※3 斬り対突き。もしくは石頭対石頭
さて、聖神教圏に渡るための手段が確保できたので、この後に控えているザサ王国の将兵達との模擬戦は、俺たちにとって文字通りの消化試合である。
やる気が出ないでゴザルでゴザル。
もっと言えば本当は船など造ってもらうまでもないので、褒賞をそれに指定したことすら茶番だったのだ。
鱗蟻人女王にも遠く及ばないそこいらの悪魔種など、今のタマなら正面から潰して進むことが出来るだろうし、海を凍らせながら渡れる気がしなくもない。さらに海の悪魔の正体が予想通りであれば、戦闘にすらならない可能性があるのだから。
だがまあそこはあれである。
重要なのはタマ達[墨塗り]がザサ王国に留まるつもりが無いことのアピールと、どこに行くつもりなのか、どこに行ったのかを為政者達に知らせることなのだ。
今のタマの立場は少々微妙だ。
もしアルテノ達を騙すためにタマが話したことが全て真実だとすれば、一部の悪魔種が『ホネ』を求めて活動する可能性があるということになる。実際に女王は『ホネ』を求めて突発的に攻めて来たという体裁での奇襲だったので、彼らにとってはこれは真実であるとなっているはずだ。
となればタマの存在は疫病神であると思われるのは当然だ。
だが討伐され、解体された女王の尻尾の能力内容やその長さから考えて、少なくともスメ・シュガ市などとっくの昔から女王の活動圏内だったことはアルテノも理解しているはずである。
さらに[墨塗り]がアルトウン家に求める女王討伐の報酬はあの尻尾にすると宣言済みであり、未発表ながら内定している状態なのだが、そのための調査としてスメ・シュガ市からアルトウン市に行くまでの間、馬亀車であの尻尾を引っ張ってもらったのだ。
そうしてずるずると伸びていく太さが三メートル以上ある黒い爬虫類の尻尾のようなものは、結局アルトウン市まで届いてしまっていた。これでアルトウンの人間はさらに理解出来てしまったはずである。
アルトウン市に届いた尻尾の付け根からは地脈から溢れ出るものと同等の魔力が噴出し続けており、そうであれば当然尻尾がどこかで途切れてなどおらず、鱗蟻人の森奥にある地脈と繋がったままであるということになるのだ。
それはスメ・シュガ市どころではなく、アルトウン市周辺も活動範囲に収まっていたのだという証左に他ならない。
もし今まで通り女王を放置し続けていた場合、少なくともアルトウン領周辺はある日突然壊滅し、森に呑まれていた可能性が非常に高かった。さらに尻尾は伸びている可能性もあり、もしかすればその隣の領も、さらに隣の領も、もしかすれば王都も――という思考に行き着くわけである。
事実、タマが女王を狩っていなければその最悪な想像が現実となっていただろう。
女王の尻尾は帝国との国境にまで届こうとしていたのだから。
だがタマ達がそれを覆し、全く人的被害を出さずに誰にも出来なかった女王討伐を成し遂げてしまった。
これらの報告も、アルテノやアルトウン辺境伯経由でザサ王国には行きとどいているはずであるが、タマの存在が疫病神であるのも事実。
通常の場合、国に多大な功績を納めればその人物が根無し草で粗暴な冒険者だろうと、一度は仕官や婚姻の話を持ちかけるものなのだそうだ。
だが品行方正(借り)で明眸皓歯(狩り)なタマにそのような話は一切来ていない。代わりに宝物庫の目録を渡されたのが答えだろう。
忌避するわけにもいかず、かといって身内に入れるわけにはいかない。
国内に留まれば重要な戦力になるだろうが、そこにいるだけで甚大な被害を副次的に与えてくる可能性がある。だから上層部としてはタマを国外へ向かわせることには大賛成なのだ。
きっと、出来ることなら、あいつらが女王を呼んだんだよ~っとかって宣伝して排斥したいんだろうなぁ。
でも多くの人間がタマ達[墨塗り]が女王から身を挺してスメ・シュガ市を守ったのを見ており、さらになぜか異様な早さでザサ国内に[墨塗り]の戦い振りを謳った歌が広まっているから、そういうわけにもいかないんだろうなあ。
いやあ、ギルドという商業施設はその人員も含め、使いこなせると非常に勝手がいいものですね。ホント。
信用度の高い超高額依頼を出せば、その達成の為に生粋の商人達が気を利かせてくれるとか、サービスも行きとどいているよ。
そのせいで[墨塗り]やアルテノ達の戦い振りを見たいという声が大きくなりすぎて、こんな催し物をすることになったっぽいけど。
(……ん? あー、そっか。
アルテノさんが独立することになったの、もしかして俺たちのせいもある?)
