※9 魅力×腕力×(権力-責任感)=大体敵
今更ながら章題が違うことになりそうだと変更することにしました。
「狩猟商人編」>>「地盤作成編」
「……美しい」
「うん。あの二人すっごい可愛いよね。欲しいなー」
「ん? ああ。いいなああのノーレフ。いい魔力の動きだ。
それにしては、なんだあの一緒にいるちっこいの。あれなら魔毛角を伸ばして整えれば似合うだろうな。勿体ない。
いや、あれを噛み砕けるか。それになかなかいい物を着ている。魔力もいいな。どこの冒険者かわかるか?」
「褐色のノーレフは[墨塗り]じゃないかな?」
「おお、あれが[墨塗り]かよ。――にしては魔力少なくねえか? いや、めちゃくちゃ好みなんだけどよ」
「知らないの? [墨塗り]の魔力は少ないって噂」
「噂だろ? さすがに魔石級が俺たちより少ねえとか信じらんねえし」
「……彼女はわかりますか?」
「ビフトアの方はわかんないねー。ただあの様子だと、どっかの冒険者か貴族の子供だとは思うけど」
「……そうですか。そうですよね。むしろあれほどの魔力質と魔力量、ただの冒険者や貴族の子ではないでしょう。
いえ、どこぞか辺境から来た姫君かもしれません。
先日の町娘とは比べものにならないほど魔力が澄んでいますし、あの日焼け跡のない透き通るような肌はこの辺りでは見かけないものです。冒険者では無理でしょう。実に美しいですね」
「あー、あの女達はダメだったなぁ。
やはり最初から色目を使ってくる女はつまらん。
やっぱ強い女が一番だろ。力強い魔力だ」
「ホント嫌がってるのねじ伏せるの好きだねー。
どっちにしても壊すまでやるんだから世話ないけど」
「初めての相手が俺たちだったんだ、良い思い出になっただろうさ。
それによくいうぜ。お前の方がえげつねぇじゃねえか。
こないだの村からお前に付いてきてた娘、また薬で潰して闇市で売っ払ったんだろう? 何度目だよ」
「まだ残ってるってば。売ったのはお古の方ね。
交換したの。もう薬も効きづらくなってたし飽きちゃったからねー。
んーあの子はどんな顔で悦ぶんだろう?」
「潰すのはやめて下さいよ、地方の村ならともかく、ここはザサの盾であるスメ・シュガです。
属国とはいえ他国ですし、領主まで行かなくても、監督官や有力氏族に睨まれるだけで遊べなくなりますよ。
それでなくてもあの娘達の件で危ないところだったというのに」
「地方領主なんて、みーんな僕たちの力をアテにしてるクセしてメンドクサイよねー。
いいじゃんさ、あっちから声かけてきたんだし。
そりゃぁ、ちょっと壊れちゃった子もいたけど、初めての子はお薬使わないと一緒に気持ちよくなれないじゃん?」
「ったく、騎士寮なんかに入れられたら何もできねえじゃねぇか。勘弁してくれよ。
それにやべえのはお前も一緒だろうが。お兄様って慕ってくれてたちびっ子、あんなんにしちまってよぉ」
「いえ、あれは望まれたからでして――」
「何人もねー? 前遊びに行ったときはあんなに奴隷の小さい子居たのに、今じゃ男爵家のあの娘以外は行方知れずだしー?」
「――はあ、あんまり大きくなっては美しくないじゃないですか。
美しいままにして上げたのですから、これほど幸せなことはないでしょう?
あの娘だって許嫁になって自ら望んだのですから、なにをしても誰も文句など言いませんよ。
向こうの家は融資の都合で納得していただけましたからね。
本当は彼女ももういらないのですが、私に従順で都合がいいので置いているだけです」
「んで? 声かけんのか? 一番目え光らせてんのお前だろ」
「絶対ユキの好みのど真ん中だよねー。食堂来てからずっと見てたし、欲しいんでしょ?
