※13 とある主人公属性持ちハーレム主の受難とその手記
五の月 五と二の日
今日は長い一日だった。
昼過ぎに師匠達が森から帰ってきたとの報せがあった。
嫌な予感がしていたので、心配していた胸をなで下ろす。
師匠達が森にいる間に奥で正体不明の巨大魔力質反応の報告があり、まさかと考えてしまったからだ。そろそろ本格的に王子の可能性もあったので緊急警報を流したものの、杞憂で終わったかもしれない。そう思っていたら、なにやら様子がおかしい。
いつも通りまたこちらに連絡をよこさずふらふらとどこかで食事処を漁っているのかと思ったが、どうやら違かったようなのだ。なぜか森と逆の首都門の側から戻ってきたらしいのだが、門を通る際に冒険者の氏族と一緒に馬亀車に乗ってきたのだそうだ。
なにかの気まぐれか料理でも奢られたのかと思い、後で宿を調べて迎えに行かなければと考えていたら、今度はベシャジュユさんからも報せが来た。なんでも師匠達が小さな少女と一緒に冒険者集団を奴隷として売りに来たらしい。売られたのは[化鯨の髭]という氏族で、黒い噂の多い荒くれ者達だったようだ。
そんなバカなと思う。あの人達は何かあったら完全に無視をするか、完全に消し去る。奴隷として売って金品を得るだなんて微塵も考えず行動する人達だ。敵となったら本当に容赦がないのだ。お金は討伐でしか稼がない。師匠なんてそれしか知らないんじゃないかというぐらい戦って切って狩って、食べることしか頭の中にないはずなのだ。極度の人嫌いのくせして、人にぶつかる危険がある市に屋台のために向かう人なのだ。本当にあれはやめて欲しい。師匠の体捌きは理解しているが、いつ無辜の民が黒水の犠牲になるかとひやひやする。なんであんな人混みの中を袖すら触れることなく歩けるのか、まるで人混みが避けているようにも見えて、未だに僕でもあの域には
いや今はこの件はいい。
師匠に何があったのか知らないが、同行しているという少女が気になる。ベシャジュユさんの使いの話ではどうやら少女の方が奴隷売買の主導を握っていたらしい。しかもビフトア人なのに聖神国語しか話せなかったという。さらにまだ幼いが赤色級の魔力を持ち、顔立ちもこの辺りでは見かけない風貌だという話だ。歳の割に話し言葉が丁寧すぎて奇妙だったと使いの者は言っていた。
師匠達はベシャジュユさんが僕の魔法の師匠だとは知らないと思ったが、随分前にベシャジュユさんも師匠達と知り合いであることは彼から聞いていた。だからベシャジュユさんのところに来たのは偶然だと思うし、ベシャジュユさんのところに奴隷を売りに来たのも、師匠が、いやショーコさんが薦めたからだと思うのだが。
そう考えていると、今度はさらに異常事態が発生した。
ベシャジュユさんが直接執務室に来て、その少女が冒険者登録し[墨塗り]に入る申請を出したことを教えてくれた。さらにそのとき他の冒険者と揉め事をまた起こしたようだが、どうやらこれは帝都から派遣されきたばかりのギルド監査モンテーシ卿が仕掛けたことらしく、そこで少女は黒色級の一撃を片手で受け止め、ギルド守をしていたペルパポンパさんの両手を治してしまったのだという。
何をやってくれているんだとも思ったが、これが事実であれば赤色級で黒色級を止める神がかり的な肉体強化の使い手で、伝説級の治癒魔法使いということになる。さらに使った魔法が奇妙な発光する図形を伴っていたというのだ。
ベシャジュユさんの話を疑うわけではないが、それが事実であれば帝国から来ていた通達が頭の中をよぎるのは確かだ。ベシャジュユさんはヤマダ・タマヤと名のった少女を完全にその通達の人物だと考えているようで、しかも随分と気に入った様子だった。宿までデシャンを使いに出したというのだから、本気なのだろう。これは奴隷となった[化鯨の髭]がどこも傷ついておらず、完全に心を折られ、従順になっていた様子から気に入ったらしい。この人の自説である奴隷の扱いが上手い人物に愚者と悪人はいないという話に沿っているのだろうけれど、愚者ではないかもしれないが、悪人である可能性は高いと思う。そう言ったら、奴隷は鏡ですと言われた。ショーコ・ラハッカ同様、ヤマダ・タマヤも鏡のように研ぎ磨かれた刀剣の類でしょう。とも言われた。言わんとすることはわかる。