他から見た場合、現在のアルトウン家は[墨塗り]に近すぎるのかもしれない。
(それもあるだろうけれど、それだけではないだろう。
この世界の政治はまだよくわからないが、グフア帝国の属国であるザサ王国が勝手に自分の属国を作れるはずがない。十中八九国王の側にいる帝国皇子も絡んでいるだろうが、それだって継承権がまだ動きそうな皇子一人の命でも難しいように思う。確実に帝国の皇帝自身も絡んでるだろうな)
(確かにそう言われてみれば)
(公国とはいえ国が出来るのだ。
実際は相当前から森の解放後は国にする話が上っていたのではないかと思う)
(帝国って、金銭やギルドの支配構造見ていると、行動原理に金勘定が混じってそうですからね。
つまり帝国が得する何かがあるということですか。
まあ資源豊富な新興国の樹立とか、かなりお金が動く案件ですもんね)
(そういうことだ。
そんなことより、第一戦が始まるよ)
アルテノ達の今後の運命が絡んだ事態だというのに、そんなこと扱いである。
まあ幾つかの状況を鑑みる限り、これから仕事に忙殺されそうだけどそれだけで、すぐさま彼らに直接不幸が降りかかる内容ではないからだろうけど。
なにも言わないけど、タマもあの新婚夫婦を嫌ってはいないようだからね。
さて、第一戦はそんな新婚夫人の一人、鬼っ子ことセベニィエス対、王国随一の槍の使い手だという騎士のカードだ。
二人が舞台上で礼をし合う。
闘技場の舞台といっても高台があるわけでもなく、どこかで見たことがあるような石製の丸いリングでもない。
特殊な仕掛けが施されてはいるものの、見た目はよく踏み固められた地面でしかない直径五〇メートルほどの範囲を色違いの土で丸く囲んだ、非常に原始的な趣のものである。
ザサの国風上、国民は血気盛んで戦いとなれば容赦がないところがある。
だがそれは魔獣や悪魔などの外敵に対してであり、同じ国の人間同士、味方同士ともなれば西方諸国の者よりも助け合いの精神が強く、味方の血を見るのを嫌うらしい。そして強い者を尊ぶ。
そんなお国柄なのでこういった試合事そのものは盛り上がるが、どちらかが大怪我を負ったりするのは忌避される。人死になんて以ての外だそうだ。
さらに戦いにかまけて自制が利かない者は意志弱き者として弱者の誹りを受ける。
強化魔法より放出魔法が得意なビフトア人はノーレフ人より個人の武が弱い。代わりに集団戦術には無類の強さを持つ。チームの和を乱すような戦い方を好む者は嫌われる傾向があるのだ。
なので両者が構える武器は金属製ですらない木製貸し出し品なわけだが、ぶっちゃけこの木製武具も強度は金属製に近く、地球のそれより見た目上の腕力が強い彼らが本気で振るえば、防御をしていない者の骨など容易く砕く。場合によっては文字通り叩き斬ってしまう。
治癒魔法が地球の外科医療のそれを大きく上回る性能を持っているので、即死でもしない限り大体はどうにかなるし、そのためにこういった祭事には国最高峰の治癒魔法士も解呪魔法士も複数名待機するわけだが、やはり人体最大の急所である頭部への大怪我は命に関わってしまう。
なので魔毛角が出るように調整された木製兜と首輪の着用が義務づけられており、この防具と武器は対となる魔法具になっていて、一定以上を越える強さで両者が接触すると、武器が全ての衝撃を吸収して粉微塵に砕ける仕様になっているらしい。なにそれ凄い。まあ凄いお高いそうですけど。
