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※7 特になにがあるわけでもなく

 この世界にも回復魔法といえるものは存在する。


 これは主に二つにわけることが出来、地球における外科と内科のように、主に外傷を治すための治癒魔法と、病症などを治療する解呪魔法の二つが存在していた。

 そのうち、外科に相当する治癒魔法は地球のそれよりも特に高性能だと言えた。


 なにせ極まれば、首を切り落とされても数秒以内にくっつけて治療することで蘇生可能なほどなのだ。少なくとも俺が生きていた現代日本では、そんな治療の成功例を聞いた覚えはない。


 だがそこに至っている治癒魔法士というのは帝国広しといえど数えるほどしか居らず、ましてや失われた部位を再生治療可能な者となればさらに少なくなる。しかも失われる前と変わらない完全な治療が可能なのは失われてから数日以内に限った話であり、何年も経過したものを元通り再生出来る治癒魔法士など、数千年の歴史上でも伝説となっている五名だけだという。

 しかもこの伝説級治癒魔法士の内二人は聖神国から来た神子であったことがわかっていて、それはつまりその二人の再生魔法は異能による超回復であって、この世界の純正治癒魔法で可能となった例は残りの三人しかないかもしれないということだった。もっといえばこの残り三人が真実かどうかや、聖神教の神子ではなかった保証もないわけだが。まあそこはどうでもいい。


 とどのつまり、今この瞬間は治癒魔法士にとって新たな伝説が産まれた瞬間であり、タマは先頃帝国制度での冒険者登録を行ったので、今をもって彼女は帝国圏では六人目の伝説級治癒魔法士ということになったわけである。


 最初は目の前のことが理解しきれず、理解出来ても真偽のほどがまだ確信できず、ざわざわとした波が広がっただけだった。

 だがゴリラが血が出るほど強く拳を握り、「いてえ」と泣きながら呟いてそのまま拳を突き上げ咆吼をあげると、疑問のざわめきが確信の大歓声に変わった。


 ラハッカが煩いと一言発したことで一瞬にして静まったが。


 それからはゴリラがタマが呆れるくらい感謝の言葉を列ねて謝礼金を渡そうとして一悶着あったり、騒ぎを聞きつけたギルド守など関係者がぞろぞろと集まってきたり、その間に奥にいた老人がいなくなってたり、頼んでいた料理が騒ぎのせいで全く出てこず、空腹に絶えかねたラハッカが拗ねたりしたが、途中で宿の手配をしにいっていた美人秘書風付き人さんが戻ってきたので彼女にタマの聖神国語を訳してもらい、ギルド内では結構すごい立場らしい奴隷商人さんの代理権限で色々と問題を後回しにして宿に直行した。


「では明朝、四の刻にお迎えに上がらせていただきます」


 そう言って、デシャンと名乗った灰色垂れ犬耳のビフトア人女性は去っていった。


 彼女はベシャジュユという名だったらしい奴隷商人の実の娘だとのこと。

 ラハッカのことも恐れない実によく出来たお嬢さん(年齢不詳・配偶者募集中)である。今日は勉強のためもあって父親の側付きをしていたのだが、普段は奴隷の教師役のようなことをやっているらしい。仕事が出来る風美人教師だったわけだ。

 秘書でも付き人でもないうえに実子となると王道の愛人路線は壊滅的である。

 ちなみにベシャジュユは中央軍が撤退した系ぽっちゃり白猫耳のチョビ髭おっさんであった。


 とりあえずハゲたおっさんにそこだけふさふさの白猫耳は厳しすぎない? と思う今日この頃である。


 そんなこんなで、ここはデシャンに紹介してもらった高級宿だ。


 魔法の応用なのだろう、つるつるとした表皮を持つ木が複数連なって平たく形成されて出来た壁は触り心地が良さそうだ。

 街中は木材を骨組みとして壁は煉瓦に漆喰の建築物が多かったことを考えると、なんらかの理由で通常よりも高く付く特殊な工法なのだろうと推測できる。


 すでにデシャンの代筆で宿帳にはショーコ・ラハッカの名前が記帳され、代金も言われたとおりに払ってある。

 ついでということで打ち合わせもかね、こちらのおごりでデシャンと一緒に宿一階の食堂で食事も済ませた。彼女も俺たちの対応していたため、夕餉がまだだったらしいのでお誘いしたのだ。

