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※3 影でいろんなあだ名を付けられる系ぼっち


 奴隷商との商談も無事終わり、タマとラハッカは次の目的のため、今までいた奴隷取り扱い別館から帝国認可商工会館の本館へと移動した。

 宿の確保は戻ってきた美人秘書風付き人さんにお願いしたので、他の用事を済ませておくことにしたのだ。


 奴隷は取り扱いそのものが特殊になるため、多くの都市の認可商工会館では奴隷の取り扱い場所は別館として独立した建物となっている場合が多いらしい。

 それどころか、集う冒険者の質と量では王都に次ぐとも言われるここ、スメ・シュガ市は冒険者関連施設の規模が大きいため他の売買契約関連も別館として独立させており、むしろ通常依頼の斡旋や各種手続きに報酬授与を主に行う本館は冒険者同士の武威を競う荒くれ者の社交場であり、報酬授与前に依頼品や素材の受け渡しを行う各種別館こそが商業の起点となっているほどだが、それは置いておくとして。


 帝国認可商工会館とか長ったらしいからここはギルドでいいんじゃない? とタマと相談してログを改変したのも余談であり、ギルド本館での用件とは、とどのつまりタマの冒険者登録である。


「……[墨塗り]のラハッカ様からの推薦でございますか」


 兎のような長いケモミミの受付嬢が、タマから渡された用紙から視線を上げた。


「規則ですので、ご本人様確認のため冒険者ギルド登録証を拝見させていただいても――」


「ん」


 タマの後ろに立っていたラハッカが首から下げていたチェーンを手繰り、そこに通していた大きな指輪を突き出すように渡した。

 驚いたのか受付嬢が上半身をわずかに引き、その後しまったという顔になって恐る恐る指輪を受け取り、確認する。

 透明感のない小さな赤黒い石が二つ並んではめ込まれた、台座部分が男子学生の制服ボタンのほどの大きさの指輪である。


 モノクルのような物で指輪を見つめる受付嬢の顔色が良くない。心なしかウサギミミも萎れてきている。


 この獣耳によく似た魔毛角という器官は、軟骨質が頭頂部付近から突き出てそこに細い毛が密集して出来ている。

 生まれつきの個体差も大きいが軟骨部分の形はだいたい猫耳型で、生える毛の伸ばし方や整え方が一種の髪型的オシャレ要素であり、女性の方が長くすることが多いらしい。

 少々特殊な整髪料みたいなもので立てるとあのウサミミのようになるのだという。長い方が多少魔力感知能力が向上するとのことだが、魔力感知能力は軟骨質が主体であり、毛の部分はおまけに近いため実際はそこまで大きな差はないらしい。だから動きやすさを重視する者が多いのだそうだ。

 故に今こちらに熱い視線を送っているビフトア人男性冒険者に猫耳が多いのは当然だというが、やっぱり間違っていると思うのは仕方がないことだ。


「……か、確認いたしました。氏族も[墨塗り]での登録ということでよろしいでしょうか」


「――ん」


 受付嬢が木の小皿に指輪を置き、小皿ごと押してラハッカへと指輪を返した。

 普段と変わらない無表情でラハッカは受け取るが、こちらも心なしか頷く角度が浅くなっている。


「……タマヤ様も間違いありませんでしょうか」


「ダイジョウブ、デス」


「き、記載されている内容も……」


「マチガイ、ナイ、デス」


 口頭での確認も行う決まりになっているらしく、ログで訳を見ながらショーコから教えてもらっていたとおりに答えるタマ。馴れない帝国語なのでカタコトになるのは仕方がないだろう。


「……ま、魔石(S)級冒険者からの推薦ということで、タマヤ様の個人階級は赤色(D)級からとなります。

 タマヤ様の登録証を作成いたしますので、あちらの席でお待ち下さいませんっ」


 あ、今のは噛んだの? それともちょっと本音が出たの? 待ってるなってこと?