痛いのヤだし試合なら胴体とかもこれで覆えばいいじゃんと俺などは思ってしまうわけだが、タマからすればここの世界の治癒レベルなどを考えるこれで妥当なんだそうだ。命のやり取りに関わるのだから、逆にお互い痛みはしっかり感じないとダメなんだって。まあ自前の防具は着用して大丈夫なそうなので、一撃で心臓破裂とかして即死ということもないだろうけど。
それに今日は伝説級治癒魔法士であるタマも舞台近くに控えている。腕や足が千切れたり脊椎損傷とかしてもすぐ元通りに出来るので、ザサ王国お抱えの治癒魔法士でも難しそうな場合は有償で治癒することになっていた。実はすでに参加者全員に『祝福・癒しの光5』の魔法陣は仕込み済みである。なんなら首ちょんぱだってばっちこーいであるが、そこは黙っている。
試合の勝敗判定は簡単だ。
審判判定なり自己申告なりで戦闘不能となった方の負け。
明らかに頭部を狙った致死魔法攻撃は禁止。使用したと判断されたら負け。
武器が砕けたら、砕けた方の勝ち。
武器を相手への攻撃以外で壊したら負け。
兜か首輪が砕かれたら、砕かれた方が負け。
死人が出たら殺した方の負けで、さらに殺人罪適用。
禁止毒物の使用、明確な観客への攻撃行動、その他犯罪行為に触れれば負け。
つまり頭部や頸部に木武器が直撃すれば武器が砕け、当たった方がクリティカルヒットをもらった判定で負け。逆に武器が壊れず、兜や首輪が壊れるほど弱い攻撃などを連続して局部に受ければ、それは当たっていた方が累積ダメージで負け。みたいな感じかな。
それ以外は基本的になにをしてもいい。
ゆるゆるガバガバなわけだが、だからこそ価値ある戦いとなるのだろう。
つーか武器接触などで武器が壊れた場合はどうするのだろうか。審判判定かね?
ともあれ試合開始である。
ビフトア人は種族的に肉体強化があまり得意ではない。
正確には肉体強化を得意とする人類種が他に複数種存在するためにそのように見えているだけだが、それは置いておいて。
槍使いの騎士はいわゆるネコミミな中年ビフトア人男性で、セベニィエスは額に鬼のような角が生えたキエル人女性だ。
そしてキエル人というのは、同じ体格同じ魔力のノーレフ人が相手でも、肉体強化を掛けて腕相撲をすれば勝ってしまうほど肉体強化が得意な種族らしい。
正確には瞬間的な魔法使用全般が得意らしく、瞬間最大威力が高いけどテンプレ的に燃費が悪いとのことだが、ビフトア人よりも最大火力が強化系、放出系共に高いことには変わりない。つまり瞬発力が高い。
セオリー通りなら、短期決戦を考えているだろう片刃大剣使いのセベニィエスと、長期戦によって相手の消耗を狙う槍使い、という構図になるはずだ。
だから試合開始と共にセベニィエスが飛び出したのは当然のことであったと言えたが、同時に槍使いも飛び出したのは少々意外だった。
早さでいえばセベニィエスの方が速い。だが彼女は見た目からしてまだ二十歳ぐらいで、槍使いは四十近い。つまり倍近い経験の差がある。
そしてビフトア人で近接戦闘を主と行う者は、自分よりも肉体強化が得意な、パワーもスピードもタフネスも上の者達と戦い馴れている。これは聖神教のノーレフ人と戦う北方諸国の軍人に限らず、魔獣とばかり戦うザサでも同じだ。魔獣も放出魔法より肉体強化による直接攻撃を得意とするものが多いからである。
セベニィエスの攻撃は速い。早い。疾い。
