※2 未だ戦いは始まらず
ザサ王国の形は斜めに傾けたアーモンドに似ている。
アーモンドの丸い尻側、南南東の端が鱗蟻人の森に続くスメ地方。少し尖った頭側、北北西の端が帝国へ続くナズーノッチ地方。中央が王都があるモフェ地方で、北東側や南西側は海に挟まれている。もちろんこの三つの地方以外にも地方分けはされており、さらにその内部を区分けして多数の貴族が治めている、封建制を採用した国家がザサ王国である。
この世界の多くの国がそうであると言われるように、ザサ王国も元は悪魔の領域であった場所を冒険者達が解放し、その原因となっていた地脈の上に住み始めたことがきっかけとなって興った国なのだそうだ。
大量の魔力が吹き出る地脈の側は冬でも作物が育つほど土壌が豊かであり、悪魔や動植物がそうであるように人も高い魔力を扱えるようになる。一番邪魔な悪魔種さえ排除してしまえば、防壁や罠を築く知性を持った人類にとっては都合の良い土地なのだ。
だがそれでも、当初ザサ王国の置かれていた環境は非常に厳しいものだったという。
単純に、周辺に潜む外敵が強力すぎたのだ。
南のスメ地方には単体で黒色級以上の魔力を持つ悪魔種、鱗蟻人が数千数万と蠢く森が。
北のナズーノッチ地方には数こそ少ないものの、個体ごとの魔力が無色級にも迫る悪魔種塩狒々が住む山脈が。
北東側と南西側は海に面しており、それぞれの海にも、総力で見れば鱗蟻人や塩狒々には及ばないながら強大な悪魔種が複数種棲み着いていて、さらにはその海に到達するまでの土地にも他では見ないほど強力な魔獣や巨獣が溢れる大地ばかりという、なんでそんな場所を開墾したのか理解しがたい土地だったという。
まあ帝国方面からやってきた冒険者が塩狒々とやらの山を命辛々抜け出して、その先にあった岩石地帯に住んでいた悪魔種が弱かったから、生き残るために倒して拠点にしただけだと思うけどね。
そんな場所を開拓し、時たまやってくる同じような境遇の者達を受け入れつつ数を増やして国体を整え、何度も全滅の危機に瀕しながらそれら高波を乗り越えてやってきたのがザサ王国なのだ。
血みどろになって悪魔を殺し、周辺の魔獣達を減らし、海までの土地を開拓し、壁を築いて、帝国も手をこまねいていた塩狒々も討伐してきた開拓者の国。
そんなザサ王国の北にあるグフア帝国の西側には、その帝国が治める多くの国が存在しているし、様々な理由から中には未だ解放されていない悪魔の領域も存在する。
だがそちらの国々には巨獣が連続発生するほど魔力が溢れる悪魔の領域は存在せず、過去住んでいた、現在住んでいる悪魔種も精々青色級程度がほとんどで、ザサ王国の環境と比べると大した事がない。
だからこそ容易に人が繁殖できて、だからこそザサとは違い飢餓や人間種同士の争いがあるらしいが、ザサのそれと比べると、外敵という点に関しては非常にぬるい環境だと言えた。
ラハッカ達の紹介もあってタマはギルド登録当初に赤色級冒険者認定を受けていたし、魔力に関しては青色級くらいに見えるようにしていたが、西方諸国では魔力が赤色級もあれば一人前であり、地脈の噴出地から遠い非戦闘地では歴戦の猛者かなにかのような扱いを受けるほどなのだそうだ。
ザサでも最も戦力が集まる土地であるスメ・シュガが最初に来た都市だったのでピンと来ないが、実際あそこに集まってきていた冒険者達は、西方諸国に行けば同じ冒険者から英雄か怪物のように見られる存在だといえた。
とまあそのような国なので、当然他と比べれば常備軍が精兵揃いなのは言うまでもない。
四六時中聖神教圏と戦争を繰り広げている北方諸国や、その最前線に人材を派遣できるほど国力も武力も高い帝国と比べても、対人に関すれば経験が足りないものの、対悪魔、対魔獣巨獣に関しては勝るとも劣らない自負がザサの軍人にはあった。
実際、特に濃い戦いの血を継承し続けている軍閥貴族家出身の騎士達は、魔力の強さで見ると黒色級がごろごろといる。将ともなれば無色級だって存在する。さらに言えば帝国と地続きであるナズーノッチ地方を治める公爵やその次期当主と、現王や王太子も魔力は魔石級なのだそうだ。
アルテノもそうだし、なんだ魔石級っていっぱいいるやん。と俺が思ってしまうのも仕方がないだろう。
だがこれはあくまで魔力が魔石級というだけで、アルテノのように冒険者としての戦闘力が魔石級認定を受けたわけではない辺りがミソなのは言うまでもないことだが。
血筋と食生活と魔力溢れる大地、そしてほどほどに鍛えることが出来る訓練相手がいれば簡単じゃよとはショーコの言。なるほどなー。この辺には魔獣にも悪魔にも事欠かないから、ね。
(――う~ん、大体三万人くらいかな?
