたため解りづらかったが、地震が起きているらしい。

 たしかによく見てみると壁面が揺れている。


 急ぎタマの元へと戻ろうとしていると、召喚の間の様子がおかしくなっていることに気がついた。

 なにやら魔力を吸収していた神子が能力を制御できなくなったのか、多量の魔力を放出しながら苦しみ悶えている様子。


 そしてその魔力を浴びて明滅する召喚の間を覆う魔法陣。

 要所要所に置かれた真っ赤な石なんて、いかにも怪しげなオーラを振りまいてらっしゃる。

 あれ、見えるし魔力を吸って発しているけど、オーラ自体は魔力じゃない。なにかもっと別種の力だ。

 床面から天井部分までを覆うように描かれた赤い線と線、点と点が空気中の魔力を伝播して、床と天井の間のなにもない空間内にも立体的な魔法陣を展開し始めた。

 それは複雑な形をした球状のひび割れ集合体みたいな……。


(……うわテンプレ発動かもしれません。

 魔力吸収神子が地脈の魔力吸収しきれなくなって能力暴走。

 その魔力で召喚魔法陣も暴走を始めた様子。

 これ絶対ケツ巻くって逃げなきゃいけない状況ですよ)


 ビキリと音がした。


 展開した魔法陣を見て、魔力吸収神子を置いて逃げようとしていた他連中が空中の魔法陣の線に沿って切り刻まれる。一瞬だけ防御したのか原型を保っていた神子がいたが、すぐにそのままバラバラになってしまった。

 あ、これ本気でヤバイやつだ。


 魔法陣が巨大化を始める。

 神子達がいた中央付近の空間が歪み始め、渦を巻き、ブラックホール状になる。

 モザイクが必要なった奴らがそこへ吸い込まれていった。


(タマさん逃げますよ!)


(すでに走ってる! なにこの赤いのは? どこに行けばいい?)


 逃げるタマに追いつきつつ、叫ぶ。


(この赤い線や面に触れるのは極力避けて!

 隙間を通りながらここからとにかく離れるんです!)


 またビキリと音が響く。


 魔法陣は自体はスケールが大きくなったお陰で召喚の間にあったころより避けやすくなっていそうだが、周囲が崩壊を始めるのはどうしようもない。

 俺の言葉と今のでタマも赤い線とかの意味がわかったらしい。太眉をしかめた。


 魔法陣は切り刻んだ瓦礫を吸収しながらさらに巨大化を進める。


 このサイズ比から見て、おそらくすでに城全体を呑み込んでいるだろう。次の音でこの城は完全に終わる。


 先の崩壊で城の土台がやられたのか、上からの崩落も酷い。

 回復魔法で息が切れかけているタマを癒しながら、『炎熱・爆炎1』を連続起動させ、上や前方を吹き飛ばしつつ突進させる。


 技能や魔法の中にある移動速度上昇系も併用させるだけではなく、この状況こそを乗り切るべきと彼女がレベルアップで貯めていたステータスの自由値を、足の速さに直結する敏捷性(AGI)に大振りと体力(CON)筋力(STR)に少量ずつ割り振る。

 ゲームの仕様上レベルアップで上昇するステータス値は活動内容で六割固定されるため、好きに出来る自由値の方が少なく、本来だったらそこまで大量に振ることなど出来ないのだが、先ほどからずっとレベルアップを繰り返しているのだ。

 貯まっていた分、相当な違いが出てくる。


 てか俺を殺したときも一気にレベルアップしたものだったが、神子やエルフ耳の経験値ウマーである。

 こんな奴らばかりを相手にしていたら、レベルカンストなんてすぐだろう。

 とっくにそうであったが、罪悪感とか遵法精神とかに今更構う気はないし。


 幸いなのは、外にいるエルフ耳や神子、聖隷達が城内に突っ込んでこないことか。


 先行して俺が外に出て少し、また音が響いた。


 城を完全に覆いさらに後宮の一部に食い込んでいた魔法陣は、なにもわからず赤い線と面に触れていた者達を切断する。

 彼らのほとんどは首輪なしの神子やエルフ耳であった。

 飛行魔法か何かで空に浮いていた彼らは城から出てくるタマを狙おうと、魔法や特殊能力を構えるために近づいていた者達だ。

 一瞬の混乱。

 同時、彼らを排除するために仕込んでいた『炎熱・爆炎1』が発動する。

 無傷な者や生きていた者も多かったが、これでいなくなった。


(タマさん!)


