※14 降って湧いたような予定調和
異変に気付いた者達の多くにとって、それはすでにどうしようもない状況だった。
鱗蟻人の森から現れる悪魔や魔獣、巨獣に抵抗するために存在する人類の要所、城塞都市スメ・シュガ。
薄く朝靄に包まれた世界はまだ暗く、だが遠く森の向こう側から日の光が天上の雲を下から照らすころ。
地面が揺れていた。
極々微弱にだが、わかる者にはわかる程度の揺れ。
周囲一帯の魔力が不自然に波打つ。
機械文明が発達していないこの世界の朝は、かつての地球のそれと同じように早い。多くの市民や軍人、冒険者はすでに起き出しており、活動を始めていた。
歩き回り、騒がしく動き出す市場。
朝食前に軽く行われる兵士達の集団ジョギング。
昨夜の酒が抜けない冒険者達の自然と揺れる頭。
だからこそ最初の揺れに気付かない者も多かったが、だからこそ、遅れて魔力が波打ったときに気付く者は多かった。
領主館の上階にある客間から外に出て朝焼けと街並みを描いていた俺は、地面が揺れを発した時点で叫んでいた。
(タマさん!!)
ログが表示されるのとほぼ同時、先日買ったばかりの蜘蛛絹で作った寝間着姿のタマが窓を割り、飛び出してくる。
自然落下。
彼女の下にいくつかの銀色の魔法陣が出現し、続いて白い魔法陣が銀の倍以上の数となって現れる。
『時空・魔法短縮1』『祝福・防壁1』を俺が起動させて、その防壁を彼女が足場にした。
タマの前にも灰の魔法陣が生じ、彼女は黒い渦から髑髏をモチーフとした大杖を引きずり出した。
朝日の向こうから魔力の波が迫り来る。
突風のようなそれは、自然に発生するにはいささか強すぎる魔力の流れだった。
遥か下方で異変を察知した住人達が、波の出現方向をみやる。
(ラハッカ! ショーコ!)
タマが先ほど割った窓からラハッカが飛び出していき、壁や屋根を蹴って街の中に消えていく。向かう先は今の魔力波の元。朝日が昇る森。
駆ける途中からその背中に黒い羽根が生え、なにもない空間を、空気を蹴り砕くようにして、衝撃波を撒き散らしながら剣士が鳥になって飛んでいく。
近くの窓からアルテノ達が顔を出した。
無数の魔法陣と共に宙に浮いて朝日を睨むタマを見て驚き、異変の原因がその視線の先にあると気付き、向こうを睨む。
さすがにこういった状況にもなれているのか、鎧などを着ていないものの、自らの武器は携えている。
何が起きていて、これから何が起ころうとしているのか理解したらしい。
アルテノが声を上げ、窓枠に使われている木材に魔力を流す。角っ子達が慌てて魔法を使おうとする。
だがわずかに遅い。
タマが大杖を下から上へすくい上げるように振るった。
前方五〇メートル手前まで迫っていた極大の光線が、軌道を直角に上へとねじ曲げられる。
彼女の構える大杖に嵌められていた魔石の一つが光を放って消えた。
そのままであればタマ達への直撃ルートだったであろう一撃が上空へと去り、アルテノ達は今の光景に茫然とした様子だったがそれも一瞬で、すぐさま行動を再開した。
アルテノが魔石が嵌められたワンドを掲げながら、先ほどの続きとばかりに窓枠に魔力を流すと、領主館中心として彼の魔力が地面を伝っていく。
領主館から生えていた巨木が枝を伸ばし、網状に周囲を覆っていく。包み隠すほどに葉も茂っていく。
街中に植えられていた木々も、枝を伸ばし、同じように周囲を守るように覆っていく。
森方面の出入り門と崖に絡まるように覆っていた木々が動き出し、街を守るように朝日に立ちふさがった。大きな影が街に差す。枝葉がどんどんと広がり、その隙間を黒い点となっていたラハッカがすり抜けていった。
アルテノの魔法の途中でタマが叫んだ。
「すみません! 予想以上に早く攻めてきたようです!