ベシャジュユさんの反応から魅了魔法を疑ったが、パーチに見てもらってもその様子はないそうだ。ショーコさんが書類に署名したらしいので、あの人が無事であれば師匠が魅了魔法などにかかることはないと思うが、それでもやはり不安になる。宿まで着いていったというデシャンが心配だ。
デシャンはちゃんと帰ってきた。魔木の揺りかご亭で晩餐を馳走になったらしい。やはり魅了の様子は見られなかったが、敵対だけはしないでくれと言われた。表面的な魔力質は赤色だったが、資質調査が得意な彼女にもよくわからなかったらしく、身につけていた外套は龍皮製で、鎧も龍の素材を使っているように見えたらしい。小さな体格に合わせた鎧だったようで、まるでつい最近に専用にあつらえた新品のようだったとも言っていた。そしてそこに込められた魔力も魔力質も、龍の物には見えなかったそうだ。本格的に正体不明な存在である。
そして、師匠のこともあるので明日朝に僕が直接会いに行くつもりだったが、そこにリャムレス嬢を連れて着いていくと言い出した。通訳の紹介を頼まれたからとのことだが、記憶にあるリャムレス嬢とデシャンの連携は凄まじい。戦いとなったら、本当にどうなるかわからないという意味でもあるのだろう。
幸い、タマヤ嬢は理性的で、いきなり襲ってくるということはないそうだ。
師匠、貴女は一体なにを連れてきたんですか。
五の月 五と三の日
頭を抱えたくなる。
父上が倒れたという報せと、森奥から巨大な魔力質反応があったと聞かされたあの日も慌てたものだが、昨日今日と聞かされたことを考えれば、父上には悪いが大した事ではなかったとも思える。
帝国上級爵位家出の騎士が問題を起こした。これはどうでもいい。
彼らの犯罪行為がもしかすれば帝国暗部に繋がる可能性があるのも、悲しいかな僕にとってはいつものことだ。
ヤマダ・タマヤ嬢は報せにあった『最後の神子』だった。それも昨日段階で想定内だった。
完全な魔力質隠匿技術を彼女が持っていたことも、神子であることを考えればそう不自然ではないと思う。
聖神教が崩壊したかもしれないのも、彼の地から遠いザサ国にとっては戦地付近の各国と比べれば些細なことだともいえた。
問題はタマヤ嬢の話にメリーが泣き出してしまった後にされた今後の彼女の目的と、彼女の話が事実であった場合に起こりうるこれからのことだ。
なぜ、師匠達が森を迂回して抜け、遠回りでここに戻ってきたのか。
なぜ、師匠達が彼女に協力しているのか。
なぜ、彼女は亡き恋人の遺骸を集めるのか。
タマヤ嬢にとって、遺骸や遺跡を集めるのは弔いや帰還のためというのが最大の理由だろう。だがそれ以外にも重要な理由が存在していた。
実は彼女達と共に世界中に散らばった遺骸、『スズキクンノホネ』なるものは特定の魔力質の持ち主を守護する力を持ち、魔力質の相性さえ合ってしまえば例え悪魔種であろうとも力を与えてしまうようなのだ。悪いことに鱗蟻人の女王個体が『ホネ』に適応してしまい、強化された後で、女王は『ホネ』を他にも持っているタマヤ嬢と師匠から奪おうとして襲いかかってきたのだそうだ。
調査に赴いた冒険者が感じとったという強大な魔力質は、この女王のことかもしれないという。
本巣付近での戦いはさすがに分が悪く、追いかけてくる鱗蟻人から逃げるためにあえてここには向かわず、遠回りして追っ手を撒きながら人類圏に逃げ込んだのだそうだ。この街で体勢を整えて再度二人で森奥に向かい、今度こそ女王を狩ってくると彼女達は言っている。
師匠達にとってもタマヤ嬢の亡き恋人は、彼女達が一〇〇年以上探し求めたツガイとなりえる人物だったかもしれないらしい。さらに『ホネ』があればショーコさんも強化されるのだという。もしかしたら、その『ホネ』から新たな[墨塗り]の悪魔を生むことが出来るかもしれないらしく、師匠達がタマヤ嬢に協力するのもそういった事情かららしい。
