※17 次のステージは終了してました
これまでのあらすじ
鱗蟻人女王の襲撃は全てタマ達のヤラセだったのさ。どんとはれ
あくまで俺たちにとって、ではあるが、そこから先の流れに特筆するようなことはなかった。
周囲から見た流れはこんな感じだったのではないだろうか。
尻尾の切断と凍結により魔力の供給源を断たれた女王は人型に戻り、体表に纏った黒粒子で氷の除去と再生を試みようとするも、ラハッカがそれを許さないとばかりに果敢に攻め、黒霧が無くなったことで届くようになった魔法兵器が女王を襲うようになった。
タマはラハッカの補助と氷の維持、さらに穴の中の尾の切れ端を地面ごと凍らせるなどの処置をし、わざと目立つように魔力を放つことで女王と雑兵の注意を一身に浴び、集中砲火を受けるが、だがその全てを受け止めきるどころか反撃して、雑兵のほとんどを最初の戦闘同様に魔法で蹂躙していった。
無論、自爆しようとした髑髏は女王へ投げている。
女王も自爆攻撃を利用されているとわかってすぐに一鳴きし、その途端に鱗蟻人は自爆しなくなったものの、それで戦況が変わるわけではない。
雑兵の大半をタマが受け持ったため手が空いたアルテノや騎士達が、遠距離からその火力を遺憾なく発揮して女王を攻め立てる。ほとんどは傷にもならず、傷を付けてもすぐさま癒えてしまっていたが、それでも彼らは攻め続けた。それはタマの指示であった。
無限ともいえる魔力を失った女王は元凶たるタマを執拗に狙い続けたが、その一切が一歩も動かない彼女に届くことはなかった。全ての攻撃がいなされ、反射され、防がれる。
再生が追いつかず傷が残るようになり始め、防御と治癒の為に使用していた魔力が枯れてきた女王が逃げようとする場面もあったが、アルテノの樹木魔法とタマの氷結華などによって地に縫い付けられ動く事も叶わず、回復するための餌にしようとした鱗蟻人の死体も氷結華で封じられた状態にされ、生きた鱗蟻人達も女王を援護する前にタマやアルテノ達に蹴散らされる。
最後には自爆しようとするも、ラハッカに首を切り落とされ、その落ちた髑髏をアルテノが樹木魔法で縛り上げて、角っ子の結界魔法で封印されるという結果に終わった。
残った胴体がそれでも生きていて暴れようとしたものの、そちらはタマに氷漬けにされて各パーツごとに分断され無力化。
こうして鱗蟻人女王の襲撃という一大事は、戦闘開始からわずか数時間で収束することとなったのだった。
この戦いにおける最も重要な事実は、鱗蟻人側からの完全な奇襲であったのにも関わらず人類側への被害がほぼ皆無だったことだろう。
負傷者は出たもののその全てが治癒魔法によって完治しており、戦闘の余波により建物の窓が割れる、火事場泥棒、避難のための小競り合いからの負傷などは報告されたが、アルテノが住人の避難誘導に兵士の半数を充てていたこともあり、大事になる前に事態は沈静化していた。さらに途中から人類側の完全優勢な戦闘となっていたこともあってバカな真似をする者も少なかった。
なにより多くの者がその戦闘に見とれていたことが大きい。
巨大な鱗蟻人の女王と切り結ぶ黒い人影。
ありとあらゆる攻撃を避け、受け止め、一刀の下に切り伏せるその技は、武芸者の真骨頂といって良かった。これぞ古くから在る魔石級冒険者の実力だと誰もが目に焼き付けた。
そしてその人影を補佐する極彩色の魔法を扱う小さな影。
色とりどりの図形を伴った派手な魔法は鱗蟻人を引きつけ、たった一人でその全てを圧倒し、傷ついた者を癒す。力強く無限に湧き出るかのような魔力は終ぞ枯れることはなく、鱗蟻人の大軍団を前に一歩も引かないその姿は、城塞都市の者をしてもう一つの城塞がそこにあると例えるほどであった。
無論、アルテノ達領主一家の働きも素晴らしかった。