このまま私とラハッカが戦います! 勝手ですがこちらの防衛はお願いします!」
「――わかったっ! 準備が整い次第こちらも出るっ!」
「ありがとうございますっ!」
返答と同時、タマの前に紫と灰色の魔法陣が現れ、黒い渦から引きずり出て来た白い外套が少女の全身を覆い隠すように包んだかと思えば、内側から出て来た甲冑に包まれた手が外套を取り払った。出て来たタマは寝間着姿ではなく、街に来たときと同じ赤黒く優美な軽鎧を身に纏っていた。
タマの背後にあった無数の魔法陣が重複起動し、『祝福・防壁5』を何重にもしたものが生じる。
彼女はぴょんと軽く跳ぶとその場で空中前回りをして、その光る防壁を両足で蹴りつけた。
驚くアルテノ達を置き去りに、無数の光壁を砕いてタマが砲弾となる。
砲弾は軌道上に発生した防壁を何度も蹴り砕き加速しながら門扉の上を抜け、アルテノが作った木の壁の枝を幾つかぶち抜きながら街の外へと出た。
加速をやめ下を見れば、森まで続く見晴らしのよい草原に早くから出ていた冒険者達の姿を見かける。
すぐにでも街へ逃げ込もうと樹木の壁をぬっていく者。
茫然と朝日の方と樹木の壁とを見比べる者。
周囲に呼びかけ、森に注意を払いながら一団となって後退していく者。
森の入り口に視線を向ければ、攻撃魔法を後方へ放ちながら駆け出てくる者達がいた。
だが彼らを追いかけてくる敵影はない。代わりに森に入って少し行ったぐらいの場所から黒い線が上空へ伸び、途中で黒い玉となると、はじけるように枝分かれして森の中へと降り注いだ。それが降り注いだ形のまま、何かを追うようにぐるりぐるりと動き回る。ずずぅんと低音を響かせて森の木々が連続して倒れていく。
この辺りの入り口の木々は、深部にあったギネス級の巨木と比べると小さい。だがそれでも高さ二〇メートル級がほとんどで、幹の太さもそれ相応だ。
そんな木々が断ち切られていき、森がどんどんと切り開かれていく様を目端にしながら、タマは空中に作った『祝福・防壁1』の足場に立ち止まり、さらに森の奥、木々と朝日に隠れていた体を起こしていく存在を見やった。
地面を掘り返し、木々を薙ぎ倒し、朝日を遮って、真っ黒い巨体が草原まで影を作る。
俺が後ろを見れば逃げていた冒険者達が絶望したような表情で足を止めていた。
再度無数の魔法陣を生みだし、その中の幾つかから彼らの足下へ攻撃魔法を飛ばして正気に戻させれば、彼らは魔法が飛んできた方向、空中に立つタマの存在にやっと気がついた様子であった。その中にはこの間のイノシシ達の姿もあり、彼は声を張り上げながら立ち止まっていた者達を鼓舞し、タマの様子を窺いながら再度街へと足を向けた。
タマが髑髏の大杖を掲げる。
その髑髏意匠の頭頂部に脳の代わりにはめ込まれた巨大な魔石が、赤い血の様な光を放つ。
隠匿されていた魔力質を解放していき、魔石で一度に使える魔力量を増やし、無数の魔法陣を同時起動させたことによる光が、そそり立つ小山のような存在を照らし出した。
照らしてなお、その色は黒一色だった。
だがその黒はラハッカがショーコの黒水を纏ったときのような光を反射しない墨色ではなく、むしろよく磨き上げた金属のように硬質で、それでいてぬらぬらとしたぬめりのようなものを纏っていたから、単色だというのにどのような形状をしているのかがよくわかった。
女人である。髪の長い人間の女が足を拡げて座り込み、胸部を強調するように前屈みになって手をついている。そんな姿だ。
だがその腰の辺りから先、こちらからは影になりがちな向こう側には脈動する巨大な昆虫の腹部とさらに二対四本の脚が生えており、さらにその腹部から伸びた尾が地中に空いた大穴に埋まったままとなっていた。
人間に似た姿の部分が前屈みになってなお、その頭部の位置は周囲の木々を三倍して足りないほどの場所にあり、大きさだけで見れば明らかに以前の白い龍よりも大きかった。
巨大な女の顔に付いた二つの眼が虚ろにタマを見る。