 もちろんタマは死霊経由の食事だったが。


 宿代と食事代の正規価格なのかどうかわからないが、どちらもやたらと良いお値段だった。

 元世界ほどではないにせよ色んな意味で凝った作りの食事だったが、タマの感想では実にびみょぅうな感じだったらしい。うん、つまりはそういうことだろう。ラハッカは美味しそうに食べてたけどね。


 片言の聖神国語は扱える宿の女将に三階の部屋まで案内され、周囲に俺たち以外の気配もないことを確認しつつ、タマは部屋の壁を触ってみていた。

 彼女も俺同様、この初めて見る壁に興味があったようだ。


 ラハッカは早速とばかりに部屋にあったサービスらしき果物を物色している。さっき食べたばかりなのによく食べるものだ。

 タマを食いしん坊キャラは彼女に食われてしまった。


 そんなタマの魔力操作につられ、内側に白が混じった黒猫耳が彼女の頭頂部でひくひくと動く。

 本来あるはずのないそれは、元々ボサボサの跳ねが目立つ髪だったので、角度によってはそこにさらに大きく跳ねた黒髪の塊が混じっているだけのようにも思える。


「この感じだと、盗聴の類はなさそうか。

 それにしてもこれは……都市の入り口で見た木のゴーレムと同じ魔法がかかっているな」


 門側の崖を補強しているように見えた巨木のことだろう。あれには魔法がかかっていて、ゴーレムとして動かす事が出来るようになっていた。


(確かに、同じ魔力の流れだ。死霊兵に近い仕組みってことですね)


 俺は『描画』に使う筆でタマの猫耳をくすぐる。

 彼女はそれから逃げるように猫耳を動かし、それでも続く追撃にはやたらと高密度の魔力を猫耳に通して筆をはじいてきた。


 俺の筆は魔力を思うがままに捉える。

 それは魔力を構成力や動力としたものであればこの筆で干渉できるということでもある。

 そしてタマも自分の魔力を十全に把握し自在に動かすことができ、死霊兵鎧は彼女の魔力が巡ることで動いている。

 この猫耳は死霊兵鎧を改造して着けたオプションだ。食いしん坊キャラを食われたのでネコミミキャラとなったわけである。

 だから俺の筆でこの猫耳に干渉することが出来るのだ。


 周囲の探査をしていたタマの白い外套の留め紐が一人でに外れていき、うっすらと薄紫に光ると、彼女の背中に吸い込まれるように収納されて消えた。


 外套の下から現れたのは、改修された死霊兵鎧だ。


 街中でフルプレートは如何なものかと思い、[化鯨の髭]などの装備も参考にして仕立ててきたのだ。


 以前の黒騎士スタイルからは大分様変わりしている。今回は主色に黒だけではなく赤も使い、一式揃いの軽鎧をさらにこじゃれさせて、伊達っぽい貴族剣士風のスタイルにしてみた。

 素材として主に使ったのはあのドラゴンだ。

 彼の皮をその血で染め抜きなめし革風にしたものと鱗蟻人の外骨格をベースに軽鎧を作成し、ドラゴンの筋繊維の良さそうなところだけを使って内部の筋肉を構成。羽の皮膜やところどころに生えていた羽毛のような部分などを加工して薄く白いレースやフリルを作成したり、金色の角などを細部で装飾に使うなどして作った力作である。

