※6 種と仕掛けは『描画』と『RPGシステム』
当初、一部ではアルテノ達と[墨塗り]が戦う案もあったそうだ。
だがそれは却下された。
ラハッカが木剣を持ってまともに戦えるはずがなかったからである。
ラハッカの体内に住む悪魔種であるショーコの防衛捕食により、普通の武器では強く握り振るうだけで黒水がその武器を捕食してしまう。もちろん兜や首輪も同じだ。硬質な物を身につけて擦れると、それだけで食われることになる。となればまともな試合など出来るはずもなく、かといって彼女の愛刀で戦えば相手はただでは済まない。鞘付きでも武器の強度が違うし、自然に出て来てしまう黒水の脅威が無くなるわけではないのだ。
そんなラハッカと生死の危険無く戦える相手など、存在するはずがない。
いるとすれば極々一部の超常的な防御能力者、より正確に言えば一部のグフア皇族だけだという話である。彼女の愛刀もとある戦いで収めた功績の報酬として、現帝が皇子時代に手ずからラハッカの為に拵えた最上級の帝王結界武具なのだそうだ。
ふと疑問に思いそれまで武器どうしてたのかと聞いたら、自分の骨で造った武器を使っていたという。
どこの骨をどのようにして取って剣の形にしたのかは聞かないことにした。
とまあそんなわけだが、今なら例外が存在する。
ラハッカとショーコにツガイ候補にされたタマと俺である。
そしてタマの強さを示すには他にちょうど良い相手もいなかったのだ。
元皇族で帝王結界が使えるメリベルがいるから、アルテノ達も戦って戦えないことはないんだけどね。アルテノの魔力吸収能力もラハッカ達の不死性を突破できる強力な武器だと言えるし。まあそこまでやるようなガチ戦闘となればこんな会場は一瞬で吹き飛んで武闘会どころじゃないだろうし、チーム戦となればタマも俺もいるから、やはり彼らに勝ち目などないのだけど(キリッ)。
そんなわけで[墨塗り]はザサ国王に二人が戦う、というよりも演舞を見せるということでもいいだろうかと打診したのだ。
それは快諾され、こうして二人で舞台に出ることとなったのである。
今まで興味がなかったので他の人のは聞き流していたが、二人が中央付近に立つと同時に、二人について改めて紹介が挟まれる。
王国側の思惑も読めないところがあるし、こちらも都合が良い内容を広めたいので、紹介内容は指定してある。話してくれる人もリャムレス嬢に限定した。思いっきり王国を信用していない行為だが、個の強さがものを言うこの世界。国との繋がりはビジネスライクなくらいの方がちょうど良いので問題ない。必要なのは御上の信用ではなく、大衆の好意的な知名度なのだ。
「――かつて聖神教によって一度壊滅した最古の冒険者氏族[墨塗り]。
その生き残りにして現氏族長であるショーコ・ラハッカ様。
彼女は現在二十三名いる魔石級冒険者の一人であり、悪魔の領域解放や聖神教戦線で収めた功績は数知れず。現グフア皇帝陛下からの信も厚く、先の試合で剣を振るわれた元アルトウン家、現フリルシェ公王アルテノ陛下の剣の師でもあります。常に最前線に立ち戦うお姿から「刃の魔女」「無限再生」「地獄反し」「黒国津波」「神子刻み」と付いた二つ名は数知れず。帝国圏守護者の一人とも呼ばれております。
共に出たるは、長年ショーコ・ラハッカ様お一人であった[墨塗り]に氏族入した新進気鋭の冒険者、ヤマダ・タマヤ様。
特殊な魔法陣を用いた多種多様な魔法の数々を駆使し、鱗蟻人女王の攻撃をものともしない防壁魔法でスメ・シュガを守ったお姿から、「盾の魔女」「移動要塞」「極彩薔薇」と呼ぶ声もあります。戦いで傷ついた者が少なかったことからあまり知られておりませんが、新たな伝説級治癒魔法の使い手でもあり、「無双手」とも呼ばれていた[灰色の魚虎]のペルパポンパ様が、彼女の治癒によって両手とも再生したことを確認しております。