(大丈夫だ!)


 わかってはいたが一応の無事を確認すると、今度はさらに大きくなった魔法陣の全容を見渡す。

 巨大化の比率が今まで以上に大きくなっており、本城以外の建築物全てを包み込んでいた。おそらく周囲の林全体を包んだくらいか。


 今になって気付く。

 この高度では見渡せないが、一帯の建築物を取り囲んでいた林の先には、きらめく水たまりが広がっていた。

 後ろが見えないが、もしかしたらここは湖の上の孤島とかなのかもしれない。

 タマが崩れ落ちる瓦礫を足場にして、アニメや漫画さながらに崩落する城から飛び出してくる。ステアップの効果がわかりやすい。マジカッケー。


 少し離れた場所には、ごく一部の者達を除いて泡を吹いて倒れる首輪付きの聖隷や神子達。

 その周囲には城が完全に崩壊し、倒れた聖隷達を起こそうと混乱をきたした首輪なしのエルフ耳や神子達がいた。

 首輪付きに何があったのかはわからない。

 長期の魅了を強制解除した反動のせいか、それとも解除のあとにエルフ耳とかに反旗を翻して返り討ちにされたのか。

 全体の様子から見て前者のようだが、意識がある者も状況が理解できていないようだ。


 飛び出してきたタマに気付いた面々が声を上げ、距離を取りながら魔法攻撃を仕掛けてくる。

 一部の者だけで、連携もクソもないてんでバラバラな攻撃だが、威力と数は充分すぎるものだ。

 そして俺の『描画』の有効範囲外にいるので、先に潰すことも出来なかった。


 タマに矢衾が、火炎が、礫土が、風刃が、水球が、紫電が、氷礫が、閃光が、それぞれ単体でも大軍仕様みたいな魔法が殺到する。

 タマ並の魔力持ちが複数いるのだ。

 それはタマだけではなく、面制圧として周囲一帯を蹂躙した。


 哀れタマは消し炭となった。


 わけもなく、こそこそと隠匿系統を使用して林の方へと逃げ出していた。

 飛び出してきて魔法の的になったのは幻影だ。

 カッコ良かったのは幻の方である。

 普段であれば魔力探知で騙されることはなかったのだろうが、魔法陣の影響で周囲一帯が魔力で溢れ、魔力による位置把握が出来なくなっていたのだ。

 しかも奴らは現状に混乱し冷静な判断力を失っている。


 だが中には冷静な者もいたようだ。

 いや、もしくは彼らを囮に逃げだそうとしていただけか。


 タマの進行方向にエルフ耳と神子が数名。

 俺の『描画』範囲に入る直前で背を向けていた奴らがタマに気付いた。

 王子達だ。


(タマさん)


(わかってる)


 こんな場所で今奴らに構っている余裕はない。

 もう少しで先ほど崩れた本城の瓦礫が魔法陣中央に吸い込まれる終わるだろう。

 これまでの経験上、それでまた空間断裂っぽいあれがくる。

 これがどこまで続くか知らないが、今は逃げるしかない。

 あの断裂自体を避けるのは容易いが、内部にいては吸収されてしまう。

 奴らも現状でバカな真似をすることはないだろ――


「――っぐぅ」


 突然、タマの周囲が上から巨大なプレス機で押しつぶされたかのように拉げ、潰れた。

 姿を消していたタマの隠匿系統効果が強制的に切られ、彼女はその場に倒れ込んだ。

 防御用に仕込んでいた一定量までの外傷を防ぐ『礫土障壁』がボロボロと崩れていく。


 さらに王子達がいる方向から、白い霧が急速に広がり迫ってくる。

 姿が正確に捉えられないなら、広範囲で潰せばいいということだ。

 おそらくは重力系の範囲攻撃に、あの霧は、


(あの霧やばい、木々が腐ってく。

 風で流しますから、少しの間息を止めて――くそっ、なんでこれ風に流されないんだ!?)