そこだけは白目とペリドットのような黄緑色の虹彩で形成されていたが、瞳孔の部分だけは本当に穴が空いているだけのように光を吸収する闇色であった。
鱗蟻人の女王。
この世界の人類がこの土地に住み着いたときにはすでに森を支配していた、鱗蟻人と呼ばれる悪魔種の母体にして龍を超えて真龍にも届こうかという、異世界から召喚された何処かの何かの成れの果て。
先ほどから森を切り開いていた黒い線が女王へ向けて伸びた。
木を断ち地を穿っていた黒い線はしかし、黒光りする女王の肌をわずかに傷つけるだけで、その傷もあっという間に元通りになってまう。それは治るというよりも足りなくなったその部分を他から持ってきた皮膚で埋めるような、そんな修復のされ方だった。
枝分かれしていた黒い線が纏まっていき、球体に戻ると、太い一本の線となって女王の目を突いた。
さすがに効いたらしく白目の部分が破れ女王が怯む様子を見せたが、そこから黒い液体が溢れ出ると目を覆ってしまう。すると今度は黒い線が全く効かなくなってしまった。傷つけられていなかった方も涙腺から黒い液体が滲み出て覆ってしまった。
その間に黒い球体が線の放出を止め、引っ込んでいく。
そして球体の根本に向けてタマが複数のバフ魔法を仕込んでいった。
木々が倒され露わになっていたそこには当然、ラハッカがいる。今のはショーコによる黒水の攻撃だ。周囲には先の攻撃で細切れにされた鱗蟻人の残骸があった。
祝福系のバフ魔法はステータスが存在せず固定値分しか効果がない俺がかけるよりも、タマがかけた方が効果が高い。もとのゲーム的にはそこまで大きな差は生じなかったはずだが、祝福ツリーを全習得した上にMATが異常成長しているタマは計算値がすでにおかしな事になっているのだ。そして生き返った時点で俺たちのパーティーに登録されているラハッカには、『RPGシステム』による魔法効果が現れる。
単体防御系バフの最終である『祝福・防壁5』『祝福・障壁5』に加え、『祝福・結界陣3』でタマの魔法防御力値の四分の三の数値でもって肩代わりする超強度魔法防御と、自動回復効果がある『祝福・自然治癒3』が加わった超豪華なバフが順に墨色になった剣士にかかっていく。
さらにそこに俺によるバフ魔法が加わったころには、女王が大口を開けていた。
光を吸収する黒い渦と紫電がほとばしっていたそこから、女王にも匹敵する魔力を放つタマへ向けて力が解き放たれる。
極太の光線。
先ほども領主館を狙った一撃。だがそんなもの俺の前には意味がない。
なぜならそのルートはあの白龍のブレスと同じように魔力によるレールが敷かれているからであり、タマが杖を振るのと一緒に俺が筆を振ればレールごと屈折し、女王の元へと向かうことになるからだ。
どうやらこの手の遠距離攻撃の制御には魔力による補助が欠かせないようで、その結果、逆に俺にとってはいいカモとなっていた。
光が女王自身へと跳ね返る。
だが光を吸収する黒い瞳孔部分から放たれた同じ光線によって相殺され、大爆発が起こる。
しかしそんなものなど無いかのようにラハッカは女王へ走り寄り地を蹴ると、自由落下が始まる前に足下に黒水を集め、それを蹴ってさらに上昇する。二段ジャンプ。
そうやって到達したラハッカの身にかかる重力と跳躍力が釣り合った一瞬の滞空時間。
彼女の体はちょうど女王が光線を放ったばかりの眼球の前にあり、その一瞬でラハッカは抜刀と納刀を数度繰り返していた。
俺の目でも追えない連撃は全く同じ場所を斬ったらしく、女王の眼球に刀の長さを無視したような大きな斬撃が一つ刻まれる。
女王がこの世のものとは思えないような悲鳴を上げた。
斬られた目を両手で覆い人間の上半身を起こして仰け反りながら放たれたそれは魔力を伴っており、再度黒水を蹴ることでかろうじて両手から逃れていたラハッカごと周囲の木々を吹き飛ばした。
文字通りの意味で根こそぎ飛んでいったり薙ぎ倒された木々の被害は数百メートルに及び、次いでに女王の尾がある大穴から遅れて這い出てきていた鱗蟻人達をも潰してしまう始末だった。