そのお二人が今から演舞を行って下さいます」
観客席に、あれ? 試合じゃないの? といった戸惑いの声が広がった。
でもそんな声をさっぱりと無視して演舞の開始である。
白の外套姿のタマといつもの白統一ショートパンツルックのラハッカが、髑髏の杖と抜き身の刀とを触れあわせ、ゆっくりと舞うように打ち合う。
たったそれだけ。たったそれだけで、ラハッカの能力を知っている一部の者達が動揺する。ラハッカの刀は黒水で覆われている。しかし刀に触れた杖には傷一つ無い。その意味に気付いたからだ。
何度か打ち合い、二人がバックステップで距離を取り合う。
距離を取る途中、タマが空中で外套を引っ掴んで一瞬だけ姿を覆い隠しまた現れると、赤黒軽鎧だけの姿となって着地した。それと共に手放した外套が黒い渦に消え、杖もいつの間にか白い骨の太刀になっていた。
ラハッカはラハッカで両手首両足首に黒水の輪を着け、四肢が動く度に黒い水膜が後を追う姿となる。
再度始まる演舞。
今度はタマの周囲に魔法陣が浮き上がるようになり、比較的ゆっくりとした速度でラハッカへと火球や氷球が飛んでいくようになる。もちろん魔法の担当は俺だ。ラハッカはタマの太刀と魔法を打ち返し迎撃しながら舞う。タマの太刀以外の全てを黒水が捕食していくので、生じた端から消えていく。だが発生する魔法陣と、発動した火球の明るさ、きらめく氷の様子などは十分に観客にも見える。
そのうち赤と青だけの光の中に弱性の祝福系攻撃魔法の白い光も加えるようになり、徐々に精霊土石系の黄色、精霊風塵系の緑、精霊雷撃系の薄紫も加えていく。魔法陣が生じる距離を一定に保っているので、遠目に見れば多面体球状にカットされたアレキサンドライトに色んな種類のレーザー光を当てているようにも見えたかもしれない。
苛烈さを増していく魔法攻撃。だがラハッカは最初とさほど変わらない速度で舞い続けており、それなのに全ての魔法がラハッカの黒水に吸い込まれるように消えていく。
そのうちタマの剣戟がなくなり、魔法攻撃を浴びせながら宙に飛び上がって白く光る魔法陣の上に立つと、観客の誰にでもわかるほど大量の魔力を集め始める。
やがて彼女の手のひらに生まれたのは巨大な青白い魔法陣。それをラハッカのいる下方へ向け、発動させる。
魔法陣から生まれたのは氷の茨だ。茨が伸びて魔法を打ち返し続けるラハッカの周囲を覆っていき、結合して巨大な氷の薔薇となる。
もうこの時点で観客は全員息を呑んでいた。
放出魔法を得意とするビフトア人の目から見ても、たった一人の個人が無数に、連続して、正確に撃ちこむ多種多様な魔法攻撃は非常識であり、驚嘆と憧れを持たせるに充分なものだった。それを剣戟を行いながら同時に行使し、さらにはこのような芸術的な魔法まで使用する始末。巨大な氷薔薇に籠められていた魔力を考えれば、この短時間ですでに無色級の魔力持ちが枯渇しかねない量を消費していた。
だがこれで終わりなわけがない。
氷の薔薇に立つタマ足下から、突如漆黒の斬撃が飛び出して空に消えていく。
内側からの強烈な連撃によって氷の薔薇が粉々に砕かれ、中から飛び出してきたのは肩口から黒い翼を生やしたラハッカだ。あれほどの攻撃の全てをいなし、躱し、正面から切り崩す能力もまた、羨望の目で見られることとなる。
対してタマは氷が割れると共に宙に跳び、空中でどこから出したか分からない白い外套で姿を隠すと、今度は黒い重鎧姿で現れる。髑髏面は付けていないが、鱗蟻人の外殻で作った鎧である。そして両手には、先の太刀が消え、代わりにいつもの髑髏杖に大きくぶ厚い刃を付けたような、大剣とも槍ともつかない巨大な武器。