騎士団も冒険者も目覚ましい活躍をした。
単体で黒色級と目される鱗蟻人の大集団を相手に誰一人逃げることなく立ち向かい、被害を最小限どころか、事実上の無に等しいほどまでに抑えたのは彼らあってこそだったのは確かだ。
さらに崖壁などに設置された最新式魔法兵器の威力も確かで、多くの鱗蟻人を餌食にし、女王の片足片腕を吹き飛ばしたりと大いに役立った。
事実二人だけであれば数週間かかるかもしれないと言われていた女王を、たったの数時間で討伐したのである。この数週間というのはタマ達の見解ではあったが、かつての討伐軍が何日にも渡って激戦を繰り広げ敗退してきた記録があるので、アルテノは真実だろうと考えていた。であれば、火力を支えた騎士団や冒険者達、そしてアルテノの家族と魔法兵器の効果が如何に大きかったのかがわかる。
だが先の二人の活躍こそが女王討伐の要であったことは誰の目にも明かであり、一部ではアルテノ達アルトウン家や家臣騎士団を始めとした領軍の存在を疑問視する声も出た。
しかしとうの二人がアルテノの個人的な客の冒険者であり、今回の一件を事前に察知していたことによる救援であったと公表されると、自分たちの上に立つ者の先見を褒め称える声へと変わることとなる。さらに二人が度々領主館で目撃されていたことや、一部では有名であったアルテノが[墨塗り]と懇意であるという噂もその話を補強することとなり、市井でアルテノの発表を疑う者はいなくなった。
討伐された鱗蟻人は一度全てアルトウン家で買い取ることとなり、戦闘に参加した冒険者達にはもちろん、軍関係者にも多額の報奨が支払われた。
これは一時金であり参加費であるとして後ほど貢献度を勘案して正式な報酬を支払うと発表され、支払いを待つために冒険者達が街に留まり落とした金により、しばらくスメ・シュガ市は好景気に沸くことになるだろう。問題は多いもののこの後にも広大な森の開発が待っており、優秀な次代の統治者もいるため、スメ地方の将来は安泰だといえた。
そんな大事件の裏でもう一つの大事件が発生していたのだが、それも誰に知られることなく解決され、周知とともに女王討伐に沸くアルトウン家やザサ王国上層部に冷や水を浴びせかけた。
グフア・ル・ウ・グル帝国第一皇子による鱗蟻人王子個体の単独討伐。
女王討伐から一晩明け、この報が王宮まで届いたとき、ザサの国王は頭を抱えた。
なにせ女王はスメ・シュガ市を越える前に討伐できていたが、それと時期を同じくして王子個体がザサ国内に侵入。スメ地方の先にある農耕地帯で彼の個体が村を一つ滅ぼしたところをたまたま通りがかったウ・グル皇子が発見。二晩に渡る激戦を繰り広げて一人で討ち取っていたというのだ。
まさかという声はあった。
だが討伐した王子個体の死体を持って皇子がスメ・シュガ市やアルトウン市へ確認に訪れ、事態が明るみに出ると、ザサ王国国王は今回の一件における国の運の良さに胸をなで下ろすと同時、両方において何も出来なかった自分達王族の権威問題に頭を抱えることとなったのだ。
対してウ・グル皇子は王子討伐後スメ・シュガまで来てアルテノと会見し、前日の内に起きた女王襲撃事件とその収束を確認。そのままアルトウン市へ移動。辺境伯に王子個体の死体確認を依頼しそれがたしかであると分かると、王子個体の腕の一本を辺境伯に渡して証拠とし、帝国へとトンボ返りしてしまった。そうして待機していた帝国第三騎士団を引き連れて帝都へ凱旋。自らの武威を示したのである。
(正直、俺にはよくわかんないですねえ。アルトウン家は元々鱗蟻人の防波堤だったわけで、本体である女王だけでも国内勢力の手で討伐出来たんだからそれでいいじゃんと思っちゃうんですよね。
王子の件が事実であるとしても、傍目には女王と王子による多面展開侵攻でしょう?
