※5 男性ケモミミの内およそ七割がネコ型
タマが被っていた白ローブのフードを取り払い、死霊鎧の応用で取り付けられたボサボサ気味の黒いネコミミを怯えた子猫よろしく動かしてみせれば、周囲のビフトア人男性がそれだけで言葉に詰まったような様子を見せたことを、俺は見逃さなかった。
「……ワタシ、テイコクゴ、スコシ、ハナス、ナイ、デス」
さらに、どうして、どうやって[墨塗り]に入ったのかとゴリラ達に問われた彼女が、キョロキョロと周囲を見まわしながら如何にも不慣れだとわかる拙さで発した第一声がこれである。
視線が集中して自分が何事かを問われているのか察したが、問われている内容が理解出来ないからどうしようもない。そんな感じの設定である。
ゴリラやイノシシ達が互いに視線を交わし合い、困惑しているのがよくわかった。
タマの顔立ちやこのネコケモミミは現地人からすると十歳かそこらに見えるらしいことは、ラハッカや[化鯨の髭]の面々の反応からすでにリサーチ済みだ。
ビフトア人は背が高い者が多いが、だからといって低い者がいないわけではない。今のタマくらいの成人女性もいないことはないのだ。滅多にいないらしいが。
だが顔立ちは誤魔化しが効きづらい。この世界では化粧の文化がほとんど浸透発展していないようで、あっても俺たち目線では非常にけばけばしい、完全に化粧だと分かるものが一般的なのだ。
そしてボサボサの黒髪に、同色の手入れが不十分だと一目で分かるネコミミ型魔毛角。この魔毛角だが、ネコミミ型は男性に多い型だ。それというのも魔毛角の基礎部分となる頭部から出た軟骨部分がネコミミ型の者が多く、同時にその型のままで適当に刈り込むだけで足りるネコミミ型はお洒落に頓着がない者、もしくは刈る程度はまだしもそこまでしか生活に余裕が無い者とみなされる。女性に多く見られる長い魔毛角を整えるのに使う整髪料もタダではないのだ。そして幼子など、まだお洒落に気を使うような歳でもない者もこのネコミミ型が多い。
結果、今のタマの姿はそこそこの期間魔毛角の手入れが出来なかった、いたいけな十歳ほどのビフトア人少女となるわけである。
しかも明らかに言葉に不自由している様子で、その雰囲気から異国から来たらしき事も察せる。背丈は小さいが不健康に痩せているわけでもなく、顔の造作に関しては現地人から見ても悪くないどころか整っている判定のはずだ。つまり元が食に不自由するほど貧乏ではない。さらにそれはビフトア人であることから聖神教圏出身ではないことも確信することが出来る。かの宗教は白い肌のノーレフ人以外を野蛮な悪魔の仲間だとしているからだ。
だがしかし、彼らが自身の魔毛角で感じとるタマの魔力は、ラハッカのそれに近いほどはある。
タマが隠匿を施すことで表面に見せている魔力質は、冒険者でいうところの青色級程度だ。戦いを生業として生きてきたならまだしも、普通十やそこらの歳で町娘などが得られる力ではない。
だが確かに十歳程度の少女がこのレベルの魔力質を持つのは珍しいことではあるが、同時に生まれつきそのぐらいの魔力を持つ者達をここにいる者達は知っているはずであった。
魔力質は鍛えることが出来る。
魔法を使い魔力を消費して魔力質を酷使し、良質で強大な魔力質を持つ食物を摂取することで、筋肉のそれと同じように成長させる事が出来るのだ。
だが筋肉とは大きく違い、魔力質の大きさは直に遺伝する傾向ももっているらしい。故に両親が、そのさらに両親が魔力質の大きな者であれば、その子孫は大きな魔力質を持つことが多くなる。例外というのは多々あるらしいが、遺伝しやすいこと自体は疑いようもないことで、一般常識らしい。