タマがその巨大剣を振り下ろすと、ラハッカが黒水によって伸びた刃を振り上げる。
ぶつかり合う白と黒。
武器の重量では負けているように見えないのに、軽々とタマがまた打ち上げられた。
だが飛ばれたタマはマントをはためかせながら新たな魔法陣の上に立ち、追い来るラハッカと切り結ぶ。
ラハッカはラハッカで足下に宙に浮く黒い水たまりを作って足場としていた。
両者の剣が圧して圧されて位置を入れ替えて、タマが飛べばそこにはいつの間にか魔法陣が生じていて、ラハッカが踏み込めばそこには黒い水たまりがあって、右へ左へ、上へ下へ、舞台どころか会場狭しと両者が舞えば、観客の首がそれを追って上下左右と動き続ける。
先の試合にあったような高速戦闘ではなく、巨大な白剣対長大な黒剣の交差は戦い慣れしていない者でも追えるほどで、見た目の派手さや激しさの割にゆったりとしていて優雅ですらあった。
そうして剣舞を披露することしばし。観客の誰かがそれに気付いた。
タマが足場にする白い光の魔法陣。それらは足場にされたあと攻撃の余波で割れて消えていっていたのだが、その際に生じる光の粉が地面に落ちきる前に空中の見えない床に落ちて、その場に留まり続けていたのだ。
何もないはずの場所に落ちた光る粉は降り積もり、場所によって随分と高低差があるその床の形を徐々に徐々に浮かび上がらせる。
浮かび上がる形を視線でなぞっていった誰かが声を上げた。
街だ。小さな街だ。小さな街が光っている。
先の氷薔薇が砕けて地表を冷やし生まれた大量の白い靄が、光り輝く粉と共に透明なミニチュアサイズの街を浮かび上がらせていた。
一人が気付いて声を上げればそれは周囲に伝わり、上空での二人の戦いからその足下に生まれていた神秘的な街へと視線が動く。
木の生えた奇妙な要塞城といった風情の建物を中心に、時計塔と思しきのっぽな四つの塔。家々も細かく作り込まれていて、様式はザサ王国では一般的な木骨建築。街の両脇には谷とも崖ともつかない壁。後ろと前を塞ぐ門と巨木。
舞台にほど近い試合参加者の席から、あれっ、スメ・シュガ市よっ! と大きな声が上がる。
名の上がった城塞都市をつい先日まで治めていた貴人の正妻がそういえば、そうと知らない者でもそうなのだろうと思う。そして実際にその地をよく知る者から見ても、やはりその街はスメ・シュガ市の幽霊かなにかに見えたらしい。綺麗という声と怖いという声の両方が所々で出てくる。
だがその幽霊のような街に降り積もっていた光の粉が冷気の靄とともに消えていくのにつれ、幻影が確固たる形を持つように色づき始める。赤い屋根と白い壁。町中にあった木々が生命力を誇示するように映えて、幽霊であることを否定する。
誰もが注目する小さな街の再現。
その街を、突如として現れた光の矢が貫こうと迫る。だが矢は小さな領主館に当たる前に軌道を直角に曲げ、上空へと消えていった。
観客の視線は矢が空に消えたのを追い、街に一度戻って、次に矢の飛んできた方へと向かえば、小さな街からそれほど離れていないところに、その街の大きさと比べると異様なまでに大きな黒い女人が座り込む姿を見つけた。
腰から先に蟻の腹のような器官をつけたその存在が鱗蟻人の女王であると、誰もが直感する。
そして真っ黒な女人の相貌が、先ほどまでの幽霊都市のように半透明に空に大きく浮き出て、ミニチュアの女王が叫ぶのと同時にその顔も叫び声を上げた。
突然の音声に観客が怯える。
だが対するように、色づいた都市からも鼓舞するような雄叫びが上がったことで恐慌は避けられた。