ちょおっと[墨塗り]っぽいのが怖いけど、声かけるくらい大丈夫でしょ。
もし領邦の王族だとしてもあの身だしなみや作法水準だとかなり田舎の方だろうし、帝国侯爵次男のユキなら、狙えるんじゃないかな?」
「どうせ、ノーレフは[墨塗り]の愛好家とかだろ。褐色の奴らは[墨塗り]のこと英雄視してるからな、大丈夫だって。
もちろん、あのノーレフ女は俺が狙うからな? だからしっかりちっこい方を落とせよ」
「貴方たち……」
「いいダチ持ったなぁ。うまくいったらまた交換したりしようぜ」
「僕も味見したいし、ゴンタ一人にやらせると壊しちゃうから、気持ちよくて記憶も吹っ飛ぶようなの用意しとくね。
なんだったら最初から僕の薬使って落とす?
もし[墨塗り]だとしても、不死身って話も攻撃されたらの話でしょ? 竜も従順になる僕の薬だったらイチコロだよー」
「……二人ともありがとう。ではまず、面通しとしましょうか」
これが現在ラハッカに刀を突きつけられ固まる三人が元席に居たときに交わした会話の、そのログだ。
この後すぐに三人は席を立ち、タマのところまでやってきたのだ。
最後の友情っぽいの薄ら寒すぎである。
そんなに仲良かったらホモォってしてればいいじゃないかと性欲を超越した存在としては愚考するわけですよ。
エロより金になるで? しかもエロ本置いてない本屋でもそっちは置いてあるし、図書館で規制されないおまけ付きだ。
それにしても……もうね、この世界の上等イケメンはロリコンだけではなく胸糞・鬼畜系も嗜んでないと生きていけないんじゃないかと思ってる。
そしてこの世界、こんなんばっかだとキレイな心を持った美女とか絶対存在不可能だよね。
ノーレフ貴種のエルフ耳女もアレだったし。
なんという純愛暗黒時代。
俺、鬱展や陵辱系よりもほのぼの純愛系のが好きなんだって何度もタマに訴えてるのに……。
もう最初から好感度MAX幼なじみヒロインの復権はありえないとでもいうのだろうか?
純愛系はエッチいシーン少ないとかそのせいなのか?
でもほのぼの風なヤツほどドエロかったりするみたいなんだよ?
あ、暴力系幼なじみはノーセンキューですんで悪しからず。
もう飽きたんよ。時代は一途なチョロイン系ですって。
ただガチビッチはカンベンな。
あと俺は一八才未満なので、例えは十八禁ゲームの話じゃなくてマンガやラノベの話です。
なんと言われようと、俺が描いた背景がいつの間にかエロソシャゲの背景に使われているとか知らないでござる。エロい画像探してたら見つけちゃってビビったとかないから。俺は依頼で指示通り背景描いただけであって、きっとこれは法律に触れない事案だと信じたいから調べないことにしたんです。悪い意味での面倒ごとは誰だって好きじゃないからね。スルーできるのならしておくに限るだろう。
そんな俺なので、もちろん今ラハッカがクロネコの首を刎ねたのも問題にならないようにしたさ。
というか、むしろ問題になんてなるはずがない。首なんて切れていないのだから。
ガターンッ、と派手に音を立てて、今し方ラハッカに首を切られたはずのクロネコが椅子ごと転げる。
そして、床を這いながら顔色を真っ青にして己の首に手をやった。
ゲス野郎とはいえさすがはキュート系、まるで女の子のような白く綺麗な首筋だが、そこには傷なんてなかった。ところでちょっと股間のあたり湿っぽくないかボーイ。
すでにこのときにはユキヒョウもトラも席を蹴り、間合いをとってそれぞれの武器を抜き放っていた。
だが、それだけであった。
目だけをせわしなく動かし、喋ることも声を出すこともままならないまま、彫像のように固まっていた。
突然の出来事に食堂内から悲鳴が上がる。
彼らはすぐさま壁際へと寄り、武器を抜いた二人の様子を窺いながら防御魔法の発動を開始した。女子供が多いこともあってか、積極的に介入するつもりはないらしい。いい判断である。
だがそんな彼らの内、彫像のようになった二人の鎧も服も肌も、わずかに表面が湿っていることに気付けた者がどれほどいただろうか。
先の衝撃で溢れたらしき紅茶が床を伝って、ちょうど二人の足下と繋がっていることに気付いた者が、いただろうか。
二人の固まっているその様子が、先日ギルドでゴリラが強制的に腕の再生をさせられていたときの様子と同じであると、知っている者が存在しただろうか。