 特に下半身は気を使った。ミニスカ状の裾が拡がるカッコカワイイ上部鎧と違和感なくあわせられ、かつ動きやすくて下品にならないよう、タイツとショートパンツの二重構造を採用。それらを黒く染めた龍革や皮膜などで作り上げた。腿のあたりの外付け筋肉をどう誤魔化すかが最大の難関でしたね。しっぽを握ったときの感触にもこだわってみた。

 格闘戦を得意とするタマのために、籠手や具足は一番頑丈だったドラゴンの牙製だ。彼女の要望に添って各種ギミックも仕込んである。

 もちろん内部にタマの血と死霊兵スズキの骨粉の混合液が行き交っているのは変わらない。

 外気に露出しているのは頭部のみとなっているが、その頭部も首裏から這うように繋がる外付け髪の毛と、羽毛と龍の軟骨で作ったニセ黒猫耳が守っている。さらに顔なども死霊兵骨粉で化粧するように保護されていた。チークのピンクやルージュの紅は血の色ですがなにか?

 なにより、これでちゃんと一体の死霊兵として認識されてシステムの影響下になるのだからすごい。


 先の外套もこの鎧の一部であり、背中には以前同様の水冷の属性場とさらに異空間収納の魔法陣が追加されている。

 この異空間収納に死霊兵改修用のパーツをセット化しておき、出すと同時に死霊兵の構成を変更することによって光って変身なんて真似も出来る。さっきの白い外套もドラゴンの革製であり、オプションとして付けたり外したりが出来るようにしてあった。もちろん防御力の高い黒騎士スタイルもさらに改造してセット化してあるし、隠し球も用意している。


 そんな死霊鎧と同じような仕組みの宿の壁や防壁のゴーレムだが、一般的にこの世界で人間の死体を魔法で動かすことは禁忌とされており、戦闘などにおける実用性も低いとされているらしい。

 無生物や本来動かないはずの物体を動かす魔法技術系統そのものが忌避されているのではなく、死体が動く事による心理的な問題に腐り朽ちることへの弱体化や感染症などが問題視されているからだ。鱗蟻人の森などのような悪魔種の領域奥で見かける自然発生したアンデッド達が生者の敵であるため印象も非常に悪い。

 さらに効率も悪い。魔力を流し続けて防腐処理を施し続けることで腐敗は防げるが、そうなると魔力を使用し続けることになり、待機コストがかさむのだ。それなら腐らない物をゴーレムとして使用した方が効率がよいという結論になるのは自然だろう。それにそういった腐らない物の方が頑丈なのもある。


 タマの死霊術と、戦争時における戦術としての有用性は別として、だが。


「言ってしまえばこの宿全体が一種のゴーレムというわけだ」


(外部内部問わず何かあれば鎮圧できそうですね)


「いや、ここはそこまでは出来ないのではないか?

 門のゴーレムを見た感じでは、稼働時の燃費も悪そうな印象だったじゃないか。

 あそこ以上にここが出来ている風でもないし、他の客も泊まっていることを考えるとさすがに難しいだろう」


(となると、木材をこの壁のかたちに形成することや修復とかが目的ってところでしょうか?)


「おそらくは。魔力を通しているからなかなか硬度もあるようだし、そういう種類の木なのだろうけど、外皮なのに手触りもいい」


(ならデシャンやベシャジュユにタマさん達をどうにかする気があってここにしたわけではなさそうですね)


「油断はしない方がいいだろうけどな。

 あくまで予想だし、彼らとは無関係に宿の人間がなにかしてこないとも限らない」


(とりあえず食事には毒とか入ってなかったんですよね?)