女王の顔の幻影と相対するように、アルテノを中心としてその妻達、歴戦の将兵達、ゴリラ顔やイノシシ顔の冒険者達が浮かび上がり、タマとラハッカのそれも一緒になって咆吼していたのだ。
雄叫びにつられたような突風が都市側から吹き付け、アルテノ達の顔が風と一つになるように解けて女王の顔をかき消す。
そうして始まる、小さな城塞都市と女王の闘い。
街を守るように木の巨人が門を塞ぎ、顔は見えずとも声を張り上げる小さな兵隊や冒険者達が進み出て隊列を作る。その間、真っ先に進み出た小さな二つの人型が女王や小さな鱗蟻人と戦いを繰り広げ、女王の片足首が消失させたところで女王の姿が爆発したように膨れあがり、黒い球体となった。二つの点が飲み込まれてしまう。
今度は兵隊達の一部が突出し、球体と鱗蟻人に攻撃を加えていく。だが球体は割れず、中に二つの点は閉じ込められたまま。
と、そこで突然声が入る。球体の前に立つ白い人形が、絶対に助け出すからねっ。と言い放ったのだ。
その声は先ほどこのミニチュア都市がどこであるかを言い当てた声とそっくりであった。それに気付いた者達の視線が白山羊少女に向かうが、本人は劇を食い入る様に見ていて気がつかない。
兵隊達が列に戻り、崖にある魔法兵器と遠距離魔法部隊を交えた本格的な攻撃が始まった。
都市には絶対に近付けまいと、迫り来る鱗蟻人の群れを薙ぎ倒す兵隊と冒険者達。巨木の人形も暴れ回り、鱗蟻人を寄せ付けない。
彼らが都市を守ることで攻撃に集中できた魔法兵器によってか、何度かの集中砲火の後に球体が消失し、中から女王と二つの人形が現れる。
沸き上がる歓声。それは幻影と現実の両方から。
再度始まった戦いは都市側の一方的有利に展開し、最終的には巨木と氷薔薇によって動きを封じられた女王の首が、金切り声を上げながら切り落とされ、凍らされ、それでも体だけになった姿で暴れようとして切り刻まれ、体も凍らされて、女王は沈黙したのだった。
小さな人形達から歓声が上がる。先ほどよりも大きな歓声に、現実の観衆もすでに雄叫びと変わらないような喝采を上げている。
その中には、今見た内容を吟味する声もあった。
――冒険者の噂は本当だったんだ。
――語り部の歌っていたものは誇張だと思っていた。
――女王って、あんなに弱かったの?
――弱かったら、今までの討伐遠征が失敗したわけがないだろうが。
――悪魔種は領域から出たら弱るのは常識だ。あれは森から出ていたから弱っていた。
――[墨塗り]が女王にスメ・シュガを襲わせたという話もあったが。
――でもさ、真っ先に囮役やってたのって、[墨塗り]なんでしょう?
――ずっと女王の攻撃を防いでいたのも[墨塗り]だったしな。
――俺、二人が計略で女王を森から引きずり出したんだと思う。呼び寄せて、弱らせたんだよ。きっと。
――最初の演舞も、すごかったものね。
――そういえば、あの小さい方の早着替えはどうやっているんだ?
――あれ? そういえばあの二人は?
騒ぐ彼らの目の前で、これで終わり、というように突然全てのミニチュアが光となって弾け飛んだ。
ミニチュアが消えた舞台の中央にはいつの間にかタマとラハッカの[墨塗り]が立っており、国賓が座る席に向かって礼をしている。
ザサ国王も、帝国の皇子も、その周囲にいた王族も貴族も一緒になって立ち上がり、手を叩いていた。
彼らの表情は各々色々なものを押し込めた笑みだったが、遠目に見る観衆にとっては自国の王族や、宗主国の皇帝候補が賞賛を送っているようにしか見えない。
まああんな微妙な笑顔なのも仕方がない。
だってこんな演目やるだなんて、一言も言ってなかったからね。