(魔法で私の真下に穴を空けてくれ。多少私にダメージが来てもいいから)


(わかりました!)

 

 すぐさま『土石・地裂1』を連続使用して穴を掘り、タマを地の底へ隠す。

 何度も同時に『礫土障壁』を使い、落ちていく身動きのとれないタマを保護しながら、逆に上部に蓋になるよう土を詰めていった。

 高重力や連続する衝撃、さらに息苦しい地中ゆえにタマが顔を歪める。


 地中にも及んでいた赤い魔法陣の線を避けつつ、ほどほどのところで止めた。


 すぐさまタマが『押し入れ』発動の準備段階に入る。

 それでも間に合わない。


 ビキリ、とここにいても音がはっきり聞こえてきた。


 赤線とかは回避してあるが、このままでは身動きがとれないまま魔法陣に吸収されてしまう。


 だがここに来て異変が起きた。


 魔法陣が今度は巨大化を始めないのだ。

 代わりに周囲の魔力が魔法陣に吸収されていく。

 赤い線や面の輝きが増していき、重力魔法のようなものの効果が失われた。

 霧が赤い光に掻き消されるようにして正体を損なっていく。

 さらに今までとは逆に、土がめくれ潰れた木も腐った木もなにもかもが宙に浮き始めた。


 地中から逆に引きずり出されて見た光景は、立体的に島を覆った球状魔法陣内に浮き上げられた、魔法陣内にあった全てのもの。

 無重力空間実験みたいな光景だった。


 魔力を失った状態で浮かされたエルフ耳や神子は遠くで右往左往していた。

 まだ王子達も魔法陣から出られていなかったらしく、少し離れたところで騒いでいる。

 奴らの体内にはほとんど魔力が残っていない。吸収されてしまったようだ。

 故に移動することも攻撃することも出来なくなっている。

 さっきこっちに手を出していなければ先に外に出られていたかもしれないのに、アホである。


 浮き上がってから安定したところでタマは再度目を閉じ、『押し入れ』の条件を満たそうとする。

 俺も同意見だが、『押し入れ』に逃げ込む以外に現状の打開方法がないという結論に彼女も至ったらしい。


 現状の魔力吸収環境下で『押し入れ』が発動可能かなんとも言えないが、ステータスを見る限り彼女の魔力量は完全にゼロにはなっていない。吸収されながらも魔力量が回復しているからだ。

 だが回復した端から吸収されているので、少々分が悪い賭ともいえた。


 そんな中、タマが口を開いた。


「今の内に言っておきたいことがあるんだ」


(え、なにそれこのタイミングでとか、死亡フラグですか?)


「私のこれからの目標は、ウルくんの肉体の復活と元世界への帰還だ。

 少なくともウルくんは絶対に生き返らせる。

 復活は方法もすでに目処が立っているし、帰還は来ることが出来たんだ、絶対に帰れないということもないだろう。だから、それまでに君を私に惚れさせる」


(無視しやがって直球で死亡フラグじゃないですかヤダー。

 ……じゃあ俺も言っときます。すでに俺は――)