 受付嬢さん涙目である。


 とりあえず聞かなかったことにして、タマとラハッカが振り返り、待合所と食事処を兼ねて無数に円卓と席が置かれた酒場のような場所に移動しようとする。

 ホントどこのゲーム世界のテンプレギルド酒場だよって感じの所だが、二人が動き出した途端、一斉に二人と受付嬢を見ていた冒険者の多くが視線をそらしていた。安易に新人にからむテンプレは残念ながら息をしていないようだ。


 二人がまるで用意されていたかのようにぽっかりと空いていた奥の席に座れば、給仕のお姉さんがびくびくしながら注文をとりに近付いてくる。


 彼らの反応には理由がある。

 もちろんタマの魔力は今も隠匿されている。むしろ隠匿が切れていればこんな騒ぎでは済まなかっただろう。問題は別にあった。


 [墨塗り]のラハッカ。その氏族名の持つ意味だ。


 太古の昔から生きる悪魔を身に宿した、不老不死の狩人の一族[黒塗り(ショーコ)]族、その最後の一人。

 そして帝国認可冒険者に現在二十三名いる最上位階級「魔石(S)級」に分類された、たった一人で万の大軍を()()()()()()超越者。

 ついた二つ名が「刃の魔女」「無限再生」「地獄反し」「黒国津波」「国喰らい」「神子刻み」「汚れ無き穢れの魔女」と無数にあり、今と同じ姿のまますでに百年以上を生きている正真正銘の魔女。


 それがショーコ・ラハッカという少女だからだ。


 二つ名いっぱいでカッコイイですね、と言ったらラハッカはよく分かってなさそうで、ショーコはやたら照れ照れしてた。この世界は中二病に優しい世界で安心である。


 ちなみに、冒険者階級はギルド登録者の証であるデカイ指輪についている石の色や種類で決まっている。

 低い方から順に(F)(E)(D)(C)(B)透明(A)魔石(S)となっており、最後の赤黒い石である天然魔石以外が石英ガラスに色を加えた物で、帝国貨に施されている物と同じ魔法的処理により台座部分ごと超超硬度の物質と化しているため偽造が出来ない。そのためよく身分証代わりにも使われるているそうだ。

 登録証の階級はあくまで個人の戦場での影響力を示す物で、氏族全体の評価には関係がない。

 ちなみのちなみにで、奴隷として売った[化鯨の髭]はリーダー格のビフトア人女性とノーレフ人のイズィが(B)級、他五名が(C)級で、残り三名が(D)級だった。


 この話をショーコから聞いたとき、色で階級決まっているのはいいけどちょっとピンと来ないなあと呟いたら、タマが自動ルビ付与機能なるものを使って階級にアルファベットふってくれたでござる。~色をアルファベットに自動変換にしちゃうと色だからどっかで誤植でちゃいそうだからね。ルビ付与だけだったら誤植しちゃっててもすぐに間違いに気付けるから便利。冒険者のランクとかアルファベット式が至高だよね。


 話は戻って、給仕の女性はなるべくこちらのテーブルに近付きたくないのか、少し離れたところから注文を尋ねてくる。その声は少々上ずっていた。

 全体で見るとギルド内そのものはそこかしこで他愛もない話し声が聞こえてくるが、タマ達の周囲の席から上がる声は皆無で、一つ以上離れたところから声を潜めた会話の気配があるだけだ。


 冒険者の生業は戦うことだ。

 強い者が正義とまでは言わないが、冒険者にとって強さとは最大の敬意の対象であり、尊重されるべきものであるといえる。

 だから本来であれば、魔石(S)級であるラハッカにこのように触れることを嫌がり躊躇うような、そんな扱いを受けるいわれはない。

 それなのにこのような状況になっているのは[墨塗り]の名前が持ついくつかの伝説と、二ヶ月ほど前にラハッカがこの場で行ったという立ち回りの影響だろう。


 ギルドに登録されている最古の冒険者氏族の一つである[墨塗り]は非常に特殊な存在だ。

 体内に人類種の天敵である悪魔種を住まわせ、共生することで特殊な能力と不死性を得た一族。

 最大時は一〇〇〇名ほどいたというその一族は帝国圏内どころか聖神教圏やさらにその向こう、ビフトア人やノーレフ人以外の人種が住む地域までも放浪遠征し、自由気ままに獲物を狩る生活をしていたのだという。ときにはタマが転移した鱗蟻人の森もつっきり、その先に存在する竜背山脈のさらに遠く向こう、大悪魔のしとねと呼ばれる別大陸にも出入りしていたのだそうだ。


 そんな彼らの最大の特徴は、兎にも角にもその不死性であったという。


 この世界の治療形態は魔法が主体だ。

 外科的には腕を切り落とされても腹に穴が空いても最高位の治癒魔法や非常に高額なアイテムを使えばあっさりくっついたり塞がったりするほどであり、内科的には風邪のような症状はもちろん末期ガンの類と思しき症例も治せてしまうほどで、そこまで出来るのは極々一部の魔法士だけであり王侯貴族の待遇だといっても、治療可能な範囲としては完全に現代日本のそれより上である。

