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※15 人類の大敵(故人)


 それは鱗蟻人特有の爆発とは違った。


 森の一部と草原の一部を消失させたその手口は吹き飛ばすといった内容ではなく、一定範囲内を削り取ったという方が正しいかもしれない。

 女王が身に纏っていた黒い肌。それは表面の肌だけではなく、内部の筋肉や内臓があるべき場所も同じ黒い液状の何かが詰まっていた。非常に重たいその液体、正確には超質量の粒子は傍目にはわからないほどの高速で女王の体表を流動し、外部からの攻撃の一切合切を削って防ぎ、逆に攻撃するというショーコ達のそれとよく似た攻防一帯の能力だったのだ。

 今の攻撃は自身の魔力質範囲を拡げたうえでその黒い粒子も拡散させ、効果範囲内を粉微塵にするという荒技であった。


 超高速で動き回りあらゆるものを塵にする黒い霧に包まれた世界。動きが速すぎるために実際の霧のような濃淡はなく、それはどちらかというと黒いセロファンフィルムを透かして見た光景に似ていた。遠く外部から見た場合は半径二〇〇メートルもあろうかという巨大な球形黒曜石だろうか。

 そんな足場となる大地も消失した世界でしかし、タマは死霊兵鎧の防御能力と自分がかけたバフを活用し、さらに女王の魔力質範囲を自身の魔力質で押し返すことによって無傷であった。

 足場は宙に浮いていたときと同じ、俺が作成した『祝福・防壁1』だ。

 実はタマが自分で『RPGシステム』の魔法を使おうとするとゲームシステムが優先され、魔法の対象指定が必要になってしまうのだが、現在彼女が指定可能なのはパーティー登録されている自分自身とラハッカ達だけであった。自分に防壁をかけた場合も壁そのものが彼女の現在位置に追随してしまうため足場としては使えないのだが、俺が『描画』で対象を指定せずに使用するとその場所自体に防壁がかかる。これを利用することで足場としていたのだ。

 魔力も吹き乱れているため俺でも見づらいが、ラハッカも黒水を球状に展開して防ぎきっているようだ。彼女場合はショーコが黒水を出してさらに下方向へ黒水の糸を出し、それを支えにしている。実は飛んでいるように見える動きのいくつかも同じような原理であり、蹴って移動した後も体から黒水の糸自体は離れないため、そのまま回収しているという地味な一面があった。


 何はともあれ無事であったものの、先ほどタマが投げた自爆寸前の髑髏も消し飛んでしまったらしく、さらにはタマの背後にあった巨大氷薔薇も範囲内にあるのはじわじわと削れていっている。せっかく作ったのになあ。


 黒い世界の向こうに二つの赤い虹彩が光る。綺麗なペリドットが今度はガーネットに変化したらしい。いかにもなブチギレモードだ。

 その中心にある洞のような瞳孔に紫電が生じ、その紫電が周囲の高速移動する粒子を伝い増幅されていく。黒い世界の中で女王を中心として、雷土が舞う。

 黒粒子が動く事で生じる静電気を増幅しているのだ。雷雲と同じ原理である。

 その明かりに照らされる女王の姿は真っ黒なガシャドクロだ。本来はあの体だけで活動可能なのだ。骨の内部に本当の内臓も詰まっており、しかもすでに消失した足が再生を終えている。目がやられたのはフェイクでしかなかったのだ。


 それにしても白いドラゴンもそうだったけれど、この世界の怪物は電気を使えるようになってからが一流なのだろうか。自然エネルギーを流用すると大体が電気エネルギーになってしまうだけかもしれないが。


 守りに徹する二人を試すように細い雷が襲うかかる。周囲一帯を女王の魔力質で覆われているため、俺の筆で軌道を逸らすことは出来ない。

 だがそんなもの、事前にかけているバフなどによってほぼノーダメージである。ほぼなのは抵抗するために魔力を消費してしまうからであり、黒い霧の攻撃も受け続けていて、じわじわと削られているのは確かだった。

 こちらが反撃できないと判断した女王が攻勢を強くする。

 全方位から二人に叩きつけられる雷は徐々に太く強くなっていく。


 だがやはりそんなものは意味がない。


 二人の魔力が完全に回復した。いや、正確にはラハッカの方は攻撃を防ぎ続けているショーコの魔力と言った方がいいのかもだけど。


 俺の『描画』である。

 ラハッカ達と出会ってすでに一月ほど。彼女達の魔力も『描画』で絵にして保存しているに決まっている。タマほどとはいかないが、それでもこの状況で数日過ごせるくらいにはストックがある。


 さすがに女王も回復を感知したらしいが、それでも攻撃の手を弛めることはない。

 向こうも馬鹿ではないのだろう。むしろ持久力勝負は望むところといった風である。

 周囲一帯が消し飛んでいるが、女王の長い尻尾は途中から地中深くに潜ったままであり、その先は森の奥も奥、鱗蟻人の巣である大地下迷宮最下層の、さらに地下。女王の玉座があった地脈まで届いているのだ。あの城でも見た魔力の間欠泉と同じものである。そこから魔力を吸い上げ続けているのだ。


 本来、何故この女王が森から出てこなかったのかといえば、その地脈から魔力を得て自己強化と種族繁栄に勤しんでいたからであり、そこに居る限り無尽蔵に魔力を使えるが故に一撃で女王を殺せる存在が相手でもない限り、敵が存在しなかったからなのだ。