もちろん俺は知ってるんですけどね。
(あらためて見ても、やっぱり殺気効果凄すぎません? この反応だと本気で幻覚見えてますよねこれ)
(創作物ではよく聞くし、原理としては解るんだがな。
この世界としては魔力に意思を乗せるという行為は一種の魔法であるという、ただそれだけのことなのだろうが……。思った通りにやろうとするとこれが中々難しい)
(しかもこれ、ラハッカが魔力を飛ばせないからやれないだけで、そうじゃなきゃ本当にこれだけで切ることが出来るんでしょ? まるで名人伝ですよね)
(不射之射か。この世界でもラハッカ級の達人でもなければ出来ないそうだから、事実名人達人の技だな)
(わしらとしては、ご主人様の『死霊術・金縛り』の方が驚きだがの。
しかもあなた様が魔力をかき乱すから、あやつら魔法を使うことも出来ずにおるではないか)
(ん)
やったことは単純である。
ラハッカは漫画でよくある殺気や剣気を飛ばすという行為をしただけ。その中に一刀でクロネコの首を刎ね飛ばすイメージを送りつけただけだ。
ラハッカは左の腰に差したままであった愛刀には触れてすらおらず、左手は紅茶を持っていて右手は蜂蜜漬けを匙ですくっている。
タマの方はその名の通りの、ただそういった効果の死霊術魔法スキルであるというだけだ。ランダム要素も存在し、対象の魔法抵抗力次第で全く効かないこともあるようだが、今のところタマのMATが高すぎることと運が良いのか防がれたことはない。
ちなみに魔法陣は対象の体内に俺が描いている。
死霊兵スズキは死霊術を使えないが、タマの魔力で死霊術の魔法陣を描いてタマと魔力を繋げると、タマの任意で離れた場所で死霊術が使用可能だったからだ。
そこにさらに俺が筆で魔力をかき乱すおまけ付きだ。魔法を使おうとしても、俺の筆を上回る速度でなければ魔力が強制霧散して終了なわけである。
なお足下や体表の水分は属性場を流用したフェイクな模様。
いつかの日か「正体見破ったり! 見切った! あれ!?」「ふははは引っかかったなー」をやりたいだけである。
動けないでいる二人を放置して、タマがソーサーの上からカップを手に取り、一口含む。その間視線はクロネコにずっと向けられたままだ。
そして、ただ一言帝国語で発した。
「ドク」
クロネコがビクリと顔を上げ、タマを見る。
と、ちょうどそこで宿の正面扉が音を立てて開かれ、三人の男女が突入してきた。さらにその後ろから複数の反応。
先頭の三人は一目見てわかるほど高い魔力を持つ戦技巧者であり、すでに抜剣済みであった。
食堂内を一瞥した彼らの内の一人、奴隷商ベシャジュユの娘であるデシャンがタマ達を見つけて聖神国語で声を上げる。
「大丈夫ですかタマヤ様っ」
そしてそれ以上に大きな声で被せるように、一緒にいた黒髪ポニテのビフトア男が叫んだ。
「師匠! 動かないで下さい!」
叫ぶやいなや、彼は床を蹴り壁を蹴り天井を蹴って室内立体軌道でもってあっという間に駆けつけ、こちら側とユキヒョウ達との間に着地。
剣先を床面に軽く刺し、瞬時に魔法を使用した。
床と天井の木材から同時に枝が伸び、タマとラハッカを隔離する檻のようになる。わずかに遅れて、壁際に寄っていた他の客などの前にも同様の枝檻が生じた。
彼はちらりとラハッカを見て「師匠は絶対に動かないで下さいね」と念を押すと、正面に相対した帝国騎士を睨め付ける。
「……貴方方か。
現在の状況はわかりませんが、先日の疑いの件もありますので、いくら帝国貴族といえど私の前で剣を抜いたままでは言い訳も通じません。
まずは剣を収めることを提案しますが、如何でしょう」
彼が正面に来ると同時に俺がユキヒョウ達の体内で回復魔法を使ったので、すでに『死霊術・金縛り』は解けている。
ユキヒョウは如何にも余裕ありますといった感じのすまし顔で剣を手放し、両手を上げた。トラの方も同じように武器を手放して手を上げたが、その表情は今にも掴みかからんばかりの怒りに染まっている。
「なにやら誤解があるようですが、今回も被害者は私たちの方です。
ワークワークがそこのノーレフに突然攻撃されたので、とっさに剣を抜いてしまっただけですよ。
ここにいる他の宿利用者の方達もそれは証言してくれるでしょう」
黒髪ポニテが剣を収め、ラハッカを見て、すぐ側で床に腰を落としたままのクロネコを見る。