 なにより首が切り落とされても数秒の間だったらくっつけて蘇生可能だというのだから驚きだ。

 まあその場合は色々と後遺症が多いらしいが、ここまでくれば些細な問題といえるかもしれない。


 そして、そんな中でも[墨塗り]の一族が持っていた治癒能力、不死性は飛び抜けていた。


 治癒魔法を使わなくても、自動で切り落とされた腕がくっつく。または再生する。腕だけではない。足も腹も胸も、頭ですら粉砕されても数秒後には元通りになっている。後遺症もない。

 体内にいる悪魔が宿主が死なないよう、常時特殊な治癒魔法を使っているような状態になっているらしい。

 体内に侵入した食事や空気を含む異物も、タマが死霊鎧でやっているように先に悪魔の一部である黒い液体が取り込んで消化し、ほぼ無害なものにしてから宿主に吸収させる。だから毒も病疫も効かない。血と一緒にこの黒い液体が全身隈無く通っていて、肉体への必要な栄養の供給も行っているし、危機を察知すると自動的に汗腺を通って体表を覆い、外敵からも保護する。

 一族が皆こんな感じだったという。

 肉体も最盛期を常に保ち、老化現象もないそうだ。


 だがもちろん、この不死性も完璧ではない。

 [墨塗り]の名の由来となっている黒い水は極小の虫型悪魔の群体であり、宿主の魔力を糧に増殖し生活していて、宿主は自身の全ての魔力をこの極小悪魔群体に捧げる契約を行う必要がある。そして当然、悪魔群体が治癒魔法を使えば魔力は減る。再生の度に魔力を消費することになるし、魔力が無くなれば再生出来なくなる。

 つまり魔力を回復させる暇もなく何度も何度も殺せば、さすがに死ぬしかないのだ。これは日本式サブカル的にこの手の敵のテンプレといえるだろう。


 さらにこの悪魔群体に体内の魔力を捧げ続けるため、宿主が魔力を体外に放出することが出来なくなる。つまり火を出したり水を出したりといった放出型の魔法を使うことが出来なくなるという欠点も存在していたし、なによりも宿主となった者は自らの子孫を残すことが出来なかった。

 男女問わず、生殖器が悪魔群体の増産施設となるためだ。


 ならばどうやって[墨塗り]の一族は数が増えたのかといえば、ここのまでの特性を考えれば当然のこと。

 新たに黒水の悪魔群体に寄生された者が[墨塗り]の一族になるのだ。

 だがそれも簡単ではない。一度誰かに寄生した悪魔群体はその者の魔力しか受け付けなくなるため、普通の[墨塗り]から生じた悪魔群体はそれ以上他の誰かに寄生し、数を増やすことが出来ないからだ。

 唯一その例外となるのが、大昔に最初にこの[墨塗り]と契約を交わした巫女の家系の者。現在はラハッカだけとなったショーコ(墨塗り)の姓を持つ者達だ。

 彼女達だけは伴侶となるツガイの魔力質を取り込むことで新たな黒水を生み出し、ツガイの魔力質に近い魔力質を持った者に黒水を寄生させることが出来た。

 そしてツガイとの間に子を産み、その子が女児で身に宿した黒水悪魔と本人に適性があれば次代の巫女となり、悪魔群体の本体である左目の複眼(ショーコ)の持つ知識や記憶を悪魔が受け継いで、[墨塗り]の一族を率いていくことになるのだという。


 だが今代の巫女であるラハッカとショーコは、かれこれ一五〇年間以上ずっとツガイを作らずに活動している。

 他の[墨塗り]仲間も存在しない。

 彼女が生まれてすぐのころに[墨塗り]の一族は聖神教圏に移動し、そこで聖神教の罠にかかって全滅。すんでの所でショーコが先代の記憶を受け継ぎ難を逃れた当時年齢が一桁前半だったラハッカは左目のショーコにフォローされながら聖神教圏に潜伏し、生きるために戦いながら帝国圏に戻ってきたのだそうだ。

 [墨塗り]一族は体内に悪魔群体を飼っているため、あの首輪を使って宿主を魅了できても悪魔群体は魅了できない。これはタマと俺の関係に近いだろう。だから彼女の仲間は全員殺されたのだ。ラハッカだけ生き残れたのは、先代の奮闘とショーコ本体の持つ他より数段上の再生能力と特殊能力のお陰だという。