多分都市規模からすると二十万人は余裕で住んでいると思うし、着飾ってる人多いから貴族や豪商優先で入ってるんだろうなあこれ)
(ログが流れるのが速すぎるな。大声表示になっているものは非表示なるようにしてしまっていいかい?)
(むしろパーティーログと戦闘ログだけでもいいんじゃないですか?)
(いやこれから王様のありがたいお言葉があるだろうから、そこまでしてしまうと何を言っているのか分からなくなってしまうぞ)
(いらないんじゃないですか? 全部アルテノさんがやってくれるでしょうし。
それにどっちみち王様の言葉も大声判定になってしまうんじゃないです?)
(あー……たしかにそうだ。まあいいか)
王城の側に建つローマのコロッセオを彷彿とさせる姿形の、だがそれ以上の規模を持つ大闘技場と呼ばれる場所。
舞台へと続く扉が開かれ、大観衆が待つ表へアルテノ達が堂々と入場していく。
割れんばかりの大歓声。
少し遅れてラハッカとタマが入場すれば、やはりアルテノ達の時と同じように大歓声が湧く。
アルテノ達に合わせて礼をして、後はしばらく長々と待ちぼうけだ。
流石にここまでリャムレスを連れてくるわけにもいかず、タマやラハッカになにか喋れと言われてもどうしようもないので、全て彼らに任せることになっている。
先日の王都凱旋に引き続き、これもまた英雄達のお披露目の場である。
先のが一般市民などへのお披露目であれば、今やっているのが富裕層向けといったところであろうか。
名を売る必要があるのでこういったものも重要だとして、タマは進んで参加しているのだ。
古参の魔石級冒険者ながら[墨塗り]のショーコ・ラハッカはこの手の催しには参加しないことでも有名だったらしく、タマの存在はよく分からなくてもラハッカのことを噂している声が、先ほどまで流れに流れていたログの中にあった。
タマ達とおしゃべりしながら会場や観衆の絵を描いている内にアルテノの演説が終わり、続いて帝国の皇子が会場上階の特等席に登場して演説。
次にザサ国王が皇子に感謝や、アルテノ達に労いの言葉と彼への褒賞内容を発表した。
らしい。
王様の声もログ非表示になっていたので何を褒賞としたのかわからないが、アルテノの顔にも動揺が浮かんでいた。てか四夫人もちょっと動揺しているようである。さらになんか観衆もざわめき方が先ほどまでと全然違う。驚きの色合いが強い。なにかサプライズがあったようだ。
(どうしたんです?)
(アルテノが公爵位を叙勲したようじゃの)
(へえ。まあ聞く限り血筋的には何度も王家混じってるみたいですし、宗主国の姫も娶っていて、さらに鱗蟻人の森も解放しましたしねえ。
それにあの先の森を一個の土地として認めるとなると、アルトウンは辺境伯じゃないことになってしまいますからね)
(元々公爵並に権力のある辺境伯だったようだから、今更だとは思うがな)
ザサ王国だけではなく帝国圏一般において爵位は領土所有者に叙勲されるものらしいので、新しい土地が増えるとその土地を近隣の領地に組み込むか、新たに叙勲して所有を決めておく必要が発生するのだ。
領地をまるっと辺境伯領に組み込めば、確かに国からみれば端っこだが国内有数の大領地である。というか前に見せてもらった地図の感じからすると、大領地すぎて国土の四分の一規模になると思われる。辺境とはいえなくなるだろう。地球じゃ辺境じゃない辺境伯とかザラだったらしいけど。
(いや、そうではなくの。アルテノ個人が叙勲したのじゃ)
(へえ、ん?)
(フリルシェの名を授けられたので、これからはフリルシェ・リ・アルテノかの? あいや違うのじゃ。
さらに鱗蟻人の森があった場所をザサ王国から独立させ、フリルシェ公国とせよとな。なればフリルシェ・ラーラ・アルテノかのう?