「師匠、いえ、[墨塗り]のショーコ・ラハッカ殿。今の話は事実ですか?」
師匠、[墨塗り]という単語に対し、トラの表情が歪んだ。ユキヒョウは変わらないが、魔力が歪んだ。
ラハッカは頷き、クロネコを指さして「敵」とだけ伝える。
それだけで何がわかったのか、ポニテはクロネコの元に歩み寄ると彼の両手を片手で掴み拘束して、「失礼。調査権を行使する」と言ってじろじろと全身を見まわした。すんすんと匂いを嗅いだり、ぴこぴこと動く魔毛角で魔力を確認したり。
うーんこのキュート系を舐めるように見るポニテ。ポニテもびっくりするくらいイケメンだからそっち系の行為手前にしか見えない。本屋の特定コーナーの表紙絵に似たような構図がいっぱいあるんだよねえ。そして嫌がる素振りをみせるクロネコはこうしてみると完全に男の娘である。中身は驚くほどゲスだけどね。
そんな彼らを見ていたタマが紅茶のカップを掲げて「ドク」とだけ発した。ポニテがタマを見る。
遅れてやってきた騎士隊がユキヒョウ達を取り囲む。彼らも中々の手練れ揃いのようだ。
一緒に突入してきたデシャンが枝壁越しにタマに聖神国語で声をかける。
「おはようございます、タマヤ様。ラハッカ様。
私が通訳いたしますので、なにが起こってこうなったのか、タマヤ様から見た状況を教えていただいてもよろしいでしょうか?」
ラハッカじゃまともに問答出来ないからね。
「おはようございますデシャン様。
ええ、構いません。
私とラハッカが朝食後にお茶をいただいていたところ、彼ら三人が声をかけてきまして。勝手に相席をしたかと思えばそちらの方がお茶に毒薬を入れてきたので、ラハッカが怒って剣気を飛ばしてしまったようです。
つまり先に敵対行動をとったのは彼らであり、こちらは攻撃すらしていない状態です」
「おや、聖神国語ですか?」と鼻で笑うような声をユキヒョウが発したが、デシャンもポニテも、まして一緒に彼らと来ていたビフトア人女性も彼を見ない。
「毒薬、でございますか?」
「はい。黒髪の方の右胸内側に今もございますので、確認をお願いいたします」
ポニテも聖神国語がわかるらしく、すぐさま行動を開始した。ユキヒョウとクロネコも内容を理解出来ていたようでユキヒョウは魔力がぶれただけだったが、クロネコは顔色が悪くなっていた。
クロネコを探っていたポニテが小さな金属筒を取り上げ、袖口へと伸びているらしき細い管と繋がっていた蓋を外す。
「毒薬の種類は奴隷や獣の調教で使われる麻薬に近いもののようですので、あまり嗅がない方がいいかと」
ポニテが中身を一目見たあと手で煽いで匂いを確かめる。だが紅茶にいれたりするような使い方をする薬だ。無味無臭か、それに近い性質だろう。
しかし、ポニテにはそれがなんであるのか、理解出来たようだった。
彼の魔力が奇妙に波打つ。
「アーフヨゥ系か。ここまで精製し、成分濃縮したものは初めて見るな。それにおそらく多幸剤のツグモ系も混ぜてある」
蓋を閉め、呼吸と魔力を整えると、今度は怪訝な表情でタマを見る。
「なぜそこまで詳しく発言出来るのか、聞いてもいいかな」
どうやらこのポニテ、聖神国語の聞き取りだけではなく話すことも出来るらしい。
「毒薬を入れるところを見ていましたし、飲んで確認いたしました。以前にも飲んだことがあるので、間違えることはありません。
まだここに証拠が残っておりますので、よければどなたか詳しい方に確認をお願いいたします」
そういってカップを少し持ち上げてみせるタマに、彼の表情はさらに険しくなった。
「[墨塗り]のラハッカ殿ならまだしも、貴女がこの毒薬を飲んだであれば効果があるはず。そのようには見えませんが」
「私にはどんな毒も効きません。ね? ラハッカ」
「ん」
ラハッカが素直に頷くという、その意味するところに目を見開いたポニテを無視して、ユキヒョウが苦笑をもらしながら肩を上下させる。
「お笑いですね。
ワークワークはメイフル子爵家の出です。帝国の伝統ある騎獣使いの家系であり、彼自身もウ・グル殿下直属たる第三騎士団の騎獣隊員ですよ。ご存じかと思いますが、騎獣は手懐ける際に薬を使うことがあります。似たような種類の薬は持ち歩いていて当然ですし、使用に際する許可証も当然所持しております。
そのカップの中にあるという毒とやらは貴女自身が入れたのでは?