ショーコさんは、もしこのまま女王を放置すれば、いずれ『スズキクンノホネ』を求めて女王は森を出る可能性もあるとまで言っていた。それほど『ホネ』の守護は強力なのだ。
女王の存在は知っている。過去にも何度かその諸悪の根源を潰そうと森奥への遠征が計画され、実行されてきた。だがそれらは全て失敗したのだ。
今度こそはという度に失敗し、結局ザサ国が帝国の属国となる出来事となった王子個体による大捕食の変事へと繋がった。あれは女王討伐に失敗して帰った王国軍を、それと同時期に発生していた王子個体が追ったことがきっかけなのだ。
その女王が攻めてくるかもしれないという。しかも、以前よりも強くなって。
彼女達はたった二人で、ショーコさんを含めても三人で、そんな怪物を倒すつもりでいる。倒す算段もついていると言っている。最大の問題は、その際に発生する戦闘の余波によって森の奥から巨獣や魔獣がこちらまで流れてくるかもしれないことで、その対処を僕たちに頼みたいのだそうだ。本当に勝つ気でいるのだ。
信じられないような話だ。
一緒に聞いていたパーチによれば、タマヤ嬢の話は半分が嘘で半分が本当だと感じたそうだ。間延びした口調でいつもぽやぽやとしているパーチだが、彼女の直感は一種の異能だ。どこかの代で神子の血が混じっているからだそうだが、外れたことがほとんどない。だが、どこが嘘でどこが本当かがわからない。しかしタマヤ嬢が敵ではなく、味方であるのは確かだそうだ。遺骸の存在も本当だと言い切っていた。
タマヤ嬢の身の上話に涙したメリーは、彼女を随分と気に入ったらしい。女王討伐にも協力したいそうだ。彼女達だけでも勝算があるのならば、僕たちもいけば確実になるという意見だ。もっともだが、僕としては遺骸が事実であった場合そここそが一番あやしく思う。本当に彼女達だけで勝てる見込みがあるのだろうか? 師匠がそういったことで嘘をつくとは思えないが、かつての女王討伐には魔石級が複数いたこともある。だがそれだって敗走したのだ。
アイシェやセベニィはこの件については僕に判断を委ねると言っている。
色々と考えるべき事が多い。
みんなと結婚して、これからゆっくりと領地開発や親孝行が出来ると思っていたのに、初年度からコレだ。
頭が痛い。やはり僕では父上や兄様のようにはいかない。現金な話だが、まだまだ父上には元気でいてもらたいたいと強く思う。父上が倒れたのも一時的な発作で、幸いなことに容態は回復しているそうだが、もう十年近く父上は病魔と闘い通しだ。
心労はかけたくなかったが、虚偽の報告をするわけにもいかず、帝国騎士の件も含めてそのまま報告してしまった。通信機越しの声はお変わりないようだったが、今頃またを胃を痛めているだろう。
望んでメリーを娶った以上辺境伯家を継がないとは言わないが、この立場にはやはり兄様にこそ相応しかった。
とはいえ、兄様がルナラフリアとの関係を祝福され幸せそうにしていたあの顔を思い出してしまうと、万事これで良かったのだとも思える。
だからこそ、これ以上火種をアルトウン市に持って行くわけにはいかない。
女王だろうと最後の神子だろうと関係ない。
僕の大切な人達には手出しなどさせない。
五の月 五と四の日
グフア・ル・ウ・グル皇子が単身入国したと報せが入った。先日の夕方のことだそうだ。
現在ここ、スメ・シュガ市に向かっているとのことで、一冒険者として登録し、騎獣と共に半ば無理やりな入国の仕方をしたらしい。
僕がギルドに出していた鱗蟻人王子個体発生可能性の警報を拾い、救援依頼でもないのに王子討伐に助太刀するという名目で、当初は皇子子飼いの帝国第三騎士団一〇〇名と共に入国しようとしていたのだが、帝国の騎士団をそのまま入国させるのはさすがに王国と帝国の関係でも難しく、協議を重ねていたところにこれだ。しかも先遣隊として派遣されていた帝国騎士が先日あのような問題を起こしたばかりであり、この件については王国側としても非難声明を出すそうだが、多少の賠償金と保釈金で終わるだろうと父上は言っていた。こればかりは王国と帝国の力関係上仕方がない。