「これといって人体に悪影響が出るものは検出されていないな。

 まあ、用心に越したことはないだろう」


 基本的に、この世界の人間が持つ感情の最大幅は元居た世界のそれと大差ない。

 それがこの世界の人間に対する、今のところの俺たちの感想であった。

 環境や姿形が違っても、この世界の人間は人間(・・・・・・・・・・)だということだ。


 さっきまでの段階では特に変な気を起こしていなくても、後になって起こす可能性もある。

 聖神国語しか喋ることが出来ないビフトア人などそうそういないだろうから、その存在を警戒する者は多いだろう。


 戦闘や略奪を生業とする冒険者がこういった存在をどうするかは知ることが出来た。

 だがこの都市の一般人がどう出るかはまだわからない。

 特に冒険者を相手にする認可商人達とは今後ずっと付き合う予定なのだし、問題が起きたときにお世話になるだろう治安維持関係や軍の対応がどうなっているのかは重要だ。

 金品の誤魔化し程度であれば俺たちとしては問題ない。こちらに危険を及ばさずに端金で満足してくれるなら万々歳だ。

 領主や治安維持隊などに連絡され、多少の監視が付くのもいい。敵国の人間かもしれないのだ、警戒されるぐらいは仕方がないだろう。明確な害にならなければ問題ない。

 方法は解らなくとも、そこそこ有名であった冒険者を氏族まるごと一人でどうにか出来る存在なのだし。

 だがこのぐらいの状況で問答無用に[化鯨の髭]のようなことやそれ以上がまた起こるようであれば、この地でのまともな交渉の余地はなくなる。

 具体的に言うと彼らみたいに脅さないといけなくなるし、だからこそという面はあるだろうけれど、敵対国である帝国領とはいえ最も聖神国圏から離れている地でそれでは、今後の活動内容も考え直さないといけなくなる。


「奴隷商ベシャジュユに関しては、客商売に使えるほど聖神国語を扱えることを踏まえれば、まずいきなり安易な行動はとらないだろうな。今ごろ待合所の一件も耳には入っているだろうし、少なくとも本人が表立ってはないだろう。

 それにここまで来た者を唯の食い物にするために覚えるには非効率的すぎるし、憑いていた霊もそう悪いものではなかった」


(そのぶん色々と厄介そうですけど)


「ああ。奴隷商を生業にしていれば聖神国語を喋れるだろうとは思っていたけど、まさかあそこまで使いこなせる人物が出てくるとは思っていなかった。

 この世界の基準はまだわからないけど、どんな形であれ彼は中央の政治に関わっていたことがあるのかもしれない。ギルドで試してきた老人はわからないが、少なくとも彼とは敵対はしたくないところだ。

 そうだ、ショーコはそのあたり知っているかい?」


(ベシャジュユのことかの? わしらが会うたときにはもう奴隷商人じゃったが、所作を見る限りじゃとこのザサ国式ではなく帝国の騎士のそれに似とるのう。しかも近衛のそれじゃ)


(へえ、わかるもんなんですね。確かにいい魔力持ってましたしねえ。

 でもそうなると、帝国の貴族だったとかですかね?)


(どうじゃろうなあ。帝国は実力主義じゃからして、騎士は商家や平民からだけではなく流民からでも登用しとったはずじゃ。

 魔力が遺伝する関係で貴族家系の者が多いのは確かじゃが、同じように古い冒険者氏族であればそこいらの貴族よりも血統がいいしの。

 たださすがに近衛ともなると貴族位に連なる者の方が多かったはずじゃから、やはり貴族だったのかもしれんの)


(あの影に隠れていた老人はわかるかい?)


(さあっぱりわからんの)


(突っ立って見てただけですしねあの人。魔力見る限りそこそこ強そうではありましたけど。

 正体としてはベシャジュユさんが放った路線も濃厚ですが、逆にベシャジュユさんの商売敵路線もあるんですよねえ。どちらにせよ探り入れるのが主な目的だとは思いますがはてさて。

 まああれだけ牽制しておきましたし、バカじゃなきゃもう表立って下手な手は打たないでしょうから、機会があったら確認するぐらいでいいとは思います)