少なくともワークワークが入れたという証拠はどこにもありませんし、大体にして一体どうやって貴女のカップに毒を入れたというのですか。
先ほども言いましたが、他の利用客にも聞いてみて下さい。私たちもでしたが、美しいお嬢様だと皆注目しておりましたからね。彼らが私たちの無実を証明してくれることでしょう。
……はあ、愛らしいつぼみと思い近付いてみれば、まさかこんな詐欺師紛いのことをする花に化けた毒虫だとは思いもしませんでした」
おお、意外にこいつも聞き取りだけではなく聖神国語で話せるらしい。
やれやれとばかりに肩を竦める彼の言い分はもっともだ。
おそらくこちらを見ていた他の利用客には毒を入れた場面など見ていないだろう。魔法を使うにしても、使おうとすれば魔力が動く。ビフトア人ばかりのこの場で不審な魔力動があれば誰か一人くらいは気付いていてもおかしくはない。
だが、彼らが見えていなかったのなら、どうやったかを証明すればいいだけだ。
タマが笑む。
「こうやって」
びくりとトラとユキヒョウの肩が跳ねた。
かと思いきや突然二人とも膝を付き、しきりに頭を振ったりしているが、表情はにやけている。彼らの魔力の動きも滅茶苦茶になっていき、暴走する魔力の影響で周囲の温度が上がったり下がったりをし始めた。
クロネコも似たようなもので、ポニテの腕の中で頬を染めて脱力し、犬のようにハッハッハッハッと呼吸を短くしていた。ネコで犬か。うーんこの。
ハッとしたポニテが手の中の毒入れを開けてみれば、そこにあったはずの毒薬は半分以上がなくなっていた。
やられたらやり返す。
わざと、わかっていて飲んだとはいえ、彼らが毒薬を飲ませようとしたのは俺たちにとって完全な事実だ。ログの内容を辿れば、その後あのゲス王子や[化鯨の髭]の奴らと同じように犯そうとしていたことまでわかっているし、簡易版『霊視』で見たタマがクズの一言で切り捨てる存在だ。
犯行を実行に移した段階で、こいつらはタマや俺にとって完全な敵で悪だった。
もしこの後彼らの行為が証明されず、有罪が確定せず、逆にタマ達が罪に問われようと、関係ない。
むしろそれならそれでいい。
ラハッカがそうであったというように、タマも力なき司法だけで縛れるような存在ではないと明示する機会となるだけだ。
今後の活動のためにも、単純な自分たちの心情のためにも、こいつらには確実に、タマがやったとわかるお仕置きをした事実を残さねばならない。
やられたらやり返すことを、バカにでもわかるように教える。
こいつらは力を持っている。やるときは本当にやる。そういう噂を広めてもらうことも、今のタマの目的の一つなのだから。
タマが魔力隠匿できるように、もちろんビフトア人も魔力隠匿できる者はいる。現に昨日のギルドでもあの老人がやってみせていた。
ただ彼らの魔力隠匿は、俺が提案しタマが身につけた、オケラ型鱗蟻人が使っていた魔力量を操作する類の隠匿であり、魔法の使用を誤魔化すのが主目的のそれであった。
もちろんそんなものは俺の『描画』視点には無意味であるし、『遠隔術・魔力走査』を使ったタマにも意味がない。
そうとは知らず、普段魔法の使用を誤魔化したりするのにはそれで充分だったから、昨日の老人はその魔力量隠匿ともいうべき技術を使っていたのだろう。