だが問題は、鱗蟻人王子が未発生だったという先日の報告が皇子の耳に入らないままとなっていることだ。誤報を知らせるために王国が使いを出したら、すでにウ・グル皇子は出発したあとだったらしい。入国後の昨晩の宿泊場所も不明のため、完全にすれ違ってしまっているようだ。
ウ・グル皇子が王子個体討伐を成したい理由はわかる。
聖神教があのようなこととなり、おそらくは戦線が動いて、現在前線に出ている第二皇子派に大きな手柄が集中する可能性が高いからだろう。ウ・グル皇子は第一皇子で継承権も第一位だが、聖神教戦線が第二皇子派の手によって変わるとなれば状況はわからなくなる。むしろ分が悪いと言える。戦線維持をする騎士団は交代制となっており、要請がない限り冒険者以外の横入りは出来ないと聞く。なにがなんでも今の期間中に第二皇子派は戦線を押し上げ、あわよくば聖神教圏から一つ以上国をとろうと考えているはず。そうなれば天秤は大きく傾く。いやすでに神島が堕ち、傾いているのだ。それ自体は本人の手柄でなくても、数百年の硬直が動けば大事だ。それを成した皇子に支持もまた傾く。
だからこそウ・グル皇子は別の天秤を傾ける必要に迫られたのだろう。王子個体発生の可能性は、彼の方にとって吉報に聞こえたのかもしれない。王子個体は下手をすると帝国にも被害が出る可能性がある。帝国としても対処せねばならない問題なのだ。
噂に聞くウ・グル皇子の実力は魔石級であり、現在帝国最高戦力の一つとして数えられていたはずだ。彼の方が起こしたといういくつかの事業例を聞く限り非常に商才もあり、知略にも富んでいる様子。だが鱗蟻人の森はその帝国自体が女王討伐を忌避するほどの危険地帯だ。単身でここに来たところでどうしようもない。もしそれで治らない怪我でもされたら、ザサ国にとっては迷惑でしかない。かといって子飼いの騎士団を好き勝手連れてこられても、何をされたものかわかったものではない。だが彼の騎士団の強さは帝国でも指折りと聞く。鱗蟻人王子が発生していたとしたらこれ以上ない援助であったのは確かなのだ。ここの抑えであるアルトウン家にはザサ王家の血が何度か入っているが、この家から王が出てはいけない習わしとなっている。社交界からも遠く、名誉から離れた身分のため、実質的な手柄をがむしゃらに得る必要はない。人民を守る盾たることが誉れであり、握り手は問わない。それがアルトウン家なのだ。ザサ国としても他国の騎士団に国内を自由にされたら困るだけで、スメ地方に入ればアルトウン市には父上が、スメ・シュガ市に着いてしまえば僕とメリーがいる。特に今ここには領軍の本体があるので、如何に帝国の騎士団といえど好きには出来ない。だからそれまでの随伴部隊を派遣をしようと調整していて、待っていればそのうち騎士団ごと入国できたはずなのだ。これでは全てが水の泡だろう。
いくつかの政策を聞く限り彼の方がそれほど愚かだとは思えず、直接彼の方を知るメリーもウ・グル皇子は焦って事をし損じるような人間ではないという。
彼女の話では帝国第三騎士団は実力者揃いだが、ウ・グル皇子の武威で纏まっているような集団で、皇子がいないと何をしでかすかわからないほどアクが強い者の集まりなのだそうだ。先日の三人の騎士も第三騎士団所属だと言っていた。今のところ騎士団は国境で大人しくしているようだが、皇子抜きでは国内を横断させるのも危険を伴うほどだという。かといって皇子が一人ここに来て活動を始めても意味がない。どころか、王子個体はいないとわかっているのだし、女王の件が事実であった場合に、むしろいらぬ面倒となりかねない。それぐらいであれば多少の揉め事を起こしてでも騎士団ごと来てくれた方が、アルトウン家としてはありがたかったのだが。
この日記を書いている時点ではまだウ・グル皇子の行方は掴めていない状態だ。
騎獣は大型の翼竜で、副官が同行しているようだとの話もあるものの、それも定かではないらしい。