片っぽは完全に防げたんだし、もう片っぽを他国人が解決しちゃってても、素直に運が良かったと思ってればいいだけな気がするんですよねえ。もう王子が発生する事もないわけですしね。
女王の一件が完全にこっちのヤラセだとしても、別にそんなこと王様には関係ない話なわけですし。
……ただなあ、王子に関しては、うーん)
(それだけ、アルトウン家というのがザサ王国内では有力だということだろう。王子が現れた場合も国軍の出動を要請する決まりという話だし、手柄が集中することそのものが問題なんだと思うな。かといって王子がアルトウン家の監視を抜けていたことを責めようにも女王討伐の手柄は大きいうえ、王子を討伐したのが帝国の皇子だから下手に難癖を付ければどこに飛び火するかわからない。
……女王の霊の話では、十年前に産み落としていた最後の王子個体がその年に森で行方不明になっていたという話だから、今回討伐されたのはまず間違いなくその個体だろう。それ以前は全て討伐歴があるようだしな。
問題は、その王子個体がなぜ十年も行方をくらまし、このタイミングで森以外の場所に現れ、示し合わせたように現地に来た皇子に討伐されたのか。という点だな)
(やっぱりこれ、そういう事ですよねえ)
(だろうな。
帝国が、というよりはおそらくウ・グル皇子が王子個体を以前に捕獲していて、今回の聖神教戦線のこともあり確実な手柄とするために利用したのだろう。
スメ・シュガに来る前に行動を起こした理由は定かではないが、王子個体が森外部での活動が可能であることは周知のことだ。だからこそ要討伐対象なのだしな。下手にアルトウン家に介入される可能性を与えるよりは、完全に自分一人で討伐した形にしたかったのかもしれない。
もしくは、王子個体がアルトウン領を抜けていた事実が欲しかったか)
(もしかして、ザサ王国か、もしくはアルトウン領が荒れることを望んでいたとか?)
(わからん。ザサ王国はどうでもよくて、単に自分の都合が良かっただけかもしれん。王子個体をどうやってそこまで運んだのかや、生け捕りにし続けた理由とその方法が不明だからな。
ただ確かなのは、奴がその自分の都合で村を一つ潰したことだけだ。
奴に憑いていた王子の霊には村人の霊など憑いておらず、奴自身にも憑いていなかったが、生き残りがいなかったから王子に捕食される前に全て焼いたと言い放った。そして跡地を見に行けばあの惨状だ。なんにせよ――)
むかつく話だ。とタマが口に出して吐き捨てると、馬亀車の窓を開けて外の景色へと視線を流した。
そこにはいくつかの馬亀車と延々と拡がる穀倉地帯があるだけだが、タマが視線を向けているずっと先には件の壊滅した村があり、先日宿泊した宿を抜け出した彼女はそこで何があったのかを確認していた。
おそらくは一瞬で一帯が焼き尽くされたのだろう。地表がガラス質になるほどの高温で焼かれたその場所には何も残っていなくて、あの場にいる霊達は死んだことにすら気付かずただただ静かに佇んでいるか、何も生み出さない農作業に精を出しているかだけであった。
スメ・シュガ市での戦勝会を終え、アルトウン市でのパレードも終えて、今俺たちはザサ王国の王都へと移動している最中であった。
やはりというかなんというか、王都でも戦勝会をやるらしい。
もちろんタマとラハッカの[墨塗り]二人は鱗蟻人女王を討伐した英雄として招待されており、王都に入るときの凱旋パレードにも参加予定である。
そこには件のウ・グル皇子も参加する予定だと聞かされていた。帝国で鱗蟻人王子個体の討伐証明をした後、またザサ王国にやってきたのだという。
ザサ国民からすれば彼もまた英雄である。もとがどういうつもりだったの知らないが、少なくとも今彼はこのザサ王国を自分の政治基盤の一つとしようとしているのだろう。
俺たちは王子個体が生まれてからすぐに行方不明になっていたことを知っているので、ウ・グル皇子の行動が非常にあやしいものだとわかっているが、そのことを誰に言うわけにもいかないのだから彼の人が英雄視されるのに異を唱えるわけにはいかない。
タマが溜息を漏らす。
(まあ、自らの利益のためにスメ・シュガを必要のない恐怖に陥れ、同じように自作自演で英雄になろうとしている私が怒りを覚えるのは、お門違いというものなのだろうな)
(そんなことはないんじゃないですか)
彼女の自嘲を即座に否定する。
(死者が絶対に出ないように計画し実際に死者を出さなかったタマさんと、おそらくはわざと死者を出したのだろう皇子とでは、まるで中身が違うと思いますよ)
この二つには天と地ほどの差があると思う。
俺たちも自分達の利益のために人を殺しているが、その全てはやられた事への仕返しだ。
鱗蟻人や白龍の件ですらそうなのだ。元々奴らは問答無用でタマを殺そうとした。だから殺したのである。