故にこの世界、人も獣も悪魔も、総じて魔力の平均が時代と共に明らかに上がってきているのだそうだ。
そしてそれが常識であるならばもちろんのこと、永い永い戦争を聖神教圏と繰り広げている帝国圏の国が強い魔力質を持つ者同士を保護し、掛け合わせない理由がない。というか強ければ戦争で功績を収めやすいので、国家樹立初期に功績を収めるような者達はそのときに貴族階級になっており、かつて地球であったように貴族階級同士で血のやり取りが行われることによって、貴族の血筋というのは生まれつき強大な魔力質を持っている者が非常に多いのだそうだ。そして貴族ともなれば生活はそこいらの平民よりも豊かな者が多く、食生活も豊富な魔力質を含んだ食材を揃えることが出来る。
さらにこれらは古くからある高位の冒険者集団にも言えることでもあり、そのことを知っている者達はこう思うのだ。
「――……あの娘、どこぞか遠くの国のお貴族様か?」
「――……辺境の方で活動していて、初めてこっちに来た冒険者の子かもしれん。帝国圏も広いから公用語が浸透していない地域もあるとは聞く」
「どんだけ田舎だよそりゃあ。それよりもしかすると[墨塗り]の子じゃねえかと俺あ思うね。
あんななりだが、やつぁ歳をとらねえんだろう?」
「種族が違うじゃねえか」
「父親がビフトアなんだろ?」
「肌の色も目の色も髪の色も違えぞバカかてめえ。
まあ[墨塗り]がどこぞかで拾ったのを育てて龍の肉でも食わせ続ければ、ああなるかもはしれんが」
「それこそバカ言えだ。龍の肉なんてもん、どんな貴族様でもガキが食ったら死ぬだろうが。
俺も随分前に一欠片だけ食わせてもらったことがあるけどよ、三日は寝込んだぞ」
「お陰で黄色から赤色までいったんだろ? 耳にタコが出来たぜその話は」
「まあ生まれからしてちげえのは確かだろうさ」
とまあ、そんな感じの予想になるらしい。
この世界の事情はショーコから色々聞いていたからある程度は予想していたが、ラハッカの子供説はさすがに驚いた。
もちろんこの話は小声で囁かれているためタマ達の耳には直接届いてはいないが、俺が話している人達のそばによって聞いているためログにも表示されている。ラハッカは特に気にした様子はないが、タマが若干微妙そうな顔になった。タマからするとラハッカの方が子供っぽいからなあ。何気にラハッカは甘えたがりで、タマは世話焼きなんだよね。
「だがよ、こないだもお貴族様が断られてたんだろ?」
「元らしいがな。上が無色の[両樹の黄金]のヤツらだよ。
あいつらいけすかねえ騎士崩れ共だが、帝国出身とかいうだけあって実力は本物だったんだがな。
笑えたぜ? 俺たちより弱いんだから俺たちの仲間になって不老不死の秘密を教えろー、ってな具合だったのが最後にゃあ泣きながら――」
続く会話をログに流しながら、今度はタマ達の方を見る。
ちょうどラハッカがタマの頭に手をやり、撫でているところだった。
タマがちょっと邪魔くさそうにネコミミで手をはたき、ログにラハッカが言うべき言葉を載せる。
文章が苦手なラハッカのためにただ単純な一言を。
彼女はそれを見て、その通りに声を発する。
「強い。
好き」
二言目はラハッカのアドリブだったが。
次に彼女はゴリラも含めたイノシシ達を見まわして、再度口を開く。
「弱い」
一瞬呆気にとられた表情をさらし、びきりとイノシシのこめかみに血管が浮いた。
「――ああ゛そうかい! じゃあこれも問題ねえよなあっ!? もうちびも[墨塗り]なんだし許可だせやオラあ!」
叫び、イノシシが担いでいた戦斧を掲げる。
先ほどゴリラが[墨塗り]は許可さえされれば攻撃しても罪は問わないと教えたからだろう。