話に聞く翼竜の飛行速度を考えると、一晩経った今はもう着いていないとおかしい時間帯だ。
道に迷っただけでも大事である。彼の方の実力はメリーも保証しているので早々滅多なことはないと思うのだが。
捜索隊はすでに編成済みだ。明けてまだ何もないようであれば、一帯に向けて隊を派遣する予定である。アルトウン市側からも出す予定なので、今僕たちには待つことしかできない。
ウ・グル皇子はなぜそこまでしてザサ国に入ったのだろうか? 功を焦る現状は理解出来るが、かといってこれでは意味がない。悪化させているとすら言える。
王子個体発生が確認出来た場合、個体が若く我が領だけで討伐可能であっても国へ救援依頼を出す決まりとなっている。万全に期すためだ。そして発生可能性による警報段階は十年に一度はあることで、その度に手柄を求めたり、討伐事業によって安くなる鱗蟻人の素材から作った装備が欲しい冒険者が集まるのが一種の風物詩になっているのだ。それをウ・グル皇子の側近が誰も知らないということはないはず。
ウ・グル皇子の目的は別にあるという可能性もあるが。
師匠達には昨晩と続いて今晩も領主館に泊まってもらっている。
彼女達が女王討伐のために必要だったという準備はすでに済ませていた。
彼女達が用意したのは大量の食料。ただそれだけである。
だが納得でもある。女王討伐最大の難所は、女王が巣から出てこないことにある。悪魔種というのは鱗蟻人女王のように本体となる強力な個体を中央として、そこから自ら種の成育に良い環境を、時空そのものを歪めて生み出すのだという。これはショーコさんや師匠の体にも言えることで、この森もそうだ。天気の良い日にスメ・シュガ市の両脇にある崖を登れば、遙か遠く森を抜けた先にある大山脈の偉容が見えることがある。だが森の奥まで入り、高所に昇ったり魔法で空を飛んでも山脈は見えない。ここは女王個体が地下に生み出したあり得ない規模の地下大迷宮があり、そこを中心として空間が歪んでしまっているために地表部分もおかしな事になっているのだ。見えるはずの山脈が見えなくなるほど遠くなるという摩訶不思議。そしてその分だけ広いと見られている地下大迷宮は、これまで幾度も人類の進攻を阻んだ。さらに地下は鱗蟻人が最も得意とする戦闘域であり、人類にとっては逃げ場のない世界でもある。軍隊で進攻するには不向きであり、なにより食料が問題になる。唯一手に入る鱗蟻人の体は人が食べるには高度解呪魔法を用いなければいけないほど有毒性が高い。森の恵みもあるものの、とてもではないが大軍を賄える物ではない。そのことからかつての討伐軍も本巣付近まで輜重部隊を含んだ大軍で進攻して陣を張り、最大戦力の少数精鋭だけが本巣である大迷宮を攻略。残った人員は少しでも鱗蟻人を減らすために巣の浅いところと地上部分で戦い続けるという荒行であったという。攻略にかかると目される期間は半年以上とされており、その間の食料がどうしても重要となる。彼女達もそこは同じらしい。師匠はなんでも食べることが出来るが、タマヤ嬢はそうもいかないからだろう。先日メリー達に森奥でしか採れないリクマーの実を大量に渡していたようだが、そのときの発言が飽きたからあげるといった内容だった気もするが、まさか実の味に飽きたからこちらにやってきたということもないと思う。多分。うーん師匠だとあり得そうなんだけど、タマヤ嬢がそんな理由で……。
食料の持ち運びをどうするのかと思えば、どうやらタマヤ嬢は物資を異空間に封印する魔法も使えるらしい。それを施すと腐ることもないというのだから、あの図形を用いた魔法はすごい。さっそく我が家の魔法バカであるメリーとアイシェの二人が真似しようとしたが、魔力で同じ図形を描いても意味がないらしい。これはタマヤ嬢の亡き恋人と関わりの深い魔法で、おそらくタマヤ嬢にしか使えないのだそうだ。こればかりは仕方がないことだろう。神子や悪魔の異能は世界の理を超えるのは常識だ。世界の理そのものであるとされる魔法だけでは、どうしても再現が不可能な部分が存在する。いくつかタマヤ嬢の魔法を拝見したが、魔力質隠匿を用いた広範囲からの多角的な魔法複数同時展開は、圧倒的の一言に尽きた。こういったことが得意なアイシェですら息をのみ、非常識だというほどだ。一撃の威力も申し分なく、模擬とはいえセベニィの剣でも返すのがやっとの魔法が絶え間なく襲い来るのは恐怖である。ここに近接戦闘においては随一とも言われる師匠達が加わるというのだから、本巣進攻するとなっても問題ないのかもしれない。