一太刀一太刀が必殺であり、だがしかし全てが肉体強化による力任せな攻撃だけなのではなく、局地的、瞬間的に空気圧や風弾を操るなど小器用な真似で剣速へブーストまでしている。攻撃も振り切るのではなく、自身の全身へや剣身へあてる風などの調整によって軌道を修正し、最速の斬り返しを連続で行っているのだとわかる。剣線自体は直線的であったが、稲妻のように直角的で鋭利な筋は途切れることがない。
対して槍使いは前に出ながらにして緩い。
緩いしさらに武器の特性やリーチで考えれば逆に距離取るべきなのに前へ前へと出て、槍というよりは棒術のそれに近い変幻自在の動きでセベニィエスの攻撃を受け流し、攻め立てる。よくよく見ていると緩急の付け方が変則的で、リズム感がおかしくなる。しかも足癖も悪いようで、よく足が出てセベニィエスの剣のリズムを狂わせる。いや足だけではない。セベニィエスと同じように風や石、水を周囲に生みだし、自身の軌道操作や直接的な攻撃にも使い出した。流れるような動作は雷土を流す水流か大地か。
武術に関する知識に乏しい俺では解説など出来はしないが、なんだかとっても達人の戦いといった様相である。
そしてそんな戦いの一挙一動を目で追える俺ってば今更ながらスゲー。肉体限界が無いからだけど。
数十秒だろうか。一分はかからなかった。
開始と共に打ち合いを続けていた両者であったが、やはり勝負は一瞬であった。
セベニィエスの額に生えた小さな二本の角から魔力が一気に彼女の全身へ駆け巡った。キエル人の特徴である瞬間的な魔力質ブーストである。
それを察知した槍使いが自身と彼女の間に魔法を発動させ、爆発したかのような突風が生じる。両者を吹き飛ばすはずの風はしかし、両者がそれによって吹き飛ぶことはなく、各々が防ぐなり受け流すなりしてやり過ごした。
だがその結果セベニィエスは攻撃に使用するはずであった魔力を防御に使い、わずかに突風に押された。明らかに攻撃の機を失った形である。
だが爆風を受け流していた槍使いは、その風をさらに操り槍を投じる。神速の、今まで以上のリーチでもって行われた一撃が飛ぶ。
セベニィエスは盾にしていた剣でもって槍の一投も受け止め、流すが、威力が今までの比ではなかったようだ。
掴んでいた剣が弾かれる。
無手になった彼女の懐へ、同じく無手の槍使いが飛び込んでいた。
手刀による突きが、同じく手刀による切り払いによって防がれる。
ここに来て始めて二人の表情が変わる。真剣っぽいだけのまじめくさった表情から、獣じみた獰猛な笑みへ。
両者共それまで以上の早さでもって至近距離で四肢を使い斬り合い突き合う。
刹那の中に籠められた無数の攻対攻。
互いに両手両足を使った技の応酬によって空中にいたまま四肢が弾かれ、出来た両者の隙。そのときにセベニィエスの顎下近くに頭部が来ていた槍使いが、全身の魔力を使い、彼女の細い顎を砕こうと頭による突き上げを行う。だがセベニィエスも同じ意図を持っていたらしい。そして体が柔軟で瞬発力もあった。わずかに上体を引き、ショートレンジからコンパクトに角付きの頭部を振り下ろした。
頭突きと頭突き。
両者が水平に吹き飛び、何度も土埃を上げながらバウンドして止まったあと、すぐさま起き上がったのは槍使いの方であった。
続いてセベニィエスもふらつきながら立ち上がる。
彼女が立ち上がったのを見届けた後、前のめりに槍使いの騎士が倒れる。
審判が声を上げ、治癒魔法士達が走り寄って二人を保護した。
最後まで立っていたのはセベニィエスであったが、二人の兜は頭突きで真っ二つに割れていたし、武器も弾かれたときに両方砕けてしまっていた。
この第一戦の判定は引き分けとなり、両者の健闘を観衆は大歓声によって祝福した。