 イノシシがどこまで本気だったのか知らないが黒色(B)級の一撃を片手で止めて、さらに伝説級の治癒魔法まで使って見せたのだ。

 武器を壊したイノシシには賠償して、ゴリラの治療費は金貨一枚という破格にしておくことで懐の広さもアピールしておいた。ゴリラの腕はラハッカ達のせいだったとはいえ、この世界的にはもっと高額の治療費をもらってもいい案件らしいからね。それぐらい冒険者の魔石(S)級というのはアンタッチャブルな存在らしい。

 逆にこの部分につけ込んでくる頭の軽い輩が、もしくはこちらを軽いと見る輩が絶対出てくるだろうが、そこはそいつ次第で料理する予定なので問題ない。むしろそれ目的での部分もあってああしたのだし。


 そんな風にタマの猫耳としっぽををいじくりながら考えていた俺を、眼帯に覆われたラハッカの左目――ショーコがからかうように見詰めているの気付いて筆が止まった。


 ショーコの本体ともいえる知覚器官集合体な左の眼球は、ラハッカの意思で動く右目とは無関係に動くので、そのまま露出していると酷く不気味なため眼帯で隠してある。これは俺たちと会う前からそうしていたらしい。前のはドラゴン戦で焼き切れてしまっていたため、今付けているのは代わりにドラゴンの革で作り直した品だ。

 だがショーコの視界は少々というかかなり特殊で、眼帯で覆われたりまぶたを閉じていても問題なく視覚情報を得ることが出来る。なんでも光ではなく魔力と時空間を見ているらしい。黒水の自動防御などの話にもあるとおり、未来すらも見えている可能性があるが、その辺りは曖昧だ。


 ただ確かなのは、今こうしている俺の姿すらも彼女には見えていて、俺からも彼女の魂のようなものが見えているということだ。


 彼女には筆でタマといちゃつく半透明な俺の姿が。


 俺には左の眼球に収まるほどの大きさの、ラハッカによく似ているがそれよりも幾分大人びた見た目の、半透明な女性の姿が。


 有り体に言って小さな褐色妖精さんである。背中に虫っぽい羽も生えてるし。

 ただ目が片目しかなく、しかも虹色複眼でちょっと怖いが。

 これで触角まで生えていたら個人的には逆にいい案配なのだが、どうやらそこまでのサービスはないらしい。その代わりに全裸なのだが、俺としてはもうこの手のには馴れたもので全くサービス感がない。向こうにも恥じらいはない。

 大きさは自由が効くようで、今のサイズを最小として最大はラハッカと同じ等身大らしいが、正直これはどうでもいい。だが、見た目年齢も赤子から老婆まで自由自在なのは素晴らしいと思います。老婆や赤子のデッサンモデルっていないんだよね。


 なぜこんな風に互いの姿が見えているのかといえば、俺とショーコの存在が近いからじゃないかとのことだった。

 二人ともこの世界からほんの少しだけずれた場所に本体を置いていて、二人ともこの世界に干渉する能力を持っている。その相似性やずれた場所が非常に近いからたまたま見えているのではないかと俺たちは予測していた。

 ただ見えるだけで、そのまま互いの体に触れあうということは出来ないが。


 それだけでもタマは非常に羨ましがっていた。


(あなた様よ、わしらのことは気にせず続けてほしいのじゃ。

 お二人には早く多く御子をもうけてもらわんといかんのじゃからのう)


 ニマニマしながらそんなことを口にする。

 そして止まっていた俺の筆を逃がさないとばかりに、タマの猫耳が器用に挟んで捕らえた。


「当然だ。そのためにも二人の働きには期待している」


(もちろんじゃとも。別にわしらはお二人がツガイでも構わんのじゃしの。

 じゃから少なくともあなた様が肉体を得るまでは全力で支援するつもりじゃ)


「ん、ん、ん」


 しきりに頷くラハッカを見て、タマが苦笑する。


「好意はありがたいが、私にその気はないのでな」


(悪いですけど、俺もですねえ)