そしてタマは魔力質を隠し、見せる大きさを自在に調整出来る方法を作り上げたが、この世界の住人は魔力質を感知しながらも、それを丸ごと隠したりする方法を現在まで実現化出来ていない。
出来ている者もいるかもしれないが、少なくともそれは当然の技術といえるものではないのは確かである。ラハッカやショーコも知らないとなれば、出来る者はまずいないと言えるだろう。
魔毛角による魔力質感知は、視覚のそれに近い。
目に見えている物をそれだけに限って見えなくしたり、大きさを変えて見せるというのは誤魔化すという方法論以外で実現させるのは非常に難しい。
例えばだが、現代日本でも、おそらくはかの合衆国でも、創作物以外で完全な光学迷彩を実現できたという話は聞いたことがなかった。
タマが一月かからずに作り上げた魔力質を隠すことも出来る魔力質隠匿の方法論と技術は、言ってしまえばそういった完全なる光学迷彩のような、方法論はあるが実現不可か、もしくは非常に難しすぎて他の技術的な観点からまだ実現が難しいとされる、近未来的なオーバーテクノロジーだったのだ。
そしてその実現段階の途中の隠匿方法、つまり魔力量を隠し魔力質を誤魔化す程度の技術は帝国でも確立出来ているらしい。
クロネコがやって見せたのはそういった、タマから見れば少々時代遅れで拙い隠匿であった。
となれば似たような事をタマが出来ない通りはない。
内容としては昨日のゴリラがやっていた魔力質による疑似腕での物体操作、つまりタマの十八番である死霊鎧操作と似たようなものである。
彼女曰く、適性の問題なのか動かしやすさは死霊兵スズキとは雲泥の差らしいが。
タマは魔力質も魔力量も隠匿したまま、しかも離れた場所であるポニテの手の中にあった筒からクロネコの袖に隠されている管を通し気化させた毒を抜き出して、アホ面並べていたユキヒョウ達に全部吸わせたのだ。
「さすが帝国貴族騎士。なのでしょうか? 中々の隠匿技術でしたが、私たちには無意味です。私の方が上手ですから」
クロネコは土気色になって震えていた。
さすがに自分で使う薬品だからか、安定しない魔力を使って無理やり解呪魔法を使用し、少しずつ解毒していっているようだ。いや違うか、こいつは自分自身にも使って楽しんでいたのだろう。体が慣れていたのだ。さらに条件反射なのか、股間がずきゅーんしちゃってる。さすがに俺でも引くはコレ。
そして、どうやら彼にはタマがやった内容がちゃんと理解出来たらしい。
一度も触れずに遠隔操作したこともあるだろうが、彼は液体のまま袖口から飛ばしてカップに入れていたのに対して、タマは気化操作である。隠匿を除いても、単純に魔力質の操作技術が月とすっぽんだ。実は俺がタマの魔力を誘導しているというズルがあるんだけど、どうせ彼らにはそこまで理解出来ないし俺に気付きもしないだろう。気化したの散らさないようするの苦労しました。
てか「……バケモノ」って呟きやがるし。タマが化け物なら、こいつらは道端でハエが集るクソ以下だろうに。ところでボーイもうそれすでに一回出ちゃってないかい? 社会的に死んじゃわないかい? 賢者モードなのかい?