だが皇子の一件が俺たちの予想通りであれば、皇子はわざと、しかも先制攻撃による一瞬で村を焼き尽くしている。皇子に悪意も害意もなく何も知らない存在を殺している。だから霊は鱗蟻人の王子個体のことも、ウ・グル皇子のことも知らなかった。王子個体が殺したのであれば人々は捕食されているはずであり、わずかにでもその記憶を霊が持っていないとおかしいのだ。あそこにいた霊はウ・グル皇子や王子個体への恨み言などなにも放っていなかった。
俺たちの判断基準は簡単だ。自分達がやられたくないことをやらない。やられたらそれをやり返す。
理由をあげるとしたら、それは自分がやられる側だったら嫌だからだ。
だからもし自分達がその滅んだ村に住んでいた人達だったらと思うと、どうしようもなく嫌な気分になる。
所詮、俺たちの力の本質は棚から落ちてきたぼた餅でしかないというのもある。だからこそ余計に、非力な存在に理不尽な暴力を無意味に振るうことを嫌悪する。
自分がやられたくないことだから他人にもやらない、と、自分がやられたくないことだけど他人だからやる、は同じ自己中心でもまるで意味が違う。やられたからやる、と、やられないからやる、は悪意の方向が明らかに違う。
もしこれらを同じだと言える存在がいた場合、それはこの思考を歯牙にもかけないほど高尚で強大か、理解も出来ないほどゲスで矮小であるかのどちらかだけだろうと思う。
そして俺たちはその恨み辛みが理解出来て嫌だから嘘をつくし、保身のために手を尽くした。
(そもそもタマさんは利益を還元しているじゃないですか。女王討伐を個人の戦績にはせずスメ・シュガに住む人達や冒険者と共有したし、所有権の大半を持っていたのにその素材の販売先をアルテノに任せることで素材を都市に納めた状態だし、そのお陰で都市の鱗蟻人素材を使う職人が当分は仕事に困らず、鱗蟻人がいなくなってからの次の仕事を考える猶予や蓄えだって与えたんですよ。鱗蟻人がいなくなっただけで領軍や冒険者の仕事が無くなったわけじゃないですし、むしろ広大な森の開発で仕事の総量は増える一方でしょうね。
それにあえて言わないでいましたけど、タマさんは英雄化のためといって街の目と鼻の先で女王を討伐したの、これによって得をしたのはむしろタマさんではなく、ザサ国の人間でしょ?
もしタマさんがそれらの手柄を独占していた場合、アルテノ達アルトウン家はもちろんザサの国王も貴族も国民も、今回ほどの利益はあり得なかったんですから)
帝国圏の国際法では悪魔の領域は誰の者でもないとされている。そしてその領域が解放された場合、領有権は解放者にあることになっていた。つまり本来であれば鱗蟻人の森はタマ個人のものとなっていたかもしれないのだ。
だがタマ達はアルテノの客として領主館に滞在し、領主の友人として討伐に参加したことになっている。
そう公表することをアルテノに提案し、許可したのだから当然だ。
これにより鱗蟻人の森はアルトウン家を始めとした防衛戦力によって女王から解放されたという扱いになった。
タマ達には解放戦に参加した事による報奨が支払われることとなっているが、実際にタマが鱗蟻人の森を個人所有し、開発を運営したり、もしくは領地をまるごとアルテノ達に売った場合よりも収入が少なくなっているのは言うまでもない。
(まあそこは実より名と恩をとったというだけのことだ。私達は実力を公に示すことが出来たし、少なくともアルテノ達は今回の件を感謝するだろう。
全てを私達の手柄としていた場合、全方面からやっかみが酷かったのは想像に難くないからな。
金は後からでも稼げるが、信用は最初が肝心だ。魔力質隠匿を習得しようとしたのと同じ理由だ。それだけのことだよ)
(タマさんはお人好しでカワイイですねえ)
(……ウルくんという理解者が側に居てくれる確信があるからね)
(理解者ですか。俺なんて何考えているかわかったもんじゃないですよ?)
(何を考えていたっていいのさ。
私の話を聞いてくれて、合わせてくれて、何があっても側に居てくれるんだから)
(タマさんの理解者であると定義しつつ、タマさんに対して何を考えていてもいいって、微妙に矛盾してません?)
(理解した先でどう考えるかはウルくんの自由だからね。
でもウルくんはお人好しだから、一緒にいる人間を理解しようと考えるだろう?)
(……そうきたか)
(わしらもおること忘れとらんかの?)
(ん。いる)
(もちろん忘れていないさ。
二人がいたからこの計画を立てることが出来たし、成功を収めることも出来た。感謝している)
(なんか軽いし、そういう意味ではなかったのじゃ)
(ん)
(大丈夫タマさんのそれはわざとですから。実はテレッテレですから)
(……理解者が側に居るってことをしみじみと感じるな。
それよりもほら、あれだ、皇子が骨片を持っているかもしれない件についてどうするか話し合おうじゃないか。
隠蔽されていたが、ラハッカ達も感知していたんだろう?)
あ、王都見えてきた。