「だからがんばって私たちの子孫を魅了してほしい」


 [墨塗り]はラハッカ達の代になってから一五〇年以上経っているが、その間彼女達は自分たちのツガイを見つけることが出来ないでいた。候補になるものすらいなかったのだという。

 なぜかといえば、単純に基準が厳しすぎるのだ。

 ツガイは強いことが最低条件。さらに魔力質の相性が重要で、それも黒水悪魔群体母体であるショーコとその巫女であるラハッカの両方と相性が良くなければだめな上に、ダメ押しで二人が心底から惚れこみ、ツガイ候補がそれを受け入れなければいけないようなのだ。そうなることで悪魔の契約が成立し、ツガイを永遠に愛し続けるようになるのだという。それは死ぬまで気持ちが離れることのない、一種の精神干渉魔法のようだった。

 一度ツガイとなれば外的要因で死ぬまで永久に近い時間を共に過ごすのだから、それぐらいじゃないと駄目なのだろう。よく先代以前はツガイを見つけたものである。

 実際、彼女達も半ば諦めていたそうだ。


 しかし一ヶ月ほど前、ラハッカが何片かの骨片を鱗蟻人の森奥で拾ったことで状況が変わった。

 鱗蟻人の森奥で依頼により狩りをしていた彼女達の頭上に突然時空の歪みが生じ、大量の土砂や建材と共にそこから投げ出されるように落ちてきた骨片に宿る魔力を見て、ラハッカとショーコはこれこそ自分たちのツガイだと本能的に感じとったのだそうだ。


 元々ツガイを探すためにショーコの巫女の魔力感知能力は高く、さらに求めるべき存在には非常に鼻が利く。これは魔力を食し、時空間を見るショーコの能力が大きいと思われる。気に入ったものに対して極端に敏感になるのだ。この偏食性が黒水悪魔群体が宿主の魔力しか受け付けなくなる理由の一つなんだそうだ。


 だが見ての通りまだ魔力質も魔力も宿っているとはいえ、それは骨だ。

 普通に考えて元の存在は死んでしまっている可能性が高い。

 見つけたと思う間もなくそのことを理解出来ていた二人は酷く悲しんだそうだ。


 ところがそんな二人の感知能力に引っかかるものがあった。


 二人がいた奥地よりもさらに奥、森の最深部の方から骨と同じ魔力が蠢動するを感じとったのだ。


 突如現れたり消えたりする魔力反応の不自然さなど後回しにして、ラハッカ達は奥地へとひた走った。


 そうして一日以上かかってたどり着いたそこには巨大な氷の花が咲いていて、無数の鱗蟻人の死骸が放棄されているではないか。

 しかもツガイ候補魔力反応はまだ動いていて、追いかけてみれば雷鳴と轟音。消える反応。見えるドラゴン。錯綜する状況の中で彼女達はドラゴンを敵と定め、戦ったというのがあのときの真相だった。


 まあ俺たちはこうしてぴんぴんしていて二人はえらく喜んだんだけどね。


 だがドラゴンを討伐し終わり二人が蘇生しても問題があった。

 二人がツガイと定めた骨は鈴木潤一、つまり俺のだったわけだが、その骨が纏っていた魔力はタマのものだったからだ。しかも魔力質の一部は鈴木潤一のままだったから余計ややこしくなった。


 実はだが、別に彼女達としてはツガイが男である必要はない。オスでなくてもいい。人類種ですらなく、獣や悪魔のメスに相当する存在でも構わない。彼女達が本気で愛し愛されることが出来れば大体は大丈夫らしい。

 ショーコは魔力質を喰らい子供となる黒水悪魔群体を産むし、ラハッカも次代の巫女を産むときに同種の交配可能な男であれば話が早いだけで、生きた細胞片と魔力質さえあればショーコの力を借りることで自分たちの子を育むことが出来たからだ。