問題は、女王の強さだ。
話によれば女王はすでに地表に出て来ており、師匠達も直接相対したそうだ。そのときの感想が、巨体かつあまりにも防御や回復能力が高すぎて、女王だけを討伐するのにも不眠不休で数週間はかかるという判断だったという。さらに何万という鱗蟻人の群れが絶え間なく襲いかかってくるのだというのだから、よくぞ二人は生きて帰ってこられたと思う。これに対し、食料さえあればどうにかなると判断した彼女達の胆力は凄まじいの一言だろう。今後予定されている戦闘でも当然死ぬつもりはなく、逃げるだけであれば簡単だと言い切っていた。女王の移動速度は巨体のせいで非常に遅く、兵隊達も女王から離れようとしないため、彼女達だけであれば撤退は問題ないらしい。そして『ホネ』を持つタマヤ嬢と師匠がいけば、女王はまた自ら地表に出てくるだろうとのこと。つまり迷宮攻略の必要がないのだ。これだけでかつての討伐軍とは雲泥の差である。
女王が来るにしてもまだ先になるだろうとショーコさんは言っていた。そうなる前にこちらから行くとのことだが、まだ少し休んでいくようだ。
幸いというべきか、王子個体情報から準備していた対巨獣用魔法兵器は警戒状態を解いていない。もし女王が直接進軍してくる場合は、鱗蟻人の大軍団が一緒となるはず。であればこのまま警戒体勢を維持し続けた方が良いだろう。いつまでこの状態を維持すべきかは判断が付かないが、今しばらくは続けるつもりだ。そのために必要な魔石はタマヤ嬢から安く買い取ることが出来たので、これぐらいは問題ない。
メリーはタマヤ嬢に同行したがかっていていたが、これは僕から禁止しておいた。
確かに僕たちが同行すれば勝率は格段に上がるだろう。でも僕たちは現在この街を任されているのだ。ここから出て攻めるよりも、ここで不測の事態に備えていた方がいい。師匠達は逃げるだけであれば簡単だと言い切っていたし、タマヤ嬢には『オシイレ』もあるので、勝てなくても死にはしないはず。そこは心配してもどうしようもない。むし中途半端な戦力は邪魔になるかもしれない。
この世界に来てからまだ一月ほどだというタマヤ嬢の強さは本物だ。異世界の平和な場所で育ったという話だが、神島で、あの森の奥地で、地獄を見続け生き抜いた彼女が弱いわけがない。敵意がないことを示すため、彼女は惜しげもなく能力を晒してくれたが、パーチは全てに嘘が混じっているとも言っていた。能力の本質や奥の手は隠したままということだろう。したたかでもある。
実際、彼女は危険な存在だと思う。僕が戦っても負けるとは思わないが、勝てるかと聞かれると運次第だとしか言えない。師匠達が彼女に付いたとしても、みんなで戦えば負けるとは思わない。それだけ僕らは強くなった自信がある。だがもしこの場所での戦いとなれば、僕たち以外が死に絶えるとも思う。
師匠も昔からその危険性を問われ続けていた。だが権勢にも金にもまるで興味が無く、悪魔を巨獣を魔獣を狩り続け、ふらりと聖神教戦線に出ては武功も上げるので、帝国では重用されていた。先祖代々そのような感じだったらしく、だからこそ好きにさせていたのだと思う。
だがタマヤ嬢はわからない。神子は老いないため、現存する神子は見た目とは違い精神が老年となっている者が多いと聞く。だが彼女は召喚されたばかりで、年齢も十五歳らしい。見た目よりは大人だが、完全に大人かと言われると確実に違うだろう。精神的に不安定になってもおかしくはなく、この世界に来て恋人を失った彼女は今後良くない方向へ変遷する可能性も高い。今だって、本当はすでに狂ってしまっている可能性もある。今日の父上の話では、先日報告した彼女の話を聞いた王国上層部から、今の内に彼女を討伐してしまった方が良いのではという意見も出ているそうだ。ギルドから正式に魔石級認定を受けると簡単に手出しできなくなるが、等級が低い内であれば罪をでっち上げて処罰することも可能だという、ゲスな話である。