 それでも遅々と進まない種族繁栄の為の領土確保は、この一帯に居を構えた人類のせいだと彼女もわかっていた。


 悪魔種というのは魔力を主な糧に生きており、外部からの魔力が少ないと極端に弱体化し、場合によってはそれだけで自然死してしまう。

 逆に魔力濃度が高ければ高いほど容易く自己強化出来るため、悪魔の領域と呼ばれる悪魔種が栄える土地というのは規模の差こそあれ地脈の間欠泉が存在しており、悪魔種がそう簡単に負けない環境となっている。

 人類もそのことをすでに熟知しており、多くの悪魔種はその領域から出てくることがないことも知っているし、出て来たら来たで領域外は自然魔力が少ないがためにほとんどの悪魔は弱体化しているので人類でも何とかなるのだ。

 魔獣や巨獣もそれに近く、特に巨獣と呼ばれる物理法則を無視したようなサイズの動物は巨体を支えるために常に肉体強化魔法を使用し続けているため、領域から出てしまうと動きが鈍くなる。彼らの場合は外部魔力がなくても食料と休養さえあれば早々死にはしないのが違いだ。

 そんな悪魔種だが、だからといって悪魔の領域を放置しているとそこに住む悪魔種は魔力を溜め込みどんどんと強化されていって、悪魔種特有の時空を歪めることによる領域拡大を行い、領域そのものが広くなってしまう。

 そしてその領域内には地脈の魔力が循環するようになり、土地に固定化される。

 そうなると地脈が何らかの理由で枯れるか、そこに居座っているはずのその悪魔種の大本を倒さなくてはダメになる。


 領域を広げられないようにするためには、領域に立ち入り繁殖している魔獣や悪魔種などを倒してその魔力質を持ち帰るしかない。

 この世界の人類は主に食事によって相手の魔力質を取り込んでいるのだが、悪魔種同様魔力濃度が高い場所で生活したり鍛錬することでも魔力を取り込める。言ってしまえばRPGにおける経験値獲得だ。

 そして悪魔種は魔力への依存性と親和性が高いためか、生命活動を停止すると体の一部がそのまま自然魔力化してしまい、またその魔力は人類が吸収しやすい性質も持っている。つまり討伐するだけなら非常に経験値効率が良いのだ。鱗蟻人の場合はその外骨格や槍にも高い魔力が宿っているため、それらを持ち帰るのも重要だ。

 そうやって地道に領域の魔力を持ち帰り、繁殖を抑制し続けて、いつか討伐することによって人類圏を拡げるということをこの世界の住人は続けている。


 でもこの経験値獲得方法は実にゲーム的でわかりやすいけど、『RPGシステム』のそれと比べたら得られる強さが微々たるもの過ぎて悲しくなるレベルなんだけどね。


 ともあれ、人類がそうやってこの森の拡大を防いでいるのを鱗蟻人の女王は見続けていた。

 彼女は頭が良かった。


 人を観察し、喰らい、そのアンデッドである命亡き者と呼ばれる者達も観察し、喰らい、それらの特性を理解し、吸収し、獲得し、その情報から人類を一掃するための王子個体と呼ばれるものを作り出した。

 外に魔力がなければある場所から取り込めばいい。

 人類というのは魔力を持っており、それを糧とすればいいのではないか。その考えの基、生者から魔力質を奪う命亡き者どもの特性を与えることで人類からの魔力吸収効率を上げた。結果、王子個体は同種すら捕食する存在となったがその分強くなった。

 だがそれでも足りない。結局外では負けてしまう。強い者を捕食することによる魔力摂取は強化に繋がるが、弱者ばかりを捕食したり、魔力吸収が滞ると弱体化も早い。

 成熟してから外に送りだそうにもそれすら人類は阻止してくる。


 だからこそ女王は自己進化を促し、自身の強化の方向性をこの魔力供給ケーブルともいえる尾という結果に繋げた。

 さらに自身も人の特性を真似て成長し、進化し、人類を捕食することで強化されるようにした。

 女王の姿が人に非常に近いのはそういった理由からであり、それこそすでに人類と交配可能なほどに、彼女は自己の構成変質を終えていた。


 とまあここまですでに俺たちは知っており、さらに本当はあの尾がすでにスメ・シュガ市に届くどころかアルトウン辺境伯家本家があるアルトウン市をも越えて、さらにその隣の領地やザサ国の王都すら通り越して、帝国の領域にまで届こうかという長さになることも知っていた。


 なぜなら、


(ここまではほぼ予定通りだな)


(木のゴーレムで街からの視界遮られたのは焦りましたけどね。

 それでも結構な数の住人が隙間からこっち見てたようですよ。軍人さんは正面に陣形作りながらと、崖の上の大砲みたいなの使うために登った人達も見てましたし、冒険者も各々固まって戦闘準備しながら観戦してましたね。

 ――お、準備完了かな。こっち来るようですよ)


(ではわしらもがんばっているところを見せとくかの)


(ん)


(二人ともほどほどにしてくれよ? 今の女王本体の強度は生きていたときの半分以下になるようにしているから、二人が本気やったら簡単に真っ二つだ)


(わかってるのじゃ。

 それにもし加減を間違っても、ご主人様なら連中に知られる前に元通りに出来るじゃろ?)


(ん、ん、ん)


(この黒霧の中なら視認も魔毛角も利きづらいし、たしかに大丈夫かもですね)


(……まったく。ほどほどにな)


 まあつまるところ、ここにいる女王はすでに死体であって。

 死霊兵スズキとは別に作り上げた第二の死霊兵であって。


 今起きているこの鱗蟻人女王による襲撃事件は、俺たちによる完全なヤラセなんですよね。



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