 実際、先代は女性がツガイだったらしい。


 でも俺にはタマがいて、タマには俺がいるからねえ。


 まあそこまで聞いて四人で色々と検証したり意思確認したりしたわけだが、結局二人が出した結論は俺たち二人に惚れたというものだった。


 だから二人とも私たちのツガイになればいいと来たもんだ。


 だが肉体がないこともあって俺にはハーレム願望がないし、俺の性癖ではタマは例外として、肉欲があってもラハッカには欲情しない可能性が高い。ある意味二次元存在風なショーコはわからないがこれも微妙だろう。

 タマにも百合属性がない。同性愛に理解はあるそうだが、恋愛対象となるほどではないというか、俺が初恋なので恋愛対象になるかわからないとか宣った。


 骨片は一度完全に乾燥してしまっているため、俺の生きた細胞がない。

 『描画』で作った生きてないクローン体はMPだけで描いているのでMATが伴っておらず、肉体を無理やり生かしておいて時間が経つことで多少は魔力(MP)魔力質(MAT)化するものの、それは俺の生きた魔力質とはいえないため駄目なんだという。

 それに、そこには愛がないんだと。


 そこからさらにあーでもないこうでもないと検討した結果。

 生き返った俺とタマの間に子供が生まれたらその中の誰かが親二人の要素を上手いこと受け継いで、さらにラハッカ達もその子も互いのことを好きになるかもしれないからそれまで待ちましょうか。

 という希望的観測に希望的観測を重ねたものが彼女達の結論となり今に至る。


 俺たちとしてもショーコが持つこの世界の知識は必要で、さらに二人が持つツガイ候補に対する感知能力は有用だったのだ。

 死霊術はタマの能力だというのに彼女の感知能力はスキルに依存しており、死霊兵の欠片である骨片すらも近くなら高い精度で知覚できるが遠いと全くわからなくなる。

 その点ラハッカ達のそれは数十キロメートル先からでも知覚できるのは確定しており、話によればもっと遠くもなんとなくだがわかるらしい。骨集めのために彼女達の協力は必須とも言えた。


 こうして、俺の蘇生に力を貸すということで一緒に行動しているのだ。


 正直子供の話とかされても実感無いどころか転位前の件があるので無理じゃねと思っているが、タマは俺の蘇生が現実味を帯びたことを本気で喜んでいるので何も言えない。無理な理由聞かれても困るし。

 でもタマ的にこれはいいのだろうか? 自分の子供を本気で誘惑すると宣言している超年増が目の前にいるということでもあるだが……。俺は実感なさ過ぎて想像すら出来ない状態だ。

 だがラハッカ達へ子供への魅了を推奨しているあたり、やはり本当に気にするほどの問題ではないのかもしれない。


 まあ今は考えるだけ無駄だろう。

 どちらにせよ骨を集めなければ始まらない話である。


(そうじゃ、お二人は今日この宿にこのまま泊まるのじゃろ?

 それならたまにはわしらと一緒に寝てほしいのじゃ)


「ん」


 いつもは『押し入れ』に入ってしまうので、タマが本格的に野宿したことはない。[化鯨の髭]がいたときも最初から口封じするつもりだったので気にせず使っていた。

 だが今この宿に泊まっている状態でタマの魔力がいきなり消えれば何かしら問題があるかもしれないので、今日はこのまま泊まるつもりだった。


(たまにはご主人様とあなた様を堪能させてくれてもバチはあたらないと思うのじゃ)


「ん」


 いたずらっぽくショーコ言い、ラハッカが力強く頷く。


 二人は『押し入れ』に入れない。タマが入れようとしてもショーコの防衛本能などが反応してはじかれてしまうからじゃないかとのことだったが、原因はよくわかっていない。

 だが二人は俺たちの魔力が好きなので一緒にいたがる。

 ラハッカなどは四六時中タマにべたべたしたがるが、タマが迷惑がるので自重している状態だった。それでも常に隣に座ろうとしているが、これで相当我慢している方らしい。

 ショーコからは特に何かを言ってくることはなく、むしろラハッカのストッパーを自ら勤めてくれようとしているが、俺たちを見初めたのは彼女も一緒なので感情としては同じだと以前言っていた。