女王を中心にクレーター状になった大地へ、吹き飛ばされていたラハッカはタマからかけられたバフ効果と自身の超回復によって瞬時に回復して戻ってくる。
その頃にはタマはラハッカにかけたのと同じような防御バフを自身にかけ終えており、俺は無数の魔法陣の照準を女王とその周囲に現れ始めた鱗蟻人に定めていた。
『描画』によって無理やりリキャストタイムを無視した、無数の攻撃魔法が矢鱈目鱈と女王と鱗蟻人に降り注ぐ。
それと同時にタマの周囲では超多重『水冷・氷結華4』が発動する。
地中深くまで根ざしたそれはタマの位置が女王から離れていたので鱗蟻人も女王も巻き込むことはなかったが、戦闘区域と街を分断するもう一つの巨大な壁となった。
タマが魔力を垂れ流しながら移動し、その魔力を使って属性場を形成しながら氷結華と攻撃魔法を絶え間なく使い続ける。タマも数少ない祝福系攻撃魔法の『祝福・光撃』シリーズや『祝福・光蝕』シリーズなどで近付いてくる鱗蟻人に攻撃を加えていく。
女王は残った目を見開きラハッカへと手を伸ばしていた。
どうやら彼女の敵愾心が向かう先はラハッカになったらしい。さっきの俺の『描画』魔法が女王をほとんど傷つけられなかったため、魔力は少ないが傷を付けたラハッカの方が脅威だと判断したのだ。
口から弱めに光線を飛ばし、ラハッカがタマのように光線を跳ね返せないことを確認すると、残った目からも合わせて光線を連続して飛ばしてラハッカが近づけないようにしつつ、自在に動く髪や腕を伸ばして牽制し、傷ついた片目を修復する時間を稼いでいるようだ。ラハッカはラハッカでスメ・シュガ市に光線が流れないような位置取りで駆けているため、地面が穴だらけになっていく。
俺がタマからあまり離れられないので、ここからではあの光線の軌道を曲げることが出来ない。
そして強力な魔力を垂れ流しにするタマは鱗蟻人の本能を刺激するのか、量産型兵士タイプや羽根付きタイプ、大ケラタイプなどの雑魚は逆にタマに殺到していた。
(予定通りタイミング合わせて下さいね。本気で『描画』魔法していきますよ)
(そっちこそ)
ある程度の範囲を氷結華で壁にした俺たちは足を止め、奴らが狙いやすいよう待ち構える。
投げられる槍や空気を裂く魔法攻撃を精霊系の『土石・土門陣』で生み出した壁で受け止め、集まってきていたところにタイミングを合わせた多重『土石・地裂』と多重『土石・土槍』で大ケラと兵士を一網打尽にする。上空の羽根付きには『風塵・爆風』と『炎熱・爆炎』の同時起動によるゲームにはなかったコンボで広範囲を焼き、落ちてきたところをそのまま『土石・土槍』の餌食にしていく。
『土石・土槍』はその名の通り土の槍が地面から突き上がるように生じる魔法なので、周囲一帯はモズの速贄状態だ。
当然、そうなると身動きできなくなった鱗蟻人達は十八番の自爆攻撃へと移ろうとする。
普通ならこの自爆攻撃を避けるために移動するべきだろう。
だが待ってましたとばかりにタマが魔力質範囲を拡げ、念動力よろしく遠隔操作によって髑髏部分をもぎ取ると、そのまま女王へと投げつけた。
驚異的な速度で女王の足下にたどり着いた鱗蟻人の髑髏は赤い光を放ち、付近にあった物質を魔力へと変換しながら爆発を引き起こす。
連続して同一箇所で引き起こされた爆発は、容易く女王の足首を一つ消滅させた。
(ま、自爆系雑魚敵がいる場合の対ボス常套手段ですよねえ)
というわけである。
一瞬、女王は何が起きたのかわからなかったのか、片足の先を消失したことでバランスを崩した態勢のまま、失った足首から先を眺めていた。
いつの間にか再生が終わったらしい両目がぎょろりとタマを見る。
タマはそんな女王に向け、先ほどと同じように自爆寸前の髑髏を幾つも投げたところだった。
ラハッカは注意が逸れている今の内にと駆け寄り、女王の見開かれた眼に再度刀傷をつけようとしていた。
だが二人は攻撃を中断し、即座に防御態勢に入った。
直後に女王の体全体の輪郭がぶれ、周囲一帯が消失した。