だが顔だけはトマトのように赤く染まっているが、すぐさま斬りかからないあたり案外このイノシシ冷静である。
そうなるかもしれないとわかっていてラハッカに言わせたタマがそのラハッカを見て、ラハッカが今度は「許す」と声に出した。
見ていた周囲がざわめく。
タマがイノシシへ視線を移して、怯えるでもなく「ユルス」と応えた。
さらにざわめきが大きくなる。
もちろん二人の一連の流れはログの存在を悟らせないためのやらせである。
しかしこれによりイノシシに変化が生じた。
真っ赤だった顔から逆に血の気が引いていき、形相だけは今までの比ではないほどの憤怒のそれになったのだ。
視線はラハッカへ向いていた。
「てめえ、本気か?」
おそらくは言葉を解さない少女がラハッカに騙され、いいようにされているのでは思ったのだろう。
粗暴で汚らしいが、彼は下卑た言葉を一度も彼女達に投げつけなかった。
「ん」
ラハッカは頷き返すだけ。
だが片方しかないエメラルドの視線は強く、そのお陰かイノシシの表情が憤怒とはまた別の、戦意でギラついたものへと変わっていった。
「……じゃあ、遠慮はいらねえな」
彼の魔力質が脈打ち、魔力が奔る。
魔力は掲げられた戦斧に集い、強烈な破壊の意思と共に陽炎のように立ちのぼった。陽炎に触れた空気中の埃が弾け飛ぶバチバチという音がなる。
この世界の魔法とは要約してしまうと、魔力を意思によって操り望んだ現象を引き起こすことだと言える。
そこに俺の『RPGシステム』のような魔法陣などいらない。
もっと有機的で万能で原始的だ。
今イノシシの彼は全身の肉体を魔法で強化し、戦斧にも破壊の意思と魔力を籠めている。
ただそれだけである。
だがなんの魔法的な防御もなくあの斧に触れれば、ただそれだけで触れた物が埃と同じように破壊の意思に沿い、内外問わず弾けて崩壊するだろう。
ゴリラがギルドの受け付けカウンター側をちらりと見たが、そこでタマやラハッカの視界から隠れるように身を潜めた細身のビフトア人老人が頷いたのを確認すると、その場から離れた。だがその表情は苦々しげだ。
つられるようにイノシシの取り巻き達も慌てて下がる。
イノシシもギルドのカウンター奥へ視線を投げたが、老人は動かないままだった。
老人とゴリラとイノシシとの間には隠蔽された魔力で線が繋がっていた。おそらくは俺たちのログとは違う、意思伝達魔法か何かだろう。
っち、と彼は舌打ちをした。
次の瞬間には、両刃戦斧は動き出していた。
ばじんばじんっ。と空気中の塵が破裂する音をたて、戦斧がタマへと迫る。
鉄であれば重量にして一〇〇キログラム近いであろう戦斧の軌道は、右肩から左下へ抜ける袈裟。
あたれば肉も骨も容易く両断され、破壊の魔力によって周囲の細胞もずたずたにするだろう一撃。
そんな刃すじが細く小さな肩へあたるか否かというところで、イノシシが斧を手元に一気に引いた。
それは、タマに直接あたらず、白い外套を破壊の魔力が舐めるだけの軌道への強制変更だった。
(――やはり、な)
そんなログがタマから流れ、彼女は下ろしていた右腕を持ち上げると、通り過ぎようとしていた斧の側面へ抜き手をかましていた。
斧そのものや破壊の魔力を物ともせずに手甲に包まれた指は貫通し、手のひらの中程まで来たあたりで彼女は斧へ制動をかけた。
衝撃が全て伝わり、タマの足下にあった木製の床材が弾け飛んでその下にあった石材もわずかに陥没、大きな罅が入る。
建物全体が揺れた。
イノシシやゴリラは目を見開き、取り巻き達やほとんどの野次馬は何が起きているのかがわからず、ギルドの要職持ちっぽい老人は驚愕の表情後に眉を顰めていた。
「……マジかよ」
イノシシの呟きに、タマは笑い返していた。