クロネコが早くも漏らし、ポニテが茫然としている間に、ユキヒョウたちが床に倒れ込んでしまっていた。
クロネコがタマ達に使ったのも一滴だったことから相当強力な薬だったのかもしれない。気化させたのを全部吸わせたので、慣れているらしいクロネコ以外はこのままだと危険だろう。
周囲を囲んでいた騎士が慌てた様子を見せ、治療を開始する。
だがこういったことを治療する解呪魔法などを得手とするものがいないのか、彼らが使用する解呪魔法や治癒魔法では症状が良くなる気配を見せず、ユキヒョウたちの鼓動や魔力の動きが段々と弱々しくなっていく。
殺すつもりはないので、俺が仕込んでいた解毒魔法を使おうとしたときだった。
「仕方がありませんわね」
最初にデシャンやポニテと一緒に突入してきたビフトア人女性が、解呪魔法を使った。
ああいった薬物の急性中毒症状は回復が難しいと聞いていたのだが、見る間に体内の薬物が中和され、続けて使われた治癒魔法により体力も回復すると、意識だけはしっかり戻ったようでユキヒョウが自力で立ち上がろうとしはじめる。
しかしそれを足蹴にして再度床を舐めさせる女性。
細剣とはいえ、武器を持つには似つかわしくない優美な顔立ちに豪奢な金の巻き髪にフリルな赤いドレス姿。ちらりと覗くガーターベルトタイツと、これまた真っ赤なヒールブーツのおみ足。ヒールがツボを押さえているのか、ユキヒョウが滝のように汗をかきながら声も出ないほど口を拡げている姿を満足げにみやり、扇で口元を隠した彼女が足下へ声を落としていく。
「報告は受けてましたのよ? 貴方方がこの近隣の街で婦女子を食い物にしていた、と。
まんまと逃げおおせたつもりだったのでしょうけれど、ご愁傷様。ここはザサ国は対悪魔最前線のスメ・シュガ市。帝国ではございませんわ。
証拠が必要だっただけで、帝国侯爵の次男坊が汚していい街ではございませんの。今回回収させていただいた薬品があれば、どこまで証明出来るでしょうね?
ご存じでして? この近くの森に住む鱗蟻人の悪魔種は、一匹あたりが黒色級冒険者と同等の魔力を持ってますのよ? 深部ではそれが数十匹単位で、同時に襲いかかってくるのですわ。脅威度は如何ほどでしょうね? 例え倒したとしてもまだ安心出来ませんわ。彼らの自爆攻撃を受けると、無色級でも骨も残らないのは有名です。死んだと思って近付いたらボン、なんてよく聞く話ですわ。それに彼らは高い魔力持ちから優先して襲いかかって来ますわ。森に入ってしまったお貴族様が三人ぽっち、どうなるかなんてこの街の人間はみーんな知ってますのよ?
それに実力主義の帝国は、だからこそ力に溺れた者も捨て置くことぐらい、わたくしでも知っていますわ。皇族にも連なる侯爵家の次男坊? かの千年帝国で皇族の血が微塵も混じらない貴族など、新興の下級貴族でもない限りありえませんわ。それに外出の次男坊なんて、長男を追い越せず補佐役も三男に奪われて騎士団に入った負け犬ではありませんか。無色級相当の実力? ピンキリですし、帝国の上位貴族ならそのぐらい当たり前ですわ。それに対人の能力だけ鍛えている養殖ではありませんこと? 魔力量や模擬戦で無色級冒険者に勝っても、魔獣や悪魔の無色級には無意味だってご存じですこと?
わたくしとしては貴方たちみたいな顔だけの糞野郎共は本当に、本当に嫌いですので、このまま森にお連れしてもよろしいかと考えていたのですが……。
ここにいる騎士の皆さんは調査権と裁判権を持った審判隊員ですので、貴方方のゲスな行為をご存じな方は多いでしょうに、それでも本気で命を助けようとしておりましたわ。
ですから、皆様に免じてあげますわね。
命拾い、しましたわね?」
語り終えた女性がタマとラハッカに体を向ける。
「申し遅れました。
わたくしベシャジュユさんから通訳としてご紹介いただきました、旅立案・案内・護衛を生業としております[磁針箇条]のリャムレスという者でございますわ。
つきましては、スメ・シュガに滞在される間の案内・通訳・商談などは全てわたくしめにお任せ下さいませ。
領主館の主寝室から第二闇市元締めの厠まで、お求めとあらばどこへでもご案内いたしますわ」
聖神国語で言い切り、晴れやかな笑顔でタマに頭を下げるリャムレス女史。
おう、なんかすごい人キタ。
あ、ちなみにラハッカのことを師匠と呼んだりしていたポニテイケメンはアルトウン・リ・アルテノといい、ラハッカに会いに来る予定だった人で、今寝室を公開案内されそうなってるご職業についてるエライ人です。
昔ラハッカに剣を習ったんだそうな。