「……まあ、たまにはいいか」


「ん」


 二つあるベッドの内一つに寝転がったラハッカが腕を広げ、タマを迎え入れる体勢となった。

 そこにタマが苦笑しながら向かい、死霊鎧を着たままのタマをラハッカが抱き込む。

 かと思いきや逆にタマがラハッカの頭を抱き込み、よしよしとばかりに撫でてあやす。ラハッカはこうされるのを好む。


 こういったところを見るとタマは本当に同性愛に忌避感がないのだなと思う。むしろかなり積極的なくらいだろう。

 まあなんか違うというか、完全に親とかの方面の愛情表現になっている気がするが。


 そんなタマの胸にラハッカが顔を押しつける。普段の綺麗系無表情がだらしない方面に傾いていた。まなじりの下がり方とか、口角の上がり方とかね。すごく些細な差だけど。

 それにしても、うーん、なんかこっちは親愛じゃあなく愛欲な気がするなあ。初見や普段とはギャップがありすぎるわこの娘。


 鎧が邪魔そうに見えるがほとんどが薄い革材なので、防御力としては凄まじいがただ触る分にはそう固いものではない。むしろタマが自由に形を変えられるので、ラハッカを抱き込んでいる今は柔らかくしているようだ。


 それに着の身着のままでベッドに入っているが、体の内外を問わず、今のタマが汚れることはまずない。

 外からは鎧がはじき、内の自身の老廃物、つまり細胞の死骸などすらも死霊術の対象だとわかったからだ。

 このあたりはラハッカも似たようなもので、ショーコの黒水が汚れも食べてしまうので常に綺麗なままである。


 そしてタマはラハッカの黒水の自動防御にもひっかからない。これはタマが持つ魔力を黒水も気に入り、本能から味方だと認識しているからだ。本気で彼女達は俺たちを好いているのだ。

 俺もタマも、その能力を目の当たりにして色々と検証を重ねれば嘘偽りないとわかる彼女達の好意を、無下に出来なかった。


 そのうち、寝息を立て始めるタマとラハッカ。


 そんな美少女二人を描こうとしていた俺に、ショーコがストップをかける。


(あなた様、筆を)


(はいはい)


 止めた筆先を小さなショーコの口が含み、ねぶり、吸う。

 その仕草や音声はいうまでもなく十八禁な空気だ。


 魔力全般を食べる彼女はその口がこの世界への最大の接点であり、俺にとっての筆と同じようなものだった。

 だからこの部分はお互いが魔力という共通項から接触出来るのであり、タマとは違ってほぼ魔力を表に出さない俺の魔力を彼女が実感できる数少ない行為でもあった。


 ちなみに拾ったという骨片の内の一つはラハッカが持ち歩いている。どこに持っているのかは本人から聞いていないが、この世界に来てから俺は変態な女の子ばかりが知り合いに増えている気がする今日この頃である。


 もちろん両方ともタマも知っていることだ。

 良いことなのか悪いことなのか、悲しいことなのか嬉しいことなのか、彼女はあまり嫉妬などをしていないようだった。

 なんでも彼女曰く、そこらじゅうで好き勝手に人の裸も情事も見る事が出来る今の俺を拘束するつもりはないらしい。

 [化鯨の髭]との接触で、下手をすれば筋肉質な男の裸の方が興奮する俺に呆れたわけではないと言っていたが、真偽のほどは定かではない。


 代わりになのか、今日までほとんど就寝は『押し入れ』だったわけだが。


(満足したら絵描かせて下さいね)


(ん゛ん)


 夜の街も描きたかったのだけど、今日は無理そうである。



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