 ――貴女に恋してます。


 ビキリと今まで以上に大きな音。

 『押し入れ』は間に合わなかった。


 今の言葉が最後まで届いただろうか。


 世界が光に包まれる。


 それは肉体を失った俺の不条理な視界すらも奪うような、さらに不条理な光だった。

 感覚として、世界がズレるのを感じた。


 俺はグッドエンドが好きだ。

 特に俺基準で性格がいいと思える人間には、男でも女でも美人でもブサイクでも幸せになって欲しいと思ってしまう。

 ゲスの存在は許すが、それはあくまでいいヤツの幸せのエッセンスとしてだ。

 同時に、見知らぬ他人の人生はどうでもいいとも思っている。

 それが男でも女でも美人でもブサイクでも。

 ある程度以上に共にいて関わる時間がないと、まったくと言っていいほど関心が湧かない。

 あってもフリだけの関係だ。


 そんな俺でも、タマの背後霊になった当初から彼女には幸せになって欲しいと思った。


 簡単な話なのだ。


 恋人を作る気がなくても、リアル性交渉に興味がなくても、未経験な高校生男児は惚れっぽい。


 元の世界から召喚される際、俺は時が止まったような白黒反転世界で、彼女を見た。

 そのとき腕の中にいた山田珠弥ではなく、上から降りてくるように、なにもなかったそこに現れた、もう一人の白黒反転していない山田珠弥。

 上下逆さに現れた彼女はわけがわからずにいる俺に、今にも悲しみと切なさで泣き出しそうな、でもどうしようもなく嬉しいのだと俺にも伝わる見惚れるような笑みで、くちびる同士が触れるだけの口づけをしてきた。


 そうやって、俺はこの世界に召喚されてきたのだ。


 初めてのキスだった。


 なんだかわけわかんないけど、とりあえず同じ顔を持つこのタマには幸せになって欲しいと思った。


 俺ってばスゲーチョロインだったわけである。


 あのときの彼女の存在に、このタマは気付いていないだろう。

 俺の胸ぐらいまでしか背がないこの娘は、ちょうどその真上にあったもう一人の彼女を見ることが出来ないからだ。

 だからこれは俺だけの秘密。憑依してから呟くこともしなかったし。


 そして、先の彼女の発言を聞いて確信した。

 きっと彼女は元の世界に帰ることが出来る。

 おそらくは俺たち二人以外に、時間もなにもかもがあのときのままの世界に。


 そして、きっと、おそらく、そこに俺はいない。


 あの時あの場所にはもう一人の俺の姿はなかった。そういうことだ。


 同時に、彼女は最悪のエンディングを免れる。


 視界を奪っていた光が晴れていく。


 見えてきたのは無事な様子のタマの姿と、その向こうにあるさっきまでいたはずの場所にはなかった巨木による森の地平線。

 エルフ耳や神子の姿はない。

 代わりに低空を飛ぶ巨大な鳥の姿が。


 何が起きたか知らないが、召喚の間から暴走が始まったことを考えれば、これは転送かなにかか。


 緑の地平線が見えていたのは一瞬。タマの自由落下が始まる。

 地上六〇メートルほどからのヒモ無しバンジーに対し、低位の風の魔法をタマに斜め下から叩きつけ、突風に煽られた彼女は近くの木に飛びついた。そこからでも地上四〇メートルはありそうだ。

 空気中の魔力を使ったのだけど思ったより魔法の威力が出てしまい、タマが咳き込む。

 ちなみに、さっきの風で体に巻き付けていたシーツや壊れた首輪はどこかへ飛んでいきました。


 近くから、遠くから、どこからともなく地鳴りのような音が聞こえる。


 また真っ裸である。

 俺のせいだけど。

 でもそれを、片時も離そうとしない死霊兵スズキの骨塊で恥部を隠そうとするのはどうかと思うわけで。

 その子、某カタコト球形未来ペットみたいに自動追尾っぽいから、持ってなくてもいいんだよ。

 それにそんなにそこに押し当てるなそれ一応俺の元体でもあるんだけど。

 しかもなんだその咳き込みながらニヤけた顔。さっきの聞こえてやがったのか。いや違う、ログかこのやろう。


 無言のまま、周囲を確認したタマがごんぶとな枝に座り込み『押し入れ』の準備に入る。


 さて、これからどうしたもんかね。




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