とりあえずはフリルシェ公王じゃな。予定通り多額の報奨金も渡されるようじゃ)
(あらま。属国化と王様ですか。大出世なのかな?)
ショーコの説明の途中で国王他数名が魔法で宙に浮き、俺たちがいる舞台まで降りてくると、アルテノは動揺を押し殺したのか、それとももう納得したのか、澄まし顔で臣下の礼をとり頭を垂れた。夫人達もそれに続いた。
タマ達は臣下どころか正確には国民ですらないので膝を着くだけである。
ラハッカが帝国の現皇帝から今の愛刀を渡されたときもこの姿勢だったらしいので、文句を言われることはないはずとのこと。てかその刀、そんな由来だったのね。
爵位叙勲の儀式が行われ、状況を飲み込んだ観衆が国王とアルテノへ万歳三唱のようなものを行う中、国王達はまた席へと戻っていった。
新たな国の誕生とかなんかこれで閉幕しそうな感じであるが、ちゃんと続くらしい。
アルテノへの褒賞が済めば次はタマ達[墨塗り]である。[墨塗り]はアルテノが雇ったことになっているので、アルトウン家からも褒賞をもらうことになっているが、女王討伐に多大な貢献をしたとしてザサ王家からも褒賞が出ることになったのだ。
国の英雄である。
戦いを見た者も多く、女王討伐の中核となっていた[墨塗り]へ褒賞を出さないわけにもいかなかったのだろう。
そして褒賞の希望は前日登城したときに確認され、作るのに多少時間がかかるが、その内容で大丈夫であると了解を得ていた。
自分達の分にまで変なサプライズはいらないので、確認するためにタマがログ表示を解放したが、ちゃんと決まっていたとおりの褒賞となっていた。
褒賞の発表によって、観衆からアルテノの時とは違う反応がでる。
急激にざわめきが広がり、多くの者は眉を顰めて首を捻り、困惑している様子だったが、[墨塗り]が自ら望んだ褒賞だと王が宣言し、さらにラハッカが大きく頷くこととアルテノが説明することで、理解出来なくとも納得はしたようであった。
求めたのはザサの北東方面に存在する海、アマカラ海と呼ばれる地中海を渡るための特殊な船の作成と、その使用許可だ。
今では行われなくなったそうだが、昔はザサ王国では死刑の代わりに重犯罪者にはそれに相当する罰として流刑が行われていたのだという。
とある骨で組んだ小舟に縛り付けられ行われるその流刑はこの北東方面にあるアマカラ海で行われており、この海自体が悪魔の領域でもあるために結局のところ死刑と同義であったわけだが、もし見えなくなるまで船が流された後生きて戻ってくる事があれば無罪放免とされた。
実際に生きて帰ってきた者の記録もあるそうだ。
そして同時に、この海を渡ってきた者は如何な人種と宗教の信者であれ、新たに罪を犯さなければ手厚く保護することにされていたらしい。
なぜこのような決まりだったのか今となってはわからないとのことだが、ザサから流刑にあったのでもないのに流れてくる者は度々いたのだという。
そしてその漂流者はノーレフ人の聖神教信者が多かったと記録されていたとなれば、このアマカラ海の先がどこと繋がっているかなんて考えるまでもないだろう。
帝国の北にある国に行けば聖神教圏に繋がる前線地帯が存在するが、そこには厳重な警備がされているどころか、神子やその異能を受け継いだノーレフ人による穴のない監視網が敷かれているのだそうだ。
そんなところに神島を吹き飛ばしたタマが行けば即ご用どころか、何を犠牲にしてでも殺そうとしてくるかもしれない。神島で魅了の首輪システムの根幹は破壊してきたが、あの場所には自分から協力していたらしき神子も多かった。そして神子の異能は舐めてかかれば一撃で即死させられる可能性がある。正面からの戦闘は避けるに限るだろう。
だがこのアマカラ海から渡るのにはノーマークである可能性が高い。
滅多に人が来ないどころか、渡ろうとすれば海上で悪魔種に襲われる場所を通ってくる物好きなどそう存在せず、そんな場所まで常時監視している物好きも存在しないはずだからである。
この侵入ルートを通ることが出来れば、いつかは骨片を探しに行かなければいけない聖神教圏に裏側から入る事が出来る。
そしてすでにいくつかの文献から、このアマカラ海に住む悪魔種の特徴なども把握している。神子と正面切ってドンパチするよりもよほど安全だと考えたのだ。