為政者としてはもっともなのだろう。だけど僕には、聖神教によって無理やり召喚され、操られたとはいえ愛する人を手にかけた幼い少女に刃を向けることが、正しいことだとは到底思えない。最低最悪の行為だとすら思う。彼女を殺したところで、危険だったかもしれないというだけの、可哀想な少女を殺したという事実だけが残る。上に嘘を重ねたところで、僕の心にはそれが残り続ける。
それは僕が嫌だ。
為政者の一人として、辺境伯家次期領主として、危険因子の排除が重要であることぐらい僕でもわかっているつもりだ。
だが彼女を排除するのは違うと思う。彼女は非常に理性的で、悲しいくらいしっかりとしている。先日から彼女と接しているみんなもそう言っていた。
でもまだ十代半ばの少女だ。そのぐらいの年で愛情を自覚し、死者は死者だと語っていたのだ。
それほど聡明な彼女が無為に自ら道を踏み外すとは思えない。
踏み外すとしたら、それは周りの大人の責任だろう。
幸い、彼女は森の中で師匠達と出会うことができた。師匠達もまた危険な存在だが、ショーコさんは理知的であり、これまでもずっと無軌道な師匠を窘める役を負ってきた。それに師匠は人慣れしない獣のようなもので、わかってしまえば可愛らしいところもある人だ。僕もかつてはこの二人に救われた。タマヤ嬢は二人のいいところをすでにわかっているようなので、幸運な出会いであったことは確かだろう。
ベシャジュユさんが言っていた、鏡のように磨き抜かれた刀剣の類という話。その通りなのかもしれないと思う。
先日の帝王結界に閉じ込めたとき、彼女は微塵も慌てなかった。あの結界の特性を知っていれば、あのまま封印される恐れがあることもわかっていたはず。だけどその後も特に行動を起こさなかった。それは結界を使ったメリーに敵意がなかったからなのではないかと思っている。タマヤ嬢の行動の端々に、パーチのような異能の一端が垣間見えるのだ。良い例が、どうやってかショーコさんと文字以外で会話しているらしき節がある点だ。
つまり、本当に彼女の敵意はこちら次第なのかもしれないのだ。
だからこれから彼女が踏み外すとしたら、それは僕たちの責任なのだ。
なによりも、すっかりあの少女を気に入ってしまったメリー達を悲しませたくない。
(アルテノさん、今書斎でこんな日記を書いてますよ。毎日文量がすごいすごい)
(なんというか、茶化す気はないが、彼は本当に勇者な性格なんだな)
(プライベートな一人称が僕だったり、ハーレムだったり、イケメンで実力者だったり、本当に主人公ですよね彼)
(んー)
(これこれラハッカ、そう怒るでない。半分は事実じゃろうが。
じゃがそうか、戦っても負ける気はないか)
(ショーコもラハッカも落ち着いて下さい。
上手いことこちらの話に乗ってくれているようですし、ありがたい話じゃないですか。
俺としてはちょおっとばかし心が痛いかもですが)
(仕方がないさ。嘘も方便で、気付かれずに使うのなら全ては結果次第だ。お互い様でもある。
それに行動を監視するつもりでここに泊めているのかもしれないが、結果としてこちらに情報が筒抜けとなっているだけだ。ウルくんが日記を見てしまっても、ここ以外で他言も出来ないし、何も問題ない。
では本題に移ろう。
思ったよりも大分早いが、機は熟したと見える。早速明日朝に行動を起こすつもりだが、いいかな)
(ん)
(もちろんなのじゃ)
(腕がなりますねえ。計画通りにいけばいいのですが)
(若干の不穏分子もあるようだからな。まあ何かあればその都度調整するしかあるまい。
ではウルくん、頼んだ)
(りょーかい)
んじゃま、ポチッとな~。