 肉体を一度棄てて魔力へと変換し、その魔力でショーコと巫女の魔力質だけ転移、そこで新たに肉体を構成するという奥の手が存在するのだ。

 実はラハッカと出会ったあのドラゴン戦だが、ラハッカが死んだと思ったのは半分間違いで、タマが『押し入れ』入りしてすぐ辺りから戦っていたせいで再生するための魔力が足りなくなってきた彼女は肉体を一度放棄し、別所にて再生するつもりだった。もちろんそうしても魔力が足りないのだからすぐに戦えるわけではなかったが、他の奥の手を使って不意を突き、タマを連れて逃げることぐらいは出来ただろうとのことだ。奥の手がいっぱいありそうで頼もしい限りである。

 ところがそれを俺たちが『水冷・氷結華』で保護するつもりで半封印してしまったものだから肉体放棄が上手くいかず、さらにタマがドラゴンと互角以上に渡り合っていたものだから魔力質体の状態で様子を見ていたのだという。

 俺たちもびっくりしたものである。戻って氷結華を見てみれば、そこに『描画』視点で見える左目を閉じたラハッカと、右目を閉じて左目が虹色複眼に輝くラハッカの二人がいたのだ。まあ後者はショーコのことなわけだが。


 それからなんやかんやあってこの二人と行動を共にすることにしたわけだ。


 ショーコには連綿と受け継がれてきた悪魔群体の母体としての知識や記憶がある。だから各国の言語や風習に詳しい。その生態上、声に出して喋ることは出来ないが、この大陸一帯で使われている、使われていた言語や文字は大体理解出来るそうだ。

 ラハッカは物心が付くかどうかのころに一族が滅び、記憶も曖昧なため親を殺された事への復讐心も薄かった。ショーコもラハッカを生かすために無駄な復讐心を煽がず、生き残るため、戦うための技術だけを知識からくみ取り教えて、突き詰めていった。

 そうして剣に興味と才能を示したラハッカはその技術を磨き続け、目の前の敵を倒しては病毒に冒されないのをいいことに狩ったものやら何らを主菜として食に没頭し、ただそれだけを求める野生児のように育つことになる。

 人と触れあうことがなかった聖神教圏であればそれでも良かったかもしれない。

 だが帝国圏へ来て人里に出てもそれまで声に出して喋る機会がなかったことや、喋らなくてもショーコとは意思疎通が出来ていたこと、表情を作る必要がなかったこと、どこかで他人に重要な選択を求められても知識が豊富なショーコに頼った方が間違いがなかったことなどがあり、ラハッカのいびつな成長は進行していくことになった。

 狩りと修行以外なにも知らず、行動はショーコ任せ。さらにショーコに殺したり食べたりしてはいけないと口を酸っぱくして教え込まれたせいか、なにも狩らない、戦う修行をしない一般人を逆に怖がるようになったのだ。理解の範疇外だったのだろう。


 ショーコがマズイと思ったときにはとっくに手遅れだったそうだ。

 その手遅れというのも、[墨塗り]が滅んでから数十年経ってからのことらしいからバカバカしくなるが。数千年分の記憶を持って生きているために時間の感覚がちょっと……という理屈はわかるんだけどね。でも記憶だけで個体としては別物だそうだから、やはりショーコも大分抜けているところがあるのだろう。


 さすがに今はもう一般人に対する恐怖はないらしいが、今でもどう接したらいいのかはさっぱりわからないらしい。わからないからこそ、恐怖はしなくても相手の過剰な反応に対して怯えてしまう。

 タマや俺が大丈夫なのは、俺たちが強くてショーコと同じように会話しなくても気持ちを伝えることが出来るからだという。

 いやまあログでもほぼ「ん」しか言わないんですけどねこの子。


 まあそんなわけで、ラハッカは対人関係において非常に誤解を生じさせやすい部分がある。

 さらに[墨塗り]一族の特殊性は今でも帝国圏では伝わっており、しかもいくつか間違い含んでいたりするために、勘違いした輩が向こうから問題を持ってくる事が多々あるそうだ。


 ちょうど、こんな感じに。


「おい[墨塗り]、俺達もお前の氏族にいれてくれや」


 給仕のお姉さんの後ろから、イノシシが声をかけてきた。



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